北海道キャンプ場見聞録
四国お遍路 34日目(12月1日)
ガーデンタイム 7:10 ~ 丈ノ淵公園 15:15
移動距離 : 22.9キロ
参拝札所 : 46浄瑠璃寺、47八坂寺、48西林寺
宿泊 : 丈ノ淵公園東屋テント泊 (管理人さんに納札提出、閉園するまでテントは張れない)
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最後のテント泊
今にも雨が落ちてきそうな雲が
7時10分に宿を出る。
今にも雨が落ちてきそうな暗い雲が前方に立ちこめていた。
標高720mの三坂峠を目指して国道をダラダラと登っていく。
久万町の街中の標高が既に500mくらいなので、殆ど苦にならない登り坂である。
山里の風景を楽しみながら1時間半ちょっと歩いてレストパーク明神の東屋で一休み。
その先の久万スキーランドの看板に「12月1日オープン」と書かれているを見て面食らった。
今日がスキー場のオープン日なのである。
北海道でさえ12月からオープンできるスキー場は少ない。
人工雪を使えば可能だとは言え、ここは四国で標高も700m程度。
「ホントか?」と思いながら、その前を通り過ぎた。
北海道では絶対に見られない風景だ
峠頂上付近から国道を離れて山道へと入る。
この峠が久万町と松山市の行政界になっていて、この後は松山に向かって延々と下っていくことになる。
明治25年に国道が開通するまでは、この山道が久万と松山を結ぶ主要街道だったとのこと。
峠を下って東屋で一休み
その時代にここを歩いていた人達に思いを馳せながら坂道を下っていくと、かみさんが突然「今年の紅白の司会は誰に決まったんだっけ?」と聞いてきて、一気に現実に引き戻される。
一ノ王子社跡の東屋で一休み。
すぐ隣を沢が流れ、なかなか良い雰囲気の東屋だ。
その先から舗装された道となるが、雨で濡れた舗装道は滑りやすく、かみさんがびびりまくっていた。
周辺にはイチョウの林が多く、銀杏を採る目的で植えているのだろうか。
山里まで降りてきた。
段々畑の中にマネキンを使った案山子が立っていた。
それはまだ許せるけれど、マネキンの首だけを棒に刺して立てておくのは止めて欲しい。
生首は止めて欲しい
マネキンの案山子ならまだ我慢できるが
11時50分、46番浄瑠璃寺に到着。
納経所で、歩き遍路だからとミカンをお接待してくれた。
一般の人ばかりではなく、お寺の方からもお接待を受けるのは、何だかとても嬉しかった。
浄瑠璃寺のイブキビャクシンの巨木
そこで昼食を食べてから、47番八坂寺、48番西林寺と回る。
昨日の岩屋寺の印象が強すぎるせいか、今日のお寺は何処を回っても今一印象に残らない。
お寺よりも浄瑠璃寺のイブキビャクシンの巨木の方に目を惹かれる。
途中で水の全く流れていない大きな川を渡った。
重信川の看板を見て、かみさんがNHKのさわやか自然百景でこの川が取り上げられていたことを思い出す。
この後も時々、水のない川を目にするが、四国の瀬戸内側は降水量も少ないのだろう。
四国に降った雨は殆どが高知と徳島の川に流れると誰かが言っていた。
この東屋が今日の宿だ
今日は久しぶりのテント泊、場所は杖ヶ淵公園の東屋である。
園内には湧水の池があり、この湧水は名水百選にも選定されている。
当然ながらこの湧き水には、空海が杖を突き立てると湧き出したとの空海伝説が残っているのだ。
この公園では、管理人さんに納め札を渡して許可を貰えばテントを張ることができると聞いていた。
重たい思いをして背負って歩いているテントを役立てられる、数少ない場所なのである。
しかし、テントを張るためのルールがあり、それは閉園時間の6時を過ぎるまではテントを張れないと言うことである。(夏は7時が閉園時間)
夏ならば良いけれど、今時期の6時は既に陽も沈み、しかもかなり気温も下がっている。
それまで我慢するのはなかなか辛いものがある。
空海伝説のある丈ノ淵公園の池
管理人さんの計らいで閉園前にテントを張らせてもらえた
でも、管理人さんがとても理解のある方で、暗くなる前にテントを張らせてくれた。
その管理人さんは作家を目指していて、小説の中ではこの公園の中で既に3人も殺しているのだとか。
「四万十川殺人事件」は自信作みたいで、もしかしたらそれでプロになれるかもしれないと話していた。
公園の隣に住んでいると言うおじさんが、ミカン6個を差し入れてくれた。
美瑛には何度か撮影で訪れたことがあり、家では薪ストーブを使っているとかの話しをしてくれた。
テント泊は寒いけれど、そんな人達の暖かさに触れて心も温まる。
夕食は近くのうどん屋に行って、身体の方も暖めた。
多分、これが最後のテント泊になりそうだ。
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