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四国お遍路 31日目(11月28日)

松楽旅館 6:35 ~ 千人宿記念通夜堂 15:15
移動距離 : 28.3キロ
参拝札所 : 無し
宿泊 : 千人宿記念通夜堂 (向かいの山本商店に申し込み、布団毛布あり)
この日の写真へ(Googleフォト)


人々の暮らしを感じながら遍路道を歩く

この朝のコーヒーの友は、昨日「富永松栄堂」で買った大洲銘菓の「志ぐれ」。
遍路中に食べたお菓子の中ではこれが一番美味しかった。


まだ薄暗い大洲の商店街を歩く

6時35分に宿を出発。
まだ薄暗い商店街を抜け肱川を渡ると、山の上に建つ大洲城が見送ってくれる。

歩き始めて間もなく、何時ものトイレ危機がかみさんを襲った。
先日のように山の中ならば緊急避難も出来るのだが、ここはまだ街の中だ。
コンビニも近くに無いし、朝早くて店も開いていない。
確実にトイレのありそうな伊予大洲駅まで行くことにしたが、そこまで600m。
その距離さえも遠く感じる切迫した状況らしい。

幸運なことに、駅まで行く途中のバスターミナルにトイレがあり、この日の危機を逃れることができた。
宿を出る前にトイレを済ませれば良いのだけれど、そう都合良くもいかないようで困ったものなのである。


この十夜ヶ橋の下で野宿するのはかなり辛そうだ

大洲には歩き遍路の聖地とも言える「十夜ヶ橋」がある。

弘法大師が泊まる場所が見つからずに橋の下で野宿し、夜明けまでの時間が十夜の長さに感じられたそうだ。
そのために、お遍路さんは橋の上では杖をつかないことが不文律となっているのである。

十夜ヶ橋の下では公式に野宿が認められているが、さすがの私もここにテントを張る気にはなれない。
橋の上は交通量の多い国道で、川の水は濁り、そして鳩と鯉が群れている。

何故か鯉の餌も置かれていたので、かみさんが鯉に餌をやろうとしたら、鳩が一斉に群がってきて、それはもう大変な騒ぎとなったのである。


地元の人達の生活を身近に感じながら遍路道を歩く

大洲市を過ぎた後の新谷の街並みも古くて良い感じだ。
観光地化された古い街並みより、こうして実際に人々が暮らしている街並みを歩く方が好きである。
歩きながら、そこで暮らす人達の普段の生活にまで思いを寄せてしまう。

クリスマスイルミネーションを飾っている家もあり、既にそんな時期であることを思い知らされる。
クリスマスまでには北海道に帰ることができるだろうけれど、お遍路に出てからの時の経過に何となくしみじみとなる。

新谷を過ぎた先の神南堂休憩所で一休み。
その先で国道から離れて山道へと入る。
険しい山道ではないけれど、前日の雨の影響で足元があまり良くない。
道がイノシシのヌタ場になっているような所もあり、避けて通るのに一苦労する。


遍路道がイノシシのヌタ場となっている

こんな場所を歩くのは気持ちが良い



 


こんな古い店が残っていると嬉しくなる

山道を過ぎて内子町の市街地に入ってきた。
ここも歴史のある街並みで知られている。
「明治の町並み」と呼ばれている場所までは行けなかったけれど、それでも十分に楽しむことができた。

今日は無料の善根宿に泊まる予定だが、この先に食べ物を買える店がなさそうなので、内子町内のスーパーで買い物を済ませておく。

道の駅フレッシュパークからりで昼食。
パン屋さんもあったで、ついでにパンも購入。
川沿いに休憩できるテラスもあり、なかなか良い感じの道の駅だった。

大洲市に入ってからずーっと気になっていたのだが、川の中に木の枝で堰のようなものが作られているのだ。
道の駅の横を流れる小田川にも同じものがあり、魚を捕るための仕掛けなのだろうか。

そこから先、大瀬までの約7キロは休憩所がないので、山里の風景を楽しみながらも、ただひたすらに歩き続ける。


古い街並みも良いけれど、山里の風景もたまらない



古民家にイルミネーションは似合わないか?

大瀬も、こぢんまりとした古い街並みだった。
大江健三郎の生家もあるらしいが、それがどの家かは分からなかった。

クリスマスイルミネーションを飾っている家も目立つ。
木のトナカイなどを並べている家は、なかなか様になっていたが、古民家風の家にイルミネーションを取り付けているのはあまり似合っていない。

愛媛はミカンの産地とのイメージを持っていたが、途中で見かける直売所で売られているのは柿ばかり。
山の斜面に植えられている果樹も、殆どが柿である。

途中の川原で一休みしてから、今日の宿に予定している千人宿記念大師堂に午後3時15分到着。
ここを管理している山本商店さんに宿泊をお願いする。


千人宿記念大師堂に泊まらせてもらう

こちらのおじいちゃんが一生懸命お遍路さんの接待をされていたようだが、既に亡くなられたようだ。
現在は息子さんご夫婦が後を継いでいるが、何となくおじいちゃんほどお遍路さんのご接待には積極的ではない印象を受けた。
雑記帳を読んでいると、大晦日の夜中に転がり込んできた人もいるようで、そんな人まで相手にしなければならないのだから、お接待を続けることはそう簡単なことでは無いのだろう。

大師堂の外にある水道の水が出ないのにはちょっと困った。
今日の夕食は山食のカレーだったので、水がないとどうしようもないのだ。
あまり面倒はかけたくなかったけれど、山本商店で水だけ分けてもらう。
ついでに店で売られていたちくわを買ってビールのつまみにする。

この日の夜はとても寒く、持っている衣類を全部着込んでもまだ寒い。
シュラフの上に毛布を掛けて、ようやく寝ることができた。


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