北海道キャンプ場見聞録 夏山歩きの部屋
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屋久島縦走3日目(2012/4/13)
鹿之沢小屋・永田岳・宮之浦岳・花之江河・淀川小屋

風雨の中を沢歩き


屋久島縦走3日目、鹿之沢小屋で迎える朝は雨の朝だった。前日の天気予報で覚悟はしていたけれど、せめて出発するまでは持ちこたえて欲しかった。 

他の2組は今日は停滞するらしく、外が明るくなってきてもシュラフにくるまったままである。
一方、私たちは、どんなに天気が悪くなっても、今日中には何とかして淀川小屋までたどり着かなければならない。翌日の朝8時に淀川登山口まで迎えに来てくれるようにタクシーを予約してあるのだ。

トムラウシの遭難事故は無理してツアーを強行したことが大きな原因だったが、ギリギリの日程で予定を組んでいると、小屋に停滞するという選択は簡単にはできないこと良くわかる。

雨の中、ロープ場を登る天気が悪いと準備にも気合が入らず、やっと出発準備が整った時は7時20分になっていた。
最初の計画では朝6時には小屋を出ることになっていたのに、最初から大幅に遅れてしまう。
停滞組の見送りを受けて、雨の中を歩き始めた。

昨日降りてきたばかりの永田岳の荒れた登山道を再び登り返す。
屋久島縦走の計画を立てている時、このルートだけがどうしても気に入らなかった。
新高塚小屋から一気に淀川登山口まで歩くのが一般的なルートだが、山の中で3泊はしたかったので、無理に鹿之沢小屋泊を組み込んだのである。
そうすると、今回の縦走ルート中で最も急で厳しい永田岳と鹿之沢小屋の間を、よりによって往復することになってしまう。
前日に永田岳に登頂した後、同じ道を引き返してどこかにテントを張れれば楽な行程を組めるのだけれど、屋久島では山小屋以外でのテント設営が禁止されているので、他に選択肢が無かったのである。

永田岳山頂は霧の中永田岳の登り下りにストックは邪魔にしかならないことを、昨日で思い知らされていた。
今日はそのストックはザックに縛り付けたまま、両手をフルに使い、荒れて急な登山道を登っていく。
岩や木の枝を掴みながら体を引き上げ、何も手がかりが無いところでは、登山道沿いの笹をわしづかみにして登る。
屋久島の笹はヤクザサと言って、北海道の笹よりはかなり小振りで掴みやすい。

登るにしたがって風が強く吹き付けてくる。
雨脚がそれ程強くないのでまだ助かった。
頂上近くになると、身体が吹き飛ばされるくらいの強風となり、これに雨が加われば一昨日以上の悲惨な状態になっているところだ。
昨日65分かけて下ったところを、今日は70分で登ることができた。

しかし、まだ安心もしていられない。
これからまた、急な登山道を下って、次に屋久島で一番高い宮之浦岳に登らなければならないのだ。
昨日歩いたばかりの道なので、周りの風景も気にせず、足元だけを見ながら黙々と下っていく。
ただ、見ようしたところで周りの風景など全て霧の中である。

焼野三叉路で最初の休憩9時25分、焼野三叉に到着。
ザックを降ろして休憩する。
朝食におかゆを食べただけで約2時間休みなく歩いてきたおかげで、完全にエネルギー切れ状態になっていた。
こんな時のためにエネルギー補給用のゼリーなどを持参していたのだが、何故か見当たらない。
代わりにSOYJOYを口にするが、これではカロリー的に心許ない。
縦走中の食事は全て、フリーズドライの山食か棒ラーメンだけ。3食合わせても、せいぜい1000kcal程度。一般的な成人の摂取カロリー2000kcalの半分である。
これで重たい荷物を背負って急峻な登山道を上り下りしなければならないのだ。
身体に脂肪の蓄えの無い私は直ぐにシャリバテになってしまうので、これはちょっとショックだった。

宮之浦岳方向から単独の男性が下ってきた。
淀川小屋から歩き始めたそうで、ここまで3時間くらいかかったとのこと。その時間を聞いて少し元気が出たが、彼と私達とでは脚力が全然違いそうである。
3時間を鵜呑みにすることはできない。

宮之浦岳を目指して登り始める。
その山頂が最高到達点になるので、そこさえ超えてしまえば理論的には淀川小屋まで下っていくだけである。現実はそう甘くはないと分かっていても、気分的にはかなり楽になるはずだ。
体力が続かないので、少し登っては立ち止まって息を整え、また少し登る。まるで無酸素でエベレストを目指している登山者の様である。
でも、少しずつでも足を動かしていれば、いずれは山頂にたどり着ける。

次第に雨も強くなってきた。まるで一昨日の再現である。
目の前に巨大な大岩が現れる。
それを回り込むように進んでいくと、その先で登山道は笹に覆われて消えかけていた。これまで歩いてきた登山道と比べると明らかに道が細すぎるので、それは違うルートであることに気が付く。
慌てて戻ると、かみさんが反対方向に道らしきものがあるのを見つけた。岩場の上で道が分かりづらく、風雨を避けて下ばかり見て歩いているので、それを見落としてしまったらしい。
天気が悪くて、その上に道を間違えてとなると、典型的な遭難パターンである。

宮之浦岳山頂そこから直ぐが宮之浦岳の山頂だった。
霧に包まれて何も見えない山頂では男性が一人、三脚を立てて撮影していた。
ここでの被写体は山頂標識くらいしか無さそうだ。
私たちに気が付いた男性は、山に入ってから初めて人に会ったと笑っていた。
昨日は石塚小屋に泊まって、そこでも一人だったらしい。

話を聞くと私たちの1日後に屋久島入りしたそうである。
鹿児島からの飛行機が飛ばず、高速船に乗って屋久島入りしたとのこと。
宮之浦に泊まる予定が高速船は安房の港に入るので、到着時間も遅く止む無く安房で宿を探したらしい。

その日は私たちが雨の中をずぶ濡れになって歩いていた日である。
屋久島旅行はこれがあるから怖い。
旅行の計画を立てる時には、一応こんな事態も想定して、鹿児島でビジネスホテルに泊まることや、彼と同じく高速船を使って屋久島入りして、安房から宮之浦の宿までタクシーで移動するとか、代替え手段を色々と考えていたのだ。
初日に雨に降られたことを呪うより、予定通り屋久島に付けたことに感謝した方が良かったみたいだ。

男性に別れを告げて宮之浦岳を下る。
登っている時は山の風下になるので大丈夫だったが、下りでは正面からまともに強風が吹き付けてくる。
アドバイスを受けてスパッツは雨具の下に装着しておいたのに、それでもやっぱり靴の中に水が入ってきていた。
かみさんも同じ状態である。
勿論、雨具の下の衣類もびしょ濡れだ。
ただし二人とも、雨具の下はfinetrackのレイヤードシステムで身を固めていたのでいくらかは助かっていた。
フラッドラッシュメッシュスキンにより肌はドライに保たれ、2ndレイヤーのメリノスピンが汗を素早く吸汗拡散してくれる。
しかし、雨が降り続けているため、最後のゴアテックスの雨具の透湿性が全く機能を発揮せず、雨具の内側がびっしりと結露することになってしまう。

巨大な岩が現れる霧の中から突然、巨大な岩が姿を現した。
その後も、荒れた登山道を下っていくと、変わった形の岩が霧の中に浮かび上がる。
このルートでは様々な奇岩を楽しめるところなのに、霧のため視界は数十メートルしかなく、登山道から近くにあるものしか見ることができない
まあそのことは、鹿之沢小屋を出た時から覚悟はしていた。
それよりも今日の目的はただ一つ、無事に淀川小屋までたどり着くことだけである。
景色のことなど二の次だった。

次に現れた巨大な岩の前には「くりお岳」と書かれた看板が立っていた。
どうやらここは一つの山の山頂らしいが、周りは何も見えず、自分がどこに立っているのかも理解できない。


奇岩 くりお岳
張れていればこんな岩が沢山見られるのに・・・ ここがくりお岳の山頂らしいけど・・・

雨は更に強くなる。
一昨日の雨で山の水分は飽和状態となっているので、降った雨はそのまま登山道へ流れ出てくる。
花崗岩の塊の上に薄い表層が乗っているだけなのが屋久島なので、元々の保水力も小さいのだ。
ロープ場を下りるそのために山中から水が噴き出してくるように感じてしまう。
登山道も完全な川と化している。
沢登りをしているのと全く変わりがなく、靴の中が濡れることなど気にもならなくなってくる。

急なロープ場が何度も現れる。
岩盤は雨で滑りやすく、そこをロープにしがみつきながら降りなければならない。
「ここを本当に下りられるのか?」と心配になるような岩場もある。
私の数少ない山登り経験の中では、最も厳しいルートだった。

投石岩屋までやってきた。
屋久島には緊急時に避難場所として使える岩屋が何か所かある。
ここもその一つだけれど、風が強いので岩の下に逃げ込んでも完全には雨を避けられない。
投石岩屋ここで休むのは諦め、少しでも早く淀川小屋までたどり着くことを優先した。
しかし、無理してでもここで昼食を食べておけば、その後のシャリバテ状態を幾らかでも解消できていたかもしれない。

ほぼ500mごとに「花之江河まで○km、淀川小屋まで○km」の看板が立っている。
この看板の存在は、親切と言うよりも、登山者に苦痛を与えているだけの様な気がしてきた。
普通の感覚では500mなんて、ほんのわずかな距離である。そのつもりで歩いていても、次の看板はなかなか現れない。
やっと看板までたどり着いても、これだけ頑張ったのに500mしか進んでいないと言う事実に愕然とするのである。
500m歩くのに大体20分かかっていた。

登山道は、道と言うよりも沢と呼んだ方が正確な状況だった。
周りを灌木に囲まれ見通しも効かず、本当に正しい登山道を歩いているのだろうかと心配にさえなってくる。
その沢を離れて再び上り坂になると、「やっぱり間違えていなかったんだ」とホッとする有様である。
急傾斜の登山道も川と化すしかし、上り坂では直ぐに足が動かなくなってしまう。
荒い息を吐きながらしばらく立ち止まり、体力が回復したところで再び歩き始める。
そんなことの繰り返しである。
そのうちに平らなところでも時々立ち止まるようになってしまう。

うつむきながら黙々と歩いていると、ちょうど目の前の木の枝に「これは黒味岳への登山道です」と書かれた看板がぶら下がっていた。
天気が良ければ、この黒味岳にも登るつもりでいたが、この天気では登ったところで何も見えない。
あれっ?と思って後ろを振り返ると、そこには花之江河方向との分岐の標識が立っていた。
それに全く気付かずに黒味岳へと続く登山道の方に入っていたのだ。
もしもその親切な看板が無ければ、30分後には霧に包まれて何も見えない黒味岳山頂に到着し、そこで初めて道を間違えたことに気が付き、あまりのショックにへなへなと座り込んでいたことだろう。


細くえぐられた登山道 川なのか道なのか分からない
足がすくむような場所を下りる 川なのか登山道なのか

霧に包まれた花之江河そしてようやく12時35分、花之江河に到着。
ここは日本最南端の高層湿原である。
高層湿原の風景は北海道で何度も見ているので、それ程大きな期待はしていなかったが、相変わらず霧に包まれて何も見えない。

そこをサッサと通り過ぎてもう一登りすると同じ高層湿原の小花之江河に出てくる。
霧で何も見えないのはこちらも同じだった。
樹木の生えていない湿原は風当たりも強く、ザックを降ろして休憩する気にもなれない。



霧の中に巨木が現れる 霧の湿原
一瞬だけ霧が薄くなった でも直ぐにまた霧が流れてくる

淀川そこから先、再び上り坂となる。
多分これが最後の登りになるだろうと、疲れ切った体に鞭打って歩みを進める。
そしてようやく淀川小屋への長い下りとなる。
下りになったからと言って楽になるわけではない。
濡れて重さを増したザックが肩に食い込む。
一歩降りる度にザックと体の全重量が片足にかかってくる。
足を痛めない様に、慎重に歩を進める。

樹木の合い間に吊り橋が見えてきた。
とうとう淀川小屋に着いたようである。
その吊り橋の架かる淀川の水の美しさに息をのんだ。
今日これまで歩いてきた中で、唯一の感動できる風景だった。

淀川小屋で濡れたものを干す14時15分淀川小屋に到着。
鹿之沢小屋を出てから約7時間、ずーっと雨が降る中、ほとんど休憩もとらずに歩き続けた。
途中では景色も何も見えず、予備日の無い日程を組んでしまうと、こんな事になってしまうのだ。

小屋には先客が1名いたけれど、これまでに泊まった小屋の中では一番大きく、余裕を持って濡れたものを片付けることができる。
こんな天気では他の登山客など来るわけないだろうと、濡れたものをおもいっきり広げてそこら中に干しまくる。
ところがその後、続々と登山者がやって来始めたので、広げていた店を慌てて小さくたたんだ。

荒川登山口から40分でたどり着けるこの山小屋に1泊し、翌日に宮之浦岳を日帰りで登る登山者が多いようだ。
同泊者が少ない時は直ぐに知り合いになれるけれど、人が増えてくると急に赤の他人になってしまう。
自分たちの縄張りの中で最後に残った缶ビール1本を空けて、午後7時に眠りについた

縦走3日目の写真 

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縦走断面図


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