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屋久島縦走4日目(2012/4/14)
淀川小屋・淀川登山口・ヤクスギランド

命の森を歩く


朝4時半、まだ真っ暗なうちからゴソゴソと物音が聞こえてきた。
それを合図にするように、そこら中から同じ音が聞こえ始める。
私も既に目を覚ましていて、何時起きようかと考えていたところなのでちょうど良かった。

今日は8時に淀川登山口まで迎えに来てもらえるようにタクシーを予約してあったので、それまでには何が何でも下山しなければならない。
早起きしなくちゃダメだなと覚悟をしていたけれど、他の宿泊者はほぼ全員が宮之浦岳方面を目指す人達らしく、心配しなくても回りにつられて早起きしてしまうのである。
時間も余裕があったので、食事を済ませてからゆっくりと朝のコーヒーを飲む。

淀川のほとりで3日間履き続けて、雨で濡れ、強烈な臭いを発している靴下などは、ゴミ袋に密閉してザックの中に押し込める。
乾いた清潔な衣類に身を包むのは気持ちが良い。
ザックそのものも濡れているけれど、天気も良いので歩いているうちに乾くはずだ。
ただ、濡れた靴を履く時だけはどうしようもなかった
出発の準備が整った頃には、他の同泊者は既に殆どが出発した後だった。

まずは、昨日はまともに写真も写せなかった淀川の風景を楽しむ。
昨日天気が良ければ、小屋に着いてからこの淀川で水遊びをしようと企んでいたのに、とてもそんな気分になれる状況ではなかったのだ。


淀川の風景
感動的に透明な水の流れる淀川

淀川小屋私たち以外誰もいなくなった小屋には、今度は今朝から登り始めた人達が到着し始める。
6時40分、そんな人達と入れ違いに小屋を出発した。
時間に余裕もあるので周りの風景を眺めながらのんびりと登山道を歩く。

屋久島を縦走する場合、小屋と小屋の間隔が離れているため、余裕のある行程を組みづらいのが難点である。
特に私の場合、荷物を背負うと標準のコースタイム通りには歩けないので、先ばかり急ぐことになってしまうのだ。

昨日の天気が嘘のように、森の中には眩しいほどの朝の光が射し込む。
昨日は歩くのが苦痛にさえ感じたけれど、今日は背中の荷物の重ささえ半分になったような気がする。

朝日の射す森を歩くすれ違う人達が多くなってくる。
考えてみれば今日は土曜日なのである。
かなり大人数のツアーともすれ違うが、今日はどこまで登るのだろう。
軽装な人も多く、黒味岳往復が良いとこかもしれない。

7時25分、4日ぶりにアスファルト舗装された道路へと出てきた。
4日前に予約したタクシーは、本当に迎えに来てくれるのだろうか?
そんな不安を感じていたけれど、予約した時間の30分以上も前なのに、既にタクシーはそこで待っていてくれた。

そこから安房の街まで標高差約1400mを一気に下ることになるのだが、途中にある紀元杉の前で止まってもらって、駆け足で写真を写す。
そして安房の街でレンタカーを借りて、同じ道を標高1000mのヤクスギランドまで戻ってきた。


紀元杉 紀元杉
紀元杉に圧倒される 紀元杉を見上げる

紀元杉最初はこの区間の移動をどうするかでかなり頭を悩ませていた。
最初の計画では淀川登山口から紀元杉のバス停まで歩き、そこからバスでヤクスギランドまで行って、ヤクスギランドを歩いた後にバスで安房へ。
これだと夕方に安房に着いて、翌日は朝9時半の飛行機に乗るので、ゆっくりする余裕はほとんどない。
かみさんが、ガイドブックを見て「行きたい店がある」と言うので、時間を作るためにタクシー利用の案を考えた。

紀元杉から出るバスは始発が10時39分、次のヤクスギランドから安房へのバスは15時09分、この2本しか走っていないのだ。
お金はかかるけれど、次は何時来れるか分からない屋久島なので、タクシーを利用して時間を節約し、その分で夕方の時間帯にレンタカーを借りることにしたのである。

ところがタクシーを予約しようとすると、淀川登山口からヤクスギランドまでの乗車なら、安房の街中までの料金5000円を払ってもらわないと迎えには行けないと言われてしまった。
土曜日で他の予約も多いようなので、無駄な時間は使いたくないのだろう。
しょうがなく、淀川登山口からヤクスギランドまでと、ヤクスギランドから安房までのタクシーを予約した。
何だかとっても無駄なことをしているように感じるけれど、時間を作り出すためにはそれしか方法がないのだ。

でも風呂に入りながら良く考え直したら、今回の方法を思いついたのである。
屋久島のレンタカーは3時間でも12時間でも料金は大して変わらないのだ。
それならばタクシーの利用は1回で済ませて、その後レンタカーで行動しても、料金的には安くなる。
引き返す時間の無駄は少し出てくるけれど、ヤクスギランドでは予約の時間を気にせずに歩けるし、重たいザックも車の中に置いておくこともでき、良いことばかりである。
森泉2階風呂から出てきて早速予約の変更の電話を入れたのだった。
出発前にさんざん検討したつもりだったのに、現地でタクシーを予約した後にこんな簡単なことに気が付くのだから、我ながら情けない話だ。

ヤクスギランドに到着して、まずは腹ごしらえ。
時間は9時20分だったけれど、今日は朝の暗いうちにフリーズドライのお茶漬けを食べただけなので、既に腹ペコだったのだ。
メニューはフリーズドライのペペロンチーノ。
せっかく山を下りたのだから、 そろそろまともなものを食べたいところだが、それは今日の夜までおあずけである。

休憩所の2階のテラスからは太忠岳の天柱岩が良く見える。
駐車場の脇では人馴れしたヤクシカが黙々と斜面の草を食べている。
歩きやすい道が続く北海道のエゾシカもそうだけれど、こんな風に人を恐れなくなった野生動物を見るとがっかりしてしまう。
屋久島に来るまではヤクシカに遭うのを楽しみにしていたけれど、今はもうすっかりその気も失せてしまっていた。

ヤクスギランドの中には歩きやすい散策路が整備されていた。
バスでやってきた団体客などは、ここの30分コースをぐるりと回って帰っていくのだろう。
私たちと同時に到着した団体客は、ランドの中にさえ入らずに帰るようである。
多分、バスから降りてすぐの場所にある紀元杉を見て、ここへはトイレタイムで立ち寄っただけみたいだ。
まあ、それぞれの旅の形があるのだから、他人がとやかく言うことでは無い。
その団体さんが、ヤクスギランドの中に入ってこなかったのは私たちにとっては幸いだった。

リンゴツバキヤクスギランドの中は、外の喧騒が嘘のように静けさに包まれ、荒川からの水音と野鳥のさえずりが聞こえてくるだけである。
天気も良くて森の中を木漏れ日が優しく照らす。

今回の屋久島縦走は1日ごとに雨と晴れを繰り返している。
淀川登山口から乗ったタクシーの運転手さんは、そんな天気は珍しいと言っていた。
普通は、3日程度の日程で島に来ると、全部雨か全部晴れになるパターンが多いそうである。
私たちのように1日おきに天気がコロコロと変わるのが、良かったのか悪かったのかは何とも言えないところだ。

その運転手さんの話で面白かったのは、屋久島町がまだ上屋久町と屋久町の二つに分かれていた頃の話。
それぞれの町で観光施設として白谷雲水峡とヤクスギランドを整備していた。
千年杉昔はヤクスギランドの方が利用者が多かったのに、映画のもののけ姫が公開され、その舞台となったのが白谷雲水峡だと話題になったとたん、そちらの人気が一気に高まってヤクスギランドの利用者はガクッと減ってしまった。

運転手さんが言うには、もののけ姫の舞台となったのはあくまでも屋久島全体であり、見どころだってヤクスギランドの方が沢山あるとのこと。
旧隣町同士で対抗心を燃やしている様子なのが、関係の無い私にとっては面白おかしく見えてしまう。

ただ、もののけ姫のことは知らなくても、「白谷雲水峡」と「ヤクスギランド」の名前だけで比較すれば、自然を求めて屋久島にやってくる人ならば前者の方に興味を持つのは当然の様な気がする。

150分コースの急な登山道ヤクスギランドの外周をぐるりと回る150分コースは、途中から整備された木道を離れ、昨日まで歩いていたような山道へと入っていく。
今日は軽いザックを背負っているだけなので、そんな山道も全く苦にならない。

昨日までの雨でたっぷりと水を含んだ森は、とても生き生きして見える。
倒木や切り株を緑で覆うコケには水滴が一杯ついていて、そこに陽が当たるとキラキラと輝きを放つ。
特に有名な屋久杉があるわけではないけれど、屋久島の森の美しさが全てここに凝縮されているかのようだ。


苔 苔の観察
みずみずしい苔 苔に興味を惹かれる

倒木更新や切り株更新の姿がそこらじゅうに見られる。
太い屋久杉に巻き付く様に育っているヤマグルマ。別名絞殺しの木とも呼ばれているらしい。
古い屋久杉には多くの植物が着生し、そこからさらに大きく育っている。
花こう岩で形成されている屋久島は、その表面を覆っている表土は薄く、そこで育つ植物たちは他の植物を犠牲にしながら逞しく生きている様に見える。
命のつながる森でも、これは決して戦いではない。
お互いに支え合いながら、厳しい環境の中で生きているのである。
ここを歩いていると、命が全て繋がっていることを強く感じる。

明治から昭和にかけて生きた植物学者である南方熊楠は熊野古道に所縁が深く、その彼が奇しくも「すべての命はつながっている」との考を持っていたと聞く。
3年前に歩いた世界遺産熊野古道とここ屋久島が、ひょんなことから繋がった。

太忠岳へ続く登山道の分岐までやってくる。
そこには1997年の台風で倒れた蛇紋杉が横たわっていた。
風雨に洗われたその根株は一つのオブジェの様でもあり、若い女性が2名、キャーキャー騒ぎながらセルフタイマーで写真を撮っているところだった。
その場所が空くのを待っていたら、下の方から騒がしい話声が聞こえてきた。団体さんが登ってきたようだ。
そんな団体と遭遇したら堪らないので、彼女たちが居なくなったら直ぐに根株の前で写真を撮ってそそくさと逃げ出した。
河原で一休み彼女たちはそのまま太忠岳へ登るらしい。
団体だと思っていたら、下からやってきたのは3人のおばさん達だった。
それにしてもその話声の賑やかなことと言ったら、中国人の団体ツアーも顔負けである。

相変わらず美しい森が続く。
その後、150分コースを離れて80分コースの脇道に足を延ばしてみた。
案内看板にツツジ河原と書かれていたのに興味を惹かれたのである。
注意しないと見落としてしまうような看板に従って川原へと降りる。
そこには普通の河原は無く、巨大な石がゴロゴロと転がる勇壮な渓流の風景が広がっていた。
その石の間に、どこにどうやって根を張っているのかと不思議に感じるようなツツジが生育していた。
周りの様子から想像すると、増水時にはそのツツジが生育しているところも完全に激流に飲み込まれそうである。
このツツジが花を咲かせているところを是非見てみたいものだ。


美しい森
美しい森を歩く

仏陀杉元のコースに戻って、仏陀杉まで下ってきた。
幹にできたコブが仏様の顔のように見えるのでその名前が付いた杉である。
カメラの顔認識機能がそのコブを顔として認識していると言って、かみさんが喜んでいる。

その後、30分コースまで戻ってきて整備された木道を歩いていると、森の中にフェンスで囲まれた一角があった。
その説明を読むと、ヤクシカによる食害調査をやっているらしい。

フェンスの外は裸地なのに、その内側ではシダ類が茂っていた。
下草のほとんどない森の風景がそのまま自然な状態なのかと思っていたが、どうやらそれはヤクシカによって林床の植物が食べつくされた悲惨な森の風景らしい。
草を食べ尽くすヤクシカ北海道でのエゾシカと同じく、野生動物の管理は本当に難しいことを思い知らされた。

約3時間半程でヤクスギランドを歩き終え、その後はレンタカーで安房の街まで下りる。
途中で屋久杉自然観を見学しようとしたが、中に入るためには靴を脱がねばならなかったので入館は諦めた。
昨日ずぶ濡れになった靴はまだ乾いていなくて、猛烈に臭いのである。
今朝履き替えた靴下にもその臭いはたっぷりと浸み込み、しかも濡れているので、これでは靴を脱いで上がるわけにはいかない。

近くの茶屋で軽く腹ごしらえしてから、レンタカーで尾之間までドライブする。

途中で猿川のガジュマルに立ち寄る。
入口の看板は朽ち果て、一般観光客が訪れるような場所ではないらしい。
猿川ガジュマル森の中の踏み分け道をしばらく歩く。
ガジュマル自体はそれ程感動するものでもないが、そこまでの森歩きは楽しかった。
さすがに北海道の森とは植生が全く違い、巨大なゼンマイの様な植物など、見ているだけで楽しい。
その中に落ちていたエゴノキの花は北海道でも見覚えのあるもので、異郷の地で出会うと何となく懐かしさを感じてしまった。
その後は竜神の滝を見てから千尋の滝へ。
こちらは大型観光バスが次々と訪れる観光ポイントでもある。
展望台から眺めるだけではあまり感動も湧かない。売店で飲んだポンカンジュースの方が美味しくて、まだ感動できる。

その後はかみさんの行きたがっていた空港近くの店へ向かう。
それにしても道ばたの風景は南国である。
藤やトランペットツリー、その他にも名も知らない花が一杯咲いている。
島に着いたばかりの頃はその風景に戸惑いさえ感じたけれど、滞在5日目ともなると次第に頭の中も南国に染まりつつあった。


千尋滝 ハイビスカス
観光バスが次々とやってくる千尋滝 気分は南国

屋久島メッセンジャーの売店雑貨屋のル・ガジュマルとアウトドア関連の会社である屋久島メッセンジャーの直営店で買い物。
札幌のアウトドアショップで買い物する時は常に財布の中身を気にするかみさんだけれど、屋久島の地では値札も関係なく、南国気分で買い物をしていた。

そしてようやく今日の宿である屋久島山荘にチェックイン。
レンタカーはそのまま駐車場に乗り捨てできるのが便利である。
鍵はかけずに車のダッシュボードに入れるだけで良い。不用心だなと思ったけれど、島の中で車を盗んでも外に出られないのだから、心配する必要はないのだろう。

まずは風呂へ一目散。4日分の汚れを落とす。
ここの風呂は屋久島の超軟水を使っている。
アルカリ泉のようにお湯が肌にまとわり付いてくる。石鹸の泡立ちも良く、洗い流した後も肌が何となくヌルヌルしている。
ホテルの窓からの風景初めて超軟水の風呂に入ったけれど、これは下手な温泉に入るよりも良いかもしれない。
夕食も、最初に泊まった田代別館と比べると、こちらの方がずーっと美味しい。

部屋の窓を開けると、穏やかな流れの安房川と屋久島の前山の風景が飛び込んできた。
屋久島で過ごす夢のような時間はあっという間に過ぎてしまった。

翌日は9時30分初の飛行機に乗り、5時間後にはもう北海道の地に立っていた。
私たちが旅している間に札幌の積雪もすっかり消えてなくなり、南国からいきなり雪国に逆戻りと言った極端な変化がないのが救いだった。

縦走4日目の写真 

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