北海道キャンプ場見聞録 我が家のファミリーキャンプ
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熊野古道大雲取越(小口〜那智大社)を歩く

(熊野古道の旅6日目)

5日目 < 6日目 < 7、8日目

 熊野古道歩きは、いよいよ今日が最終日。
 朝の7時に食堂に集まる。スペイン人ご夫婦は、今朝は「いただきま〜す」ではなくて、「おはようございま〜す」と言いながら食堂へ入ってきた。
 どうやら2種類の日本語を使いこなせるようである。
 ここの宿では、歩く時の飲み物の用意までしてくれる。私達は自分でスポーツドリンクを作って水筒に入れて持ち歩くので遠慮していたけれど、空いたペットボトルがあればそれにお茶を入れてくれると言うので、お願いすることにした。
 この宿の客は、ほぼ100%が大雲取越え、小雲取越えを歩く人達なので、そのための心遣いは行き届いている。
 朝食を食べていると、食堂のおばちゃんが昨夜起こった事件のことを話してくれた。
 大雲取越えを歩いて小口で宿泊する予定だった人が、足にまめが出来て途中で歩けなくなってそのまま夜を向かえ、一緒だった人が先に下まで降りてきて懐中電灯の電池を買い、おばちゃんがその人を車で途中まで送り届け、そうして降りてきた二人を知り合いの宿まで送った時は既に午前1時になっていたそうである。
 古道歩きとは言っても、大雲取越えは登山とほとんど変わりがないので、様々な事件が起こるみたいだ。
 私達も今回の旅では、もしもの時のためにヘッドランプと予備の電池はしっかりと準備していた。

大雲取越登り口 宿のご主人に登り口までの近道を教えてもらい、「行ってらっしゃい」の声を背中に受けて歩き始めた。
 まずは昨日歩いたコンクリートの古い橋を渡り、家並みを抜けて行くと、ちょうど大雲取越えの登り口へと突き当たる。
 ここから標高860mの越前峠まで、800mの標高差を一気に上らなければならない。
 今年登った山と比べれば、南暑寒別岳から麓のキャンプ場までの標高差よりまだ大きいくらいだ。
 そこを荷物を背負って登るのだから、宿で他の人達から脅かされなくても、十分に心配だった。
 しばらくは民家の横を登り、そこを過ぎると杉林の中へと古道は続いている。
 そこで初めて、台風18号の大きな爪あとを垣間見ることとなった。
 古道を完全に塞ぐように折り重なった杉の倒木。既に人が通る部分だけは倒木も切り取られていたが、台風直後にここを歩いた人達がいたなんて、信じられない話しだ。


民家の横を抜けて   台風の爪痕
民家の直ぐ横を通り抜ける   台風の爪痕に驚かされた

円座石 やがて、大雲取越えを紹介する記事では必ず写真が載っている「円座石(わろうだいし)」が現れる。
 大石には梵字三字が彫られており、この大石の上に熊野の神々が座って談笑したとのいわれがあるらしいが、その上には風で折れた杉の枝葉が散乱していて、その雰囲気を感じ取ることはできなかった。

 そこから先、私が熊野古道に抱いていたイメージである苔生した石段が次々と現れ、辛いはずの上り坂が全然苦にならない。
 こんな道を歩きたくて、遥々と熊野までやってきたのである。
 杉林の中に苔生した石垣が目立ってきたなと思ったら、そこが楠の久保旅籠跡だった。
 山全体を覆うような杉林の中で、石垣だけがそのまま残っている姿がとても奇妙に感じる。
 その石垣の上に旅籠が並んで、熊野古道を沢山の人たちが歩いていた時代、この付近の山はどんな様子だったのだろう。
苔生した石段を歩く 杉の植林が何時頃から始まったものなのかは知らないけれど、多分その頃は天然林に覆われていたはずだ。
 天然林や旅籠の建物全てが消えて無くなり、現在の杉林へと大きく姿を変えてくる中で、特に保存しようとした訳でもないのに、この石垣だけが変わらずに残っていることが不思議なのである。
 ガイドブックにも載っていないような地蔵が所々にひっそりと立っている。
 その前には、誰がお供えしたのか一個のミカンがポツンと置かれていた。苔むした風景の中でオレンジ色のミカンがとても印象的だ。
 古道の点景となっているそれらの地蔵一つ一つに、手を合わながら歩き続ける。


楠の久保旅籠跡
杉林の中に残る石垣(楠の久保旅籠跡)

苔生した石段   名もない地蔵
苔生した石段が続く   地蔵の前には一個のミカンが

転がり落ちそうな岩を支える 途中で、巨大な岩が上から転がり落ちそうになっているのを見つけた。
 面白そうなのでその下に入って写真を撮ったけれど、本当に転がってきそうでマジで怖かった。
 胴切坂の看板を見るあたりから、いよいよ厳しい上り坂が始まる。
 変化の少ない杉林の風景と、その中に果てしなく続く石段。
 一歩一歩足元を確認しながら、黙々と登り続けるしかない。
 昨日から新しく身に付けた歩き方と新しく手にした杖の力も、この胴切坂ではあまり役に立たず、前を登るかみさんとの距離も少しずつ開いてくる。
 そのうちに姿も完全に見えなくなったので、追いかけるのは止めにして、一人後姿写真を写したりしながら、マイペースで登っていく。
 その先の距離標のところで待っていたかみさんに、ようやく追い付く。
 古道沿いには500m毎に距離標が建っていて、その前では必ず写真を写すようになっていたので、それ以上置いて行かれる事は無いのである。
 もっとも、歩き始めた初日には、待ちきれなかったかみさんは距離標の写真だけ撮ってサッサと先に行ってしまった事もあった。

不規則な石段   延々と続く上り坂
  一人後ろ姿写真

その先からは坂も緩やかになり、楽に歩けるようになった。
標高も既に800mを超えたようで、暖かな熊野の地でも、さすがに空気がひんやりしてきた。
古道沿いの杉も太いものが多くなり、その根元は緑の苔に覆われ、深山の雰囲気が漂う。
これまで歩いてきた杉林の中では感じなかったような、神々しささえ覚えてしまう。
そうして越前峠に到着。
これで大雲取越えの最難関を何とか乗り越えたことになる。登ってしまえば、心配していたほどの厳しい道程でもなかった気がした。
こうして毎日歩いていると、疲れが溜まることよりも、体が慣れてくる効果の方が大きいのかもしれない。


越前峠
越前峠に近づくと深山の雰囲気へと変わってくる

 峠を過ぎると、直ぐにまた急な下り坂が待ち構えている。
苔生した石畳は雰囲気は良いのだけれど、歩く時、特に下り坂の時は大変である。一歩一歩、なるべくコケの生えていない場所を確認しながら、足を降ろさなければならない。
 今日まで、かみさんと私、それぞれ3回ずつ尻もちを付いているのだ。
 下るに従って、直ぐ横を沢水が流れるようになる。大雨が降れば、その辺りの道も川と化してしまいそうな様子である。


苔生した石畳の下り坂   雨が降れば川になってしまいそうな道
峠を越すと直ぐに下り坂となる   雨が降れば川に変わってしまいそうな道だ

そうしてまた上り坂が始まる。坂道を登りきったからといって、喜んでいられないのが熊野古道である。
でもここでは、周辺全てが石に覆われた様な石の空間に感動したり、古道脇の巨大な丸い転石と戯れたりと、上り坂も全く苦にならない。
あっさりと二つめのピーク、石倉峠に到着した。


石の空間   転石を押し上げる
石の空間の中を歩く   凄いパワー・・・

直ぐにまたお決まりの下り坂となる。
この下り坂が素晴らしかった
石畳を覆った苔は、更にその厚さを増したかのように緑の濃さを深める。
古道の脇に転がる大きな玉石も、完全に苔に覆われ、巨大な毬藻と化している。
滑りやすい足元に気を付けながらも、その素晴らしい光景に見惚れてしまう。
突然、舗装道路へ出てきたと思ったら、そこが地蔵茶屋跡だった。
久しぶりに人里に降りてきた気分である。
小口からここまで、道は険しかったけれど、四日間歩いてきた中では大雲取越のこの区間が私の一番好きな道となった。
何せ、憧れであった苔生した石段をたっぷりと歩くことができるのである。


苔生した石段と杉の風景
石倉峠から地蔵茶屋跡への坂道は素晴らしい景観である

大雲取越地蔵尊 地蔵茶屋跡の休憩所で一休み。
 エネルギー補給用の行動食とアミノ酸飲料で体力を回復させる。
 今回の旅では、アミノ酸飲料なるものを初めて買って、毎日これを飲みながら歩いているのだけれど、果たしてどれくらい効果が出ているのかは全く実感できない。
 初めて歩くような場所で、初めて飲むのだから、その効果など分かるわけがないのである。
 冷たい川の水で顔を洗った方が、確実に体の中に力がみなぎってくるのが実感できる。

 リフレッシュしたところで、舗装された道を再び歩き始める。
 その先で、古道のルートを示す標識は川の対岸方向を指していた。
 ところが川に架かる橋には通行止めの看板がひもで吊るされていた。
舗装された林道 ここからは、宿で聞いていたように林道を迂回しなければならないようだ。
 しょうがなく、緩い上り坂の舗装された林道を黙々と登っていると、川を挟んだ対岸に古道らしき道が見え隠れしている。
 こちらの林道の方が歩きやすいのは確かだけれど、せっかくここまで来て目の前の古道を歩けないのが何とも残念でしょうがない。
 熊野古道を歩き始めたばかりの初日、直ぐ隣りの舗装道路を眺めながら「何でわざわざ、こんな歩きづらい道の方を歩かなければならないんだろう?」と感じていたのは大違いである。
 対岸の古道は、確かに倒木が所々にあるみたいだけれど、決して歩けないような状況には見えない。
 「通行止めの看板など、気にしないで歩けば良かったかな」
崩れ落ちた古道 そんな思いも浮かんできたけれど、それも直ぐに消し飛んでしまうような光景がその先で待っていた。
 急斜面に続いている古道の階段が、途中からすっぽりと消え去ってしまっている様子が対岸から確認できたのである。
 斜面の上の方で倒れた杉が、そのまま雪崩のように周りの木々を巻き込んで滑り落ち、古道が通っている付近の斜面をごっそりとそぎ落としていた。
 台風の翌日に40人も大雲取越えを降りてきたと宿の人が話していたけれど、この付近は多分こちらの林道を歩いていたのだろう。
 その様子からは、この部分の古道を歩けるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだと思われる。
 そのおかげでやっと諦めがついて、林道沿いの風景を楽しみながら歩くことにした。
 山肌のいたる所から水が流れ落ちてきて、舗装道路の下を通って、川へと流れ込んでいる。
 「何で舗装道路が濡れているんだろう?」と思ったら、歩道道路の真ん中から水が湧き出していた。熊野の山々が蓄えている水の豊富さを実感させられる。

那智の卵石 林道を歩いている途中で奇妙なことに気が付いた。
林道沿いの所々に、大きな卵形の石が転がっているのだ。 どうしてこんなところに石があるのか、最初は疑問に感じたけれど、その発生源は直ぐに見つかった。
 林道沿いに土が剥き出しになった斜面があって、その斜面のあちこちから丸い石がぽっこりと顔を出しているのである。
 何年もその状態を保っているようなところもあれば、台風の時に新たに発生したと思われる崖崩れの跡でも、その下から新たな卵石が現れているところもある。
 要はこの付近の山の中全てに、同じような卵石が埋もれていることになるのだろう。
 付近の地質は、ほとんどが火山灰だと思われる。
 そんな厚い火山灰の地層の中に、何で巨大な丸い石が幾つも含まれているのか、どう考えても理解できない。
 それほど堅い石ではなく、表面が風化して、ゆで卵の殻が剥けかけた様になっているものも多い。
 私達はこの玉石を「熊野の卵石(那智の卵石)」と名付けることにした。


土の中から生まれる卵石   土の中から生まれる卵石
土の斜面から卵石が顔を出している   崖が崩れた跡からも卵石が現れる

 林道歩きも終わり、ようやくまた古道へと戻る。
 ところが直ぐにまた林道へと出てきて、その先の古道は再び通行止め。結局、そのまま色川辻まで林道を歩く。
 地蔵茶屋跡から色川辻までの2.5キロは、ほとんどが舗装された林道歩きとなったけれど、その分アップダウンも少なくて楽できたことは確かである。
 色川辻から八丁坂を登り舟見峠に到着。
 ここの標高は883m、越前峠の標高は870mなので、上り下りを繰り返しながら越前峠よりも高い場所まで登ってきたことになる。
 舟見峠には部分的に樹木の生えていない場所があり、とうとうそこから熊野灘の海を見ることができた。
 滝尻から歩き始めて伏拝王子で熊野本宮大社の姿が見えたときより、ここから見る海の風景の方が感慨深かった。熊野の山々を超え、紀伊半島を横断してきたと言う実感が湧いてくるのだ。
 でも、熊野灘の風景は白く霞んで、それほど良い眺めでもない。
 舟見峠のもう少し先に舟見茶屋跡があり、そこから古道を離れ少し登ったところに東屋が建っている。
 眺めはこちらの方がはるかに良かった。
 複雑な形で海に突き出ている半島や海岸線の街並み、霞に包まれた中でもその姿をはっきりと確認できる。
 残念なのは、土地勘が無いためそれがどの辺りになるのか全く分からないことである。

舟見茶屋跡からの風景
舟見茶屋跡休憩所からの展望、とうとう海が見えた!

小口自然の家のお弁当 ここの東屋で昼食にする。
 小口自然の家で作ってくれたお弁当、普通のおにぎりと一緒にめはり寿司もちゃんと入れてくれてあるのが嬉しい。
 海からの風が冷たく、汗ばんでいた体が急激に冷やされてきたので、食事を終えると直ぐに歩き始める。
 海が見えると共に、気候そのものが内陸型から沿岸型へと変わってきたような気がする。
 ここから先は熊野那智大社まで殆どが下り坂となる。
 4日間の熊野古道歩きもあと少しで終わりかと思うと、何となく寂しくなってくる。
 旅行に出る前は、重たい荷物を背負って4日間も歩き続けられるのだろうかと心配していたのが、今はそれどころかもっと歩き続けたいような気分でさえある。
 ランナーズハイならぬ、ウォーカーズハイにでもなっているのだろうか。

卵石生まれる 相変わらず、あちらこちらに倒木が目立つ。
 例の卵石を根で抱え込むように育っていた杉なのだろう。
 剥き出しになった根株が、そのまま丸い形を残している様子は面白かった。
 そしてその杉の倒れた跡には、本当に生まれたばかりのような卵石がコロンと転がっているのである。

 坂道を一気に下って、那智高原公園の休憩所へと降りてきた。
 そこには広々とした駐車場があるけれど、車は数台しか停まっていなくて、閑散としたところだった。
 手元の大雑把な地図だけを見て、ここまで下りてきたらそのまま那智大社へ繋がっているような賑やかな様子を想像していたので、全く拍子抜けである。
 古道のルートはその公園の中を突き抜けるようになっている。
 杉林の中の古道から、周りにアスレチック遊具が並ぶ古道に変わってしまい、歩いていても落ち着かない。
 直ぐ隣りに、やたら距離の長いローラー滑り台があったので、「そこを滑れば歩くよりも早いかもしれない」と考えたけれど、さすがにそれを実行に移すほどの余力は既に無くなっていた。
 公園を過ぎて再び杉林の中へと入っていく。
 直ぐに那智大社へ着くのかと思ったら、まだまだ先は長かった。杉林の中に続く石段を延々と降りていく。
 途中で、息を切らせながら登ってくるおばさん二人連れとすれ違う。
 「何処まで登ったのですか?」と聞かれたので、「い、いや、ずーっと下ってきたのです」と答えるしかなかった。
 多分、那智大社へ観光に来たついでに、この石段を登ってきた人達なのだろう。
ついに終点に到着 杉林を抜けると、突然人里へと出てきたのでちょっと驚いてしまう。
 そこが大雲取越の終点、即ち4日間の熊野古道中辺路歩きのゴール地点だった。
 思いっきり喜びを表したかったけれど、隣にはお土産屋もあって観光客もゾロゾロと歩いているので、こっそりと写真を撮るだけで済ませてしまう。
 そのまま熊野那智大社へ行ってお参りするのが熊野古道歩きの本質なのだろうが、そんなことよりもそこから見える那智大滝の姿に感動してしまった。
 今回の旅での最大の楽しみは、苔むした石段を歩くことと、この那智大滝を見ることだったのである。


ついに見えた那智大滝


宿坊尊勝院の山門 今日の宿泊場所、青岸渡寺の宿坊尊勝院は直ぐ目の前だったけれど、時間はまだ2時半。ここまで荷物を背負って歩いて来たのだから、このまま那智大滝を目指そう。
  そう思って歩き出したものの、滝まではまだしばらく歩かなければならないようなので、まずは宿に入って荷物を降ろすことにして途中から引き返す。
 初めて泊まる宿坊、入口には山門まであって嬉しくなる。
 庭では園丁さんが植木の手入れをしていた。
 私達の部屋の入口だけはドアだったけれど、その他の部屋は曇りガラスの引き戸になっていて、その辺が如何にも宿坊らしい。
 直ぐに風呂を沸かしてもらって、一汗流してから、いよいよ那智大滝へと向かう。
 かなりの距離の下り坂が続き、先に荷物を降ろしたのは正解だったと胸をなで下ろす。
 飛龍神社の鳥居をくぐって更に石段を降りていくと、真っ直ぐに伸びた杉木立の向こうに那智大滝の姿が間近に見えてきた。
 その迫力に圧倒される。
 熊野の自然崇拝の真の姿がそこに見えたような気がした。

那智大滝   那智大滝

青岸渡寺宿坊尊勝院 宿まで戻ってくると、私達の二つ隣の部屋では男性が一人、引き戸を全開にしたまま部屋中に荷物を広げていた。
 彼も熊野古道を歩いて来たらしい。
 部屋に入って座り込むと、これまでの疲れが一気に吹き出てきた。
 立ち上がるのも面倒になり、ズルズルとお尻を引きずりながら部屋の中を移動する有様である。
 今年の礼文島トレッキングで、三日目にしてようやく宿に泊まった時のことを思い出してしまった。
 窓の外からキャリーバッグをゴロゴロと引っ張る音が聞こえてきた。若い女性の一人旅で、私達の隣の部屋へと入ったようである。
 これまで泊まった宿とは違って、徒歩旅行者以外も泊まっているのだなと、変なところに感心してしまう。
 窓を開けると綺麗に手入れされた庭が目の前に広がって気持ちが良い。庭の向こうには那智の原始林も見えている。庭に出ていた先程の男性と、古道歩きの話しをする。
 夕食は仏像のあるような大広間で食べるのかと思っていたら、部屋食なのが意外だった。
 一応は精進料理なのだろうけど、これまで泊まった宿の中では一番デラックスな夕食だったかもしれない。
 宿坊なのでアルコール類は駄目なのだろうと思いながらも、恐る恐る聞いてみたら、直ぐに部屋までビールを持ってきてくれた。
 中瓶1本を飲んだだけで体中に酔いが回る。
 今回の旅のメインイベントも終わり、明日からはのんびりと観光しながら歩くことにでもしよう。

この日の詳細行程 


青岸渡寺宿坊尊勝院   宿坊尊勝院の夕食
窓を開けると庭とその向こうに那智の原生林が見える   デラックスな夕食だ


5日目 < 6日目 < 7、8日目



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