北海道キャンプ場見聞録 我が家のファミリーキャンプ
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熊野古道小雲取越(請川〜小口)を歩く

(熊野古道の旅 5日目)

4日目 < 5日目 < 6日目

 古道歩き3日目の朝、宿の前の杉林は濃い霧に包まれていた。
 朝7時、朝食のために食堂に出て行くと、オーナーが「レンジにかける時間を間違えて温野菜のカボチャが崩れてしまった」と、本当に申し訳無さそうな表情で誤ってきた。
 見ると、確かに形は崩れているけれど、全然気にするようなものではない。どちらかと言うと、少し温めのコーンスープの方に「あれ?」って感じた程度である。
宿を出発 でも、宿を始めたばかりで一生懸命なオーナーのそんな姿に好感を覚え、こちらも応援したくなってしまう。
 部屋に戻って装備を整える。
 オーナーに霧のことを尋ねたが、すぐに晴れてくる霧なので全く問題ないとの話しで安心する。
 宿を出る間際にも、朝食が失敗したことを気にして、その分のお金を返したいとまで言ってくるので、それを堅く断り「おかげで旅の疲れが取れて、今日も元気に歩けます」と挨拶をする。
 それでオーナーも喜んでくれたけれど、このような宿で一番大切なのはその部分だと思う。もちろん料理が美味しいに越したことは無いけれど、こうして毎日歩いていると、リラックスして旅の疲れを癒せることが本当に嬉しいのである。
 これからもそんな宿として繁盛してもらいたいと思いながら宿を後にした。

下地橋バス停 今日は小雲取越を歩く。
 宿からすぐ近くのバス停「熊野本宮」からバスに乗って、請川の一つ先のバス停「下地橋」で降りると、そこがちょうど小雲取越ルートの入り口である。
 この間約3キロ、全て一般道を歩くことになるので、歩く距離が一番短いこの3日目は少しでも体力を温存するため、この区間はバスに乗ってしまった。
 でも、後になってから、私の憧れの熊野川を横に見下ろすこのルート、歩いておけば良かったと後悔することになるのである。
 登り口には様々な種類の杖が沢山置かれていた。
 熊野古道の所々にはこの様にして杖が置かれており、歩く人は自由にそれを使うことができる。
 私達は普段の山歩きでもストック等は使っていないのだけれど、今日は気分を変えて、杖を持って歩くことにする。
 私は、握りの部分が太くて長さある竹の杖を選んだ。
 この杖は私の手にしっくりと馴染み、最後まで手放せない一品となった。
霧の古道を歩き始める 午前7時45分、相変わらず霧のかかった中を歩き始める。
 古道はしばらくの間、民家の間を縫うように登っていく。
 庭仕事中のおばあちゃんと挨拶を交わす。
 そして集落を過ぎると、古道は何時ものように見慣れた杉林の風景の中へと入っていく。
 地図によると、ここからもう少し登ったところに熊野川を眼下に一望できるポイントがあるはずだけれど、この霧が晴れない限りは、そんな景色も楽しむことができない。
 杉林が途切れたそれらしい場所までやってきたけれど、下界は霧に覆われて白一色の世界である。それでも上空では、霧が晴れて青空も見えてきたので、その場所で少し待ってみることにした。
 かみさんは、「川面の霧が晴れるまでには、しばらく時間がかかるわよ」と完全に諦めている様子だ。
霧の風景 確かに、太陽の光は射してきたけれど、下界を覆った霧には何の変化も見られない。
 その時、別の大きな変化が森の中に起こりつつあった。
 杉林の中を通り抜けてきた太陽の光が、そこに漂う霧の中に幾筋もの光の帯を描き出している。
 あまりの美しさに、思わず息を呑んだ。
 熊野川のことなど完全に忘れてしまって、その風景に魅了されるように再び歩き始める。
 神々しささえ感じるその風景。
 いにしえの人々も、旅の途中にこんな風景に何度か出合ったことだろう。
 そうして、その光の中に熊野の神の姿を感じて、手を合わせたに違いない。
 私達も全く同じ気持ちになって、いにしえの人々と同じ道を歩いていた。
 次第に霧が晴れるにしたがって、その美しい風景もうたかたの夢のように消えてしまう。


幻想的な霧の風景   幻想的な霧の風景
  幻想的な霧の風景

 しばらく上り坂が続く。
 滝尻から熊野本宮までの古道は、人里と交わったり離れたりしながら続いていたが、小雲取越えと大雲取越えでは、その中間地点に小和瀬、小口の集落がある以外は、全てが山の中の道である。
 熊野詣が盛んだった頃には、こんな山中にも人が住んでいたのだろう。
松畑茶屋跡 その一つである松畑茶屋跡に到着した。
 周りは広い平坦地になっていて、苔生した石垣だけがここに人の生活があった事を偲ばせる。

 昨日までは、下り坂では私が前を歩いていても、登り坂に差し掛かった途端にスピードが落ちて、かみさんに進路を譲っていた。
 でも、今日は何故か、登り坂になってもかみさんから遅れることがない。
 それどころか、追い越してしまいそうになるくらいだ。
 歩くのに慣れてきたこともありそうだが、歩き方そのものが変わったような気もする。
 今までは、上り坂では一歩一歩足を上に持ち上げて登っていたけれど、今日はそれが、上に持ち上げるのではなく前に振り出すような形に変わっていた。
つまり、無駄な力を使わずに、効率良く坂を登っているのである。
もしかしたらこれは、今日から手にした杖の効果かも知れない。杖のおかげで、足場の悪いところでもバランスがとても取りやすいのだ。

照葉樹林の中の熊野古道 周りの杉林がいつの間にか自然林に変わってきた。
 葉がキラキラと輝く照葉樹が多く、北海道の山とは全く違った雰囲気だ。
 周りの木々の名前も全く分からない。
 杉林の中と違って、野鳥の声も沢山聞こえてくる。
 如法山の山腹を巻くように道が続いており、片側は切り立った崖となっている。
 山腹を削って付けられた道は眺めも良く、今日はまるでハイキング気分である。
 緑のトンネルのような坂道を抜けると、急に展望が開けた。
 熊野古道を紹介する写真で何度も見ていた、遥か彼方まで山々が連なる風景、その「百間ぐら」に到着である。
 もっと苦労してたどり着ける場所かと思っていたら、意外なほどあっさり着いてしまって、ちょっと拍子抜けの感じだ。
 これも、新しく身に付けた歩き方と杖のおかげかもしれない。
 ザックを下ろして、百間ぐらの大パノラマをしばし楽しむ。
 反対側からご夫婦が登ってきたので、場所を譲ることにして、ザックを背負って歩き始めた。


百間ぐら
本宮を包む熊野三千六百峰を望む百間ぐらの展望

杉の伐採風景 途中ですれ違った地元の方から「この先で杉の伐採をしているので気を付けてください」と言われていたが、それらしいチェーンソーの音が山の中から響いてきた。
 注意しながら歩いていくと、前方の斜面の上の方で作業をしている人が目に入った。
 声をかけようと思っても、チェーンソーの音がうるさくて聞こえそうにもない。
 ホイッスルを持っているので、それを吹いて合図しようとしたら、その前に私達に気が付いてくれて作業を中断してくれた。
 「どうもすいません」と謝られたので、私達もお礼を言いながらその下を足早に通り過ぎる。
 安全な場所まで離れてから、その作業の様子を見ていると、バリバリっともの凄い轟音と共に杉が倒れていった。
 世界遺産とは言いながらも、林業の現場の直中を歩いていることを思い知らされる風景だった。

ウラジロ 色彩の乏しい杉林の中では、所々に茂っているシダの緑がとても初々しく感じられる。
 シダ好きの私達夫婦だけれど、北海道では見たことのない種類のシダである。
 後で調べてみて、これが「ウラジロ」という種類のシダであることが分かった。
 これと良く似ていて、やや小振りのシダの群落も目に付いたが、そちらの方は「コシダ」である。
 そんなシダの群落を見ているうちに、最近NHKで放送されていた番組のことを突然思い出した。
 双子姉妹女優のマナカナが熊野古道を旅する内容だったので、熊野旅行を決めていた私達は興味深くその番組を見ていたのだ。
 その中で、マナカナが地元の人からシダを飛行機のように飛ばして遊ぶことを教えてもらっていたが、そのシダこそが目の前に生えているウラジロだったのである。
ウラジロ飛ばし 二枚の葉を付けた部分から葉柄を折って、それを紙飛行機を飛ばす要領で投げると、上手く風に乗ればまるでグライダーの様に優雅に飛ぶのである。
 テレビでは、何処かの山里の開けた場所で飛ばしていたけれど、この付近は杉林がずーっと続いているので、上手く飛ばせても直ぐに杉の木に衝突してしまう。
 今日は体力にも余裕があるので、時々ウラジロ飛ばしで遊びながら歩き続けた。

 石堂茶屋の休憩所で昼にしようと考えていたら、そこには中年男性グループの先客がいた。
 挨拶をしながら入っていくと、ちょうど休憩が終わったところで、私達に場所を譲ってくれる。
 「ここまでどれくらいかかりました?」と聞かれ、「ゆっくりと歩いてきたので、請川から3時間くらいかな」と答えると、ちょっと怪訝な表情をされる。
 「それは随分時間がかかってますね〜」
 彼らは小口から歩き始めて、12時半には知り合いの方が請川まで車で迎えに来てくれることになっているそうである。
 「お気をつけて」とお互いに挨拶して分かれたけれど、今は11時半、待ち合わせ時間が12時半では、ここから請川まで1時間で歩かなければならないことになる。
 いくら下り坂とは言っても、絶対に無理そうな時間だ。まあ、少し遅れたところで、暗くなってしまうわけでもないし、心配することも無いだろう。
石堂茶屋跡の休憩所 今日の昼食は、昨日、本宮の酒屋で買ったパンである。
 長い距離を歩く時は、パンだけでは心許ないけれど、今日のコースならこれでちょうど良い。
 それに、酒屋で買ったパンにしてはなかなか美味しいので驚いた。
 かみさんの食べたパンも美味しいとのことで、製造元を調べてみたらそれぞれ別の会社である。
 熊野のパンは意外とレベルが高いのかもしれない。
 外人の女性が一人、後から登ってきて、挨拶をしてそのまま通り過ぎて行った。
 私達も食事終えて出発しようとしていると、ちょうどそこへ外人のグループが登ってきた。
 石堂茶屋の説明版を見ていると、その中の一人が近づいてきて「私は漢字が読めませ〜ん」と話しかけてきた。
 と言われても、こちらは英語が話せないので、説明のしようがない。
 「カフェ?」と聞いてきたので、「そうそう、カフェです!」と答えておいた。
細い尾根筋の道 もう少し英語を話せるようになりたいものである。
 先に歩いていったと思っていた女性が同じ道を戻ってきた。
 どうやら、この外人グループの一人だったらしい。
 坂道の途中で羊歯飛ばしをして遊んでいると、外人女性がまた私達を追い越していった。
 自分のペースで歩いているのだろうけど、それにしてもほとんど駆けるような速さである。
 これでは、彼女と同じペースで歩ける人がいるわけがない。
 細い尾根筋の道を抜け、坂道を登り、桜峠を越え、急な階段を降りてしばらく歩くと桜峠茶屋跡に到着。
 かつて、この茶屋の主人は、小和瀬に巡礼者の姿を見てから餅をつき、お茶を沸かし始め、その一団が到着する頃には用意を終えていたそうである。
 その逸話のとおり、茶屋跡からは遥か下界に小和瀬の集落が見えていた。


桜茶屋跡からの風景
桜茶屋跡からは小和瀬の集落が遠くに見下ろせる

倒木が目立ってきた そこで一休みした後は、小和瀬まで一気に400mを下り降りる。
 急な石段が続き、これを反対側から登ってくるのはかなり辛そうである。
 でも、ここを下る時は、遙か遠くに見えていた集落が次第に近づき、美しい川の流れも見下ろせ、とても気持ち良く歩くことができる。
 所々に倒木も目立ってきた。
 歩き始めてからここまでは、折れた枝が古道上に散乱している程度だったのが、10月8日に紀伊半島の東側をかすめた台風18号は、この付近に強い風を吹かせたようである。
 尾切地蔵を過ぎ、民家の裏を抜け、とうとう車道まで降りてきた。
 時間はまだ午後2時を過ぎたばかり。
 これまでの二日間、暗くなる寸前の宿入りが続いていたのが、今日は余裕を持って宿に到着できそうだ。


集落が見えてきた   ゴールまであと少し

外人グループ 赤木川のほとりでは、外人女性が一人で仲間の到着を待っていた。
 彼女に挨拶し、私達はそのまま橋を渡って、対岸の小和瀬渡し場跡へと行く。
 橋の上から見下ろす赤木川は、水も澄んで、とても美しい流れである。
 昔はこの下流に堰があって、舟でなければ渡れなかったようなところらしいが、今ならそのまま歩いて渡ることができそうだ。
 対岸では外人グループの数名が川原へと降りてきていた。
 その中の女性が、翌日に大変な目に遭ったことを知ったのは2日後のことである。


小和瀬橋を渡る   美しい赤木川
赤木川にかかる小和瀬橋   こんな川を見るとカヌーで下りたくなる

小口自然の家 今日の宿泊場所である小口自然の家までは、そこからもう一山越えて、1キロほど一般道を歩かなければならない。
 余裕を持って小雲取越えを歩いてきたつもりだけれど、ダラダラと続くアスファルト舗装の坂道は今日の行程の中で一番きつく感じた。
 そうしてトンネルを抜けると、目的の小口自然の家が見えてきた。
 学校の建物を利用した宿と聞いていたけれど、なるほど、それらしい外観である。
 その内部も、廊下に沿って客室やトイレが並んでいて、如何にも学校らしい造りだ。
 客室だけは普通の旅館と変わりはない。
 窓を開けると、目の前に川が流れているのには感激した。そのせせらぎも間近に聞こえる。
 まずは風呂に入って、公共の宿なのでもしかしたらアルコールは無いかも知れないと恐る恐る聞いてみたら、すぐにビールを出してきてくれた。
 今回の旅に出てから、初日、二日目は午後7時過ぎにやっとビジネスホテルに到着するような行程、古道を歩き始めてからは暗くなる前にかろうじて宿に辿り着けるような有様。
 こうして午後3時に、川のせせらぎを聞きながらゆったりとビールを飲めるなんて、心から幸せを感じてしまう。


館内の廊下   窓の外を川が流れる
学校の建物らしい廊下   部屋の中から川が見えるのが最高

小口自然の家キャンプ場 人心地付いたところで、周辺を散歩してみる。
 ここには小口自然の家キャンプ場も隣接している。
 これと言った特徴のないキャンプ場だけれど、テント一張り3,000円の料金を見てビックリしてしまう。
 これが本州方面の標準料金なのだろう。
 最初に熊野古道の旅を思い付いた時、当然のようにキャンプをしながらの旅を考えたけれど、直ぐにそれが現実的ではない事を知るにいたった。
 同じ料金でホテルに泊まれるのに、わざわざキャンプ場を利用するほど私は変わり者ではないのである。
 ただ、北海道内に限っては、ただで屋根の下で寝ることができるような時でも、金を払ってでもテントで寝るのを選択することは良くある話だ。

 立派で大きな鉄の橋の横に、古びたコンクリートの橋も残されている。
 欄干もコンクリートで造られていて、北海道ではあまり見かけないような橋で、それだけで旅情を掻きたてられる。
古いコンクリートの橋 橋の隅で名も知らぬ白い花がひっそりと咲いている風景に、余計に旅情を掻きたてられる。
 橋の上ですれ違った若い女性が、こんにちはと挨拶をしてくれ、更に激しく旅情を掻きたてられた。

 宿に戻ってくるとご主人から「何もないところでしょ」と声をかけられたが、何もないどころか美しい山に美しい川、そしてそこでの人の生活、全てが揃った素晴らしいところである。
 そのご主人が、日本語の全く話せない外人夫婦が飛び込みで泊まりに来たと困った顔をしていた。
 普通は、外人グループでも日本語を話せる人が一人はいるので、言葉で困ったことはないとのこと。
 今日の宿泊客は、他に日本人の夫婦が一組いるだけ。
 夕食時、私達とそのご夫婦が先に食堂に座っていると、外人夫婦が「いただきまーす」とにっこり笑いながら入ってきた。
 彼らの話す日本語で私が聞いたのは、この「いただきまーす」の一言だった。
 立ったこれだけの言葉で日本の中を旅するのだから、大したものである。日本人ご夫婦の旦那さんの方が英語を話せたので、宿の方は随分と助かったようだ。
熊野の空に月が出た 外人夫婦はスペイン人だったので、英語はこの旦那さんの方が堪能だったかもしれない。
 どちらのご夫婦も、今日は那智大社から大雲取越えを歩いてきたとのこと。那智大社は標高が高い場所にあるので、小口側から歩き始めるよりは登る標高が小さくて済む。
 ご夫婦からも、食堂のおばちゃんからも、小口から歩くのは大変だよと散々驚かされた。
 紀伊半島をかすめた大型の台風18号の影響で、通行止めになっている箇所があることも、ここで初めて知った。旦那さんの話だと、林道を迂回できるので問題は無いそうだけれど、せっかくの古道で歩けないところがあるのは残念である。
 おばちゃんの話だと台風が過ぎた翌日に、40人も大雲取越えを降りてきたのだとか。
 その後しばらくしてから、倒木が多いので通行止めにする話しが県だか市だから出されたが、そんなことをされたら宿の営業が出来なくなると強く反対して、迂回しながらでも通れるようになったとのことである。
 北海道にいる時、和歌山方面のニュースを検索して、古道には台風の影響はあまりなかったと思っていたが、現地では色々と大変だったようである。
 部屋に戻って窓を開けると、熊野の空に星が輝いていた。
 明日に備えて今日も早めに布団に潜り込んだ。

この日の詳細行程 


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