北海道キャンプ場見聞録 我が家のファミリーキャンプ
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熊野古道中辺路(滝尻王子〜継桜王子)を歩く

(熊野古道の旅 3日目)

1、2日目 < 3日目 < 4日目

紀伊田辺駅前 いよいよ熊野古道を歩き始めるその日の朝、目が覚めると窓の外から雨音が聞こえてきた。
 私達が出て行くのを待っていたかのように、久しぶりの秋晴れの週末となった北海道。
 一方、私達がやってきた熊野は、それまで続いていた天気が崩れて雨が降り始める。
 私達夫婦の雨を引き寄せる力には、熊野の神々もさぞ驚いたことだろう。
 それでもホテルを出る頃には、その雨も気にならないくらいに弱まっていた。
 紀伊田辺の駅前7時発のバスに揺られて、今回の古道歩きの起点となる滝尻へと向かう。
 他にも古道歩きの人がバスに乗ってくるかと思っていたが、地元の人がパラパラと乗り降りする程度で、滝尻で下車したのは私達夫婦二人だけだった。
 また、パラパラと雨粒が落ちてきたので、待合所の中で身支度を整える。
 バス停から橋を渡ると滝尻王子社である。


滝尻バス停   橋を渡ると滝尻王子社

滝尻王子 お土産屋さんのおじさんだろうか、私達に気が付いて写真を撮ってくれた。
 地元の方々は古道を歩く人に優しくしてくれると聞いていたけれど、最初からそれを実感する。
 小さな社に手を合わせて、いよいよ熊野の霊域へと足を踏み入れる。
 杉林の中の道は、カメラのフラッシュをたかなければならないくらいに薄暗い。
 石段の急な登りがしばらく続き、雨具の中が汗で蒸れてくる。
 堪らずに、途中で下に着ていた服を一枚脱いだ。
 やがて、前方に大きな岩が見えてきた。これが「胎内くぐり」の大岩らしい。
 岩の間の狭いすき間を通り抜けると、何か霊験があるらしいけれど、そのすき間はかなり狭く、雨で濡れた体で入ると泥まみれになりそうなので諦めることにした。


一休み   胎内くぐり
蒸し暑くて服を一枚脱ぐ   胎内くぐりの入口(右に見える小さな穴)

杉の根の階段 急な登りがまだしばらく続く。
 石段の代わりに杉の根が浮き上がって、階段のようになっている。
 その杉も細いものが多く、古道とは言いながらも、いにしえの人々が歩いた道とはかなり様相も違っているのだろう。
 雨も上がって、ようやく雨具を脱ぐことが出来た。
 展望台の看板を見つけ、古道から逸れてそこへ登ってみる。
 霧の漂う熊野の山並み、憧れていた風景が広がっていた。 でも、その山の麓には集落も見えていて、まだまだ熊野の山の奥深くまでは分け入っていないようである。
 杉林の中に霧が広がってきた。
 単調な杉林の風景が幻想的なものに変わって、かみさんが歓声を上げる。
 こんな風景の変化が楽しめるので、雨はあまり歓迎できないけれど、あながち嫌いでもない。


展望台からの風景

霧に包まれる杉林

 唐突に舗装道路へと出てきた。
 直ぐにまた古道は、階段を登って杉林の中へと戻っていくけれど、しばらくの間は舗装道路と平行して続いている。
 こんな場所では、わざわざ歩きづらい道を選んで歩くことに違和感を感じてしまう。
 古道沿いに民家も目立ってきた。
楠の巨木 そこを過ぎると、古道を見下ろすように立っている巨大なクスノキが目に入った。
 古道を歩き始めて、初めて出会う巨木である。
 ここまで歩いていて、ずーっと感じていた物足りなさは、周りの木々の貧弱さのためだったのかもしれない。
 足下の石段は、もしかしたら数百年前から変わらずにいるのかもしれないけれど、周りの杉林は数十年前に植林されたものばかりである。
 でも、このクスノキの巨木は、何百年も前から古道を歩く人々を見下ろしていたのだろう。
 その巨木の横を入ると、朱色の小さな社が建っていた。
 これが高原熊野神社である。
 そして神社の裏には、更なる巨木が鎮座していたのである。
 その幹のあまりの太さに、息を呑んでしまう。私がこれまでに見た樹木の中で一番太いことは、間違いない。
 クスノキとしては、これくらいの太さのものはそれほど珍しいものではないのかもしれないが、北海道のミズナラやカツラの巨木でもここまで太くはならないだろう。
 このクスノキから元気をもらって、高原霧の里休憩所へとやってきた。
 果無山脈の山の連なりが、棚田の向こうに見事に広がっている。霧の里と名前が付いているだけあって、その山肌にまとわりつくように霧がかかっているのが、とても良い眺めだ。


高原熊野神社   霧の里休憩所
高原熊野神社   霧の里休憩所駐車場からの眺め

 休憩所の中で休んでいると、清掃車の作業員風の方が入ってきた。
 色々と話しかけてきてくれるが、言葉が分かりづらく、何度か聞き返してようやくその意味を理解できる。
 私達が北海道から来たことを話すと、随分と驚いてくれた。
 あまりゆっくりともしていられないので、お別れの挨拶をしてザックを背負い、再び歩き始める。
 集落の間を抜ける急な道を登っていくと、その先の車道で、休憩所で会った方が車で先回りして私達を待ち受けていた。そして魔除けの鈴を一つ、私達に持たせてくれたのである。
 昔の熊野古道はオオカミや熊も出没していたので、そこを歩く人達は杖に鈴を付けて歩いていたそうである。今はその鈴は魔除けの役割もあるという。
 そんな説明をしながら鈴を渡してくれた。その鈴も、少し汚れていて、如何にも使い込んだようなものだったのが、余計に有り難みを感じてしまう。
 思わぬ好意に感動しながら再び山道を登り始める。

高原池 ここから先、古道は人里から離れて山の中へと入っていく。
 途中からまた雨が降り始めた。
 杉林の中を歩いていると雨もほとんど気にならないけれど、それが途切れると結構な降りになっていることに気が付く。
 途中の高原池の水面には、雨の波紋が沢山広がっていた。
 大門王子の小さな社に手を合わせて先を急ぐ。
 途中で杉林が途切れて眺めの良い場所があったけれど、遠くの山並みは完全に雨に霞んでしまっている。
 十丈王子の手前に屋根付きの休憩所があったので、そこで昼にすることにした。
 午前11時30分、歩き始めてから3時間半が経過していた。
 昼食は熊野名物のめはり寿司である。
 昨日、和歌山駅での乗り換えの際、駅の弁当屋で一個だけ売っていたのを買ってきたやつだ。
 初めて食べるめはり寿司だったけれど、たっぷりと歩いた後に食べる弁当が美味しくないわけがない。


休憩所に到着   めはり寿司
雨の中、屋根付きの休憩所はありがたい   駅弁のめはり寿司

急斜面の道 腹ごしらえをして再び歩き始める。
 険しい山の斜面を削り取って、道が付けられている。
 こんな場所はきっと、昔ながらの古道がそのままの形で残っているところなのだろう。
 そう考えると、歩いているのが楽しくなってくる。
 上多和茶屋跡に到着。
 ここが今日のルートの最高地点で、滝尻からは600mの標高差を登ってきたことになる。
 ここから先は下りが多くなると喜んだけれど、下りは下りで歩きづらいのである。
 特に雨で濡れているので足下が滑りやすく、私も濡れた杉の枝を踏みつけた拍子に足が滑って尻もちを付いてしまった。

 古道沿いには500m毎に番号道標が立っているので、歩く時の良い目印になる。番号毎にその前でポーズをとって写真に写るのが一つの楽しみにもなっていた。
カニ それと、古道の所々にカニが歩いているのには驚かされた。
 こちらの方の川には川ガニが生息していることくらいは知っていたけれど、近くに川も無いこんな山の上にカニがいるとは、ちょっと信じられないことである。
 「カニ注意!」と、お互いに声を掛け合い、カニを踏み付けないように気を使いながら歩かねばならなかった。
 三体月伝説の看板があった。修験者が旧暦の11月23日に月が三体になって現れるのを見たという伝説である。
 これは結構、私の興味を掻き立てるような伝説だった。
 テントを張れるようなスペースも有るし、旧暦のその日に月の出を自分の目で見てみたくなってくる。
 しかし、三体月鑑賞地の矢印看板が山の上を指していたけれど、寄り道するような体力も無くなってきていたので、そのまま歩き続けることにする。
 下り坂の石畳が雨に濡れて滑りやすくなっているので、一歩一歩慎重に歩かなければならない。
 階段状ではなくて、坂道に平らに敷き詰めるように石を並べてあるものだから、まるで石の滑り台なのである。


苔生した杉   滑りやすい石畳
こんな道ばかりなら良いのだけど・・・   下り坂の濡れた石畳は恐怖である

 大坂本王子跡まで下ってきた時には、さすがに疲れ切って、石の上に座り込んでしまった。
 苔生した風景の中にひっそりと立つ笠塔婆が、疲れを癒してくれるようだ。
 雨も上がっていたので、雨具を脱いで歩き始めたけれど、しばらくするとまた雨粒が落ちてくる。
 次第に雨も止んでくるだろうと思っていたのに、なかなかしつこい雨である。


疲れて座り込む   笠塔婆
疲れ切って座り込む   ひっそりと佇む笠塔婆

 古道の下に道の駅が見えてきた。
 ずぶ濡れの姿でそこまで降りていく気にもなれず、そのまま通り過ぎる。
 そして中辺路の人気スポットである牛馬童子像までやってきた。
牛馬童子像 しかし、雨がますます強くなり、辺りも薄暗くて、ゆっくりと写真も撮っていられない。
 早々にそこを後にして、濡れて滑りやすい石畳の坂道を下っていくと、ついに眼下に近露の集落が現れた。
 そこの四阿で一休みしてから、近露へ続く急な坂道を降りていく。
 雨は更に強くなり、何も遮るものが無いのでずぶ濡れである。
 日置川の橋を渡って14時40分に近露王子に到着。
 滝尻から歩き始めると近露の宿に泊まるのが一般的だけれど、それでは翌日の本宮大社までの道程が長くなるので、私達はこの先の継桜王子まで歩いて、野中の民宿に泊まることにしていた。
 継桜王子まで後4キロ、暗くなる前には宿に着きたいので、休む間もなく歩き始める。


近露の集落が見えた   近露王子で
近露の集落が眼下に広がる   雨の中、近露王子で記念撮影

継桜王子 民家の間を抜けていくと「野長瀬一族の墓」の矢印看板があったけれど、寄り道する余裕もなくそのまま通り過ぎた。
 その先から始まる楠山坂の登り、標高差200m程でそれほど急な坂道でもないけれど、足の裏も痛くなってきて、雨に打たれながら疲れ切った体でここ歩くのはかなり辛かった。
 それでも頑張って歩いて、1時間で継ぎ桜王子に到着。
 「野中の一方杉」と呼ばれる杉の巨木が私達を出迎えてくれる。
 その圧倒的な姿に感動しながら、その間の急な階段を登って王子社に手を合わせる。
 雨のためにゆっくりと巨木の姿を楽しむ余裕もなく、その先のとがの木茶屋の庇の下へと逃げ込んだ。
 茶屋で古代団子とコーヒーをいただく。
 近くには野中の清水が湧いていて、その水で入れたコーヒーだそうだ。
とがの木茶屋 かなりのお年らしいおじいちゃんが、お盆にコーヒーと団子を乗せ、よろよろした足取りで運んできてくれる姿を見て、こちらが客として座っていることが申し訳なく感じてしまう。
 そのおじいちゃんよりもう少し若くて元気そうなおばあちゃんの「熊野の神様は苦労を重ねた人々を救ってくれる」との話しを聞いて、自分達も今日はかなり苦労をしてきたから救ってもらえそうかなと嬉しくなった。
 茶屋の老夫婦にお別れして、野中の清水へと続く急な階段を下りる。
 日本の名水百選にも入っている湧き水は、とてもまろやかな味がした。

 のなか山荘の奥さんからは「電話をくれれば向かえに行きます」と言われていたけれど、せっかくここまで歩いてきたのだから、宿まで歩き通すことにした。
 とがの木茶屋のおばあちゃんから道順も聞いていたし、手製の小さな看板が所々に付けられているので迷うことも無さそうだ。
 でも、途中で一つ看板を見逃して、お寺の墓の中へと迷い込んでしまった。
 もう一度元に戻って、寺の駐車スペースの横にあった小さな看板を発見し、それにしたがって民家の横の踏み分け道を降りていく。
のなか山荘の夕食 次の看板は支柱から外れて、看板がぶら下がってしまっていた。これでは矢印がどちらを向いていたのか分からないけれど、後は車道を歩いて国道まで降りていけば宿まで行けるはずである。
 ところが、国道まで出れば直ぐに宿が見えるとと言われていたのに、出てきた国道は山の中の道で、宿など何処にも見えない。結局ここで諦めて、電話をかけて向かえに来てもらうことになった。
 そうしてようやく午後5時頃に宿に到着。今日の宿泊客は私達夫婦だけである。
 大きな浴槽の中で思いっきり手足を伸ばすと、一日の疲れがお湯の中へと溶けていくようだ。
 美味しい夕食で腹一杯になり、ビールをもらって部屋へと戻り、そこで改めて熊野古道一日目を無事に歩き終えたことを祝ってかみさんとグラスを合わせた。

この日の詳細行程


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