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男一人最果てキャンプ

道東の某所(2月27日~28日)


 

退職して毎日家にいると奥さんから嫌がられる。
我が家ではそんな事は有り得ないと勝手に思い込んでいたが、世間一般のそんな構図から例外ではいられないことを知ることとなる。

最近は私が何を言っても、ほぼ100パーで反対される。
それでも勇気を出して「来週、道東キャンプに行こうと思うんだけど」と提案してみた。
それに対するかみさんの反応は「ふーん」の一言だけ。
「何処に行くの?」とも聞いてもらえず、会話も成立しない。

何年か前に「流氷キャンプは好きじゃない」と言われて、私一人でキャンプに出かけたことはあったが、今回はそんな理由もなさそうだ。
退職後、朝から晩まで毎日顔を付き合わせているので、私と一緒にいるのがただ面倒になってきただけなのだろう。

そんな訳で、一人寂しく道東に向かって旅立った。
まずはガソリンを入れようとGSに立ち寄ったところ、財布を忘れたことに気が付き家に引き返す。
最初からこれでは先が思いやられる。

自宅から430キロ走って、目的地までやって来た。
実は今回も流氷キャンプを予定していたのだが、そこに流氷の姿は無かった。
波も無く、ネットリとした海面の向こうには知床連山の真っ白な姿が浮かんでいた。
国後島の手前に白い線が見えているが、それが多分沖合に浮かんだ流氷なのだろう。


海の向こうに浮かぶ知床連山



枯れ草を食べるエゾシカと国後島

更に車を走らせると、雪原の中に100頭前後のエゾシカが群れていた。
これだけ大きな群れを見るのは初めてなので驚いてしまう。
しかも、他にも何ヶ所かにそんな群れがいるのだ。
道路際でもあちらこちらで、群れから離れたエゾシカが枯れ草を食べている。

何年か前にこの辺りまで流氷が押し寄せたとのニュースを聞き、それ以来、流氷に囲まれた最果ての地にテントを張ることが私の一つの夢になっていた。

そんな場所を探し、ネイチャーセンターから更に奥まで車を走らせる。
しかし、そこには私の考えていたような最果てのイメージは無く、途中で工事が行われていたりしてガッカリする。

流氷が無いのであればしょうがない。
こうなれば、夏場の観光地でもあるあの場所に行くしかなさそうだ。


エゾシカに見つめられる

ネイチャーセンターの方に声をかけて、駐車場に車を停めさせてもらう。
さすがに「キャンプをする」とは恥ずかしくて言えないので、「星の写真を撮るので遅くなる」と適当な理由を付けておいた。

スノーシューを履き、重たいザックを背負う。
ザックが重たいのは3.5キロのテントのせいだった。
もっと軽いテントもあるのだけれど、冬キャンプにはこのテントの方が使いやすく、今回はそれ程長距離を歩くつもりもなかったので、我慢して背負うことにしたのである。

エゾシカが不思議そうな表情でこちらを見ていた。
ネイチャーセンターからは沢山の足跡が続いている。
多分観光ツアーの人達が歩いた跡なのだろう。


一夜の寝床が完成

その足跡も途中で無くなり、私は更に先を目指す。
ネイチャーセンターも遠く離れ、肉眼では私の姿も見えないはずだ。
最果てキャンプをしたくてここまで来たのだから、人工物はなるべく目に入らない方が良い。

立ち枯れたマツの近くにテントを張ることにした。
ここでキャンプをするのならば、立ち枯れたマツは欠かせないのだ。

雪の上ではペグが利かないので、何時もならば木の枝をペグ代わりに使う。
しかしここでは、たとえ枯れていても、貴重な松の枝を折ることは出来ない。
雪で押さえながら、何とかテントを設営。


ここで飲む金麦は最高に美味しい!

一息付いてから、早速ビールを開ける。

回りには真っ白な雪原が何処までも広がっている。
陽射しも強く、サングラスをかけていなければ直ぐに雪目になってしまいそうだ。

遠くには知床連山、今回登る予定の海別岳、そして武佐岳、更に遠くには雄阿寒岳や雌阿寒岳も見えている。
後ろに目を転じると、国後島の山も見えている。
一際高く聳えているのは爺爺岳だろうか。

そんな風景の中に私のテントだけがポツンと張られている。
イメージしていたとおりの最果てキャンプである。


こんなキャンプをやりたかった

 


距離感が掴めない風景だ

ヘッドランプを車の中に忘れてきたので取りに戻ることにした。
最短ルートで雪原を横切る。

この様な広大な風景の中では距離感が無くなる。
1.5キロ位はありそうで、歩いていても目標物がなかなか近づいてこない。

雪がなければ、この辺りは海面のはずである。
所々で水が浮いてきているが、氷が割れて海に落ちることはなさそうだ。

結局、往復で45分くらいかかってしまい、テントまで戻ってくる頃には既に陽が沈みかけていた。
夕陽はちょうど雌阿寒岳の山頂に沈んでいく。
陽が沈んだ後は地平線の空が紅く染まる。
その地平線に一直線に並んで、街の明かりが灯り始める。


美しい夕暮れ

 
明日になれば、その空に三日月と金星が並んで見えるはずだった。
本当はそれに合わせてキャンプする予定だったのだが、天気の関係で1日早くしていたのだ。
なかなか考えているとおりにはいかないものである。


陽が沈むと街の明かりが灯り始める

 


夕食の準備は整ったが・・・

陽が沈んだ途端に気温が一気に下がってくる。
堪えきれずにテントの中に逃げ込み、夕食の支度を始める。
支度と行っても、レトルトのご飯とカレーを温めるだけだ。

どちらも温まった所で後はは食べるだけ。
そこで重大な事実に気が付いた。
シェラカップは持ってきたけれど、箸もスプーンも無いのである。

普段のキャンプや山行でも、カトラリー類はかみさんの担当。
それなので、キャンプの準備をしている時から箸やスプーンのことは、頭の中から完全に抜け落ちていたのである。

木の枝で箸を作る方法もあるが、ここの樹木を折ることは躊躇われ、今更寒い外に出る気にもなれない。
思い付いたのは、ご飯をおにぎりにして、それにカレーをかけて食べる方法だ。


あまり良い絵づらではない

まずはポリ袋にご飯を入れて丸く固める。
そしてそこにカレーを全量投入。

これで何とか食べられるかなと思った時、ポリ袋に穴が開いていたらしく、下に敷いてあったタオルの上に黄色い物体がポタポタとしたたり落ち始めた。
それを見た瞬間、7年前の悲惨なキャンプのことが頭の中に蘇ってきた。

慌ててもう一つのポリ袋を重ねる。
しかし、その状態ではやっぱり非常に食べづらかった。
そこで、ご飯の入っていたケースをナイフで切断してスプーン代わりに使う。
こうして何とか夕食のカレーを食べ終えることが出来たのである。

寒さをこらえてテントの外に出てみる。
そこには美しい星空が広がっていた。
遠くの街の灯が眩しいくらいに輝いて見える。
小さな街のはずなのに、回りが暗いので、都会のような明るさに感じるのだ。


星空と街の明かり

 


冬キャンプで朝寝坊したのは初めてだった

寒さに耐えかねて早々にテントに戻る。
この夜の気温はマイナス20度までは下がっていなかったと思う。
その割には、シュラフから出ている顔がやたらに冷たく感じて、ぐっすりと寝られなかった。

おかげで朝寝坊してしまい、目覚めた時には既にテントの中が明るくなっていた。
慌ててテントの外を覗くと、既に太陽が昇っていたのである。
何時もならば暗いうちから起き出して日の出の瞬間を待っているのに、これは不覚だった。

遅ればせながら朝の雪原散歩を楽しむ。
歩き回っていると身体は温まるが、寒さで指先が痛くなってくるのはどうしようもない。


朝の風景

 
テントに戻りコーヒーを入れる。
コーヒーを味わうより、暖かいコーヒーの入ったカップで指先を温められるのが嬉しかった。


テント撤収に場所を借りる

ソロキャンプなので、誰に気兼ねすることなく気ままに時間を過ごす。
最近は何をするにしても、まずはかみさんの意見を聞かなくてはならない。
久しぶりに味わう「自由」だった。
お互いに、それぞれの自由な時間を持つことも必要なのかもしれない。

十分にソロキャンプを楽しんだところで撤収を開始する。
ネイチャーセンターまで戻ってくると、今日もその近くでエゾシカがうろついていた。

大型バスから団体客が降りてきて、ガイドの案内で凍った海の上へと出ていく。
私が近づくと直ぐに逃げてしまうエゾシカが、そんな団体客が近くに来ても大して気にしていない様子なのには驚いてしまった。
まさか餌が貰えるのを期待している訳では無いだろうが、こんな団体客は無害であることを知っているのだろう。

帰り道、スノーシューを履いて立ち枯れたミズナラの森を歩いてみた。
木道でも整備してここを歩けるようにすれば観光客も喜ぶと思うのだけれど、今は道路沿いの駐車場から眺めるしかないのだ。
ここを歩けるのは冬の間だけのお楽しみなのである。


立ち枯れたミズナラの森を散歩


明日の海別岳登山に備えて、この後は清里町までのドライブを楽しんだ。


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