天に続くみちを後にして、その近くのメーメーベーカリーというパン屋に立ち寄る。
道よりもこのパン屋の方が感動が大きかったかもしれない。
立地の辺ぴさと建物の古さは一級品である。
人里離れた場所の小洒落た建物のパン屋は良くあるけれど、ここは離農した農家の家をそのまま利用した建物で、「えっ?本当にここでパンを売っているの?」と驚いてしまう。
正直言って私はパンの味はあまり分からないけれど、こんな場所でパンを焼いている人間は好きである。
パン屋から出た後は、この日の宿泊予定地である羅臼温泉野営場まで一気に車を走らせる。
久しぶりに訪れるウトロも、コンビニに寄っただけで素通りである。
初めて泊まるキャンプ場なので、なるべく余裕を持って到着して、キャンプ場で少しゆっくりとしたいのだ。
とは言っても、既に日没の時間は迫っている。
上空には青空が広がってきて、知床峠からは羅臼岳の凛々しい姿を望めたが、こちらの方は明日の紅葉ウォークでたっぷりと楽しめるはずなので、そこも素通り。
そうして午後3時半頃に羅臼温泉野営場に到着した。
ここのサイトは、駐車場から下がったところと登ったところの2か所に分かれている。
下の方のサイトにはソロキャンプ風のテントが三つ張られていたが、上のサイトには誰もいない。
感じの良い林間サイトで、区画ごとに高低差もあり、これならば満員になったとしても、さほど窮屈には感じないだろう。
我が家は、この上のサイトを利用することにした。
駐車場からはかなり登ってくるので、テントを張る場所は駐車場から2番目に近いサイトを選択する。
今回のキャンプでは山用装備も準備していたが、ここでは2泊する予定なので、オートキャンプ用装備を使うことにした。
オートキャンプ用装備と言っても、テントが小川のソレアードになって、それに椅子とテーブルが加わるだけである。
二人で2往復もすれば、ほとんどの荷物を運ぶことができる。
設営が終わったところで、ウトロのコンビニで買った地ビールで乾杯。
札幌から知床までやってくると、さすがに遠く感じる。
でも、今回の4泊のキャンプの中ではこの日が一番余裕を持って夕暮れを迎えることができたのである。
さすがに知床のキャンプ場だけあって、野生動物の気配は濃厚である。
一応はサイトの周りには電気柵が張られていて、ヒグマの侵入は防いでいる。
でも、エゾシカはそんな柵も気にしないで、堂々とキャンプ場内に出入りしていた。
山の中の獣道は、その電気柵の切れ目まで続いていて、そこが出入り口になっているようだ。
それではヒグマの侵入も完全には防げない訳で、やっぱりこんな場所でキャンプする時は十分な注意が必要なのである。
一息付いたところで、受付のお姉さんが「絶対に入った方が良いですよ」と勧めてくれた「熊の湯」へと入りにいく。
ちなみにこのキャンプ場の管理は女性がやっているようで、施設の方々に女性らしい細やかな気遣いを感じられ、好感を持てた。
熊の湯のお湯はとても熱く、勝手に水を入れると地元の人から怒られるとの話を聞いていたが、その話通りの熱さだった。
そして入っている人も地元の人ばかり。
1分も入っていられない。外に出てかけ湯をしているのでちょうど良いくらいだ。
何度か出たり入ったりを繰り返し、私が出る頃になってから地元の人が「これは熱すぎる」と言って水を入れ始めた。
地元の人がそう言う程なのだから、相当に熱かったに違いない。
サイトに戻ってからも、足が火傷をしたようにヒリヒリと痛んでいたくらいである。
女湯の方では、後から入ってきたおばあちゃんが「なんも我慢することないんだよ」と言って水を入れてくれたとのこと。
どうやら、巷で言われている程には、必要以上に我慢することもないみたいだ。
私がテントまで戻ってくると、先に出ていたかみさんが一人で焚き火を始めていた。
ここのキャンプ場は、オートキャンプ場の様に全てのサイトが区画割されていて、その一つ一つに焚き火用の炉が作られている。
このタイプのキャンプ場で、ここまで徹底して焚き火の場所が確保されているところを私は知らない。
環境の素晴らしさ、野生動物の気配、隣接する野湯、管理する女性の細かな気配り、そしてこの焚き火用の施設。
私がこれまで利用したキャンプ場の中でも5本の指に入るくらいの素晴らしいキャンプ場である。
夕食は白滝のパーキングで買ってきた、お豆たっぷりの炊き込みご飯。
食後は、焚き火を前にして、東藻琴の乳酪館で買ったチーズをつまみにワインをいただく。
荷物を積み込む時にかみさんに言われて、薪を持ってきたのは正解だった。移動しながらのキャンプなので、最初は薪は持ってこないつもりでいたのだ。
ここの焚き火スペースには頑丈な鉄の枠が付いているので、かみさんは「ダッチオーブンも持って来れば良かった」と本気で言っていた。
空には満天の星が輝き、森の奥からは雄鹿の求愛の声が響いてくる。
静かな良い夜だった。
翌朝の場内はまさにエゾシカ牧場の様相だった。
何だか、場違いな場所に私達がテントを張ってしまったような気さえしてくる。
何頭ものエゾシカがのんびりと草を食んでいる。
ここのキャンプ場では、草刈りの必要も無さそうである。
我が家のテントのすぐ隣にまで近づいてきた鹿は、ご丁寧に小便までしていってくれた。
これだけシカがいるのに場内に糞が見当たらないのは、管理する人が掃除してくれているのかもしれない。 |