雪の舞う道央自動車道を、1985年オリコンヒットチャート曲を大音量で聴きながら、車を走らせていた。
普段なら直ぐに「うるさい!」と言ってくるかみさんの姿は助手席には無く、そこには大きなザックが一つ置かれているだけである。
かみさんは、一週間前に罹った風邪が回復せず、前日の朝になって「これじゃあテント泊は無理みたい」とリタイア宣言をしたのである。
今回の目的は流氷キャンプ。
日頃から流氷キャンプに乗り気ではないかみさんなので、単独行動の方が私にとっては自由が利いてやりやすい。
一人ならば何処ででも寝る事ができるし、流氷が接岸していなければ、知床の山の中で羅臼岳から登る月を眺めながらキャンプをする代案も密かに考えていたのだ。
しかし、金曜日に北海道の東を発達した低気圧が通過し、その低気圧が吹かせた北風によって網走から斜里にかけての海岸には大量の流氷が押し寄せているはずなので、代案の必要性は無さそうだった。
旭川紋別自動車道に入ると、青空が広がってきたものの、昨日の夜から今朝にかけて積もった10センチ以上の雪が全く除雪されていなかった。
ハンドルを取られないようにしっかりと握って、雪の積もったままの追い越し車線から強引に追い抜きをかける。
家を出る時に「安全運転でね」と言っていたかみさんの顔が浮かんできたが、長距離を走るときはどうしても先を急いでしまう。
終点丸瀬布で高速道路を降り、美幌経由で東藻琴へ向かう。
上空には素晴らしい青空が広がり、最近積もったばかりの真っ白な雪とのコントラストが、如何にもオホーツクらしい風景を演出している。
チーズを買おうと立ち寄った東藻琴の乳酪館は、残念ながら休館日だった。
町内の農協の店舗やスーパーも全て休業。「何で日曜日が休みなの?」と言うのは、都会で暮らす人間の感覚なのだろう。
チーズは諦め、そこからは海を目指すことにして道道102号をオホーツク海に向かって北上する。
その道道が海岸沿いを走る国道に突き当たったところに、味わいのある木造駅舎の藻琴駅がある。
無人の駅舎の中ではラーメン喫茶&軽食の「トロッコ」が営業していて、今日の昼食はここで食べることにした。
ラーメンが美味しそうだったけれど、今日の夜は粗食で耐え忍ばなければならないので、ご飯もののカレーライスを注文。
食事を終え、斜里に向かって国道を走り始めると直ぐに、流氷で埋め尽くされた真っ白なオホーツク海の風景が広がってきた。
工事用に除雪された海岸線の道を見つけて、車を乗り入れる。
車を降りれば目の前が海岸なので、流氷の近くに手軽にテントを張るには良さそうな場所だったが、交通量の多い道路に近すぎて、さすがにここでキャンプをする気にはなれない。
国道に戻ると、隣接する線路上を深緑色の列車が走ってくるのが遠くに見えた。
慌てて車を降りてカメラを構えていると、その前を流氷ノロッコ号が通り過ぎていく。
実は、このノロッコ号の撮影も今回の行動計画の中に含まれていたのだ。
そのために、わざわざノロッコ号の時刻表まで調べておいたのに、それを見るまでもなく、あっさりと目的を達成してしまったのである。
途中で通り過ぎた北浜駅の前には、大型バスが何台も停まり、その隣りの木製の展望台には観光客が鈴なりになっていた。
多分、全員が中国人なのだろう。
藻琴駅と同じような、小さな木製の無人駅舎。
オホーツク海に一番近い駅として知られ、ドラマや映画の撮影にも使われたそうだけれど、大型観光バスが停まるような観光施設とは思えない。
これが流氷観光の実態だとすれば、何ともお寒い話しである
今回の流氷キャンプ地の候補になっていた、浜小清水の前浜に到着。
3年前に下見で訪れた時と同じく、駐車スペースが綺麗に除雪されていた。
流氷キャンプは、その気になれば何処でもできるのだが、近くに安心して車を停められる場所があるのが第一条件である。
隣接する丘の上にフレトイ展望台があるので、そのための駐車場として除雪しているのだろうか。
海岸に下りてみる。
この付近では海面が開いている場所があり、波が打ち寄せていた。
その波の中には小さな砕けた流氷が沢山混ざっているので、波しぶきではなく氷の塊が飛び散る。
初めて目にする氷の波は凄い迫力だった。
キャンプ地としても申し分なかったが、本命にしていた候補地が別にあったので、そちらも見ておくことにする。
その前に、道の駅「はなやか小清水」に寄り道した。
もしかしたら東藻琴で買いそびれたチーズがあるかもしれないと思ったが、大したものも無く、隣のマートフレトイの方にも入ってみる。
町のスーパー風の店内には、興味を惹かれるものが色々と置いてあった。
その中でも私の目を引いたのは、充実したお惣菜コーナーである。
今日の夕食はフリーズドライの山食なので、つまみくらいは豪華にしたいのだ。
目的のチーズを買えなかった代わりに、チーズちくわやホタテのフライを購入。
十勝ワインのトカップのハーフボトルも購入。
中身は十勝ワインでも、ラベルは知床ワインになっているので、流氷の上で飲むにはちょうど良かった。
そうして本命候補地に到着。
こちらも、道路から入った川の縁に数台分の駐車スペースがある。
除雪されているわけではなく、車が入って自然に踏み固められた場所のようだ。
雪の少ない土地なので、それで十分なのだろう。
それにしても、川は禁漁になっているし、誰がここを利用しているのかは不明である。
JRの鉄橋の下をくぐれば直ぐに海岸に出られるので、流氷見物の隠れた穴場スポットなのかもしれない。
鉄橋をくぐった先は、河口部分の海面が開いているものの、その他は真っ白な流氷に埋め尽くされていた。
そしてその流氷原の向こうには、やや霞んでいるものの知床連山の姿が見えている。
ロケーションは完璧で、後はテントを張る場所である。
予定では砂浜部分にテントを張るつもりでいたが、流氷原を展望するような形でテラス状になった流氷があり、その先端が良い具合に平らになっていた。
まるで「どうぞここにテントを張ってください」と言わんばかりの様子である。
まだ時間も早く、知床まで足を延ばそうかとも思っていたが、そんな様子を見ると知床の事など頭の中から消し飛んでしまった。
キャンプ道具を取りに、急いで車へ戻り、そうして道具一式を背負って、流氷のテラスへと舞い戻った。
テントを組み立て、フライシートの固定用ペグをハンマーで叩くと、小気味良く氷の中へ入っていく。
氷瀑登攀のハーケンを打ち込んでいる気分になって気持ちが良い。
そうして今夜の寝床が完成した。
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