近くにキャンプ場があればもっと松前観光に時間をかけられるのだけれど、今日も遠くのキャンプ場まで移動しなければならない。
寺町の中を車から降りて歩いていたりしたら、いつの間にか昼を過ぎてしまっていた。「松前物産館よねた」で松前漬けを購入した後は、どこかで昼食を食べることにする。
以前にネットで松前について調べた時、「漁師の店」と言う食堂が記憶に残っていたので、そこを探すことにする。国道沿いで直ぐにその店は見つかった。
お昼なのに誰もお客さんがいないようで、ちょっと入るのが躊躇われる様な店である。かみさんと顔を見合わせたが、覚悟を決めて店に入った。おばあちゃんが一人でやっているような店だ。
メニューを見て迷っていると、私達が観光客だと分かったのか「イカの刺し身とかあるよ」と声をかけてくれた。直ぐに二人ともイカ刺し定食を注文。一人前1000円と言うのは、結構な値段である。壁に張られたイカ刺し定食のメニューに、鉛筆で「むちゃくちゃしんせん」と添え書きされていた。
もしかしたらもの凄いイカ刺しが食べられるかもしれないと、期待が膨らんでくる。
そうして、もの凄いイカ刺しがテーブルの上に出てきた。
「・・・。」
とりあえず一口食べてみる。まあ、食べられないわけではない。
でも、どう見ても、解凍したばかりのイカですって代物である。
帰るときに昆布を一束、お土産に持たせてくれた。
別にそのためでは無いけれど、思いっきり外れのイカ刺しを食べさせられても、大して腹は立たなかった。おばあちゃんが一人で一生懸命作ってくれた料理である。旅の途中でのちょっとした出来事として一つの思い出になりそうだ。
松前を出て次の上ノ国町までの50kmは全く何も無い区間である。松前半島のの山並みが海に没する海岸線を走るワインディングロード、景色も良くてドライブルートとしてもとても楽しい道である。
ちょっと怪しげな雲が出てきたけれど、それも北に向かうにつれて次第に晴れてきた。
今日のキャンプ予定地は厚沢部レクの森キャンプ場。初めて泊まるところだけれど、森の中のキャンプ場であることだけは確かである。
そうなると焚き火用の薪に不自由はしなくて済みそうだが、走っている途中に手ごろな流木が転がっている海岸を見つけたので、そこで袋一杯の薪を拾って、車の荷台に無理やり積み込んだ。
松前町を出てから久しぶりに人家を見るような気がした。上ノ国町に到着である。
町の手前に夷王山の案内板を見つけたので、ちょっと寄り道してみる。ここには夷王山キャンプ場があるが、10月いっぱいでクローズしているはずだ。ロケーションの良いキャンプ場とのことなので、もしもオープンしていれば宿泊候補地にも入っていたかもしれない場所である。
それで様子だけでも見ておこうと考え立ち寄ったところが、炊事場の水も出るし、木工センターの建物に併設されているトイレもまだ使えるようになっていた。
かみさんはすっかりここのキャンプ場が気に入ったみたいで、直ぐにでもテントを張りたそうな様子である。一方の私は、頭っから厚沢部レクの森のことしか考えていなかったので、そう簡単に気持ちは切り替わらない。
ここのサイトは、谷の部分に作られているので思っていたほどロケーションも良くないし、海風がちょっと気になるくらいの強さで吹き付けてきている。このまま厚沢部まで行って、もしもそこが気に入らなければここまで戻ってくる時間的余裕もまだありそうだ。
そう考えて予定通り厚沢部まで向かうことにする。上ノ国町を過ぎ江差町を通って厚沢部までは、それまでの道のりと違ってとても賑やかだった。
予想以上に時間がかかって、厚沢部町に到着。混雑する道の駅の前を通り過ぎ、キャンプ場の看板に従って山側へと曲がる。その山裾の森の中がキャンプ場になっているらしい。
「く、暗い・・・。」
あらかじめ、キャンピングガイドを見ているかみさんから「樹木が茂って薄暗いところみたいよ」とレクチャーは受けていたが、そこは私の考えていた以上に樹木が茂っていた。
少し開けて日当たりの良い場所にテントを張ろうと思っていたのに、そんな場所は何処にも無い。
11月までオープンしていて人気のあるキャンプ場なので、3連休初日のこの日ならば物好きキャンパーも数組はいるだろうとも思っていたが、テントどころかバンガロー利用者さえいないみたいだ。
今時期のキャンプでは少しでも長く太陽の光を浴びていたいところなのに、ここのキャンプ場はサイトまで陽が差し込むことがあるのだろうかと思えるような薄暗さである。
我が家の車が駐車場に入って、それからサイトの中を下見している間、ここの管理人らしき人が管理棟の前からずーっと私達の様子を見ていた。多分、今日始めてやって来たキャンパーを歓迎しようと、優しい気持ちで見守っていてくれたのだろうが、実は私達夫婦はこれが苦手なのである。
他に誰もいないようなキャンプ場で自由気ままにキャンプをするのが一番の楽しみなので、こうして監視されているような状況下では心からリラックスすることができないのだ。
「やっぱり止めよう!」
「えっ?本当に良いの?」
私がこのキャンプ場に泊まるのを楽しみにしていたのを知っていたかみさんは、意外そうだった。
他に行く場所が無ければここでも不満は無かったけれど、先ほど見たばかりの開放的な夷王山のサイトと比べると、この薄暗い場所にテントを張る気にはなれなかった。
かみさんも、管理人さんからジロジロと見られているのが気になってしょうがないみたいだ。
こうして、昨日に引き続き予定を変更して引き返すことになった。昨日は45km、今日は25kmなので、まだましである。
江差町で買い物を済ませて、日が傾きはじめる3時半には上ノ国町まで戻ってくることができた。
夷王山のキャンプ場の近くには「北海道夜明けの塔」と名づけられた立派な展望台が聳えている。
その大仰な名前を見ると「これは是非とも、明日の朝はここから夜明けを向かえなくてはならない」と言った気持ちになってしまう。
管理人も他のキャンパーも誰もいないキャンプ場というのは、本当にリラックスすることができる。
そこに付いた瞬間から全てが自分の庭となる。誰に気兼ねすることも無く自由気ままに時間を過ごせるのだ。
テントを張り終えて、直ぐに温泉に入りに行くことにする。
キャンプ場を出て丘の上に戻ると、そこは直ぐ牧場になっている。
西日を受けて赤く霞んだ遠くの山並みを背景に牛達が草を食んでいる。その姿にカメラを向けると、好奇心旺盛な子牛が私に向かって駆け寄ってきた。
とても可愛らしいのだけれど、ゆったりと草を食む姿をシルエットにして写真を撮ろうとしていたのに、その構図が崩れて困ってしまう。
水平線に浮かんだ雲に夕陽が沈もうとしている。後ろを振り返ると、既に月が高く昇っていた。
しばらくその様子を楽しんでから、そこから2km程の花沢温泉簡易浴場へと向かう。入浴料が200円と安い割には源泉かけ流しで洗い場も広く、とても快適な温泉だった。
キャンプ場に戻ってきて、早速焚き火をはじめる。
この周りは一部に樹林があるものの、殆んどが牧草地に囲まれているので薪を拾うのは難しい。
途中の海岸で流木を拾っておいて大正解だった。
今日のダッチオーブンメニューは丸タマネギのワイン煮込みだ。
ダッチオーブンと言うのは本当に便利なものである。焚き火をするためにキャンプをしているような我が家にとって、その趣味を楽しんでいる間に同時に料理も出来上がってしまうと言うのだから、こんなに良い事は無いのだ。
唯一の不満は、ダッチオーブンを乗せている間はあまりガンガン火を燃やせないということである。それは食後のお楽しみに取っておいて、料理中は小さな炎でも別に不満は無い。
そうしている間に料理が完成。本によると最後に粉チーズを振り掛けることになっているみたいだが、かみさんが使ったのはピザトースト用のとろけるチーズ。
シェラカップに入れたタマネギの上にチーズを乗せて、それに皿で蓋をする。
しばらくしてその蓋を取れば、見事なタマネギのチーズ包みの出来上がり。
食べる前に一応記録写真を撮る。
テーブルクロスでも敷いてもっと美しく写せば良いものを、我が家の場合キャンプではとりあえず喰えれば良いと言う主義なので、散らかりまくったテーブルでも全然気にならない。
そうして食後は思いっきり焚き火を楽しむ。
ところが昨日までと違って全然寒さを感じない。
顔に吹いてくる風が生暖かく感じられるくらいの気温だ。温度計を見ると14度もある。これでは焚き火の暖かさもあまりありがたくものには思えないのだ。
トイレの灯りは付くけれど、場内の照明灯は消えたままだ。
これは我が家にとっては大歓迎のことである。
キャンプに来てから夜の月は次第に丸みを増し、明日が十三夜だ。その月が放つ光を、人工の明かりに邪魔されること無く、全身に浴びれる心地良さ。
上空を次々と雲が流れ去り、その中で月が見え隠れする。そんな様子を飽きもせずに見続けていた。
明日の「北海道の夜明けの塔」から見る朝日を楽しみに、夜9時には眠りに付いた。
ようやく朝日が昇る時間を把握できてきたので、とんでもなく早起きすることもなくなってきた。
テントの中が薄明るくなってから落ち着いて起き出す。
顔を洗ってから車で夜明けの塔へ向かった。サイトからその塔までは歩いていけるような距離だけれど、せっかちな性格なものだから少しでも早く現地に着きたいのである。
雲が多いので朝日が見られるかどうかちょっと心配だった。塔の立っている丘の上までやって来て、そこからの風景を見た瞬間にそんな心配も吹き飛んでしまった。
薄く霞んで重なり合う遠くの山並みがまるで山水画のような風景だ。雲の間からのぞいている空はピンク色に染まり、その風景の中を流れる道南の名川天の川が、空の色を映しこんで光の帯となって優雅な曲線を描いている。
やがて山陰から朝日がその姿を現してきた。霞によってその光の大部分を吸い取られてしまい、朝日が昇った後でも周りの風景は淡いピンク色のままで変わらない。
塔の展望台まで登ってみると上ノ国町の市街地も見渡せて、その向こうには江差のかもめ島の姿も霞んで見えている。今日はそのかもめ島を歩いてみるつもりだ。
気が付くと上空の雲もいつの間にか消え去り、朝日の上に残っている雲を通して朝の光がスポットライトのように空に向かって広がっていた。
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