暫く穏やかな流れが続いていた。
やがて徐々に波が高くなってきたが、まだまだ緊張するほどでもない。
その時である。前を下っていたはずのK藤さんの姿が突然消えてしまった。
その消えた場所まで下っていくと、大きな隠れ岩がちょっとした落ち込みを作っていて、その下でK藤さんのカヤックがひっくり返っているのを発見した。
しかし、その先では更に大きな波が待ち構えていたので、そこでK藤さんに救いの手を差し伸べる余裕は私達には無い。
無慈悲な人間だと思われるかもしれないが、水の中で必死にもがいているK藤さんを横目で見下ろしながら、その横をただ通り過ぎるしかなかった。
そして大波の立つ瀬を通り過ぎたところにちょうど良いエディを見つけ、そこでK藤さんをレスキューすることにしてカヌーを乗り入れる。
そして上流に目をやると、今度はKenjiさん夫婦の乗るカナディアンが沈をして、流されてくるところだった。
これでは上陸してロープを投げる暇も無い。
カヤックよりも大型のカナディアンのレスキューの方が大変なので、K藤さんは他の人に任せて、kenjiさん艇の後を追いかけることにする。
流されながらも途中でkenjiさんが裏返しになっていたカヌーを元に戻したので、これでレスキューが楽になった。
ひっくり返って水に沈みかけたカヌーは、重たくて簡単には動かせないのである。
流れも緩やかになり、流されるカヌーの後を一緒に付いていくが、そのポジションではレスキューのしようが無い。
そこへカヤックのY田さんがやって来て、横からカヌーを押してくれたので、何とか足の立つ場所まで誘導することが出来た
これでもう安心なので、私達はそのまま下り続ける。
すると、その先にK藤さんが流れているのが見えた。
「え〜っ!まだ流れてたの!」
川幅も広がっているので、その真ん中を流されていてはレスキューのしようも無かったのだろう。
可哀相なK藤さんは、再び現れたの瀬の中に突っ込んでいった。
それでもしっかりと舟とパドルを確保し続けているのは大したものである。
私達もその瀬の中に突っ込む。
そしてその瀬を過ぎたところで、かみさんがこちらを振り向いた。
「水を抜かないの?」と言ったようだが、K藤さんがどんどん流されているのにそんな悠長なことはしていられない。
瀬はあと一箇所、その後は流れも緩くなっているので、もう少し頑張れば良いだけだ。
しかし、ふと自分のカヌーに目をやると結構な水が中に入っていることに気が付いた。その量は、カヌーの操作に深刻な影響を及ぼすレベルにまで達していたのである。
そうしてもう一度前に目をやると、直ぐそこに迫ってきている瀬の波の高さは半端ではなかった。
もうK藤さんのことなど構ってはいられない。
先に大波に突っ込んだK藤さんは、もみくちゃになりながら水の中で浮き沈みしている。
私達はただひたすら、波に跳ね上げられるカヌーの中でバランスを保つだけである。
そこへ左岸から1本のロープが投げ入れられ、K藤さんは何とかそのロープにしがみつけたようだ。
その様子を確認してから、私達も瀬を抜け出し右岸側の流れの緩やかな場所に入って、ようやく岸に上がることができた。
結局、沈した人をレスキューしようと思いながら、何もできないままただその後を追いかけ、最後は危うく自分がレスキューされる側になりそうになって終わっただけの話である。
後で動画とGPSのデータを合わせながらK藤さんの流された距離を調べたところ、約600mであることが判明した。
この距離は、5年前に私が雪解け水で増水した雨竜川で流された距離とほぼ同じであるが、その過酷さにおいては今回のK藤さんが優っていることだけは確かである。(この間の一部始終の動画 83MB)
その後も息つく間もなく瀬が現れる。
K藤さんはそこで2度目の沈。
今度はそれ程流されることはなかったけれど、その姿を見て4年前にここを下った時のF迫さんを思い出した。
カヤックでの川下り5回目にしてこのラフトコースを下ったF迫さんも、ひたすら沈を繰り返していたのだ。
なかなか厳しい十勝川の流れである。
古堰の瀬は、この区間の中で一番大きな波が立つ場所かもしれない。
カヤックのメンバーはそこで楽しそうに遊んでいるが、私達は怖くて近づく気にもならない。
でも、下るだけならば、余計な障害物も無いので楽しい瀬である。
更に瀬を下っていくと、川原に張られた緑色のタープが見えてきた。
かみさんが「えっ?もう着いちゃったの?」と驚いている。
スタート地点からここまでおよそ2.2キロ、途中で遊ばずに下り続ければあっと言う間に着いてしまう距離なのである。
さすがに少し漕ぎ足りないので、かみさんを降ろしてから1人でパドリングの練習をする。
最近は毎朝ランニングをしているので持久力は付いてきたけれど、筋トレは全然やってないので、上流に漕ぎあがろうとしても直ぐに腕が疲れて動かなくなる。
「もう1本漕ごう!」と言って他のメンバーは再び車に乗って出かけたけれど、私のこの1人パドリングですっかり消耗してしまい、1本だけで止めることにした。
山に登るためにはランニング、カヌーに乗るためには筋トレ。
アウトドアで楽しく遊ぶためには体も鍛えなければならないのだ。
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