カヌークラブの9月例会初日は十勝川の岩松から屈足を下る。
この区間は私にとって未経験の場所であり予備知識もほとんど無し。ただラフトコースになっていると言うことしか分からない。
尻別川や空知川のラフトコースは何度も下っているので、ラフトコースと聞いても別に怖くは無いけれど、同じラフトコースでもその難易度はピンキリである。
十勝川のラフトコースは、何となくそのピンの方に位置しているイメージがあって、ちょっとびびり気味である。
スタート地点の橋の上から川の様子を見ると、なにやら下流のほうに大きな波が立っているのが見える。
その橋のやや下流にダムの放水口があって、何時もはそこから水が増えると言う話だけれど、今回はもっと上流から放水されているので、スタート直後から激しい流れになっているみたいだ。
最初から弱気になっているかみさんに気合を入れて、流れの中に出た。
既にベテランメンバーが数名、先に下って下流のエディに入っているのが見えたので、我が家も他のメンバーより先にそこまで下ることにする。かみさんがビビッているのが分かるので、こんな時は考える暇を与えずに先に進んだ方が良いのである。
先行グループは大きなウェーブが出来ているところで遊んでいた。そのやや上流側にちょうど良いエディがあったので、そこに入って後から下ってくる人たちの写真を写すことにした。
全員が通り過ぎたところで、私達夫婦もそのエディから出て流れに入る。ところが、流れに完全に乗ってしまう前に大きなウェーブが迫ってきてしまった。
「ちょっとまずいかな〜」と思いながらそこに入ると、「あ、あれ?、動かない・・・」
アリーのスターンが波に喰われて、抜け出せなくなってしまったのだ。小さなカヤックがホールに捕まって抜け出せなくなっているシーンは良く見かけるけれど、まさか大きなカナディアンが捕まってしまうとは思ってもいなかった。
慌ててパドリングしたけれど、真っ白な波が立っているのでパドルでしっかりと水を捕らえることができない。その間にも後ろから水がどんどん流れ込んでくる。
何とか抜け出そうと必死になっている時に、突然かみさんがうつ伏せにひっくり返ってしまった。
「げっ!な、何やってるんだ!」
振り落とされないように両腕で必死にカヌーにしがみ付くかみさん。バランスが崩れたアリーは波の中で横を向いてしまう。それと同時に一気に水が入ってきた。
横を向いたタイミングに合わせてバックストロークを入れると、ようやく後ろ向きになってそのウェーブから抜け出すことができた。かみさんも何とか起き上がる。
しかし、アリーは完全な水舟になってしまった。直ぐに岸に上ろうとして必死にパドリングするかみさん。
「ま、待て!そっちじゃない!!」
直ぐ下流に岩が迫っているのだ。慌てて向きを変えようとするけれど、半分以上水が入ってしまっているアリーは重たくてコントロールが効かない。
なすすべも無く水に流されて、そのまま岩に張り付いてしまった。それも上流に向かって傾くという最悪の張り付き方である。
不幸中の幸いだったのは、カヌーの前後で二つの岩に張り付いていることである。これがカヌーの真ん中一箇所でこの状態で張り付いていたら、あっと言う間に二つに折れ曲がっていたはずだ。
しかし、岩から外そうとしても水流で岩に押しつけられているアリーはびくともしない。途方に暮れて見ていると、アリーが徐々にひしゃげていくのが分かる。
一瞬アリーの最期を覚悟したけれど、かみさんのいる上流側の方ならば水圧も少ないので何とかなるかもしれない。
数名がかりで上流側の岩からアリーを押し出してくれて、それで何とかアリーを下流に流すことができた。
水抜きをして再びアリーに乗り込む。かなりフレームが歪んでしまったけれど、折れている場所は無さそうなのでこのまま川下りを続けられそうだ。
皆はそこで楽しそうにサーフィンをして遊んでいる。悔しいので私達も曲がった舟で波の中に入るが、何となく不安を感じて、目一杯楽しむことができない。
流れが緩やかになったところで、曲がったフレームを少し直すことにする。水の上にカヌーを浮かべたまま、曲がったフレームの上に乗っかるという少々荒っぽい方法である。
フレームの上に乗って体を上下に揺すっていると、突然「バキッ」と言う嫌らしい音が聞こえた。
これまでも、曲がったフレームを元に戻そうとして折ってしまったことが何度もあるので、「あ〜あ、またやってしまった」という感じである。
でも触ってみても何処も折れている感触が無い。もしかしたら繋ぎ目の中に差し込んである部分が折れているのかもしれない。
そうなると何かの拍子で完全に折れてしまうこともありそうなので、その後の川下りがとても不安になってくる。
十勝川のこのラフトコースは全長が3kmほどと、とても短い。 それでもラフトの営業が成り立つのは、その短い区間に楽しめるポイントが沢山あるからなのだろう。実際のラフトの営業では同じ区間を2度下ると言う。
目の前に続く岩だらけの急な流れは、確かにラフトで下るには面白そうだけれど、傷ついたアリーで下るには大変そうだ。
これ以上の張り付きだけは絶対に避けたいので、慎重に岩を避けながら下って、途中のエディで一息つく。
ホイッスルの音が聞こえたのでその方を見ると、今年カヌークラブに入会したばかりのF迫さんが流されていた。F迫さんは去年から例会に参加していて、何時もはもう一人のベテランの方とタンデムでカナディアンに乗ることが多かった。最近は一人でカヤックにも乗り始め、カヤックで川を下るのはこれが5回目だとか。
下り始める前からかなり顔が強張っていたけれど、実際に下り始めるとそれ以上に表情が強張ってきているのが分かる。
確かにこの流れを目の前にしたら途方に暮れてしまうだろう。国体コースの三段の瀬くらいなら、覚悟を決めて目をつぶってでも突入すれば、沈するしないはともかく、一瞬で下り降りられる。
ところがここでは、三段の瀬のような激しさこそ無いものの、岩がらみの流れが延々と続いているのである。
カヌーを始めて誰もが一度は通らなければならない道(川)とは言いながら、さすがにこの道は険しすぎる。
体勢を立て直して再スタートしたかと思ったら、直ぐにまた沈して流されている。これだけ流されると体力の消耗も激しいので、一旦上陸して何か食べようということになった。
私も初めて空知川を下ったときは同じような経験をしているので、F迫さんの気持ちが良く分かる。まあ数年後には、これが良い笑い話のネタになるのだから、今は頑張るしかないのである。
などと人のことを心配している余裕も、自分たちには無いのである。
所々で楽しそうに遊んでいる人たちを横目に、アリーのことを心配しながら、ただひたすら何もしないで下るだけではちっとも楽しくない。
かなり大きな波の続く瀬があったが、何時もなら波しぶきを浴びながら気持ち良く下れるのに、「あぁ〜、ア、アリーが折れちゃうよ〜」と冷や冷やしながら下らなければならない。
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