北海道キャンプ場見聞録 夏山歩きの部屋
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小辺路縦走(2016/04/15)

一日目(高野山〜伯母子峠)


金剛三昧院から歩き始める宿坊として泊まった金剛三昧院の直ぐ横が小辺路への入口となる。
ここから熊野本宮大社まで3泊4日の道程。
背負った荷物の重さは20キロ近く、途中で水を補給すれば20キロをオーバーしそうだ。
いきなり始まる上り坂に、早くも息切れしてくる。

その登りも薄峠で一段落。
金剛三昧院から約50分、ほぼコースタイムどおりだった。

峠を越えるとその先は下り坂が続く。
谷に向かって降りていくと、桜の花が目立つようになってきた。
石垣も残り、昔の集落跡らしい。
現在はコウヤマキが植林されているが、その様子からはここで人が暮らしていたのは、それ程昔のことではないように思われた。


人の営みの跡が残る 墓石
人の暮らしの跡が残る 人の暮らしていた場所に墓は付き物

御殿川にかかる赤い橋澄んだ水の流れるお御殿川を渡る。
川を渡ると言うことは、その先からまた上り坂が始まると言うことでもある。
これから熊野本宮まで、この様な上り下りを何度も繰り返すことになるのだ。

しばらく登ると舗装道路へと出てきた。
その先に野迫川村への分岐を示す看板が立っていた。
私はここで大きな勘違いをしていたのである。
ガイドマップの地図を見て、私はこの舗装道路が高野龍神スカイラインだと思い込んでいたのだ。
ただ、その地図には「車には十分注意」と書いてあるのに、車なんて全く走っていないことが少し変だとは感じていた。

集落の中を歩くそして、小さな集落までやって来た。
その集落の中に、休憩するのにちょうど良い東屋があったので、ここで最初の休憩をとる。
ここでもまだ私の勘違いは続いていて、地図を見ながらその集落を水ヶ峰分岐辺だと思い込んでいた。
そうすると、ここまでコースタイムより30分も早く歩いてきたことになる。
「小辺路、恐るるに足らず」
気分を良くして再び歩き始めた。

杉林の中の山道を登っていく。
7年前に中辺路を歩いた時以来、杉林の風景はすっかりお馴染みとなっている。
杉の花粉の季節は既に終わっていたけれど、それに変わって飛んでいるのがヒノキの花粉。
昨日から花粉症の症状が酷くなっていて、今日も相変わらず涙ポロポロ、鼻水ダラダラの状態である。


鼻水を流しながら歩く アカマツ
ティッシュを鼻に詰めて歩く たまにアカマツがあると新鮮に感じる

高野龍神スカイライン三叉路突然、立派な舗装道路の道へと出てきた。
「あれ?何だろうこの道は?」
そのまましばらく歩くと、野迫川村の大きな看板が立っている三叉路にぶつかった。
私はここでようやく自分の勘違いに気付くこととなったのである。

地図上の野迫川村分岐とはここのことだったのだ。
そして今歩いている道が高野龍神スカイラインなのだ。
今日が土曜日と言うこともあり、交通量も多い。
思いっきり車体を傾けながらカーブから飛び出してくるバイクには何度も冷やっとさせられる。
1.7キロの車道歩きが、ひたすら遠く感じられた。

ようやく車道から離れて再び山道へと入った時は本当にホッとした。
その山道を登っていくと、道際に杉の巨木が並んでいた。
そこが水ヶ峯集落跡だった。
水が嶺集落跡説明看板を見ると明治中期には8軒の宿屋が軒を並べていたそうである。
昭和27年に廃村となり、今となってはその面影さえ感じることもできない。

舗装された林道タイノ原線へと出てきた。
陽射しも強く、こんな時の舗装道路歩きは余計に辛く感じる。
そんな中で、展望が良いのが救いだった。

緑に覆われた山の風景の中に一箇所だけ、茶色の山肌が露出している場所が見えていた。
平成23年の台風12号による爪痕なのだろう。
私達が中辺路を歩いた2年後に紀伊半島を襲った台風12号。
その被害は甚大で、今回の旅でもその被害の跡を何度も目にすることとなった。


林道タイノ原線からの展望
林道ダイノ原線からの展望

ガイドマップでは林道の途中に東屋があることになっていた。
既に昼も近く、疲れも溜まり、暑さにも参っていたので、そこでの昼の休憩だけを楽しみに黙々と舗装道路を歩き続けた。

東屋が空くまでここで昼食準備そしてようやくその東屋が見えてきたと思ったら、そこは先客に占領されていたのである。
それも、車で来ている人達だった。
一緒に連れていたワンちゃんが、私達の姿を見て猛烈に吠え立てる。
しょうがないので私達は近くの丸太ベンチに陣取り、カンカン照りの下で昼食用のお湯を沸かす羽目となった。

先客のご夫婦が私達に気を使って、早めに東屋を空けてくれたので、昼食だけは陽射しを避けて東屋の中で食べることができた。
ここで改めてコースタイムを計算してみると、ガイドマップに表示されている時間より1時間近く遅れていた。
「恐るるに足らず」どころか、予定通り歩けるかも怪しくなってきていた。

その先、林道に合流したり離れたりを繰り返しながら、徐々に標高を下げていく。
そして最後に、大股に向かって急な下り坂を一気に下りていく。
大股バス停のトイレ前で休憩その下りで、足が動かなくなってきてしまった。
普通の登山でも下りは苦手にしているのだが、重い荷物を背負っていると、余計に下りが辛いのである。

ヨレヨレになって大股まで下りてきた。
しかし、今日はここで終わりではない。
その後の行程を考えると、できればこの日は伯母子峠まで登って、そこの山小屋に泊まりたいところだ。
夜には雨が降る予報にもなっていたので、テント泊は避けたかった。

しかし、ここから伯母子峠まで標高差は500m以上を登らなければならない。
途中に水場もあるとの情報があったが、はっきりしないので、大股のトイレで水を汲んでおく。
その水でずしりと重くなったザックを背負い、再び登り始めた。


川原樋川
紀伊山地を流れる川は何処も美しい

つづら折れの急な上り坂をグングンと登っていく。
下り坂で動かなくなった足も、上り坂は何とか動いてくれる。
しかし、そのきつさは下り以上である。

萱小屋跡萱小屋跡に到着。
ガイドマップには乗っていないが、小屋跡どころか、ここには立派な小屋が建っている。
外のベンチに座って一息着いていると、誰もいないと思っていた小屋の中から人が出てきて驚かされた。
その男性は那智大社をスタートして、小辺路を逆方向から歩いてきたそうである。
同宿者ができたと喜んでいたが、私達はこの後、伯母子峠まで登らなければならない。

小屋の中を覗くと、とても快適そうなスペースである。
もしも私達だけなら、その小屋に泊まっていたかもしれないが、3人で泊まるにはちょっと狭い。
男性に別れを告げて、先を急いだ。

上り坂は終わった既に体力は、自分の限界を越していたが、前に進むしかない。
桧峠を越えるとようやく上り坂は終わりとなった。

しばらく歩くと伯母子岳山頂への分岐があった。
最初の計画では、山頂を経由して峠の山小屋に行くつもりでいたが、荷物を背負ったままでこれ以上登るのは不可能だったので、頂上はパスして真っ直ぐに山小屋へと向かうことにした。

そうして午後5時前、歩き始めたから約9時間かけて22キロを歩き通し、ようやく伯母子峠の山小屋へと到着したのである。
しかし、ここにも先客がいた。
ニュージーランドからやって来た30才の若者マイケルである。
彼は前日の午後に高野山を出て途中で一泊し、今日はここで泊まるとのこと。
勿論、これらの内容は、その後お互いに片言の英語と日本語で会話しながら何とか理解したことである。


険しい山道 伯母子峠山小屋
結構険しい山道も 伯母子峠山小屋に到着

伯母子岳山頂山小屋で荷を下ろしてから、私達は空身で伯母子岳の頂上まで登った。
既に陽は西に傾いていたが、紀伊山地の山々の素晴らしい風景が広がっていた。

山小屋の中は薄暗く、板の間には汚れたゴザが敷かれていた。
萱小屋の方がずーっと快適そうだったが、雨風さえしのげれば不満は無い。
少しでも荷物を軽くしたい中、敢えて背負ってきた金麦で乾杯。

こうして小辺路縦走、一日目が終わったのである。

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小辺路縦走一日目のアルバム 


伯母子岳山頂
伯母子岳山頂

伯母子岳山頂からの眺め
日は既に傾き飛行機雲も

金剛三昧院7:40 - 薄峠8:35 - 9:55大滝集落東屋10:05 - 水ヶ峯分岐11:20 - 12:10東屋12:45 - 平辻13:15 - 14:10大股バス停14:30 - 桧峠16:15 - 伯母子峠16:55 (縦走記録グラフ

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