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屋久島縦走1日目(2012/4/11)
白谷雲水峡・辻峠・大株歩道・縄文杉・高塚小屋

雨風に翻弄されて


屋久島空港に到着新千歳を10時に飛び立ち、羽田、鹿児島と乗り継いで、屋久島空港に着陸したのが15時。
屋久島の空は薄い雲に覆われていた。

私たち夫婦にとって屋久島は憧れの地だった。
1年前から屋久島の本を買ったりしながら、時期も決めずに漠然と準備は進めていた。
そして、現地の状況や私の仕事の年間スケジュールを合わせて検討すると、行ける時期は4月の中旬頃しかないことがはっきりとしてくる。
しかし、年度が替わったばかりの時期、飛行機の早割運賃が適用される28日前までに休暇の日程を決めることは困難だった。
往復割引だけでは、片道だけで飛行機代が7万円近くになってしまい、いくら憧れの屋久島だといってもそこまでのお金はかけられない。
今年は無理かなと諦めかけていたところ、小岩ツーリストで札幌発の格安プランがあるのを知った。
それならば、設定便が決められていて指定ホテルに2泊しなければならないものの、最安料金で72,800円からの設定である。
これでようやく屋久島行が現実のものとなり、屋久島の地を踏むことができたのである。

新千歳から屋久島までは伊丹で1回乗り換えるルートもあり、それならば午前中に屋久島に着くこともできる。
でも一日無駄なっても、安い方が絶対である。
田代別館指定ホテルの中でも一番安かった宮之浦地区の田代別館にザックを降ろして直ぐ、ガスカートリッジと山に持っていくビールやお土産の買い出しに街に出る。
長い道のりを旅して来たのならともかく、飛行機に乗って5時間後にポンとこの地に放り出されても、自分が屋久島にいるという実感がなかなか湧いてこない。
家を出る時には周りは真っ白な雪に覆われていたのに、今歩いている道の周りではツツジが花を咲かせているのだ。

家や職場へのお土産を買って、宅急便で自宅へ送る。
今回の旅はかなりハードな日程なので、ゆっくりお土産を買えるのはこの日しか無いのである。


宮之浦の街を歩く 宮之浦の街を歩く
宮之浦の住宅街を歩く ツツジが普通に咲いているのが信じられない

翌朝は4時半に予約してあったタクシーに乗って白谷雲水峡へ。
出発前に綿密な計画を練り上げたつもりだったが、ここで早くもその計画にほころびが生じていた。
札幌では朝の5時には十分に明るくなっているのに、屋久島は日の出が1時間も遅いことを考慮していなかったのである。

まだ暗い中で朝食真っ暗な夜道では、タクシーのヘッドライトに照らされてヤクシカの目がきらりと光り、タヌキのような生物が道路を横切っていく。
雲の切れ間から満月を過ぎた月が姿を現し、周囲の森を怪しく照らし出す。
そんな風景に魅入られながら、白谷雲水峡に5時過ぎに到着。
当然、辺りは真っ暗で、おまけに小雨も降り始めていた。
今日の天気予報は雨。宿を出る頃には雲も少なく、「もしかしたら予報は良い方に外れるのかも」と淡い期待も抱いたが、やっぱり現実はそう甘くはなかった。

宿で用意してもらった朝飯を食べている間に、空も少し明るくなってきた。
5時45分、ヘッドランプを灯して小雨の中を歩き始める。当初の計画から早くも30分遅れていた。

雨に濡れた森を歩く飛龍落としの滝まで来る頃には、辺りもかなり明るくなり、ぎりぎりでカメラを手持ちで撮影できる。
カメラバッグには付属の防水カバーを被せ、その中に防水の袋に入れてカメラを保管しているので、取り出すのにとても手間がかかる。
これでは何時ものように、パチパチと写真を撮りながら歩くのは難しそうだ。

途中から原生林歩道へ入る。
最初に出会った屋久杉が二代大杉。
この辺りではまだ一眼レフカメラを取り出して撮影できたけれど、その後雨脚が次第に強くなってくる。
三本足杉辺りではもう、防水コンパクトデジカメに頼るしかなくなっていた。

白谷雲水峡では大雨が降ると沢が増水し、渡れなくなることがあると聞いていた。
出発前の天気予報を見て、一番心配していたのはそのことだった。
沢を渡る雨が降るのは覚悟していても、沢を渡れなければ縦走そのものができなくなってしまうのだ。
もしもそうなれば、途中で引き返して9時までに入口に戻ってくれば宮之浦行のバスに乗ることができる。
そして宮之浦から安房までバスに乗り、そこからタクシーで荒川登山口に向かって、縄文杉を目指す。
もしもの事態に備えて、そんな計画も用意してあった。

更に雨は強くなってきたものの、心配していた途中の沢は、まだそれほど増水していなくて無事に通り過ぎることができた。
これでようやく安心して、3泊4日の屋久島縦走をに臨むことができる。


奉行杉 三本槍杉
奉行杉 三本槍杉

一気に白谷小屋まで歩いて、ようやく一息付くことができた。
薄暗い小屋の中にはトイレの臭いがこもり、もしもここに泊まるつもりだったらちょっと辛かったかもしれない。
私達と入れ違いで女性一人と男女二人が小屋から出て行った。
白谷雲水峡から入ったのは私たちが一番早かったはずなので、彼らは楠川歩道の方を歩いてきたのだろう。

苔むす森に立ち入る奴ら苔むす森では撮影ツアーらしき5名のグループが、傘を差しながら三脚を使って撮影中だった。
呆れたことに、柵を乗り越えたばかりか、その先の苔むした岩の上に三脚を立てている。

花を踏みつけながら花の写真を撮っているような奴とか、よく見かける光景である。
そんな事をしてまで撮った写真を見て、当の本人は良い出来映えだと喜んでいるのだろうか?

ウンザリしながら苔むす森をサッサと通り過ぎる。
どのガイドブックにも必ず載っているそこの風景に拘らなくても、その先でも良さそうな撮影ポイントが結構あった。
ここの写真をじっくりと撮影する目的で、わざわざ軽量のカーボン三脚を買って持ってきたけれど、雨の中で傘をさしながら撮影する気にもなれない。
苔むす切り株暗くて手ぶれするのは確実だけれど、コンデジで撮るだけで我慢する。

辻峠まで登ってくると、風も吹き荒れていた。
そこから更に少し登ると太鼓岩と呼ばれる展望ポイントがある。
我が家の居間にかけてある屋久島カレンダーの4月の写真は、この太鼓岩からの展望である。
今日の天気では、その写真通りの展望を楽しめるわけがない。

ちょうど女性が一人上から降りてきたが、全く何も見えず風も酷かったとのこと。
私たちは太鼓岩を諦めて先を急ぐことにした。


辻峠付近の森
辻峠付近では霧もかかり幻想的な風景が広がる

辻の岩屋その先に「もののけ姫」のモロ一族が住む岩屋のモデルとなった辻の岩屋がある。
そこの岩の下に逃げ込んで一休みしようと思ったが、風で雨が吹き込み、雨宿りにもならない。

この辺りから、靴の中に水が浸み込みはじめる。
ゴアテックスの靴の防水性能を信じていたのに、これはにちょっと参った。
辻峠から楠川歩道を下ってトロッコ道へ合流するまでの登山道はそこら中に水が溜まっていた。
その水溜まりを避けながら歩くのに時間がかかってしまう。

午前10時、楠川歩道とトロッコ道への分岐までたどり着いた。
白谷小屋を出てから約2時間近く、休みも取らずに歩き続けていたので疲労困憊。休めるような場所も無かったけれど、そこでザックを降ろして2度目の休憩をとる。

雨具の中も既にびしょ濡れである。屋久島での雨対策は万全にしたつもりだった。
それまで使っていたゴアテックスのレインウェアの撥水性が低下していたので、思い切ってパタゴニアのウェアをこの旅のために購入したのである。
トロッコ道を歩く我が家で初めてのパタゴニア製品だ。
まさか外から雨が浸みてきている訳じゃないだろうが、その中は酷い濡れ方である。
考えてみれば、いくら通気性の良いゴアテックス製品でも外部の湿度が100%であれば、内部の湿気が外に抜けるわけは無いのである。

真ん中に板を敷いたトロッコ道は歩きやすかった。
予定より遅れていそうな気がして、歩くスピードを上げる。
更に雨風は強まり、近くを流れる安房川北沢からは轟々と水音が聞こえてくる。
靴の中にも水が溜まってきた感じだ。
雨宿りのできる休憩所があれば良いのだが、そんな場所はどこにもない。

トイレの中で休憩トロッコ道を1時間20分歩いて大株歩道へと入るところに、立派なトイレがあった。
雨を避けられればどこでも良かったので、そこに逃げ込む。
靴下を脱いで絞ったところ、濡れ雑巾を絞ったように水が流れ落ちた。
トイレの中で15分ほど休んでいる間に、その近くを流れていた沢の水は茶色に濁ってきていた。

大株歩道の上り坂は、まるで川のようである。
3年前に大雪のトムラウシを縦走中に死亡したパーティーのことが頭に浮かんできた。
その遭難のニュースを聞いた時、「しっかりとした雨具を着て、その他にもテントやダウンも準備していれば低体温症で死亡することもなかっただろう」と考えていた。
しかし、今の自分のおかれた状況を考えてみれば、パタゴニア製のゴアテックス雨具に身を包み、ゴアテックスの登山靴を履いているにも関わらず、下着も靴下もびしょ濡れである。
この強風と豪雨の中でテントを設営できたとしても、多分その内部まで雨水が入ってしまっているだろう。
川のような登山道を歩くそして、ザックの中からダウンウェアを取り出して着込んだとしても、他の衣類が全てびしょ濡れなのだから、全く意味をなさない。
自然の猛威に晒され、なすすべもなく体温を奪われていったであろうその時の状況が、今リアルに再現されているのだ。
ここが屋久島であることが幸いだった。

縄文杉の日帰り登山者とすれ違うようになってきた。
朝の6時、7時に登り始めて縄文杉まで約5時間。帰りもそれと同じくらいの時間がかかる。
ツアーガイドの方は元気良く挨拶してくれるが、その後に続くお客さんたちは、まるで夢遊病者のようにトボトボと歩いていた。

100円で売られている様な雨具を着て足元はスニーカー。そんなスタイルの若者が意外と元気そうだったりする。
完全装備に身を包んでずぶ濡れになっている私達よりも、彼らの方が確実に身軽に見える。
急な登りに四苦八苦急な登山道をピョンピョンと下って、トロッコ道に出てしまえば、そのまま走って帰ることもできる。
そして宿に帰って、濡れた衣服を着替えてお風呂に入れば、直ぐに体が温まる。
それに比べて私たちは、この状態で山小屋に着いたとしても、その先が思いやられるのだ。

ウィルソン株までたどり着いた。
その内部に入ってみると、まるで川のように水が流れていた。
そこから空を見上げると、切り株の開口部がハート形に見えるらしい。ウィルソンハートとも呼ばれている。
しかし、上を向くと強い雨にまともに顔を打たれ目も開けていられない。雨を避けて隅の方から見上げても、どうするとハートに見えるのか見当も付かない。
他の人も次々に入ってくるので、ゆっくりとウィルソン株を観察することもできず、そのまま先に進むことにした。

大王杉そこから先、更に急な登りとなってくる。
大株歩道に入ってからここまで、休憩なしで歩き続けた疲れが、一気に出てきたようだ。
両手に持ったストックの力を借りながら、一歩一歩体を持ち上げる。

ツルツルとした樹肌のヒメシャラの幹を雨水が樹冠流となって流れ落ちる。
大きく枝葉を広げたブナの木が雨を集めて樹幹流となるのは分かるけれど、まだ葉も出ていないヒメシャラの木に樹幹流が流れるとは、それだけ雨の降りが強い証拠だろう。

目の前に突然、巨大な杉が姿を現した。
これまでに見てきた屋久杉とは、その存在感が全く違っていた。
3千年を生き抜いてきた生命の力が私たちを圧倒する。
これで、今までの疲れが一気に吹き飛んだ、となれば格好良いのだが、現実はそう甘くはない。
感動に浸っているよりも、先を急ぐ方が大事だった。

その先では夫婦杉や名もない屋久杉が次々と現れて、いよいよフィナーレが近づいていると感じさせられる。
ところが、フィナーレまではもう一頑張りが必要だった。
体力は限界に近づきつつあり、今日の目的地である新高塚小屋までたどり着くのは諦めるしかなさそうだ。
縄文杉の少し先にある高塚小屋で今日は荷物を降ろすことに決める。


夫婦杉 ヒメシャラ
夫婦杉 樹幹流の流れるヒメシャラ

大きな沢の上にやってくると、その向こう側の斜面に木製の階段が続いているのが見えた。
その上には展望テラスも広がっているようで、その先にいよいよ縄文杉が姿を現すのだろう。
沢の下まで降りていくと、岩から突き出たパイプの先から水がちょろちょろと流れ落ちているのを見つけた。
高塚小屋には水場が無く縄文杉の下の水場を利用すると聞いていたので、多分ここがその水場なのだろう。
縄文杉手前の沢ここまで来たら一刻でも早く縄文杉と対面したいところだが、逸る気持ちを抑えながらザックを降ろし、2リットルの容器と手持ちの水筒に水を満たす。

そしていよいよ階段を上りテラスの上へと出る。
屋久島行を考えるようになってから、雑誌やガイドブックなどの写真で嫌という程その姿を見ていた縄文杉。
そのために大した感動もないだろうと思っていたが、写真で見たとおりの姿であっても、テラスの上から眺めるしかなくても、その存在感は大王杉をも上回っていた。

展望テラスは2か所に分かれていて、見る順番も決められているようだ。
シーズン中は1日で1000人も訪れることがあるという縄文杉なので、このテラスに上がるのでさえ長い行列に並ばなければならないのだろう。
そこには既に日帰り登山者の姿は無く、霧に包まれた森の中に忽然と佇む縄文杉を私達だけでゆっくりと楽しむ。
高塚小屋に泊まれば、雨が止んでからもう一度見に来ることもできるので、早々に小屋へ向かうことにした。


縄文杉
圧倒的な存在感で霧に包まれた森にたたずむ縄文杉

14時40分、やっとの思いで高塚小屋に到着。
最初の計画では15時着を予定していたので、それよりは早く着くことができた。
しかし、途中では写真もほとんど写さず、休み無く歩き続けての時間がこれである。
体力も限界に達していて、やっぱり最初の計画に無理があったと言えそうだ。
戸を開けて中に入ると、男性二人の先客がいた。
定員20名の小さな小屋で、濡れたザックや雨具を置く場所さえない。
2階部分の手すりにロープを張って、そこに濡れたものをすべてぶら下げ、ようやく乾いた衣類に着替えることができた。
着替えや寝袋等は全てゴミ袋に包んでザックに入れてあったので濡れていなかったが、もしもそれを怠っていたら大変なことになっていただろう。
山小屋の中でただ、油断して財布は防水対策をしないままザックのポケットに入れておいたので、お札までびしょ濡れ。
それを一枚一枚床の上に広げて乾かす羽目になってしまった。

その後、若い男性が一人やってきて、それが今日の宿泊者全員だった。
その彼は、近くに水場が無いことを知らなかったようで、再び水を汲みに縄文杉まで戻っていった。

今回は山小屋に3泊する予定で、それぞれのザックには缶ビール3本とワインが1本入っていた。ワインは専用のソフトボトルに入れ替えてある。
まずはその缶ビールで乾杯。
雨で程良く冷やされたビールは最高に美味しい。
質素な夕食の後はワインを1本あける。
疲れ切った体にアルコールの作用には抵抗できず、そのまま6時半には二人とも寝てしまった。

縦走1日目の写真 

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縦走断面図
トロッコ道部分がデコボコしているのはGPS受信不良によるものです

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