道案内役のI山さんが、突然トレースから左へと逸れて深雪の中へと入っていった。
I山さんによると、そのトレースは992峰へと向かっているので、セブンイレブンへ登るには途中から左へ入らなければならないらしい。
「それならば、途中で左へ向かうトレースがあったけど・・・」と思いながら、GPSを確認しながら歩いているI山さんを信じてその後に付いて行った。
しかし、I山さんもようやく、道を間違えたことに気が付いたようである。
左側の沢の向こうに、トレースらしきものが見えていて、そちらが正しいルートらしい。
私も以前にクラブのツアーで案内役を引き受けて、道を間違えたことがある。
その時も、GPSに登録してあった、前に登った時のルートを確認しながら歩いていたのに、それでも何時の間にかルートから外れてしまったのである。
GPSに表示している縮尺と回りの地形を常に頭の中に思い浮かべていなければ、本来のルートから20〜30mずれただけで、何時の間にか沢の反対側を歩いていることもあるので、注意しなければならない。
正しいルートに戻るにしても、沢が深く、所々で水面も開いているので簡単には渡れない。
どうするか迷っていると、S藤さんが一人で沢へ下りていって、スノーブリッジの出来ているところをストックで状況を確認しながら、無事に対岸へと渡った。
それを見て全員が後に続く。
今の季節は、スノーブリッジもまだ完全には固まっていないので、その上を渡るときは緊張を強いられるのだ。
1107峰へのトレースはスノーシューのものだった。
今日のトレースはそれだけで、それ以前のトレースは殆ど雪に埋もれかけている。
雪は降ったり止んだりを繰り返していた。
目指す1107峰の山頂が見えたかと思えば、直ぐにまた、もさもさと雪が降り始める。
1月になったばかりで積雪はまだそれ程多くないのか、ブッシュも出ていて、快適に滑れそうな斜面は見当たらない。
かみさんと二人で登るときと比べると、今日はかなりのゆっくりしたペースで登っている。
途中でかみさんが先頭になりそうだったので、慌ててそれを止めて私が先頭に出る。
せっかく皆でゆっくりと登っているのに、かみさんを先頭にしてしまうと一気に暴走し始める恐れがあるのだ。
このペースならば汗もあまりかかずにすむ。
今日は気温もかなり低く、汗をかきすぎるとその後で身体を冷やす原因ともなるので、今日のペースはありがたかった。
林間の急斜面をジグを切りながら登っていく。
先行者のトレースは、スノーシューだけあって、頻繁に方向転換し、しかも登る傾斜も急である。
去年までの板ならばスリップして苦労したはずだが、幅の広い板に幅の広いシールを貼っていれば、かなりの急角度で登ってもスリップすることは殆どない。
頂上近くになってようやく先行者に追い付いた。
数名のパーティーかと思ったら、単独のボーダーである。
よく一人でラッセルしてきたものだと感心しながらお礼を言って先へと進む。
山頂が近づくと風がまともに吹きつけてきて、おまけに雪も降っている。
今日は頂上までは登らずに途中から滑り降りると聞いていたので、「そろそろここら辺から下りませんか」と訴えるような視線を、後ろから登ってきているI山さんに送った。
そんな私の必死の訴えにも気が付かない様子のI山さんは、「山頂の下をトラバースして、向こうに見える斜面まで行きましょう」と指をさした。
その先に見えていたのは、樹木もまばらな真っ白な斜面。
それを見て、「一緒に登るメンバーを間違えたかな」という思いが強くなってきた。
他のメンバーは皆、ふわふわのパウダーの中を滑ることしか考えていない人達で、真っ白な風景を楽しむことを目的として登っている私たちとは違う人種なのである。
その斜面の上に出てきて、その思いはますます強くなってきた。
今シーズンは上富良野で開催された雪崩講習会に参加して、雪崩の恐ろしさをこれまで以上に感じるようになっていた。
目の前に広がる急斜面は、正に何時雪崩が起こっても不思議ではない斜面なのである。
滑りなんか楽しめなくても良いから、林間の安全な場所を下りたかった。
I山さん、I上さんと続けて、そこを滑り降りていく。
巻き上がる雪煙でその姿は直ぐに見えなくなった。
ここまで来てしまうと、もう覚悟を決めるしかなかった。
雪煙が治まり二人の無事な姿を確認したところで、その後に続いて滑り降りる。
広大な斜面に他の人の滑り降りた跡はない。そんなところにファーストトラックを刻もう何て意識は全くなく、雪崩が怖いのでI山さんの滑った後をなぞるように滑り降りた。
驚くくらいの雪の深さで、自分の巻き上げた雪煙で前が見えなくなる瞬間もある。
これがオーバーヘッドのパウダースノーってやつなのだろう。
初めての経験だった。
新しい板はロッカースキーと言って、これまでのスキーとは先端の方が逆に反っている形なので、スキーを無理に浮かせようとしなくても、滑っていると自然に浮き上がってくる。
かみさんの板は古いままなので、ラッセル車のように雪を押し分けながらゆっくりと降りてきた。
続いてS藤さん、T津さんが颯爽と滑ってくる。
皆、この雪の状況にとても嬉しそうである。
T津さんは、「雪が深すぎてスピードが出ない」と贅沢な文句を言っている。
上空の雲が取れて、青空が姿を現す。
太陽の光が周囲の雪景色を照らし出し、真っ白な風景と真っ青な空の見事なコントラストにため息が漏れる。
ただ、雲の流れが速いので、せっかく姿を現した太陽も、直ぐに雲に隠されてしまいそうだ。
皆がまだ一休みしている時、I上さんが「今のうちに滑らないと」と言って一人で滑り降りていった。
同じ滑るにしても、光を受けてキラキラと輝く新雪の中を滑るほうが格段に気持ち良いのである。
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