農業を営む上で、それに向いた性格ってあるのだろうか。 
       我慢強さ、辛抱強さ、ねばり強さ、広大な畑の中で黙々と草取りの作業をしている農家の人を見ていると、このような性格を持った人間でなければとても務まらないような気がする。 
       果たして自分にはそんな面が備わっているのだろうか。 
       ところが困ったことに、未だに自分の性格がよく解っていなかったりするのだ。 
       繊細なようでいてずぼら、神経質なようでいて大胆、柔和なようでいて短気、ねばり強いように見えて実は飽きっぽく、孤独を愛するくせに寂しがりや。 
       人の性格なんて単純なものでないことは解っているが、それにしても私の場合は、それがかなり極端なのかもしれない。 
       四十にして惑わず、なんて言葉もあるが、私の場合もうすぐ五十に手が届こうとしているのに、未だに惑いばかりである。 
       たまにクラス会や同窓会に出席すると、やたら大人みたいな落ち着きを見せている奴がいて驚かされる。どんな人生を送ればそのような達観した状態になれるのか不思議に思えてしまうが、私くらいの年齢になればそれが普通なのかも知れない。 
       自分の本当の姿って何なんだろう。いい年をしてこんなことを言っているから、いつまで経っても大人になれないままでいるのだろうか。
       中学生までの私は、本当におとなしい子供だった。 
         高校生になるとそれが少し変わってきた。内面的な部分にそれほど変化は無かったと思うのだが、何故だかクラスの中でも常に目立つ存在になっていたのだ。 
         それと、高校三年間のバスケット部の経験もその後の私の人生の中では結構影響が大きかったかも知れない。 
         私が入部したときのバスケット部は、帯広市内各中学のエース級選手が集まってきて、めちゃくちゃに強かった。全国大会出場は当たり前、2年生の時の春の選抜大会ではベスト8まで進出、その時の試合では延長戦で惜しくも敗退したが、その試合に勝てば全国ベスト4入りするところまでいったくらいだ。 
         そんなチームの中にあって、田舎の中学で2年生の途中からバスケットを始めたような私は、他のメンバーとは明らかに実力の差がありすぎた。 
         高校3年間で試合に出たのは一度だけ、その試合でも、緊張していたために焦って審判にボールをパスをしてしまい、直ぐに引っ込められてしまうような有様だった。 
         私と一緒に入部したメンバーでも何人かが途中でやめてしまったが、バスケ部の中の落ちこぼれで、毎日の練習に出るのも嫌で嫌でしょうがなかった私は、何故か一度も辞めようとは思わなかった。 
         別に、ここで辞めたら自分に負けることになってしまう、なんて意地があったわけでもない。与えられた環境の中でじっと我慢し続けると言った、変な辛抱強さでも有ったのだろうか。 
         もしもそうだったとしたら、農家に向いている性格だとも思えるのだが。 
       余談になるが、当時足寄高校のバスケット部は歌手の松山千春が主将をつとめていて、一度だけ私の高校と試合をしたことが有るみたいだ。 
         確かその時は、かなりの大差で勝ったと思うが、一度ラジオ番組の中で松山千春が私の高校と戦ったことがあるのを得意そうに話しいるのを聞き、笑ってしまった。 
         もっともバスケットのプレーについては、私よりも松山千春の方がかなり上手かったはずではある。 
       バスケットに、遊びに、勉強にと、充実した高校3年間を過ごし、札幌の大学へと進学することになった。 
         札幌では大学の寮に住むことになり、札幌に向かう列車に乗った私の小さな鞄には、数日分の着替えと麻雀の入門書が一冊入っているだけであった。 
         完全燃焼の高校生活を過ごした私は、それと正反対の堕落した生活にあこがれを抱いていた。 
         当時の大学生を表す言葉に、「立てばパチンコ、座ればマージャン、歩く姿はアルバイト」と言うものが有ったが、それはまさに私の姿そのものだった。 
         私の住んでいた寮は大学の構内にあったので、パチンコ屋の開店に合わせて街へと向かう私の横を、これから授業を受けに行く学生達の明るい笑い声が通り過ぎて行き、とても虚しい気分を味わったのを覚えている。 
         堕落した生活と言ってもせいぜいその程度のものであり、大学も1年留年しただけで普通に卒業、今にして思えば何の得るものも無い学生時代だったような気がする。 
         どうせのことなら、ヒモになって暮らしたりとか、海外を放浪して歩くような生活を体験してみたかった。 
         私の場合、そんな体験を積んできた人達に対して、何となく引け目を感じてしまうことがある。海外放浪生活者コンプレックスとでも言うのだろうか。 
         そのような人達は、私にとってはとても太刀打ちできないような素晴らしい人物に思えてしまうのだ。 
       新規就農者の中にも結構そんな体験の持ち主が多かったりするが、若い頃に様々な苦労をしていれば農業の大変さもすんなりと受け入れられるのだろう。 
       私のこれまでの人生で頑張ったことと言えば、高校時代に3年間バスケットを辞めなかった事くらしか思いつかない。 
         その程度では、とてもじゃないが現在の何の苦労もないような生活を捨て去って、農業だけで食べていくという自信にはならないような気がする。 
         いや、もう一つ頑張ったと言えることがあるかも知れない。 
         現在の仕事に嫌気がさすようになってからかれこれ10年近く経っているが、それだけ長い間我慢して仕事を続けてこれたと言うことは、私としてはかなり頑張った部類に入りそうだ。 
     頑張りと言うよりも辛抱強さ、これってもしかして、とっても農家に向いている性格だったりして。 
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