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風女霧男天売島キャンプ

天売島ロンババの浜(6月5日〜6日)

森の中を歩く 予定より早くキャンプ場を出てしまったので、昼のフェリーまでまだたっぷりと時間がある。
 森の中をゆっくりと歩き回ることにするが、昨日も歩いているし、咲いている花も限られているし、直ぐに飽きてきてしまった。
 途中のベンチで鳥の囀りを聞きながら、時間を過ごす。
 森の中までは風は吹き込んでこないけれど、上を見上げると木々の梢が大きく揺れていた。
 森の入り口付近に喫茶店があったのを思い出して、そこで暇つぶしすることにした。
 ところがもう10時になるのに、その店はcloseの看板がかけられたままである。
 「週末の今オープンしないで、どうするんだろう?」
 人口300人ほどの小さな島の店なので、私達が考えているような喫茶店とは違うのかもしれない。
焼尻郷土館 しょうがないので、焼尻郷土館へ行くことにした。
 去年もこの資料館には入っているけれど、一年も経てばその展示物のことなど完全に忘れてしまっているので、2度目、3度目とかは私達にはあまり関係が無い。
 思ったとおり、2度目でも十分に楽しむことが出来た。
 でも、もう一度焼尻島へ来たとしても、さすがに3度目は無さそうだ。

 資料館を出てからも、フェリーまで1時間半も時間があるので、天売島に渡ってから食べる予定の昼食を、ここで済ませることにした。
 フェリーターミナル隣りの「新沼食堂」に入る。カウンターだけの小さな店で、メニューもタコ丼とかワカメの天ぷら定食くらいしかない。
 店のおばちゃんが天ぷら定食を進めてくれるので、素直にそれを注文した。
 後から入ってきた家族5人連れもワカメ天ぷら定食を注文。おばちゃんとその家族との会話を聞いていたら、今日は9人分の天ぷら定食の予約がキャンプセルになったとの事である。
ワカメ天ぷら定食 他にこの店に入ってきそうな人影も見当たらず、私達はこの店にとって助け舟のようなお客だったようである。
 それでも店の奥には大量のワカメの天ぷらが残っていた、私達が食べた定食も天ぷらの量が多かったような気もする。

 お腹も一杯になったところで店を出ようとすると
 「これからどこかを見て回るのかい?」
 「いえ、昼のフェリーで天売島に渡るんです!」
 「えっ?フェリーは欠航になんたんだよ!」
 「えっ?・・・、え、え〜っ!!」
 ちょっと海が荒れているなとは思っていたが、まさかこの程度でフェリーが欠航するとは予想外だった。
 私達が乗る予定だった12時25分発のフェリーは小型の高速艇だったので、2mを超えるような波で簡単に欠航してしまうらしい。
 1本後の天売行きは大型船なので、欠航の心配は無いものの、出航時間は15時10分で、それまでまだ3時間以上もある。
 「荷物、預かってあげるから、防波堤でも散歩してきなさい。」
 おばちゃんからそんな言葉をかけられても、ショックから立ち直れない私達はフェリー乗り場のベンチまでフラフラと歩いていって座り込んでしまった。
当てもなく歩く 狭い島の中は既に全部歩きつくしてしまい、これ以上見るべき場所もない。
 3時間もあれば、一旦キャンプ場まで戻ってテントを張って一眠りしてから出直してくることだってできるが、さすがにそれも馬鹿らしい。
 他にアイデアも浮かばず、島の中で唯一歩いていない北側の道へ行ってみることにした。
 おばちゃんの好意に甘えて店の外にザックを置かせてもらって、再び歩き始める。ただでさえ気分が沈んでいるのに、港から暫く登り坂が続いて余計に足取りが重くなる。
 坂を登りきったところの工兵街道記念碑で記念撮影。
 南西の風なので、島の北側に回り込めば風も穏やかになるだろうと期待していたが、全然違っていた。
 適当な海岸があればそこで海でも眺めながら時間を潰そうとも思っていたが、海岸へ降りられるような道も無く、そもそも風が強くてのんびりとできそうにもない。
 道の先に続く家並みの風景も、そこらで見るものと殆ど同じで魅力を感じない。
 坂の途中で立ち止まり、こんなところを歩くよりも森の中のベンチに座って時間を過ごした方が良いとの結論に達して、下ってきた坂道を再び登り返す。
 途中の厳島神社から森の中へと入っていく。
 ここも昨日歩いた道。一生懸命辺りに目をやるが、新しい発見は何も無い。


ホウチャクソウ   マイヅルソウ

 喉が渇いてきたので、飲み物を仕入れるためにフェリーターミナル側の入り口まで出ることにした。
 そこで嬉しいものを発見。
 先程その前を通った時に喫茶店に下がっていたcloseの看板が、openに変わっていたのだ。
カフェアトリエおくむら 何だか、砂漠でオアシスを発見したような気分だった。
 しかし、こんな小さな島の喫茶店である。どんな店なのか想像もできず、恐る恐るドアを開けて中へと入る。
 意外と言うのも変だが、先客の男女が一組、食事をしているところだった。
 店主は年齢不明な女性である
 予めこんな事態になることを知っていれば私達もここで食事をしたいところだったが、既にワカメ大量天ぷら定食でお腹一杯なのでコーヒーを注文。
 壁を埋める様にずらりと本が並び、その間には小さな雑貨類が所狭しと並べられている。
 小説類も含めてまるでジャンルレスにも見えるが、何となくこの店の主人の生活が分かるような気がする。
 先客が帰った後で、彼女の話を聞いたところ、横浜から札幌経由でこの島に住み着き6年目とのことだった。
 職業はカラーコーディネーターに建築デザイナーにインテリア何とかだとか、4〜5種類の名前を出していたような気がする。(多すぎて覚えきれない)
喫茶店前の坂道 島の廃屋を色々と探している中で、最終的にここの店の前の木々に覆われた細い坂道が気に入って、場所を決めたとのこと。
 屋根が完全に落ちたような廃屋だったのを、建築デザイナーだけあって、全て自分で設計して建て直したらしい。
 確かに、店の前の坂道は異次元へと通じる緑のトンネルのようで私もとても気に入っていて、おまけに廃屋マニアの私なので話がはずんでしまう。
 「この先の池の横にある廃屋もなかなか良いですよね」
 「そうそう、私も何回か交渉したけれど駄目だったわ」
 島での生活の話しも面白い。
 小田商店の生鮮品の値段の高さも話しに出てきた。
喫茶店の店内  昨日そこで買い物をしたばかりなので、余計に話が弾む。
 はっきりとした性格の女性なので、多分島民の中では異質な存在かもしれない。
 でも、周りに迎合しない彼女だからこそ、この島で6年間楽しく暮らせているのだろう。
 田舎暮らしに憧れていても、そこのドロドロした人間関係などに嫌気が差してしまう人は多いのだ。
 今では、魚は頭と内臓を落とした状態で、ワラビなどの山菜はアク抜きした状態で、隣近所から届けてもらえるそうである。
 ここでかなりの時間を過ごさせてもらい、次のお客さんが入ってきたのをきっかけに店を出ることにした。

 港に戻って新沼食堂のおばちゃんに荷物を預かってもらったお礼を言い、ついでにそこで売っている手作りかまぼこも購入する。
 フェリーまで時間があるので、そこでまた長話が始まり、おばちゃんの子供や孫のことまで詳しく知ることとなる。
 そこでもまた小田商店の一個三千円のスイカの話が話題になる。どうも、小田商店は高すぎると島民の間で陰口を叩かれているようだ。
 でも、この様な島では生鮮食料品を仕入れるだけでも大変なのだろう。次に島に来る時は、アスパラでも一杯背負ってきたら、民宿1泊分くらいは直ぐに稼げそうである。
 新沼食堂おばちゃんが「ところでキャンプ場にテントが張ってあったのは貴方達かい?」と聞いてきた。
 「そうです」と答えると、「今朝、そこのトイレの掃除をしてきたんだよ」とのこと。
 かみさんが朝、トイレに入っていると外からノックされて驚いたと話していたけど、それがこのおばちゃんだったのだ。
 本当に狭い島である。
 そしてようやくフェリーの到着する時間が近づいてきた。
 欠航を知った時は途方に暮れてしまったけれど、喫茶店と新沼食堂でゆっくりさせてもらったおかげで、待ち時間を苦にすることなく過ごすことができた。
 島で暮らしているとフェリーが欠航することなど日常茶飯事だそうで、そんな時はただ天候の回復を待つしかない。
 私達のように一便遅いフェリーになっただけで、待ち時間に何をすれば良いのかと途方に暮れるのは、都会暮らしをしている人間の感覚なのだろう。
 でも、そんな話しをしていたおばちゃんも、お子さんが住む札幌まで出てきたような時には、電車が1本遅れるだけでイライラすると言う。
 島に渡った時は、自分の時計を島時間に合わせ直す作業が必要なようだ。

 天気予報どおり、空はすっかり雲に覆われてしまっていた。
 フェリーが着岸して、焼尻までの乗客が全員降り終った後、おばちゃんに手を振って船に乗り込む。
 ドアを開けて2等船室入った瞬間、思わず足が止まってしまった。苦しそうにビニール袋の中に顔を埋める女性とそれを介抱する人たち。
 どうやら羽幌からここまで、相当に船が揺れたようである。
 その脇を通り抜けて船室へ上がる。他にはご夫婦らしい2組のお客さんがいるだけだ。
 直ぐにフェリーは出航した。かみさんは酔いそうだからと、天売までの30分、ずーっと立ったままでいるつもりらしい。
 他の2組の様子をチラッと見ると、何と、それぞれがビニール袋をしっかりと手に持っているのだ。
波をかぶるフェリー 「そ、そんなに酷いの?」
 隣りのご夫婦に「かなり揺れましたか?」と聞いてみると、奥さんが「はい、私は初めて船に酔いました」とのこと。
 旦那さんは何故かとっても嬉しそうな表情で「これを見てください!」とデジカメの画像を見せてきた。
 デジカメの液晶画面には、フェリーの舳先が波しぶきの中に消えていく瞬間が映っていた。
 焼尻島の島陰を走っている時はそれ程酷くは揺れなかったけれど、島陰を出た途端にまるでラフトで川を下っているかのように、大型のフェリーが波に揉まれる。
 最初のうちは、波の谷間に船が落ちていき、フェリーの舳先にザッバ〜ンと水しぶきがかかるたびに「ワォ〜」って叫び声を上げて喜んでいたけれど、次第に声も出なくなる。
 そのうちに別のものが出てきそうになってきた頃、フェリーは天売港の防波堤の中へと滑り込んだ。
 もしも羽幌から焼尻の1時間、こんな状態で揺れていたら、私もビニール袋の中に顔を埋めることになっていただろう。

 フェリーを降りて直ぐに、問題のロンババキャンプ場へと向かう。
 実は今回の天売焼尻の旅で、一番気になっていたのが、このキャンプ場のことなのである。
 以前は港内の資材置き場のような場所がキャンプ場として開放されていたようだが、去年からその場所が変更されたらしい。
 去年はそれを知らずに「ここが本当にキャンプ場なのか?」と驚いたものである。
ロンババの浜へ しかし、その後にネットの情報で知った変更後のサイトも、相当なものらしい。
 ガイドブックなどを見ても、海水浴場になっている海が写っているだけで、サイトの様子は全く分からない。
 もしも本当に酷い場所だったら、港から少し離れた愛鳥公園で野宿をする心の準備も出来ていた。
 そこはトイレがあるだけの公園だけれど、去年の記憶だけから考えたら、そちらの方がまだ快適そうに思えたのだ。
 港を通り過ぎた直ぐ先に、ロンババの浜と書かれた小さな看板が立っていた。その看板の矢印に従って海岸沿いの砂利道へ入る。
 「なかなか良さそうでないの?」
 入り口からの風景を見ただけでそう感じた。
 私がどうしてもテントを張る気になれないキャンプ場は、直ぐ横に民家があったりとか、キャンプと関係ない人間の目に晒されるようなところなのである。
 ここは、海側には消波ブロックがびっしりと並び、砂利道沿いには空き家となった民家も建っているけれど、静かそうな環境で野宿地として見た場合は何の不満も無い。
ロンババの浜海水浴場 キャンプ場ガイドの写真に撮っていたのと同じ海岸風景を見つけて、そこがロンババの浜であることを確認できた。
 数日前に草が刈られたばかりのようで、焼尻島の時よりもテントを張りやすい。
 そして嬉しいことに、そこでは風が殆ど吹いていなかった。
 古ぼけた磯舟が置かれていて、その前にテントを張ればシュールなキャンプ風景となりそうだが、トイレも近くて、かみさんが嫌がるので、素直に海側の場所にテントを設営した。
 その後、直ぐにまた港までビールを仕入れに戻る。
 キャンプ場のことが気がかりで、フェリーから降りたら買い物をするのも忘れて歩き始めてしまったのだ。
 港近くの商店でビールを買って、サイトへと戻ってきた。


ここにテントを張りたかったけど   理想的な野宿地

 近くにビールケースが転がっていたので、崩れ落ちた廃屋から適当な板切れを拾い出してきてビールケースの上に置き、テーブル代わりにする。
 これでますます、キャンプと言うよりも野宿の雰囲気が強くなってきた。
立派なテーブル そうして、天売島で一夜を過ごす寝場所ができたことを祝ってビールで乾杯。色々とあった一日なので、本当に心からお祝いしたい気分だった。
 正面に見える焼尻島の島影も、次第に霧に包まれて霞んできている。
 島への到着も遅くなり、おまけに霧も出てきていたので、今日のメインイベントだった歩いてウトウの帰巣を見に行く計画は、早々に諦めていた。
 でも、何もせずにビールを飲んで寝るだけなのも面白くないので、バスのウトウウォッチングツアーに参加することにする。
 バス会社に電話をすると、近くのパークゴルフ場で待っていてくださいとのこと。
 フリーズドライの夕食を済ませて、霧雨が降り始める中、午後7時にやって来たバスに乗り込む。
 各民宿の前で停まっては客を乗せ、運転手さんのウトウの説明を聞きながら、バスは島の西端の赤岩灯台を目指す。
 晴れている時よりもこんな霧がかかっている時の方が、ウトウが一斉に帰巣してくるので見ごたえがありますよとの運転手さんの説明。
 私が期待していたのは夕焼けの空をバックに何十万羽ものウトウが飛んでくる様子だったので、その説明もただの慰めにしか聞こえない。
 現地についてバスを降りると、喧しいほどのウトウの鳴き声が聞こえてきた。と思ったら、ウトウが口ばし一杯に咥えて持ち帰る小魚を横取りしようと待ち構えているカモメの鳴き声らしい。
 そして猛烈な風と霧で、あっと言う間にメガネが曇ってしまう。
霧でよく見えないウトウの帰巣 霧に霞んで何も見えない空間から、次々と黒い影が飛び出してくる。
 ウトウの方が避けてくれるからぶつかることは無いと言われていたが、一匹だけ私の頭をかすっていった奴もいた。
 ヘッドランプを忘れてきたけれど、バスの懐中電灯を貸してもらえるので、それで巣に戻ってきたウトウの様子を見る。
 天売島を紹介する写真で、ウトウが口ばし一杯に魚を咥えている様子が良く使われているが、なかなかそんなウトウが見つからない。
 ようやく口に何か咥えているウトウを見つけて撮影する。カメラのレンズもあっと言う間に霧で曇ってしまうので、タオルで拭きながらの撮影。
 なかなかピントが合わないと思ったら、自分のメガネのレンズが濡れて霞んでいるだけだったりする。
 そうしてようやく撮影できた1枚。後で良く見たら、咥えていたのは1匹のイカだった。


自分の巣穴を探すウトウ   イカを咥えたウトウ

 寒くなってきたので、バスの中に引き返す。
 他のお客さんは私達より薄着で来ている人もいるのに、この霧と風の中、時間ギリギリの8時までバスに戻ってこようとしない。
灯りが嬉しかった まあ、彼らは体がいくら冷えても、宿に帰って暖かいお風呂に入ることができるのだ。
 帰っても小さなテントが待っているだけの私達は、ここでそんなに無理をすることもできない。
 バスは帰りも、それぞれの宿の前でお客さんを降ろしていく。
 「次は民宿○○にお泊りの方」
 「はい、次はキャンプ場にお泊りの方」
 皆にジロジロと見られながらバスを降りて、キャンプ場へと戻ってきた。
 真っ暗だと思っていたキャンプ場は、更衣室代わりのプレハブの屋根に付けられた投光機によって、私達のテントが煌々と照らされていた。
 何時もならばそんな照明は邪魔者にしか感じないのだが、霧のために星が見えるわけでもなく、今回はその明かりがとてもありがたく思えた。
 体は冷え切っていたけれど、もう一度ビールで乾杯。
 天気予報によると、明日は朝から快晴となっている。
 帰りのフェリーは10時25分。早起きすれば十分に島を一周することができる。
 焼尻島をシルエットに昇ってくる朝日を楽しみにして、シュラフに潜り込んだ。

島一周トレッキングに出発 今朝も4時前に目が覚める。
 その時間にしてはテントの中が暗いので、ちょっと嫌な気がした。
 テントの外を覗いてみると、やっぱり昨日と全く同じ天気である。
 真正面に見える焼尻島も、上の方が霧に隠れていた。
 それでも歩いているうちに晴れてくるだろうと思い、朝のコーヒーを1杯飲んで、5時前に島一周トレッキングに出かける。
 去年とは逆に、今回は時計回りで島を一周する。
 道路には水たまりができていた。
 それくらい昨夜の霧は濃かったのだろう。
 島の上の方はまだ霧に覆われているものの、下界の見通しは良好である。
 昨日と違って、歩いていても気分は爽やかだ。
 焼尻島と違って天売島の道路は広い。センターラインまで引かれている。廃屋も立派なものが多い。
 この島にも厳島神社がある。焼尻島の厳島神社よりは小さいが、こちらの方が管理が行き届いているようだ。
赤岩灯台が霧に霞んでいる 集落を過ぎると道幅も狭くなり、赤岩灯台へ続く上り坂となる。
 そして、昨夜訪れたばかりの赤岩灯台までやってきた。
 朝も早いので、もしかしたらウトウが飛び立つシーンを見られるかもしれないと期待していたが、既にウトウの姿はなく、カモメやカラスが昨夜の残り物を探すかのように彷徨いているだけだった。
 その風景はどことなく、早朝のススキノのビル街で残飯をあさるカラス達の姿を思い浮かばせて、物寂しさを感じてしまう。
 ちょうどこの辺りから霧がかかってきて、展望台から見下ろす赤岩の風景もパッとしない。
 そこから更に登っていくと、完全に霧の中に入ってしまい、全く見通しがきかなくなる。
 海鳥観察舎も霧に包まれいた。
 この観察舎の中で朝食にする。
 お湯を沸かし、ザックの中から自分用の山食を取り出そうとしたら・・・。
 レジ袋に入れてザックの中に突っ込んだ筈なのに、それが見あたらない。代わりに入っていたのはゴミの詰まったレジ袋である。
 食材の代わりに、わざわざゴミ袋をザックに入れて持ってきていたのだ。
 呆れているかみさんから朝食を少し分けてもらって空腹を癒す。


霧に包まれた海鳥観察舎   観察舎の中で朝食

 食べ終わる頃には霧も晴れてくるだろうと微かな期待を抱いていたが、現実は希望通りにはならないものである。
 去年は最初こそ雨が降っていたものの、雨が上がった後は断崖を舞う海鳥たちの姿を十分に楽しむことができた。
 リベンジを期した今回だったのに、条件は去年より更に悪くなっている。
ハクサンチドリ 再び霧の中を歩き始める。
 遠景を楽しめないのなら、近景の花を楽しむしかない。
 ノビネチドリやハクサンチドリが、私たちを慰めてくれるかのように、あちらこちらで美しい花を咲かせていた。
 去年は雨が降っていてパスしてしまった観音岬展望台に立ち寄る。
 展望台に近づいていくに従って、ウミネコの鳴き声が辺りに満ちてくる。
 ここは天売島最大のウミネコのコロニーなのだ。
 展望台からの風景はまさに圧巻である。
 緑の谷にウミネコが群舞する姿は、現実のものとは思えない美しさだ。
 霧も晴れてきて、これは良いぞとカメラを構えると、直ぐにまた次の霧が流れてきて、目の前の風景を隠してしまう。
 もう少し待っていれば、もっと良いシャッターチャンスが訪れそうだけれど、フェリーの時間が次第に迫ってきているので先を急ぐことにする。


観音岬展望台からの風景

 もしかしたらそこで野宿をすることになったかもしれない愛鳥展望台に到着。
 ここには水場は無いけれど、トイレだけは設置されている。
 そのトイレをちょっとだけ覗いてみたが、ここで野宿する羽目にならなくて良かったと胸をなで下ろす。
野営地に戻ってきた 霧は晴れてくるどころか、朝には見えていた焼尻島の姿さえも完全に消えてしまっていた。
 そして9時過ぎにロンババの浜へ戻ってきたら、ちょうど一便前の高速フェリーが港へ入ってくるところだった。
 テントを片付け荷物を背負って港へ。
 今日は波もなく、フェリーも揺れることもなさそうだ。
 昨日は運行を停止していた観光船も、私たちが乗ったフェリーが出航する前に港を出て行く。
 その窓から、私たちの方に手を振っている女性がいた。
 昨日の焼尻から天売へのフェリーの中で、ビニール袋の中に顔を突っ込んでいた方である。
 そうして、私たちの乗ったフェリーも相変わらず霧に包まれたままの天売島を後にした。
 風と霧に翻弄された今回の天売島の旅、もう一度この島を訪れることになるのは確実だろう。

前日の焼尻島キャンプへ 

天売キャンプのアルバムへ 



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