その後は網走湖の南に位置する女満別温泉「湯元ホテル山水」に向かった。
あまり下調べもせずに、道路地図を見ながら「比較的近くの温泉」と言う条件だけで決めたところだけれど、これが源泉かけ流しでなかなか良い温泉だった。
アルカリ泉なのでお肌ツルツル、蛇口から出るお湯も温泉なので、体を洗った後も石鹸が残っているようにヌルヌルした感じである。
ここの直ぐ隣りが女満別湖畔キャンプ場となっているので、そこも覗いてみることにする。
以前から気になっていたキャンプ場だったのだけど、訪れるのはこれが初めてである。
林間の芝生が清々しく、そこから見る網走湖の風景も美しい。何時かはテントを張ってみたくなるキャンプ場だ。
その前の道路をもっと奥まで進んでいくと、女満別野営場がある。
同じような立地環境だけれど、こちらは芝生広場のサイトなので雰囲気はかなり違っている。
私の好みはやっぱり湖畔キャンプ場の方である。
昼食は、観光パンフに載っていた道の駅「メルヘンの丘めまんべつ」のさくら豚丼を食べてみることにする。
道の駅の隣りにはシジミラーメンの店もあって、かみさんはそちらの方を食べたそうにしていたけれど、ここは強引に私の意見を通した。
何だか「さくら」のネーミングに惹かれてしまい、とても美味しそうに思えたのである。
大空町で飼育されている国産豚「さくら201」のロース肉を使った豚丼で、軟らかい肉質とあっさりした脂が特徴とのことだけれど、印象はただの豚丼だった。
多分シジミラーメンも普通のラーメンにただのシジミが入っているのだろうけれど、旅先ではご当地メニューを食べるのが一番である。
そこの近くにあったパン屋「ブランジェ・アンジュ」も気になったので、そこでおやつ用のパンを購入。
地元の人が頻繁に来店していたので、きっと人気店なのだろう。
その後、網走市へ向かう途中で呼人浦キャンプ場にも寄ってみた。
そこの駐車場に車を入れると、かみさんが歓声を上げて車から飛び降りた。
女満別のキャンプ場に寄った時は車から降りようともしなかったかみさんである。
交通量の多い国道と湖に挟まれた細長い緑地がキャンプ場となっていて、私は全く興味が湧かなかったのだけれど、何故かかみさんはここが好きなようだ。
湖畔の木の下に駆けていって、そこで一人でポーズをとっている。
ボートの記念碑も見つけて嬉しそうにしていた。
ボート部に入れば網走に来られるとの理由で高校時代にボート部に所属していたかみさんなので、ここには何か感じるものがあるのだろう。
網走市内を通り過ぎて能取岬へと向かう。
能取岬は過去何度か訪れているのだけれど、今回は「美岬のヤチダモ」と呼ばれる巨木を見たかったので、能取岬はついでに立寄るようなものだ。
観光バスが停まって人も沢山歩いていたので、ここを訪れた証拠写真を1枚写して直ぐにそこを後にした。
美岬のヤチダモは林道を少し入って、山道を少し歩くだけで簡単に辿り着ける。
空に向かって真っ直ぐに伸びた何処でも見かけるような普通のヤチダモ。
最初に目に映った姿ではそんな印象しか持たなかったけれど、幹に触れようとして近づいた時、ようやくその太さを実感できた。
真っ直ぐに伸びている幹が根際近くから、異様に思えるくらいに地面に向かって広がっているのだ。
巨木巡りは面白いけれど、森の中にある巨木では、その姿を完全に画像で伝えられないのが残念である。
近くからではカメラのファインダーの中に全ての姿を納められないし、ちょっと遠ざかれば他の樹木に邪魔される。
これで本日の予定は全て終了。
ここからキャンプ場までは、途中から全く同じ道を走らなければならないので、景色はあまり楽しめない。
そして、考えていたよりキャンプ場到着が遅くなりそうなので、自然とアクセルを踏込む力が強くなってしまう。
前を走っていたキャンピングカーを追い抜いた瞬間、レーダー探知機がステルスの警戒音を鳴らした。
ビクッとして辺りを見回したけれど、取締りをやっている様子も無い。
「また何時もの誤作動か」とホッと胸を撫で下ろし、ふとバックミラーに目をやると、そこには赤色灯を派手に点滅させる白黒の車が大きく映っていた。
「よりによって一番スピードを上げた瞬間に・・・」
覚悟を決めていたけれど、印字されて出てきた記録を見ると、それはまだ金で解決できる範囲内に納まっていたのである。
まさに不幸中の幸い。悲しいような嬉しいような、複雑な気持ちだった。
やや意気消沈しながらキャンプ場へと戻ってきた。
「いっぽんの木」のところで外を歩いた以外はずーっと車の中で寝たままだったフウマも、さすがに疲れたようである。
車から降ろしてやると、フラフラとテントへ向かって歩いていった。
南からの風がやや強く吹いていたので、今日は蚊に悩まされずに済みそうだと喜んだら、蚊の代わりに何故か今日はハエがやたらに多い。
ハエは吸血しないとは言っても、頭の周りをブンブンと飛び回られたら五月蝿くてしょうがない。
結局今日も、テントのメッシュの窓越しに外の風景を眺めることになってしまった。
そしてその窓には無数のハエがへばり付いているのである。
空には雲がかなり広がってきていた。
これでは今日は夕陽も見られそうに無い。
それでもライダーのソロキャンパーが、雲の隙間から少しだけ顔を出している太陽に一生懸命カメラを向けていた。
昨日の素晴らしい夕陽を、是非彼にも見せてあげたかった。
風が更に強まってきたので、ペグをしっかりと打ち直し、張り綱も追加する。
これでは今夜の焚き火は諦めるしかない。
家から持参した薪がまだ半分も残っているのに、そのまままた札幌まで持ち帰ることになりそうだ。
食事もテントの前室の中に篭って食べる。
9月にしては暖かな夜なのに、アウトドアでわざわざ窮屈な場所で食事をしなければならないのは、何とも面白くない。
でも、そんな時間をちょっとだけ楽しませてくれたのが、思わぬ訪問者だった。
どこから入ってきたのかキリギリス、いつの間にかテーブルの上にちょこんと乗っかっていたのだ。
間違って潰してしまったらかわいそうなので、そっと掴んでテントの外に出してあげる。
ところが、いつの間にかまたテントの中に入ってきていたので、もう一度外に出す。
しばらく経ってからふと下を見やると、何と今度は私の膝の上に乗っかっていた。
そのうちに本当に足で踏み潰しそうなので、膝にキリギリスを付けたままハマナスの茂みの中に入っていって、今度はそこで放してやる。
茂みの中では他の虫たちも賑やかに秋のメロディーを奏でていた。 ワインが1本空になったところで、昨日の睡眠不足を解消するために早めに寝ることにする。
昨晩のフウマ放置事件により私の信用は失われてしまい、今日はかみさんも私のテントで寝るという。
そして深夜、ウトウトしながらもかみさんがフウマを外に連れ出す気配を感じていた。
しばらくしてテントに戻ってきたけれど、フウマが中に入ってこない。
今回もまた前室部分で寝てしまったので、そのままにしておくとのこと。
「それじゃあ昨日と同じじゃないか」と思ったけれど、インナーテントの入り口もメッシュだけにしてあるので、「ここから時々様子を見るから大丈夫」とかみさん。
家にいる時も、調子がよければ朝まで寝ているフウマだけれど、下痢気味のときは一晩に2回、3回と起こされる。
その度に外まで連れ出し、舗装の上では絶対にウンコをしない犬なので、フウマが気に入った草地を見つけるまで家の周囲をブラブラと歩き回らなければならない。
まあそれと比べれば、外に出るのも楽だし、周りは全て草地なので何処ででも用をたせるので、幾らかはましである。
どっちみち、強風によってテントが何度も煽られ殆ど寝られずにいるかみさんなので、時々フウマの様子を見るのにはちょうど良いのかもしれない。
テントが揺れるたびに金属の軋む音まで聞こえるようになってきて、私もなかなか熟睡できない。
目が覚めるたびに時計を見るけれど、その前から10分も経っていない。朝の訪れが本当に待ち遠しく感じられる。
そして、時計を見るのももう何度目になるのかも分からなくなってきた時、時計の針はようやく朝の4時をさしていた。
昨日起きたのと同じ時間である。
「もしかしたら雲が全て吹き飛ばされて快晴になっていたりして」
もしそうなれば、もう一度幌岩山まで登ってみようと考えていたので、インナーテントを出て外の様子を窺う。すると、そこに寝ているはずのフウマが見当たらない。
「あれ?フウマがいないよ?」
「えっ?そこに寝てるでしょ!」
「いないって!」
「・・・」
昨日と全く同じ展開である。
テントの周りをぐるりと回ったけれど、そこから見える範囲にフウマの姿は確認できない。
「これはちょっとまずいかもしれない・・・」
二人で手分けして、私は湖岸の方を探してみることにした。
すると、薄暗闇の中にフウマらしい影を発見。
「ふうまっ!」
大声で呼びかけたけれど、そんな声に全く反応する様子も無く、砂に足を取られながらヨボヨボと歩き続けるフウマ。
どうやらウンコする場所を探して移動途中の様である。
そしてしばらくしてようやく気に入った場所を見つけたようで、おもむろに腰を下ろした。
全く人騒がせな犬である。
密かに期待していた青空は広がっていなかったけれど、東の空の地平線付近にだけ雲の隙間ができていた。
これならば僅かの間だけでも完全な太陽の姿を見ることができそうだ。
何せ昨日は雲に隠されて太陽の半分も拝めなかったのである。
潮の引いた湿地の良い場所があったので、そこに三脚をセットして、朝日が出るのを待ち構える。
やがて、その湿地を斑に赤く染めながら、朝日が昇ってきた。
今日は狙い通りの朝日の写真が撮れて満足である。
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