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雨と風の霧多布キャンプ

きりたっぷ岬キャンプ場(6月29日〜30日)

 築拓キャンプ場を出た後は、しばしキャンプの余韻を味わうために、牧場地帯の中を道を選んで車を走らせた。霧はますます濃くなり、全ての風景が乳白色に霞んでしまっている。
 今日のキャンプでいよいよ道東キャンプも終わりになるけれど、この旅行中ですっかりお馴染みになった霧の風景である。その中でも今日の霧は特別に濃い。おまけに今日の宿泊予定地は霧の名所、霧多布岬キャンプ場ときている。
 日中は霧多布湿原を中心に観光する予定なのだが、果たしてこの霧は晴れてくるのだろうか。
 浜中町のキャンプ場「MO-TTOかぜて」の横を通ったので、ちょっとその中を覗いてみることにした。
 イベント会場として使われるらしいこの公園は、上空から見ると牛の形に見えるそうだ。私はどうも、こんな公園の作り方が好きではない。
 上空から見たら○○に見えるといっても、公園の利用者が実際に上空から見ることなど絶対に不可能である。それなのにこんな公園を作るのは、設計者の図面上だけでの自己満足に過ぎない。そんなことに気を使うより、もっと利用者に喜んでもらえることを考えるべきだろう。
 仕事柄、どうしても厳しい目で見てしまうのだ。
 牛の顔にあたる部分がちょうどテントサイトになっている。そこに車で入っていくと、道路が無意味に蛇行しているので、ハンドル操作が忙しい。後で改めて公園の全体図を見てみると、その蛇行した道はちょうど牛の耳の部分になっていた。これは何だろうと思って見ていた石張りの舗装は、牛の目だった。トイレや炊事場の建物は牛の鼻である。
 実際に利用したら結構面白いかも・・・、何て思えてきた。
 純粋なキャンプ場として考えると、まっ平らな公園の中に作られたサイトである。普段の我が家ならば全然触手の動かないキャンプ場だけれど、この濃い霧の中で見ると結構良さげなキャンプ場に見えてしまう。
 何せ周りの風景は全て霧の中に霞んでいるので、テントを張ってしまえば霧多布岬キャンプ場でもここでも、見える風景に大して違いは無いのである。

MO-TTOかぜてのテントサイト   MO-TTOかぜて全景

 そこを出た後は、今日の宿泊予定地霧多布岬の様子を見に行くことにした。
 途中で、キャンプ場を管理する浜中町役場に確認の電話を入れる。今日は夜から天気が崩れるとの予報だったので、ここのバンガローを利用するつもりでいたのだ。キャンピングガイドによると、ここのバンガローの一部はペットも泊まれるようになっているらしい。
 電話でそのことを聞いてみると、確かにペットも泊まれるバンガローは用意しているけれど数が少ないので予約が必要とのこと。まさか、もう予約済みなのではと心配になって「今日泊まりたいんですけど、空いてますか?」聞いたところ、「あっ、今日の話しなら予約なんかしなくても、直接現地に行っても大丈夫ですよ」との答えが返ってきた。
 これで宿の心配も無くなったのでゆっくりと観光することができる。
 霧多布岬は数十メートル先も見えないくらいの濃い霧に包まれ、近くの灯台から霧笛の音がひっきりなしに聞こえてきていた。
 今回の道東キャンプでどうしてもテントを張りたかったのが、実はここ霧多布岬キャンプ場の見晴らしの良い芝生のサイトだったのである。7年前にここに泊まった時も濃い霧と強風のためにバンガローを借りたのだけれど、帰る時になってその芝生のサイトの存在に気が付いたのだ。
 それ以来、そこにテントを張るのが私の中では一つの夢のようになっていたのだけれど、結局今回もその夢はかなえられずに終わりそうだ。その場所は草が伸び放題になっていて、もしも天気が良かったとしても、鎌が無ければそこにテントを張るのは難しかったかもしれない。
 霧に包まれたキャンプ場では青年が一人ベンチに腰掛けて本を読んでいるところだった。
 話しかけると「昨日からずっとこんな天気なんですよ。一晩中霧笛は鳴り続けるし、それに無茶苦茶寒いんです。」と弱音を吐いていた。
 とても気の毒に思えたけれど、これが今時期の霧多布の本当の姿であり、彼も多分この惨めな状況を心のどこかで楽しんでいるのかもしれない。

 キャンプ場を出ると直ぐにポツポツと雨が落ちてきて、その雨は直ぐに本格的な降りへと変わってきた。先ほどの青年がますます気の毒に思えてくる。
 もっとも、気の毒なのは自分達も同じである。夕方までは雨も降らないはずだったのに、この雨では何もすることができない。雨雲レーダーを確認しても、この雨はしばらく降り続けそうだ。
 とりあえず霧多布湿原ネイチャーセンターに逃げ込んで、今日の予定を考え直すことにする。
 車の中から見る霧多布湿原では、ワタスゲの花が結構咲いていた。初めてこの風景を見れば大いに感動していただろうけれど、昨日、名も無い湿原でワタスゲ大群落を見ているものだから、それほど感動もしない。それに、雨に打たれたワタスゲは、どこかしょぼくれて見えてしまうのだ。
 センターの駐車場で車から降りると、クワックワッと鋭い鳴き声が聞こえてきた。すれ違ったレンジャー風の女性が「今日も鳴いているわね」と話していたので、多分それがタンチョウの鳴き声なのだろう。旅行中に何度もその姿を見かけたけれど、ここでようやくその声も聞くことができて、何となく嬉しくなった。
 平成5年に完成したと言うこのセンターは、湿原関連の情報も充実しているし、旅行へ出る前に湿原でのカヌーについてメールで問い合わせた際も丁寧なアドバイスをもらえ、スタッフの方の対応も感じが良い。
 レストランも兼ねたゆったりと寛げる展望室や自然関連の蔵書が多い図書室もあって、半日程度はここで時間を過ごせそうだ。さすがにそれも退屈過ぎるので、昼食に牡蠣を食べるために厚岸までドライブすることにした。
国泰寺山門 今日の楽しみの一つあやめヶ原は帰りに寄ることにして、まずは厚岸のマイナー観光地でも回ろうと愛冠岬を目指す。
 ところが、駐車場から岬まで500m程歩かなくてはならず、雨も降っているのでそこは諦める。
 次に国泰寺も寄ってみたが、山門と前庭に歴史を感じるくらいで特に見るものも無し。
 その寺の隣に小さな資料館があったので何気なく入ってみると、無人だと思っていたところに受付の人が座っていたので驚かされる。
 おまけに入館料が100円かかるというので、慌てて出てきてしまった。
 一体お金を払ってここを見に来るような人が何人いるのだろう?と甚だ疑問に思えてしまうのだ。
 近くに筑紫恋キャンプ場もついでに寄ってみたけれど、バンガローばかりが目に付くようなキャンプ場で我が家が魅力を感じるような場所ではなかった。

かきづくし弁当 結局、何も得るものも無くお昼になってしまった。
 旅行前の計画では、最初の方で厚岸を訪れ生牡蠣を仕入れて、それを何処かのキャンプ場で美味しく頂くと言うことになっていた。
 それが結局今頃訪れることになってしまい、ここで生牡蠣を購入してもバンガローの中で焼いて食べる訳にもいかない。
 それでも、厚岸に来て牡蠣を食べずには帰られないと「厚岸味覚ターミナル コンキリエ」で牡蠣を食べることにする。
 この施設の中にある「レストラン エスカル」に入りメニューを見る。直ぐに目に入ったのが2500円のかきづくし弁当である。
 2500円×2=・・・、しばし悩んで出した結論が、私がかきづくし弁当、かみさんが普通の定食を注文して、かきづくし弁当に付いてくる牡蠣を二人で分け合うと言う方法だった。
 みみっちい奴だと馬鹿にされそうだけれど、これで厚岸で牡蠣を食べたと言う事実だけは残せたのである。

 その後、厚岸の街の中でガソリンを入れようとスタンドを探したけれど、どのスタンドにも価格が表示されていないので困ってしまった。
 「だからあそこで入れておけば良かったのに」とかみさん。
 今朝方、築拓キャンプ場を出て厚床の国道沿いにあるGSの横を通った時、かみさんが「ここでガソリンを入れましょう」と言ってきたけれど、「こんな田舎で入れるより厚岸の街の中まで行った方が、もっと安い店があるはずだ」と無視していたのだ。
 これだけガソリンが値上がりしてくると、1円でも安い店を探して入れたくなるのが人情である。店頭に価格を表示していないような店は、「当店のガソリンは時価で販売してます」と言っているようなものだから、とてもじゃないが怖くて入れない。
 地図を見ると郊外へ出たところにホクレンのGSがあって、ちょうどその近くに「太田屯田兵屋」の観光スポットもあるようなので、そこまで出かけることにした。
 北海道の場合、地方の方へ行くとホクレンのGSが一番安心して給油できるし、特に今時期はサマーフェアーをやっていてスタンプが貯まると北海道地図をもらえるのである。
 やっとたどり着いたそのホクレンGSだけれど、結局、厚床にあったGSより高いガソリンを入れることになってしまった。料金を支払うと、そこの店員さんが笑顔で「ちょうどスタンプカードが満タンになりましたよ」と教えてくれた。スタンプ10個で地図が1冊もらえて、そのカードには20個のスタンプが押せるようになっているのだ。
 「やった!、今回の旅行だけで2冊分のスタンプが貯まっちゃったね!」と私が喜んでいると、かみさんが一言「スタンプ1個押すのに1000円払っているのよ」と冷めた表情で言い捨てた。

太田屯田兵屋 その後、「太田屯田兵屋」へと向かう。
 その兵屋は農家の裏庭のようなところに建っていて、知らずに見えればその農家の物置と勘違いしてしまいそうな建物だ。
 特に見るべき施設でも無いのだけれど、満足な防寒服も無いような状況でその建物で北海道の冬を越したのだと考えると、当時の苦労をしみじみと感じることができるのである。
 そのせいで病気に倒れる人が続出し、数年後には最初に入植した人数の半分程度しか生き残らなかった、なんて話しも思い出してしまう。
 先ほどのGSの近くに屯田兵の資料館もあったので、もう少し詳しく当時のことを知りたいと思って、そちらに向かう。
 ところが、入り口の横に入館料100円と書かれていたものだから、そのまま車をUターンさせてしまった。
 「興味があるのなら100円くらいけちるな!」と言われそうだが、「こんな施設に入るのにいちいち金を取るな!」と言うのが私の考えなので、そうなってしまうのだ。

花が咲誇るあやめヶ原 その後は漁協の直売所「Aウロコ」に立ち寄ったりしながら、あやめヶ原へと向かう。
 同じ品物を買うのなら「コンキリエ」より「Aウロコ」で買った方が安いようだ。今夜の夕食用に「コンキリエ」で買ったカニの鉄砲汁やサンマの蒲焼が「Aウロコ」で安く売られていたものだから、かみさんがとても悔しがっていた。
 途中でほとんど止みかけていた雨が、あやめヶ原に着く頃にはまたポツポツと降り始めてきた。愛冠岬の時とは違って、あやめヶ原の方はそう易々と退散するわけにはいかない。
 長靴に履き替え、雨具を着込み、完全装備であやめヶ原を散策する。
 これまでにも数回ここを訪れているけれど、今回ようやくヒオウギアヤメが一面に咲き誇る風景に出会えることができた。北方原生花園と同じく、ここでも馬達がせっせと雑草駆除に働いている。
 今回これだけヒオウギアヤメの花を沢山見られたのは、この馬やポニー達のおかげだと思ったけれど、どうやらそれだけでは無く、今年は特に花付きの良い年だったようである。
 そんな花の風景に感動しながらチンベノ鼻と呼ばれる岬の先端まで歩いて行くと、次第に雨風が強くなってきた。慌てて駐車場まで戻ってきたけれど、雨具を着てても全身ずぶ濡れと言った感じである。

放牧されている馬   ずぶ濡れ

 その後は真直ぐ霧多布岬キャンプ場へと向かう。
 こちらも、あやめヶ原以上の風と雨である。朝に立ち寄った時からテントの数は増えていなくて、ライダー、チャリダーのソロテントが3張りあるだけだ。
雨のきりたっぷ岬キャンプ場 受付でペット連れでバンガローに泊まりたいと申告すると、受付のおじさんが困ったような表情を顔に浮かべた。
 「え?、まさか!」と思って、慌てて「今日の朝役場に電話したんです!、そしたら予約しなくても大丈夫って言われたので直接来たんです!」と説明した。
 それでもおじさんは困った表情のまま、「ペットの泊まれるバンガローはあるんだけどね〜・・・、そこでも良いかい?」と聞いてくる。
 何だか良く分からず「は、はい、そこに泊まりたいんです。」と藁にすがるような気持ちで頼みこんだ。
 ようやく管理人のおじさんは了解してくれたようで、「それじゃあ、ちょっと遠くなるんだけどバンガローはここで・・・」と説明を始めた。
 ここでようやく私も、管理人さんの困った表情の意味を理解できたのである。
 ペットも泊まれるバンガローは駐車場から一番遠い場所になる。横殴りの雨が降っているこんな状況の中、ペットがいるからと言ってそんな離れた場所に泊まれとは、優しい管理人さんにとってはとても言い出しづらいことだったのだろう。
 私にとっては泊まらせてもらえるのならばどんなところでも構わなかったのだけれど、その管理人さんの気持ちがとても嬉しかった。
荷物を運び終えてホッと一息 再び完全装備になって駐車場からバンガローまで荷物を運ぶ。確かに遠かったけれど、最低限の荷物を運ぶだけなのでそれほど苦労は感じない。
 ただ、玄関のスペースが無いバンガローなものだから濡れた長靴などの置き場に困ってしまう。とりあえずビニールシートを入り口に敷いてそこを靴置き場にしたが、頻繁に出入しているとそこが泥だらけになってくる。
 脱いだ雨具からは水がポタポタ落ちてくるので、雑巾で拭き取る。
 それにフウマである。テント泊ならば直ぐに自分の居場所を決められるのだけれど、フウマにとっては初めてのバンガロー泊なので、どうも落ち着けないようだ。濡れた足で狭いバンガローの中をウロウロされるものだから、こちらもたまらない。
 「悲惨だな〜」と言いながら、私もかみさんもこんな状況を心のどこかで楽しんでいた。
 もっと悲惨なキャンプは他でも沢山経験しているけれど、そんなキャンプこそ楽しい思い出として後々まで心の中に残っているものである。
 それを本当に悲惨だと思ってしまうのなら、キャンプを趣味にするのはまず無理だろう。

 一息ついて、霧多布温泉「ゆうゆ」へ入りに行く。
 私が車の中で雨具を脱いで長靴を履き替えようとしていたら、かみさんはずぶ濡れ雨具、泥まみれ長靴のまま、さっさと建物の中へと入っていくので、私も慌ててその後を追った。ピカピカの建物の中にボロボロの姿で入るのに私はちょっと気が引けていたのだけれど、確かにこんなところで身なりに気を使う必要も無いのだ。
 冷えた体を温泉に浸かってじっくりと温め、しばしロビーで寛ぐ。何気なく新聞を見ていると、築拓キャンプ場で受付をしてくれた女性の写真が載っていたのでビックリしてしまった。
 その記事を読むと、東京の大学を出た後フットパスに興味を持って北海道にやって来て、今は地元のフットパス関連の事務局で働いているとのことだった。
 受付の時に伊藤牧場にいると自己紹介されたものだから、その夜はビールを飲みながら「伊藤牧場の跡取り息子も可愛い嫁さんをもらえて良かったな〜」なんて勝手な話しをかみさんとしていたのだ。
 でも、彼女のハートを射止められるような牧場の跡取り息子が出てくるのか、とても気になったりするのである。

 快適な温泉を後にして、再び冷たい雨と強風に晒されながら薄暗いバンガローの中に転がり込んだ。
 気温もかなり低いので、暖房代わりにガソリンランタンを灯した。さすがにテントと違って、これだけでバンガロー室内はほんのりと暖まってくる。
 外で吹き荒れている強風も全く気にならない。何時もテントの中で使っている銀マットを床全体に敷き詰めてあるので、とても快適だ。
窓の下で花を咲かせるクロユリ 唯一の難点は、小さな窓が一つしか無いことである。
 テントの前室に籠もっている時も、余程風雨がひどくない限りは、メッシュの窓にして外の風景を眺めながら過ごしている。
 自然の風景の中に身を置いて時を過ごす、それが唯一の私のキャンプの目的であると言っても良いのだけれど、外の見えないバンガローに閉じ込められてしまっては、それはもうキャンプとは言えない代物である。
 今回は、長期キャンプの一コマと考えれば、こんな状況も何とか許せるのだ。
 その小さな窓から外を覗いてみると、窓の下で黒百合の花が風に揺れていたのでビックリしてしまった。
 まるで場違いな場所に咲いている黒百合。でも周りを見てみると、全てのバンガローの下に黒百合が咲いているようである。
 誰が植えたものかは分からないけれど、灰色の冷たい風景の中で何となく心が温まったような気がする。

夕食支度中 ご飯を炊いて夕食の準備をする。
 米の飯以外は今日は全てレトルト食品メニューである。それがとても美味しくて、がっつく様に食べてしまう。
 そして食事が終わると、猛烈な眠たさが襲ってきた。ゴロリと横になると、そのまま数十分眠ってしまった。
 キャンプ最後の夜、これまで張り詰めていた心が急に緩んでしまったのかもしれない。
 再びワインを飲み始めたけれど、眠くて眠くてしょうがない。まだ8時だけれどそれ以上起きているのは無理そうなので、歯を磨いて寝ることにする。キャンプ場の炊事場は屋根付だけれど、横殴りの雨が入ってくるので、その用をなしていない。
 テントキャンパーの人たちはもう寝ているのだろうか。灯りの点いていないテントが、風に吹かれて揺れている。
 こんな時間に寝てしまうと変な時間に目が覚めてしまわないかと心配だったけれど、余程疲れが溜まっていたのか、朝までぐっすりと眠ることが出来た。

夕食材料   夕食完成

 道東旅行最終日の朝は、何時もと同じ、いや、ちょっと違うのは霧のほかに雨も混ざって猛烈な風が吹いていることくらいだろうか。
 中身の濃い七日間を過ごしたので、思い残すことはもう何も無い。
霧多布を後にする 今日は一気に札幌までの450kmを走るだけである。
 かみさんにバンガローの中の片づけを任せて、私は何度も車とバンガローの間を往復して荷物を運ぶ。
 風雨が強くて前を向いていられないので、下を向いて歩いていると全然違う方向に進んでいたりする。これが冬山なら遭難確実だ。
 最後に一番場所をとる荷物、フウマを車に積み込んで撤収完了。
 到着してから出発するまで、周りの風景を眺める余裕も殆ど無く、ただ一晩過ごしたと言うだけの霧多布キャンプだった。

 今回は時間をかけて釧路根室を回ったので、この方面はもう十分かなと思ったけれど、快晴の霧多布で憧れのサイトにテントを張ってみたいし、来止臥にも是非泊まりたいし、YAMANONAKAを再訪することはできなかったし、ポンネベツ川でカヌーに乗りたいし、釧路湿原はまだそれほど回ってないし、結局また近い将来、道東キャンプへやってくることになりそうな気がする。


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