再び奥尻港を通り過ぎて北に向かい、途中から山の中へ続く産業開発道路へと入る。
その道を登っていくと、やがて回りは牧場地帯となり、茶色の肉牛がゆったりと草を食んでいるのどかな風景が広がっていた。 冗談で、「これがきっと奥尻牛だろう」なんてかみさんとしゃべっていたが、後で調べたら本当に奥尻和牛のブランドで飼育しているらしい。
やがて球島山の看板を見つけて、その道へと曲がった。駐車場に車を停めて、小高い丘の上へと続く階段を駆け上った。
階段を上りきった場所が標高369mの球島山の頂上である。
そこからは奥尻島の北側半分が一望の下に見渡せる。鍋釣岩も遠くに小さく見えている。
そして海の向こうに広がる北海道の陸地。
「ところで島の人達はこの北海道の陸地を見て何と呼んでいるんだろう?本土・・・、じゃ無いよな〜。北海道・・・、じゃ素っ気なさ過ぎ。本島・・・、ありえそうかな?」
そんな疑問が頭に浮かんできたが、結局島の人にそれを聞く機会は無いままに終わってしまった。
そこからの風景を眺めている時に、「明日は日の出前にここまでやって来て、北海道本島から昇る朝日を楽しむことにしよう」と思いついた。
駐車場まで戻ると、鍋釣岩やうにまる公園でも見かけたネクタイ姿の人たちが車から降りてきた。
出張ついでに島内観光をしているのだろう。小さな島で、見る場所も限られているから、同じフェリーに乗ってきたら行く先々で顔を合わせることになってしまう。
多分、島内観光は車があれば半日で全て見て回ることができるだろう。そして民宿に泊まって美味しい海の幸を食べて、翌日のフェーリーで直ぐに帰ってしまう。
これが一般的な奥尻観光の行程なのだろうが、あまりにも味気なさ過ぎる気がする。もっとも、釣りや海のレジャーをやらない人なら、それ以上島に滞在しても退屈するだけと言うのが本当のところかもしれない。
私も釣り道具などは持ってきていないけれど、何もすることが無ければそれだけのんびりと過ごせると言う事になる。
そこを出てしばらく行くと、道路沿いに「復興の森」と言うところがあった。そこではぶな林の中の散策を楽しめるみたいだが、そろそろキャンプ地に入ってゆっくりしたいので、先を急ぐことにする。
西海岸へと降りていく途中、周りの山々には豊かなぶな林が広がっていた。そんな風景を楽しみながら、再び海岸沿いの道へと出てきた。
東海岸と違って岩場が多く、海の色がこれまた美しい。
今日のキャンプ予定地は北追岬キャンプ場である。もしもそこが外れだったら、また賽の河原キャンプ場まで戻らなければならない。
道路沿いの北追岬公園の看板に従って、木立の中へ続く道へと入った。その先は幅が2mも無いような細い舗装道が続いていた。その道が二股に分かれていたが、そこには看板も何も付いていない。しょうがないので適当に右に曲がったら、その先は彫刻のある場所で行き止まりになっていた。
この付近一帯は彫刻公園となっていて、園内に彫刻が点在しているのである。この舗装道はそれらの彫刻をつなぐ散策路にもなっているのだろう。
引き返して、今度は別の道に入る。すると、また右へ曲がる分かれ道があったが、今度はそのまま真直ぐ進む。すると左手に起伏の多い芝生広場が広がっていて、そこにも彫刻が建っている。
広場の端に水場も作られていたのでで、「もしかしたらここがテントサイト?」とも思ったが、キャンピングガイドに載っていた写真では海が見えるようなサイトだった。そこの芝生広場からは山しか見えない。
再び分かれ道が現われたので、何も考えずに今度は右へ曲がる。舗装された部分から脱輪しないようにハンドルを切るのがなかなか難しい。教習所のS字やクランクコースを走っているみたいだ。
しばらく走って最後の坂道を登ると、そこにはトイレと質素な水場があり、その先にわずかばかりの広場が作られていた。
ようやく北追岬キャンプ場に到着したようである。
それにしても小さなサイトだ。キャンピングガイドにはテント10張りと書いてあるが、私の感覚ではここで許せるのは3張りまでだろう。
2方向が土手に囲まれ少し視界が遮られるものの、南側の海岸線や東側の山並みが見渡せてロケーションは十分満足できる。
それに、この土手のおかげで、その日の北西から吹いていた強風が遮られて快適に過ごすことができる。
サイトの真ん中にも彫刻が置かれているのはご愛嬌だ。
初めて訪れるキャンプ場で少し不安もあったけれど、すっかりここが気に入ってしまった。
テントを張り終えて直ぐにビールで乾杯したかったけれど、汗もかいたし、フェリーの甲板でずーっと過ごしていたので体が潮でべとべとしている。まずは温泉で汗を流すことにした。
そこから車で直ぐの神威脇漁港の隣に神威脇温泉がある。
1階と2階に風呂が分かれていると言うので、今日は2階の風呂に入ることにする。露天風呂は無いものの、大きな窓から港が一望できてなかなか良い眺めだ。
浴槽からはかけ流しの源泉が惜しげもなく溢れ出している。ちょっと足を入れたが、熱すぎてそのままではとても入れそうに無い。誰も居ないので、水の蛇口を全開にしてそこに体を沈める。そこから少しでも移動すると、熱くて皮膚がピリピリしてくるので、そこから離れることができない。
せっかくの源泉が薄まってしまうのは勿体ないが、これだけ熱くてはしょうがない。
温泉から出てくると、岸壁で竿を出している人が居た。見ていると、殆んど入れ食い状態になっている。チカだと思ったらコアジが釣れているとのことだった。
竿は車に積んであるので、仕掛けでも買ってきて我が家も明日チャレンジしてみよう。
サイトに戻ってようやくビールを飲むことができた。
周りにはススキがびっしりと生えていて、その穂が風にたなびき秋のキャンプを演出してくれる。
ススキに囲まれた道を岬の先端まで行くとそこにも彫刻が置かれていた。
さらにススキをかき分けて、崖のギリギリまで行ってみる。
柵が有るわけでもないので足がすくんでしまう。
美しい海岸が足元に広がっているのが見えるが、残念ながらそこまで降りられる場所は何処にも無さそうだ。
トイレの先の方にも彫刻がある。
そして、その向こうの丘の頂上にもポツンと彫刻が立っているのが見える。
かみさんが夕食の仕度をしている間に、その丘を登ってみる事にした。
車で入ってきた道を歩いて引き返し、途中の分かれ道を来た時とは反対に曲がる。
その分かれ道のところにも黒い御影石の彫刻が置かれ、真っ黒なその表面に青い空が映り込んでいた。
丘の頂上へと続く階段を登りきると、そこは彫刻の周りを御影石でぐるりと囲んだ小さな広場になっていた。
そしてそこから北追岬の様子を一望の下に見渡すことができる。
我が家のテントがススキの海の中で溺れそうになって小さく見えている。
かみさんが動いている姿も見えたので、そこから思いっきり大きな声で「お〜〜い」と叫んでみた。
すると、かみさんが直ぐに振り返った。かなり距離があるものの、結構声が通るみたいだ。
遠くの方に、最初に道を間違って行き着いたところの彫刻が見える。その手前にも別の彫刻があるのが見えるが、きっと途中にあった分かれ道を進めば、その場所に行き着けるのだろう。
北追岬の丘陵にポツンポツンと配置された彫刻、そしてそれらを結ぶ迷路のような散策路、明日にでもゆっくり歩いてみたら楽しそうだ。
サイトへ戻る途中、1台のバイクに追い抜かれた。キャンプ場を独り占めと考えていたが、そうはいかない様だ。
でも、そのライダーはテントを張らずにまた何処かへ行ってしまった。
当然誰も居ないだろうと思ってやって来たキャンプ場で、怪しげな夫婦が先にテントを張っていたものだから、がっかりして帰ってしまったのかも知れない。
気の毒に思ったけれど、テントを張られなくてこちらもホッとしてしまう。意地の悪い性格で、全く困ったものだ。
先ほどまで昇っていた丘の頂上を改めて見てみると、あそこから叫んで良く声が届くものだと感心してしまう。
ところがかみさんは、突然大きな声が聞こえたのでビックリしたと言うのだ。大声を出さなくても、普通の声で十分に届くようである。
下の岩場に波が打ちつける音の他、人工的な物音は一切聞こえない、そんな環境のおかげなのだろうか。
次第に西の空が赤く染まってきた。
西海岸でのキャンプの楽しみの一つは、やっぱり日本海に沈む夕陽である。
ただ、今日はちょっと雲が増えてきてしまって、期待していたような美しい夕陽は見られなかった。
先ほど何処かへ行ってしまったと思っていたライダーが再び戻ってきた。テントを張る場所に相当悩んでいたのかもしれない。
我が家と反対側の端にテントを張ってくれたので、全然気にならない。函館から来たというシャイな青年だった。
夕食はかみさんの特製スパゲティだ。無理して海の幸を食べなくても、これで十分に満足することができる。
夕闇が次第に濃くなり、やがて水平線上に漁火が一つ二つと浮かんでくる。今日は新月、真っ黒な空に星も瞬き始めた。
テントの直ぐ後ろに水銀灯が立っているものの、灯りが付きそうな気配もない。その他周辺には邪魔な灯りは一切ないので、今夜は素晴らしい星空を楽しめそうだとワクワクしてきた。
ところが午後7時を過ぎた頃、ボンッと言う音を立てて水銀灯に灯が点った。点滅のタイマーが夏時間のままセットされていただけだったのだ。
おまけに、この小さなサイトに二つも水銀灯が建っているので、その明るさは半端ではない。ライダーの彼は水銀灯の下で本まで読んでいるようである。
頂上に彫刻が立つ丘はもとより、もっと遠くの山肌までこの二つの水銀灯の光で明るく照らし出されている有様だ。
雲も多いので、この日は焚き火だけ楽しんで寝ることにした。(後編へ続く)
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