最初は中頓別町の鍾乳洞へ出かけた。
道路地図には、その手前にも「羽衣の滝」の名前が載っていた。昨日は思いがけなく素晴らしい滝を見ることができて気をよくしていたので、この滝にもかなり期待をしていたが、完全に外れだった。
現地の看板では「衣笠の滝」となっていたけれど、他に滝がありそうな様子もない。まあ、目的は鍾乳洞の方なので滝が期待はずれでもそれほど気にはならない。
鍾乳洞付近はやたらに立派に整備されていて、もっと山奥の穴場的な場所を期待していたものだから、ちょっと興ざめである。
肝心の鍾乳洞の方も、鍾乳石などは全て無くなってしまっていて、ただの洞窟にしか見えない。それでもヘルメットが欲しくなるくらいの狭い洞窟は、ちょっとだけ冒険心を刺激してくれた。
次はウソタンナイ川探検へと向かう。
ウソタンナイ砂金採掘公園の名前が知られているが、今回は川沿いに続く林道を上流まで走ってみようという計画である。上流には滝があるという話しも聞いていたのだ。
途中に採石場があるので林道の方はとても走りやすいが、ちょっと趣には欠ける林道だ。しかし、平行して流れるウソタンナイ川の方はなかなか美しい渓相だ。川に降りられそうな場所を探しながら走ったが、適当な場所は一箇所くらいしか見つからなかった。
そこも一応は小さな滝のようになってはいたが、期待していたような滝ではなかった。やっぱりこんな場所の滝は、川を歩いて上る釣り人でないと出会えないのだろう。
川の探検は諦めて、今度は海へ向かうことにした。
浜頓別町まで戻って来た頃には、昼の時間になっていた。さすがにネットで検索しても、浜頓別町では美味そうな店は見つからなかったので、コンビニ弁当で済ませることにする。弁当を食べる場所はオホーツク海を眺められる場所、変なレストランに入るよりもこちらの方がずーっと贅沢と言うものだ。
目的の場所はエサヌカ原生花園。この付近ならば車で直接海岸まで出られるだろうと踏んだのである。
国道を北上して猿払村方向へ向かう。道路上から海岸の方を眺めると広大な牧草地が広がっていた。
適当な場所から、その牧草地の中へ続く道へと入って行く。そして、海岸と平行に走る直線道路までやってきて、思わず感動の声を上げてしまった。
大きな空の下、真っ平らな牧草地の中をひたすら真っ直ぐに伸びていく道、広い北海道の中でも初めて見るような景色である。釧路根室の酪農地帯でも同じような風景が見られるが、この平らさはここでしか味わえないものだ。
地図を調べながら、この直線道路と海岸との間に走っているもう1本の道に入った。その道は本当の海岸沿いの砂利道で、所々に砂浜に出られる脇道がある。砂に埋まらないように注意しながらそんな脇道の1本に車を乗り入れると、目の前に雄大なオホーツクの海が広がっていた。
その海を眺めながら、コンビニで買った親子丼を食べる。誠に贅沢な昼食である。
食後は海岸で流木集め。焚き火台用の小さめの流木を探したが、直ぐに袋一杯の量が集まった。
砂浜にはオレンジ色の不思議な物体が転がっていた。
道路上からは、そのオレンジ色の物体だけが砂丘の陰から見えていたので、「エッ、誰かテントでも張っているのかな」なんて勘違いしてしまった。
遠くから見ると、舟に備え付けられている緊急用の救命ボートのようにも思われた。
「もしかしたら遭難した船から流されてきたボートで、中には白骨化した死体があったりして」
なんて想像しながら恐る恐る近づいていった。
「!」
「な、何だか人間の形に見えるぞ!」
手足がダラリと伸びて腹の部分だけが異様に膨らんでいる。
「こ、これは土左衛門では」
直ぐ近くまで寄ってみたら、「ウゲッ、こ、これは!」
(心臓の弱い人は左の写真をクリックしないで下さい)
そこの近くにはモケウニ沼と言う名前の沼がある。
駐車場から真っ直ぐに沼に向かって続く木道、味気ないような気もするが、この付近ではそんな直線の方が景色に良くとけ込むのかもしれない。
木道の回りはふかふかの水苔に覆われていて、それだけを見るとどこかの高層湿原にいるような気分になれる。
だが、沼の周りは全てが牧草畑になっているし、沼の褐色の水も何となく回りの牧場から屎尿が流れ込んでいるような気がしてしまう。
そんな場所でも数羽の白鳥が翼を休めていた。白鳥の中にも、クッチャロ湖のような人気のある場所を避けて、他の白鳥が見向きもしないようなこんな沼にやってくる変わった趣味のやつがいるみたいだ。
その後は猿払村周辺を当て処もなく車で走り回る。
その中でも興味があったのが道道猿払浅茅野線だ。
この道路、春の雪解け時期には何時も「道道猿払浅茅野線は冠水のため通行止め」と道路交通情報で案内されている。
「雪解け水だけで冠水する道道ってどんな場所なんだろう」
とりあえずそこを目指して走ったが、砂利道の道路だったのでその先に進むのは躊躇ってしまった。
その代わりに途中で看板を見つけたカムイト沼へ行ってみる。午後の日差しが逆光になり、眺めは今ひとつだった。
牧草畑以外は全てが沼と湿地に覆われているような猿払村周辺、時間をかけてもう少し走れば新たな発見もありそうだったが、さすがに運転にも疲れてきたので、後はキャンプ場でのんびりと過ごすことにした。
キャンプ場に戻ってきても相変わらず強い風が吹き続けていた。
隣接する温泉に入って体を温めることにする。「はまとんべつ温泉ウィング」という新しい施設の方は整備のための休館日になっていたので、その向かい側の「北オホーツク荘」の温泉に入った。
温泉の泉質のことは詳しくないが、湯に入ると肌がヌルヌルするような感触の温泉である。
温泉から出た後は湯冷めしないように気をつけ、水鳥たちの姿を眺めながらビールを美味しくいただく。
空は快晴だが、低い部分にはぼんやりと霞がかかったようになっている。
その霞の中に太陽が入ると、まだ時間が早いのに辺りは夕焼けの色に染まりはじめた。後で聞いた話だが、この霞はシベリアの森林火災の煙が北海道まで流れてきて発生したものなのだとか。
去年の春にもこの影響で太陽が赤く見えると話題になっていたが、この日の太陽もまさに真っ赤な色に染まっていた。
夕日が美しいことで有名なクッチャロ湖だが、この赤い太陽のために何時も以上の素晴らしさに染め上げられているみたいだ。
それまでずーっと吹き続けていた風が、気が付くといつの間にかピタリと止んでいた。
波のおさまった湖面では、白鳥やマガン達が長旅の疲れを癒すように静かに浮かんでいる。
時折、その静けさを破り、賑やかな鳴き声を上げながら新しい群れが水面に舞い降りてくる。
そんな様子を眺めながら日が完全に沈む2時間ほどの間、心の底から充実した一時を過ごすことができた。
夕焼けショーの幕が下りた後は、焚き火に火を付け夕食の準備を始める。
すると、朝にやってきた管理人さんが再び我が家のサイトを訪れた。先ほどまでの素晴らしい夕焼けの話しでもしようかと思ったら、その管理人さんは我が家の焚き火の炎を見つけて、直火で燃やしていないかを偵察しに来た様子である。
横目で焚き火の様子を窺いながら近づいてきて、火の始末には注意してくださいねと言って去っていった。
管理人さんの立場は良く解るが、私たちが疑いの目で見られていたと言うことに対して、とても嫌な気分になってしまった。
キャンプ場は10月末までオープンしてはいるが、白鳥が飛来する時期には私たちキャンパーは招かれざる客という立場なのかもしれない。
気持ちを切り替えて、夕食と焚き火を楽しむことにする。
気温は4度くらいだが、昨日よりも確実に寒く感じる。やっぱり湯冷めしたのだろうか。寝る直前に温泉に入れば良かったと後悔した。
風がまた吹き始めたので、焚き火にかじり付くように暖を取る。昨日からそんな状態で焚き火にあたってばかりいたので、顔が完全に焚き火焼けしてしまったみたいだ。顔全体がヒリヒリしている。
今日の湖は昨日に増して白鳥たちの鳴き声で賑やかである。
長旅を終えての感想やお互いの近況でも話しているのだろうか。同じ白鳥の群れでも、静かに佇むだけのグループや、やたらに賑やかなグループに分かれているように見える。
少し静かになったかなと思ったら、新しい群れが飛来して来ると、また話に花が咲くように賑やかになる。
まるで夏場のキャンプ場の様子がそのまま湖の上で繰り広げられているみたいだ。
賑やかなキャンパー達は無視することにして、我が家は少し早めの8時半に眠りについた。
深夜に、テントが大きく揺れる気配で目が覚めた。
外ではかなりの強風が吹いているみたいだ。テントのフレームが風に吹かれて大きくしなっている。現在のテントに変えてから、一番の強風かもしれない。
到着したときから風が強くていつもより多めに張り綱を張っていたので、テントが飛ばされてしまう様な心配は無い。それでもテントが揺らされる音で1時間おきくらいに目が覚めてしまう。
かみさんはほとんど眠れなかったみたいだ。
翌朝は朝日を撮す予定も無かったので、少し寝坊するつもりだった。
しかし、風の音で眠れないかみさんが今日は先に起き出すものだから、私もつられてまだ暗いうちから起きる羽目になってしまった。
まだかなり強い風が吹いていたが、何時も通りのキャンプの朝の儀式、焚き火とコーヒーを楽しむ。
強風にあおられて、火を付けた焚き火はあっと言う間に燃え上がる。たき火台の中には、風に飛ばされてしまって灰も残らない。
そんな状況で焚き火をしても意味がないかもしれないが、こちらも半ば意地になっている様な感じだ。
東の空が次第に明るくなってきた。
朝日は気にしないつもりでいたが、そんな空を見ていると何となくムズムズしてきてしまう。
「やっぱり写真撮しに行ってくる!」
呆れ顔のかみさんを残して一人で車で出かけた。
ベニヤ原生花園に着くと、既に太陽はかなり高くまで上っていた。
遅すぎたかなと後悔しながら、冬枯れしたススキが風にたなびく湿原の中に足を踏み入れると、目の前の景色にドキッとしてしまった。
朝日に照らされたススキの草原が黄金色に輝いて見えるのである。
「こ、これは!」
風の谷のナウシカが黄金の草原を歩いてくる姿が目に浮かんできた。
朝日に輝くハマナスの実、木道を横切るシマリス、静かな佇まいの名もない沼、ここでもっと時を過ごしたかったけれど、かみさんをあまり待たせても可哀想なのでキャンプ場まで戻ることにする。
全てを満喫できた今回のキャンプの中で、この場所で日の出の時を迎えられなかったことだけが少し心残りだった。
風が止む気配がないので、朝食を済ませた後は直ぐに撤収することにした。
全ての荷物を片づけ終え、残されたのはテントだけだ。
強風で大きく歪んでいるテントは、張り綱を外すとそのままフレームが折れてしまいそうである。
しょうがないので風下の張り綱だけを外して、二人で息を合わせてフレームからテントを引き離す。風をはらんだテントが一瞬舞い上がりかけたが、力ずくでそれを地面に押さえ込んだ。
これほどの強風の中でのテント撤収は初めての経験だった。
風に追われるようにキャンプ場を後にしたが、やっぱり2泊のキャンプはとても充実感が残るものである。
身も心もオホーツク色に染まった気がする今回のキャンプであった。
白鳥達の見送りを受けて、私たちが一足先に南へ向けて出発した。
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