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ブナの森に魅せられて賀老高原キャンプ

賀老高原キャンプ場(10月17日〜18日)

 一ヶ月ほど前に偶然本屋で見かけた一冊の本、河合大輔著の「北海道の森と湿原を歩く」。
 この本の冒頭には、登山でもウォーキングでもない自然の中を歩く散歩、北海道の自然遊歩道を紹介、と書いてあった。
 キャンプへ行ってもほとんど何もしない我が家にとって、密かに楽しみにしているのが周辺の自然の中をのんびりと歩く散歩である。
 決して登山とか本格的なトレイル走破ではない。せいぜい1時間程度、美味しい空気を胸一杯に吸い込んで、鳥の声を聞き、見知らぬ植物に目をやりながらブラブラと歩くだけ。
 そんな我が家にとって、この本はまさしく私たちのコンセプトで書かれたよう一冊だった。2800円という値段も気にせずに、すぐに購入。これまで歩いた事のある場所も、美しい写真入りで沢山紹介されていた。
 その中で目を引いたのが賀老高原の記事である。
 今年の紅葉キャンプはどこのキャンプ場で過ごそうか、色々と頭を悩ませていたところだったが、この記事を読んでブナ林の紅葉が頭に思い浮かんだ。賀老高原キャンプ場へはしばらく行っていないし、新しく整備されてここがどのように変わったのかにも興味があった。
 一ヶ月も前から、早くも紅葉キャンプの場所として決定していたのである。前日になっても、まだ泊まる場所が決まらないような事がよくある我が家にとって、これは結構珍しいことであった。
 本来ならば、前の週の3連休にここへ行くはずだったが、カヌークラブの例会と重なったり、天気予報の影響などもあって1週間遅らせることになった。
 ところが、万全の準備をして待ち望んでいた賀老高原キャンプ、天気が危ういのである。
 金曜日の朝、仕事へ行く準備も整って朝の天気予報を見ていたら、土曜日は午後から雨、日曜日も天気の回復は午後になるとのことだ。
 「そ、そんなー、一ヶ月も前から楽しみにしていたのに・・・」
 悔しいことに、今日の天気は全道的に快晴になっている。
 「これが1日、ずれていてくれたら・・・」
 「・・・、ん?、・・・!、そうか!!、天気をずらせるのではなくて、キャンプをずらせば良いんだ!!!」
 「今日キャンプへ行こう!」
 「エッ?、何言ってんの???」
 お弁当も用意されて、後20分もすれば出勤するところだったのに、さすがにかみさんも最初は冗談だと思っていたようである。
 しかし、このキャンプを流してしまってはさすがにダメージが大きすぎて、その後の仕事にも影響が出てきてしまう。1日休んででもキャンプへ行って、この思いを果たせば、これからの仕事の能率も上がるはずだ。
 まったく持って自分勝手な考えで、とうとうその日のキャンプ行きを決定したのである。

 息子を学校へ送り出し、職場へは「急用ができたので休みます」と連絡を入れ、颯爽とキャンプへ出発した。
 天気予報のわりには空模様はパッとしない。怪しげな雲が前方の空を覆っている。岩内の長いトンネルを抜けると土砂降りの雨が降り出してきた。
 どうも最近のキャンプでは、こんな天気の中ばかりを走っているような気がする。それでも、天気は確実に回復してくると判っているので、そんな雨も大して気にならない。
 ブナ林と言えば黒松内が有名だ。昼食を兼ねて黒松内までちょっと遠回りする。こちらのブナ林はちょうど良い色付き具合だった。
 道の駅トワ・ヴェールで明日の朝食用のパンを購入、ついでにここのレストランで昼食を済ませる。かみさんはスパゲティを注文したが、見るからにまずそうなスパゲティだった。
 リサーチ不足を反省したが、なかなかこの辺では美味しそうな食事スポットが見つからない。
 黒松内から山越えで島牧村へ向かい、そこから賀老高原への山道へと入った。
 海岸付近では山の紅葉はまだ始まったばかりと言った雰囲気、ブナ林の紅葉の様子が気になったが、千走温泉を過ぎる頃には周りの山々も良い雰囲気で色付いてきていた。
 その頃には空も晴れ上がり、細い曲がりくねった坂道を対向車を心配しながらも、快適に駆け上がった。
 坂道を登り切ると、しばらくはほぼ真っ直ぐな直線道路が続く。紅葉のトンネルを抜けると急に視界が開け、前方に美しい狩場山が現れた。キャンプ場に到着である。
我が家のサイト この時期でしかも平日、おまけに賀老高原、当然誰もいないだろうと思っていたら、ソロのキャンパーと車中泊らしいコーギーを連れた夫婦という2組の先客がいた。他にも滝見にきたような車が数台停まっている。
 男性のソロキャンパーは、懐かしい三角テントの中で気持ちよさそうに読書でもしているらしい。まだ2時を過ぎたばかりなのに、日もかなり傾いていてちょうど良い具合にテントの中まで日射しが入り込んでいるのだ。
 先客に敬意を払って、彼とは反対側にテントを張ろうかとも思ったが、そこは直ぐに、横にある木で日射しが遮られてしまいそうだ。今時期のキャンプでは少しでも長く太陽の光を浴びていたい。
 朝日も夕日もたっぷりと味わえるように、サイトのど真ん中にテントを張ることにした。
 そこから見える狩場山の山頂付近は、最近降った雪が溶けずに残っているのだろうか、白い物が見えている。
 優しい秋の日射し、風もなく周りの木々は良い具合に色付いて、仕事をさぼってやって来た甲斐があった。
 いつもならば、ここでビールを飲んでゆっくりとくつろぐところだが、天気の良いうちに行ってみたい場所があった。「北海道の森と湿原を歩く」の中で紹介されていた、峰越峠からのブナ林の風景である。
 のんびりとする間もなく、再び車に乗って林道の奥へと進んだ。周りの木々、その間だからときおり姿が見える狩場山の山肌、全てが美しく色付いていてその風景に見入ってしまう。
峰越峠からの展望 ところがその峰越峠、地形図などで確認してもその場所がよく判らない。新狩場山登山口を過ぎてそのまま進むと書いてあったのを信じて、とりあえず林道を奥へと進んだ。
 登山口を過ぎると道は急に険しくなる。林道を走り慣れた人にはそうでも無いのだろうが、オデッセイみたいな車でこんな山道を走るのはあまり良い物ではない。
 ガードレールなど有るわけもなく、ちょっとハンドル操作を誤れば、そのまま崖下に転落だ。道の横には最近上の崖から落ちてきたばかりのような、ゴツゴツした岩が転がっている。
 所々に車の交差用に道幅の広い部分はあるが、対向車がきたらその時点でアウトっていった感じだ。
 登山口を過ぎて2kmか3kmほど進んだ頃だろうか、それまで木に遮られて見えなかった下界の風景が突然車窓に広がった。
 見渡す限りに広がった山並みが茶や黄色に染まっている。手前の濃い茶色の部分がブナ林なのだろうか。標高が上がった分、既に葉の散ってしまった木も有るが、それでも素晴らしい景色だ。紅葉最盛期の頃、そして新緑の頃にも素晴らしい眺めが楽しめそうだ。
 その景色を満喫して、上ってきた道を引き返す。
 キャンプ場まで戻る前に、「樹海の森」コースと名付けられた遊歩道を歩いてみる。
 散策路の上には茶色いブナの落ち葉が積もっている。その落ち葉をかき分けながら愛犬フウマが真っ先に走り出した。飼い主と同じで、フウマもこんな森の中を散歩するのが大好きなのだ。
 どころが妻の様子がちょっとおかしい。どうやらクマの気配に怯えているようだ。
 ここ賀老高原は、クマの住処のど真ん中と言っても良いかもしれない。軽い散歩のつもりでも、さすがにこんな場所では登山者が付けているような鈴が欲しくなる。
 鈴の代わりに、妻がラジオを鳴らし始めたが、こんな場所でラジオの声を聞きながら歩くのも楽しくない。それを止めさせて、時々「ヤッホー」とか大きな声を出して歩くことにした。木橋の上ではわざと大きく足踏みして音を出す。
 ブナの紅葉は濃い茶色に染まる。モミジやイタヤカエデのような赤や黄色の派手さはないが、とても落ち着く色合いだ。たまに薄く色付いたイタヤカエデが有ったりすると、それが茶色のブナの紅葉をバックにしてとても輝いて見える。
 今回のブナの森の散策では、きのこも楽しみにしていた。わざわざ今回のために、2800円の新しいきのこ図鑑も持ってきていたのである。
 ところが、落ち葉が降り積もって、地面から生えるきのこはほとんど隠されてしまっている。時々、枝を使ってそこら辺の落ち葉をかき分けてみるが、簡単には見つかりそうもない。
 ちょうど散策路の真ん中に1本だけ顔を出している美味しそうなきのこをゲットして、それを持ち帰ることにした。

西日を浴びて キャンプ場まで戻ってきた頃には、時間は4時を過ぎていた。滝見学の車もいなくなり、最初にいたキャンパー2組だけが残っている。
 日もかなり傾いていたが、狙い通り我が家のテントはまだ太陽の光を浴びている。周りの木々も西日に染め上げられ、その鮮やかさを増していた。
 イスに座って静かにすると、突然の静寂につつまれた。真夜中にはよく経験することだが、昼間のこの時間で周りの音がまったく聞こえなくなることなんて、そう有ることではない。
 さすがに賀老高原である。
 先ほど採種してきたきのこを図鑑で調べると、カヤタケに間違いなさそうだ。今夜の鍋に入れようと提案したが、かみさんは絶対ダメだと言ってきかない。
 私がどうしても食べたいと言い張ると、別の鍋でそれだけを茹でてくれた。
 茹で上がったきのこを小さく切って、一口だけ口に入れる。
 「咬むだけで、絶対に呑み込んじゃダメよ!」
 かみさんに睨まれながら、ゆっくりと口の中で咬んでみた。味付けも何もしないで茹でただけのきのこが、そんなに美味しいわけが無い。それでも良い食感だ。
 睨み続けるかみさんの目を盗んでごくんと呑み込んだ。鍋に入れたら美味しかっただろうなと考えながら、泣く泣く残りをゴミ袋に捨てることにした。
 きのこ採りが大好きなくせに、絶対食べようとしないかみさんにも困った物である。
 焚き火にあたりながら夕食を食べる。日が沈むと急に気温が下がりはじめた。温度計を見ると6度しかない。
 その後温度計を見るたびに、気温は4度、2度と下がっていった。風もなくて全くの快晴、明日の朝には何度まで下がるのだろう。

 最初にこのキャンプ場に泊まったのは10年前、その時は本当に何もないワイルドなキャンプ場だった。
 5年前に泊まった時は、駐車場こそ立派に整備されていたものの、キャンプ場だけは昔ながらのワイルドさを保っていた。
 そして今回、キャンプ場は真っ平らに整備され、そして立派な炊事棟も完成していた。
 それに一番驚いたのは、その炊事場や駐車場に照明が付いていることだった。このキャンプ場の最大の魅力は人工の明かりが無いということだったのに、まさか照明が付けられるとは。
 途中に電柱などは立っていないのに何故?良く見ると建物の屋根や街路灯にソーラーパネルが設置されている。
 くっそー、そんな手段が有ったとは。
 そこまでして、こんな山奥のキャンプ場に明かりを付ける必要があるのだろうか。全く照明のないキャンプ場が道内に一つくらい有っても良さそうなものなのに。
 この炊事場の明かりがやたらにじゃまくさい。せめて手動で消せるようにしておいてくれれば、まだ救われるのだが。
 星を見るためにはそこから少し離れなければならない。空の暗さは十分なのだが、天の川がくっきりと浮かび上がるほどの星空ではなかった。普通に見れば、それでも最高の星空なのだろうが、ここ賀老高原では期待もそれだけ大きいのだ。
 眠る頃には、とうとうテントに降りた夜露が凍り付いていた。

 夜中にテントが揺れる音で目が覚めた。
 いつの間にか風が出てきたみたいだ。ときおり強く吹く突風でテントが大きくあおられる。まさか風が強くなるとは思っていなかったので、張り綱も張らないでいたのだ。
 風の音に混じって車のディーゼルエンジンの音も聞こえる。多分、夜中に登山者がやって来て、車のエンジンをかけたまま寝ているのだろう。
 シュラフにくるまりながら、どうしようか考えた。寝る時の寒さを思ったら、張り綱を張るために外へ出るのもためらわれる。
 しかしテントの揺れ方を見ていると、そうも言ってられなくなってきた。意を決してシュラフから抜け出した。パーカー1枚を羽織っただけで外に出る。
 それほど寒さは感じなかった。温度計を見ると6度まで気温は上がっている。空にも雲がかなり広がってきていた。急な気温の上昇は天気が悪くなることを表している。予想以上に天気の崩れは早いみたいだ。
 駐車場の端にワンボックスかーが停まっていた。ここまで来て、一晩中エンジン音を聞かされては堪ったものではない。注意しようとその車まで行って懐中電灯で中を照らしてやると、運転手が一人ぐっすりと眠っていた。
 さすがに、それをたたき起こしてまで注意するのは気が引けたので、大人しくテントに戻ることにした。
 しかし、シュラフに入ってもやっぱりそのエンジン音がうるさくてしょうがない。これはもう我慢の限界である。もう一度シュラフから出ようとすると、かみさんが慌てて私を止めた。
 余計な心配をさせるわけにもいかないので、ここは我慢するしか無さそうだ。そのうちに、暖かくなってきたせいか、ようやくエンジン音が止まったので、やっと眠りにつくことができた。その時の時間は4時をまわっていた。

 6時に目が覚める。外は完全な曇り空だろうと半ばあきらめながらテントから出てみると、意外なほど青空が広がっていた。気温もさらに上がっている。
 朝日はまだ木の陰に隠れて顔を出してこないが、一足早く狩場山は朝日を受けて真っ赤に染まっていた。
 すると、例のワンボックスかーが再びエンジンをかけて駐車場の反対側に移動、そこからその風景をカメラで写しているようだ。しばらくその様子を見ていたが、そのままエンジンを止めようとはしない。
 さすがに頭に来てしまった。キャンプ場で他人に注意するのはこれで2度目である。注意する方もされる方も気持ちの良いものではない。できれば我慢していた方が無用なトラブルを避けられるのは判っているが、こんな静かなキャンプ場をそいつ一人のために乱されるのは我慢できなかった。
 穏やかな口調で注意しようと思っていたが、頭に来ていたのでかなり乱暴な言葉を吐いてしまったような気がする。
 幸い、その運転手は直ぐにエンジンを切ってくれたが、もしかしたら何で注意されたのか解っていなかったかもしれない。その行為が他に迷惑になっているとは全然思っていないのだから始末が悪い。
朝日を浴びながら朝食 再びキャンプ場に静寂が訪れた。ようやく太陽の光がテントサイトまで照らしはじめた。
 朝日が当たる場所までテーブルを動かし、そこで朝食を食べる。
 最高に気持ちの良い一時だったが、そこでのんびりと時間を過ごせないところが我が家のキャンプである。
 朝陽に照らされたブナ林の中を歩かなくてはならない。
 そそくさと食器を片付けて、再び車で移動。
 今朝の散歩コースは、「太古の森」と呼ばれている場所だ。
 昨日のコースと違って、こちらは路面も舗装されている。
 駐車場からまず最初に吊り橋を渡るのだが、この橋の上からの眺めがまた素晴らしい。
 紅葉に彩られた千走川が、岩の斜面をなめるように流れている。
 しかし、フウマにとってはこの吊り橋の揺れが怖くてしょうがないようだ。這いずるように歩く不格好なその姿に笑ってしまった。
ブナ林の風景 その吊り橋を渡ってブナ林に足を踏み入れる。
 朝陽に照らされて輝くブナの紅葉は息を呑むような美しさだ。
 ときおり風が吹き抜けると、ブナの葉がカサカサと音をたてながら雨のように降り注いでくる。
 見上げるようなブナの巨木は、その幹をコケに覆われて、風雪に耐えながら長い年月を生き抜いてきたその力強さを感じさせる。
 散策路の途中には、賀老の滝を上から見下ろせるスポットもある。
 その様子をカメラに収めようとするが、木の枝が邪魔になってなかなか上手く写せない。
 あまり身を乗り出すと崖から転げ落ちそうなのであきらめることにする。
 しばらく歩いていくと小さな流れが現れた。
 カサノ沢と呼ばれる、その川の流れ、これがまた最高に素晴らしい。
 苔に覆われた岩の間を、汚れを全く知らないような澄み切った水が流れ落ちてくる。
 小さな落ち込みの横にはブナの落ち葉が水面で渦巻いている。
カサノ沢の清冽な流れ しばし時を忘れて、その様子に見入っていた。
 ブナ林の散歩を楽しみながら、ふと空を見上げると、ブナの梢越しには薄暗い雲しか見えなくなっていた。
 自然に歩調も早くなり、帰り道を急ぐ。
 森を抜け出すと、空は完全に雲に覆われていた。
 キャンプ場まで戻ってくると、まだ朝の9時だと言うのに結構な数の車が駐車場に停まっていた。
 皆、賀老の滝を見に来ているのだろうか。
 今回は我が家は滝見学をパスすることにしていた。既に老犬の部類に入ってきているフウマにとって、滝までの急な階段は厳しいだろうとの配慮からだ。
 それに前回その階段を下りた時に、日向ぼっこをしているような蛇と何匹も出会ってしまったものだから、蛇が大嫌いなかみさんはすっかりその道が嫌いになってしまったのだ。
 空の雲はさらにその濃さを増していた。
 間違いなく雨が降ってきそうである。
 今回こそはゆっくりとキャンプ場で時間を過ごそうと思っていたのに、結局また慌ただしい撤収になってしまった。
 全ての道具が車に積み込まれるのを待っていたように雨粒が落ちてきた。全く、毎回毎回同じパターンの繰り返しに、我ながら呆れてしまう。
 そのままキャンプ場を後にする気にもなれずに車の中で様子を窺っていると、その雨も直ぐに止んだ。ドラゴンウォーターなるものをまだ見ていなかったので、そこに行ってみることにした。
ドラゴンウォーターの正体 このドラゴンウォーター、初めてこのキャンプ場に泊まった時に、まだ幼かった息子がその名前に興味を持って一生懸命そこを探したのだが、結局見つからずに終わってしまった思い出のドラゴンウォーターなのである。
 今回はさすがに直ぐに見つかった。
 川の入り口に看板、そして岩に白いペンキで矢印、その矢印の先を見るとそこにも矢印、川に落ちないように木の枝に掴まりながら岩の上を移動する。
 するとその先の岩には下向きの矢印、そのまま下を向くと岩の影の小さな窪みが赤さび色に染まっていた。
 そこからポコリポコリと時々小さな泡が出てきている。その水をなめてみると鉄くさい味がした。それがドラゴンウォーターの正体だった。
 息子とその場所を探し歩いた時、最後まで見つからなかったのは良かったのかもしれない。

 ドラゴンウォーターを見た後も、何となく帰る気になれず、賀老の滝の降り口まで行ってみることにした。
 5年前に来た時は、キャンプ場の駐車場に車を止めてそこから歩かなければならなかったが、今回はそこまで車で入れるように変わっていた。
 いつの間にか雲も晴れてきて、渓谷の木々も再び太陽に照らされその紅葉の色合いを鮮やかにしている。
 「せっかくだから途中まで降りてみようか」
 そう妻に話しかけて、滝への階段を下りはじめたが、一度下りはじめると途中で止まるわけがない。
 結局、滝まで降りてきてしまった。心配していたフウマも四つ足でスイスイと階段を下りて、途中で蛇とも出会わなかった。
 昔は滝を見るテラスまでしか降りられなかったが、現在はその下の河原まで降りられるようになっていた。
 その気になれば岩を伝って滝の下までも行けそうだ。
 汗をかきながら再び車まで戻り、これでようやく賀老高原を満喫した気持ちになれた。
 満足してキャンプ場を後にした。
 途中の千走川温泉に寄って、赤茶色の湯が溢れる湯船に身を沈めると、二日間の散歩の疲れが湯の中に溶け出した。

つづく 


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