翌朝、テント内が明るくなってきたので、テントの窓をちょっと開けて外の様子を覗いてみた。
「あれーっ、霧が出てる。」快晴の朝を期待していたのでがっかりしてしまった。
ブツブツ文句を言いながらテントから這い出したが、その霧は湖の湖面から発生していたもので、既に晴れてきていた。
しばらくするとその霧を切り裂くように朝日の光が射し込んできた。
静かな湖面と相まって、幻想的な光景が広がる。
「うーん、やっぱり湖畔のサイトの方が・・・」
それでも、色づいた木の葉越しに、優しい朝の光が我が家のサイトを包んでくれた。
静かに立ち上るたき火の煙が、黄色く色づいたシラカバの姿を霞ませる。
すばらしい朝だった。
1カ所に2泊してのんびり過ごすキャンプなんて2年ぶりになる。
いったい何をして過ごせば良いんだ、なんて寝ぼけたことを言って、妻にたしなめられた。それくらい、時間がたっぷりとあるキャンプは久しぶりなのだ。
真っ青な空、波一つない朱鞠内湖、午前中はゆっくりと朱鞠内湖の島巡りに出かけることにした。
湖の中央までカヌーをこぎ出すと、空の広さに圧倒されてしまう。
毎回感じることだが、朱鞠内湖のこの風景は独特な物がある。
文章で説明しようと思ったが、私の文書能力ではとてもこの風景を説明しきれない。
申し訳ないが、この感動はカヌーで湖に漕ぎ出した人にしか解らないのだ。
もっとも、貸しボートで湖に出ても同じ風景を見れるんだけどね。
今回は特に湖が満水なので、ダム湖に良くあるような水際の剥き出しの土が見えないのが、その風景を一層と際だたせている。
そのためか、湖の真ん中の思わぬところから立ち枯れした木がポツンと顔を出しているのが印象的だ。
島の間をすり抜けながらカヌーを進めていき、ある島の裏側に回り込んだところ、そんな立ち枯れの木が何本も湖の中に立ち上がっている不思議な風景に出会った。
恐る恐るそんな木の間にカヌーを乗り入れたが、何だかそこには結界でも張られているような気分になってしまう。
もっと遠くにもそんな場所が沢山あるみたいだ。
そこに吸い寄せられるようにカヌーを進めているうちに、かなり遠くまできていることに気がついて我に返った。危うく不思議の世界に引きずり込まれるところだったのかも知れない。
と言うより、帰りのことまで考えるとその辺が引き際であっただけである。
あたりを見回すと、もう少しだけ行った先に島が途切れているところがありそうだ。同じ場所を引き返すのも面白くないのでそこを目指すことにした。
細い水路のような場所を気持ちよく進んでいくと、突然のようにその水路は行き止まりになってしまった。まさしく島の迷路に入り込んだような気分である。
同じコースを引き返すのはドッと疲れが吹き出してくるが、それでも何となく探検気分で楽しくなってしまう。
途中の島で一休みしてキャンプ場まで戻ったが、帰り着く少し前に急に真っ黒な雲が空に広がり始め、驚かされた。
湖で遠出するときに一番怖いのが天候の急変、幸いその雲も少しすると嘘のように消え失せてしまったが、油断は禁物である。
昼食はスパゲティ、一番眺めの良い場所にテーブルをセッティングして、森のレストランだー、と1人ではしゃいでしまう。
妻からは、レストランと言うよりもただの食堂じゃないの、とからかわれてしまった。
ヒラヒラと舞い落ちるシラカバの枯れ葉、穏やかな秋の日差しに包まれて幸せな気持ちになった。
やっぱりこっちのサイトにして良かったなー。
その後はたき火用の薪集め、場内を散歩していると美味しそうなキノコが色々と生えている。
一時期、キノコに凝ったこともあるが、最近はしばらく図鑑も見ていないので、食毒の判定にはちょっと自信がない。
きっと食べられるキノコのはずなんだけどなー、と思いつつ、手を出すことはできなかった。
実は朱鞠内湖には、第3サイトのもう一つ奥にも隠れサイトのような場所がある。
水場もトイレもないのだが、本当に静かに過ごしたい方には、もしかしたらお勧めのところかも知れない。
のんびりとその中を散歩していると、性懲りもなくフウマが何かに体を擦り付けようとしているのに気が付いた。
コラーッと怒鳴りつけて、その場所に走り寄ってみると、そこには腐りかけた蛇の死骸が転がっていた。
その瞬間、蛇が大嫌いな妻は100m彼方まで走り去っていったのである。
ここでテントを張る人は、蛇の進入にも気を付けましょう。
そんな風にして起伏のある場内を歩き回っていると、かなり足にきてしまう。
トイレや炊事場へは50m以上、湖畔に降りるのも100m以上、それも坂道である。
もしも第3サイトの一番湖畔寄りにテントを張ったら、トイレへ行くのに200mの坂道を上らなければならない。
日頃の運動不足の体には辛いところだが、妻は少しも苦にならないようだ。
子供の頃、小樽の坂道を遊び場として蓄えた力は、今も少しも衰えていないようである。
そうして苦労して集めた薪が沢山あったので、その夜はたっぷりとたき火を楽しむことができた。
昨日と違い空が晴れ渡っているので、気温がどんどん下がっていく。
しかし、風も全く無く、たき火を楽しむのには最高の条件である。
途中で湖畔まで降りてみると、満天の星空が広がっていた。明るい星の幾つかが、湖の中でも輝いていた。
これまで見た中でも一番明るい人工衛星が、凄い早さで星空の中を横切り、天の川の中央付近でフッとかき消えた。
わずかな光の流れ星が真っ暗な空に吸い込まれた。
うーん、やっぱり湖畔にテントを張れば良かったなー。
翌朝目を覚ますと、時計は7時近くになっていた。我が家にとっては、とんでもない朝寝坊である。
さすがに昨日のカヌーと坂道の上り下りの疲れがたまっていたようだ。
既に朝日は昇り、我が家のサイトにまで日が射し込んでいた。
顔を洗いに炊事場まで歩いていると、日陰の部分の草が何となく白っぽいのに気が付いた。霜である。
明け方、ちょっと寒くは感じたが、そこまで冷え込んでいたとは知らなかった。
最近、キャンプでの寒さにはかなり体が慣れてきたようだ。
その日も雲一つない快晴、最後のカヌーを楽しむことにした。
またまた鏡の湖面だ。3日間ともこんなに恵まれた環境でカヌーを楽しめるなんてことは、滅多に無いだろう。
軽い散歩気分で一番近くの弁天島まで行ってみた。
この島には中央に展望台が作られており、かなり昔に1回だけ上がったことがある。
島に上陸してそこへ続く道を探したが、なかなか見つからない。ようやく藪の中に踏み分け道のようなところを見つけ、草をかき分けながら登っていくと、そこには朽ち果てた展望台が建っていた。
窓枠はひしゃげ、建物の周りの階段にはツタが絡みついている。天空の城ラピュタにやってきたようだ。
ひしひしと、移りゆく歳月を感じてしまった。
最高の3日間だった。
我が家の朱鞠内湖キャンプでは、まさしく今回がベストキャンプになるだろう。
これでますます朱鞠内湖が好きになってしまった。
帰り道、来るときよりも山々の紅葉はその鮮やかさを一層深めていた。
途中、再びほろほろ亭でソバを食べる。
本当にここのソバは美味いのだ。
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