カヌークラブの8月の例会は十勝川だ。
十勝川と言えば、我が家が川下りを始めて2回目に下った川である。
と言うことは、ほとんど初心者でも下れる易しい川と言ったイメージを持たれるかも知れないが、なかなかどうして十勝川は一筋縄ではいかない川なのである。
その後も何回か再チャレンジしてみようと考え、川の下見をしたことがあるが、その度に荒々しい川の様子に圧倒され、断念せざるを得なかった。
我が家が下った後で一度大増水があり、所々に流木の山が流れを遮るように立ちはだかっていたりと、命の危険さえも感じさせるような恐ろしい川に変わってしまっていたのだ。
その十勝川をカヌークラブで下れることになったので、ちょうど良い腕試しになりそうだと、かなり気合いが入っていた。
私の実家から今回下る場所までは、車で10分ほどの距離であり、お盆の帰省を兼ねての川下りとなった。
前日は川の上流部でレスキューやパドリングの講習会が行われて、それに参加する。
まずはセルフレスキューの講習、一度沈してカヌーを引っ張りながら岸まで泳ぎつくのだ。
ところが、大雪山から流れ下ってくる水は8月だというのにとても冷たかった。
クラブのメンバーは全てドライスーツかウェットスーツに身を包んだ完全装備なのに、我が家だけがヘルメットとライフジャケット以外はTシャツに短パン姿。
ヘルメットを麦わら帽子に、パドルを虫取り網に持ち替えれば、そのまま正しい夏休みの川ガキの姿に変わってしまう。
何とかセルフレスキューの練習は勘弁してもらったが、自分の命を守るためには、そろそろ装備のことも考えなくてはいけないようだ。
次はストリームイン・アウト、フェリーグライド等の講習である。
我が家もカヌー歴だけは結構長いのだが、お恥ずかしいことにバウとスターン、どっちがカヌーの前か後ろか未だに理解していないのである。
別にそんなことを知らなくても、川を下る分には何の問題もないのだが、人の話を聞くときはちょっと困る。
バウラダーだのスターンプライだの、そんな言葉を使って説明されてもちんぷんかんぷんなのだ。
妻も、頭の中が混乱してしまったのか、パドルを構えたままの姿勢で固まってしまった。
川下りには最低限の用語知識も必要なようである。
翌日、いよいよ十勝川川下りのスタートだ。
しばらくは浅瀬が続くので、カヌーの腹が支えるたびに、カヌーから下りて引っ張らなければならない。
途中から発電所からの放水で一気に水量が増えるのだが、その場所は思っていたよりも遠かった。
最近カヌーからの脱走癖がついてしまった愛犬フウマは、浅瀬になるたびにカヌーから飛び降りて一人で河原を歩いて行く。
そんなフウマのことにも気を払わなければならないので、下り始めたばかりなのにかなり疲れてしまった。
やがて前方に強烈な水流が見えてきた。
前回下ったときよりも放水の量が多いのか、ちょっとちびってしまいそうなくらいの水の勢いだ。
それでも、浅瀬をカヌーを引っ張って歩くよりは急流に揉まれる方がましである。
その流れの中に乗り入れると、カヌーは急にスピードを上げた。
所々に障害物が現れるが、かろうじてそれらを避けながら川を下っていく。緊張の連続だ。
こんな急な流れの中で倒木にでも引っ掛かったら、ちょっと恐ろしいことになりそうである。
前回下ったとき、一ヶ所だけ川を横切るようにテトラポッドが並べられているところがあって、その寸前でかろうじて接岸して事なきを得たことがあったが、今回はどうだろう。
これだけ流れが速いと、そこを避けるのも難しいかも知れない。
やがてそれらしい場所が前方に見えてきた。
水量が多いので、そのテトラポッドは全て水中に隠れてしまっているようだ。その代わりにその場所には大きな波が立っていた。
手前で上陸して下見をするような余裕もなく、そのまま突き抜けるしか方法はなかった。
変に横に避けたりするとカヌーの安定を失いそうなので、そこのど真ん中、一番波が高くなっている場所めがけて突っ込んだ。
カヌーは大きく跳ね上げられながらも波の頂点を押しつぶしながら、かろうじてクリアすることができた。
ちょっとコースが横にずれていたら、簡単にひっくり返っていたかも知れない。
途中の河原で休憩をとり、ホッと一息つくことができた。
今回の川下りには20艇ほどのカヌーやカヤックが参加していたが、いつの間にか先頭から2,3艇めのポジションにきていた。
十勝川は分流が多いので、途中でどちらに進むか選択しなければならない。
そんな分流の一つで、先頭のカヤックが樹木に囲まれた細い水流の方に入っていったのでその後に続いた。
そこに入ると、川の流れが一気に早さを増した。両岸には樹木が生い茂り逃げる場所はない。
突然前方に白波が立っているのが見えた。流れの中に倒木があるのだろう。
倒木が斜めになっているのか、波も斜めの角度から湧き上がっている。完全に横波を受ける形になってしまう。
沈を覚悟して突っ込んだが、カヌーはかろうじてその上を通り抜けた。
やがて前方に開けた部分が見えてきたが、その手前にも同じような波が立っていた。
そこも無事に通り抜け、やっとその林の中を抜けたところで岸に上陸することができた。
後続のメンバーが心配で、その流れの出口を見ていると、次々に吐き出されるといった感じで皆無事に下り降りてきた。
しかし1艇だけ裏返しになったカヤックが流れてきた。
小学生くらいの子供が乗ったカヤックだったが、すぐにメンバーにレスキューされて事なきを得る。
それにしても恐ろしい流れだった。
まるでどこかのテーマパークで、巨大な竜が炎を吐きながら荒れ狂う洞窟に迷い込んでしまったような、そんな感じの流れである。
その先でも、岸からテトラブロックが張り出したような水制があったりと、次々と難所が現れたが、ベテランメンバーが先に安全を確かめてくれるので、その指示通りコースをとり無事にゴールまでたどり着くことができた。
それにしても、前回下ったときよりは確実に川の難易度が上がっていたような気がする。
もしも、こんなところを家族単独で下っていたらと思うとちょっとゾッとしてしまう。
その分、下り終わった後の満足感は大きかった。
こんな流れの中をのんびりと下れるように早くなりたいな。
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