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歴舟川

(農村公園キャンプ場 〜 歴舟橋)

 1998年夏のキャンプ旅行では歴舟川の川下りをすることにした。これまでの川下りででもいつもそうだったが、川を下ろうと決めたときから緊張が高まり、それは本番までずーっと続くのである。
 グループでの川下りならばそうでもないのだろうが、我が家ではいつも家族だけでの単独行動、到着地からの交通手段とか、川の状態とか心配なことは色々ある。
 妻や子供はのんきなもので、「お父さん、本当に大丈夫なんでしょうね」、「水中メガネ忘れないでね」等と、お父さんの心の中の緊張は誰も理解してくれてないみたいだ。

 カムイコタン農村公園キャンプ場に着いてから、早速川の下見に出かける。
 キャンプ場から出発し、河口手前の歴舟橋で上陸、そこにあらかじめ止めておいた車で帰ってくるという予定だが、一番心配なのは沈する事よりも、買ったばかりのピカピカの新車を、人気のない河原に1日中止めておかなければならないことなのだ。
 下見の中では、大樹橋下流の瀬が、我が家のレベルではちょっと辛そうな感じである。
 橋の上から心配そうにのぞき込むお父さんに、車から降りようともしない妻は「お父さん、本当に大丈夫なの」、「う、うん、大丈夫だー」と適当な返事で答えておく。

 いよいよ当日、私一人で歴舟橋まで車を運転し、途中大樹町でタクシー会社に電話し、時間を合わせて迎えに来てもらう。そこからキャンプ場までは4500円程度、ススキのから深夜料金でタクシーで帰宅するのとたいして変わらない金額だ。
 同じタクシー料金を支払うのでも、こちらの方が数段気持ちよく支払うことができる。
 運転手さんの話によると、それまでの渇水状態が数日前の雨によりかなり水量が増えているとのことだ。今時期の歴舟川では水量が一番の問題みたいなので、さい先の良い出足である。

 親子3人犬1匹に、コンロやナベや水中メガネ等を満載して川に漕ぎ出す。湖ではよく見かける風景だが、こんな状態で川下りをしている人はあまり見かけない。これが我が家のスタイルなのである。
 先頭には、去年の天塩川の川下り以来、ようやく頼りになるようになってきた息子が座る。小学6年生で既に170cm近い身長、スイミングスクールのスーパーマーリン1級とやらで、水の中では完全に息子の方が優位に立っている。
 ちなみに妻は高校時代ボート部に所属しており、我が家の中で一番頼りにならないのは、実は私なのかもしれない。

 水量が増えているといってもキャンプ場を出てすぐに浅瀬にぶつかりライニング・ダウンする事になったが、水が綺麗なのでとても気持ちが良い。この後大樹橋まで数回ライニング・ダウンしたが、川幅が広がっているのでうまく通り抜けられるコースを読みとるのがなかなか難しい。
 2、3回瀬を越えて、そろそろ調子が出てきたなと思った矢先、ついに我が家にとって初めての体験が待っていたのである。
 流れが護岸ブロックにぶつかり、小さくカーブしているところなのだが、そのまま流れの中央の波を乗り越えていけば、問題なく抜けられるはずであった。
 ところが、そこに突っ込んでみると、護岸にぶつかった波が返り波のように横から押し寄せてくるのである。カヌーは大きく傾き、慌てた私はすっかりバランスを崩してしまった。
 妻と息子が反対側に体を傾けて頑張っているのが目に入ったが、私はそのままカヌーの傾きとともに「すまん、俺はもうだめだ、頼りにならない親父ですまなかった、先に行かせてもらうぞー」と頭の中で考えながら、ゆっくりと水中に没していった。
 その親父に引きずり込まれるように、息子と妻と愛犬が次々と水中に放り出されていった。

 何とか、裏返しになったカヌーにしがみつき我に返ると、スーパーマーリン1級の息子はキャッホーとやたらはしゃいでいる。
 息子の無事な姿を確認して安心したという妻は、その後、転覆したカヌーに繋がったままの愛犬の救出にあたる。
 私はといえば、「ああー、大事なデジカメが、デジカメがー」と思いながら、ばた足でカヌーを岸に向けて押していくのであった。
 何とか岸までたどり着いたが、妻に抱えられた愛犬が、その状態でも必死になって犬かきを続けているのがとても不憫であった。心配していたデジカメも、防水バッグに入れてカヌーに縛り付けてあったので、流されずにすんだ。
 荷物やみんなの無事が確認されると、それぞれの沈の瞬間の報告など一気に盛り上がり状態。清流歴舟川に、それまでの様々な心配事がいっぺんに洗い流された感じである。

 この後は快適なツーリングが、と思いきや、歴舟川はまだまだ許してはくれなかった。
 ようやく大樹の町が見えてきたなと思ったら、また目の前に瀬が現れた。同じような瀬をいくつも超えてきているので何も考えずに入っていったのだが、寸前で小さな落ち込みになっているのに気が付いた。
 必死になって通り抜けられるコースを探したが、落ち込みはすぐ目の前に迫っている。「えーい、突っ込むぞー」と、かけ声をかけて突っ込んでいったが、ガツンという音とともにカヌーは急停止、先頭の息子が危うくカヌーの前に放り出されるところだった。
 激流の中で、揺すっても何してもカヌーは動こうともしない。しばらくの間、その状態で途方にくれていた。一瞬、私が川に飛び込もうかとも考えたが、後ろの漕ぎ手を失ったカヌーがもっと悲惨な状態になるのは目に見えている。
 冷静になって考えると、カヌーが引っかかっているのは自分の真下のようだ。そこで、カヌーから片足を乗り出してその岩の上に乗り、一瞬カヌーから体を浮かせ、カヌーが動き出すと同時にまたカヌーに乗り移った。その後、落ち込みの下でも沈せずに、無事に難関を乗り切ることができた。

 ホッとしたものつかの間、次に控えるのはコース中最大の難関、大樹橋下流の荒瀬である。
 ガイドブック等によると今回の区間にはそれほどの難所は無いように書いてあるが、水量が増えているせいか、それとも我が家のレベルの問題なのか、2級、時には3級にも感じられるような瀬が現れる。瀬を乗り越える度にカヌーの中は水浸しの状態だ。
 それでもこれが最後の難関だと思うと、自然と体にも気合いがみなぎってくる。前に座る息子にも特別のテクニックがあるわけでもなく、パドルを漕ぐか止めるかのどちらかしかない。
 そんなわけで「いくぞー、こげー、こげー、止めろー、またこげー、こげ、こげ、こげー、イケーッ、キャッホー、ワーッ」気がついてみるといつの間にか瀬をクリアーしていた。
 水量が少ないとかなり苦労するかもしれないが、今回は波の頂上を豪快に攻めていくと岩にもつかまらず、何とか通過することができた。

 次の中州で昼食タイム、キャンプ場を出てから2時間程度である。
 広い河原がそこら中に広がっており、水も綺麗に澄んで、本当に気持ちの良い川だ。
 ここまで頑張ってきた息子も、さすがに疲れ果てた様子で、後半戦からはついに妻と交代することになった。妻のボート部で鍛えたパワーは、いまだ衰えを見せておらず、息子の時と同じペースでパドリングしていると、カヌーがどんどん曲がっていってしまう。こちらも必死になって漕がなければならない。

 そこから下流は瀞場と瀬が交互に続き、ライニング・ダウンする事もなく快適なツーリング区間である。
 瀬を越える度にカヌーの中に水がたまってくるが、そんなことは気にかけず、妻のパワーに引きずられ、ゴール地点の歴舟橋まで50分もかからずに一気に下りきってしまった。
 その後、そこから車で10分程の晩成温泉へ行き、太平洋を眺めながら湯船に浸かっていると、心地よい疲労感がお湯の中に解けだしていくのであった。


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