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厚田川

(堰堤下流〜河口)

時折雨が降る不安定な天気国道231号線を厚田に向かって車を走らせる。
前方の空には鉛色の雲が垂れ込め、やがてその雲から雨粒が落ち始めた。
海から吹いてくる風が、道路際に立てられている交通安全の旗を千切れそうなくらいにはためかせている。
車の温度計は5度になったまま、それ以上上がる気配を見せない。
どう考えても、これから川を下るような天気ではなかった。

それなのに、今日の厚田川ダウンリバーに参加表明していた12人全員が、一人の脱落者も無く時間通りに集まってきたことに軽い驚きを覚える。
しかし、皆の表情を見れば、完全にテンションが下がりきっているのは明らかである。
誰かが「今日は中止にしましょう」と一言発してくれれば、他のメンバーは何の躊躇いも無くそれに賛同していたはずである。
そんな勇気ある提案が誰からも出されないまま、今回の川下りを企画したN島先輩の「せっかくだから下りましょう」の一言により、全員でスタート地点へと移動する。

スタート前に記念撮影今回は川の水が多くて、途中の堰堤越えが難しいため、堰堤の下流側からスタートし、海まで下ることとなった。
スタート地点でカヌーを下ろし、河口へ車を回そうとしていると、その付近の農家の方から私有地へ勝手に車を乗り入れるなとお叱りを受けてしまった。
河川の管理用道路かと思われたが、厚田川の周辺は殆どが農地になっているので、注意が必要である。

雪解け水で増水している厚田川は流れも早く、途中で止まれるエディもあまりなさそうだ。
出艇場所の小さなエディは、カヌー1艇が止まっていられるくらいの広さしかないので、漕ぎ出したらそのまま下っていくしかない。
しかし、そこにカヌーを浮かべた228君は、引き攣った表情で固まったままである。

岸にしがみつく228君228君が乗っているカヌーは数日前に届いたばかりの新艇。
しかもそれは、彼がこれまで乗っていたOC-1のカナディアンではなく、ボリュームの大きなカヤック、いわゆるクリーク艇と呼ばれる舟である。
カナディアンに乗っていたからといって、直ぐにカヤックに乗れるわけではない。
それは、同じクラブのI山さんが数年前の余市川で見事に証明してくれていた。

I山さんの場合、カナディアンから一旦CC(カヤックに膝立ちで乗ってシングルパドルで漕ぐ)に乗り換えて、それからのカヤック転向だったので、まだ大丈夫だろうと皆も思っていたし、本人もそのつもりだったらしい。
しかし、いざ川に出てみると、初心者でもこんなに沈しないだろうと思えるくらいに沈を繰り返し、途中で「もう止めさせた方が良いんじゃないか」と、皆から本気で心配される有様だったのである。

ハッキリ言って無謀なチャレンジだと思われた。
この流れではレスキューも無理なので、自分で岸に這い上がってもらうしかない。
いきなりの激しい瀬まあ、体の頑丈な228君なので、流されても何とかなるだだろう。
やっと覚悟を決めて漕ぎ出した228君の後姿をしばらく見送り、最後に私達もカヌーを出した。

228君は、少し下った場所の川岸で必死になって木の枝につかまって留まっていた。
川は緩やかに右カーブし、その先は結構な波が立つ瀬になっていた。
下り始めていきなりこんな瀬の中に入ってしまえば、228君が沈する確立は90%を超えるのは間違いない。
直ぐに下流のエディに入って、228君が流されてくるのを待ち構える。
そこで待っていても、舟の上からロープを投げることができるわけでもなく、私にできることは貴重な初沈のシーンを映像に記録することだけである。

無事に下ってきた228君しかし私の目の前に現れたのは、カヌーに乗ったままの228君だった。
表情は相変わらずこわばったままだが、しっかりとパドリングを続けている。
川に出るのが全く初めてという初心者でも沈しないで下ることもあるし、それに新しいカヤックの性能に助けられているのかもしれない。
228君はこの後最後まで沈せずに下り終えて、皆から驚かれることとなったのである。

その瀬を過ぎた後は、うねりはあるものの、白波の立つような瀬は現れず、増水して流れの速くなった厚田川を淡々と下っていく。
時々、横から流れ込む川が滝のようになって本流へと注いでいた。
周辺にはまだ雪が残り、普段はチョロチョロとしか水が流れていない様な小川も、雪解け水で増水しているのである。

木々の芽はまだ固いままで、目に付く緑はとうが立ち始めたフキノトウくらい。
枯れ草に隠されながら黄色い花を咲かせているエゾノリュウキンカを見つけた。
もっと群生して咲くエゾノリュウキンカを何度も見ているけれど、この彩りの無い風景の中で、その黄色い花は負けないくらいに美しかった。


滝となって注ぐ小川   枯れ草に囲まれたエゾノリュウキンカ
小さな小川も滝となって本流に注いでいる   彩りの少ない中で黄色い花が印象的だ

ネギの生えている崖ずーっと岸を眺めながら下っていたmarioさんが突然叫び声を上げた。
「ネギだ!ネギ!ネギ!」
ネギが採れそうだからと、今回の厚田川ミニ例会を企画したN島さん。
それを聞いたmarioさん、「今時期はまだネギは出ていません。それに、厚田川には皆で採れるようなネギ畑はありません。」

marioさんの言葉を信じた他の参加者は、最初からネギのことなど期待もしていなかった。
ところが、言った本人のmarioさんだけが、執念深くネギを探しながら下っていたのである。

そこは如何にもネギが生えていそうな急な崖面だった。
おまけに上陸もしやすい。
marioさんを先頭に、N島さん、O橋さん、サカタツさんがそこを登っていく。
ネギを両手に持ったmarioさん足場の悪い崖のような斜面を、ネギを求めてひたすらよじ登るその執念。感心するしかない。
N島さんなどは、買ったばかりのドライスーツが泥だらけになるのも全く意に介していないようだ。

そんな様子を呆れながら眺めていたが、かみさんがこんな崖を登るために密かに軽アイゼンを隠し持っていたことは、他のメンバーには黙っていた。
もしもネギがもっと沢山生えていたら、かみさんも一緒になってその崖を軽アイゼンを付けて登っていたかもしれない。

marioさんは形の良いネギを両手に持ってご満悦である。
思わぬ収穫に気分を良くして、再び川へと漕ぎ出した。


ネギの収穫
急斜面を這い上ってネギを物色

日が射してきた河口では冷たい北西の風が吹き付けていたが、川の上ではその風もほとんど感じない。
雲の切れ間から日が射し込んでくると暖かささえ感じられる。

そんな幸せな時間は直ぐに終わってしまったが、最初に集まった時の下がりきったテンションからは、皆完全に立ち直っていた。
自然の中で遊ぶのならば、少々の悪条件に怯んではいられないのである。

丸裸の木々、白く濁って増水した流れ、滝となって流れ落ちる沢水、所々で花を咲かせるエゾノリュウキンカ。
そんな早春の川の風景を楽しみながら、皆、今シーズン初の川下りをそれぞれが楽しみながら下っていた。


日射しを受けて川面が光る
日射しがあるだけでとても暖かく感じる

ネギが気になる   滝
ついついネギを探してしまう   こんな滝があちらこちらに

風を避けながら休憩厚田川はもともとが河原の少ない川だが、それが増水すると上陸できる場所はほとんど無くなってしまう。
そろそろ昼の休憩にしたい時間だった。
何時もはゴール地点にしている場所に上陸してそこで休憩をとることにした。

目印の橋が見えてくる頃、その手前に白波の立っている場所があった。
今回下った区間で一番激しい瀬だった。
波を越える瞬間、冷たい水が一気にカヌーの中に入ってくる。
心も体も冷たい水を浴びるが、何とか無事にそこを漕ぎ抜けた。

上陸地点小さなエディしかないので、順番にカヌーを着ける。
川に降りるスロープの笹藪に囲まれた場所に皆で集まり、風を避けながら昼食を食べる。
惨めな昼食風景だが、これが逆にワイルドで楽しいのだ。
ただ、身体を動かしていないとどんどん冷えてきてしまうので、昼食を終えると直ぐにまた川に漕ぎ出した。


風を避けながら昼食   再スタート
ワイルドな昼食風景   再び川に漕ぎ出す

日本海が見えた海に近付くに従って、次第に風当たりも強くなってきた。
向かい風になるが、川の流れが速いので、それ程苦労しないで漕ぎ進める。
国道に架かる橋の下を抜け、もう一つの橋をくぐると、いよいよ行く手に日本海が見えてきた。

これまで、川を下って最後に海に出たのは、歴舟川、湧別川に続いて、ここが3回目となる。
歴舟川は、太平洋の大波を目の前にすると、さすがにそのまま海に出る気にはなれない。
オホーツクに流れ込む湧別川では、河口部分が突堤となっていて、両側が防波堤に囲まれ、そのまま海へと突き出ている。
流れが緩やかだったので油断してしまい、気が付いたらいつの間にか海の上に。
そこから上陸可能な岸まで漕ぎ戻るのは命がけだった。

厚田川河口で川を下って最後に海に出るのは感動的だが、危険も伴うのである。
それと比べると、厚田川の河口は比較的安全である。
ただし、増水した川の流れは速く油断はできない。
皆、上陸予定の左岸ギリギリに寄って下っていく。
私は海に出る雰囲気をもう少し味わいたかったので、もっと先まで下りたかったのだが、かみさんが早々とカヌーを岸に着けてしまった。

こうして厚田川の川下りは終わった。
一時は中止も考えた厚田川だったが、終わってみれば楽しい川下りだったと言える。
少々の悪天候に怯んでいては、アウトドアの本当の楽しみは味わえないのである。

2015年4月19日 曇り 
※参考 当日12:00浜益川水位(浜益観測所) 2.83m 


川を下って海へ
川を下って海へ出るのは最高の気分

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