最初の難所は流れの真ん中に立ちはだかる大岩である。
しかし、その場所に近づいても、なかなか大岩が見えてこない。
かみさんと「川の形が変わったのかな〜」と話しながら下っていくと、その大岩は何ら変わることなく、川の真ん中に鎮座していた。
これだけの大きな岩が、そう簡単に流されたり埋もれたりすることがあるはず無いのである。
ただ、水が増えて、そのほとんどが隠れかかっていたのだ。
ここは何処を下れば良いかは分かっているので、大岩の左を通ってその先の隠れ岩は右にかわしてクリア。
でも、その大岩のことを知らなければ、直前で気が付いて慌てることになる。
ここで次々と3艇が沈して、早くも冷たい水の中を泳ぐ羽目になったのである。。
その先、下るルートを探すのに苦労するような瀬を過ぎると、両側から岩が迫る岩の門がある。
その門を抜けると、いよいよ美しい紅葉の風景が広がってくる。。
ただ、周りの山も含めて紅葉の色がくすんでいる様な気がする。
紅葉の最盛期にはまだ少し早いのか、それとも今年の紅葉の色付きが悪いのかははっきりしないが、期待していた程の鮮やかさではなかった。
ただ、普通の目で見れば十分に美しい紅葉で、私の期待が大き過ぎただけの話である。
川の水は笹濁り気味だけれど、薄青に色づいた川は真っ青な空と紅葉の美しさをより際立たせている。
紅葉に彩られた岩の間から流れ落ちる滝も、この付近のビューポイントだ。
水が多いおかげで岩避けにそれ程気を使うこともなく、気持ち良く瀬を下ることができる。
大きな中州を挟んだ分流は、先行するメンバーは皆右側を下って行った。
ここは左を下った方が楽なのに、誰も左へ入ろうとしない。
左の分流はブラインドになっているので、知らないとそちらを下る気になれないのは確かである。
それに今回は、途中に危険な流木ストレーナーが有るらしいと聞いていたので、それも不安だった。
I山さんを誘って先に下ってもらい、もしもの時の人身御供になってもらおうとしたが、無視されたので、しょうがなく我が家だけで左の分流を下る。
結果的には左が正解で、右を下った人は岩避けに苦労したみたいだ。
でも、もしかしたら、ここでは左がチキンルートとも言えるかもしれないし、ちょっと複雑な気がした。
途中のサーフィンポイントでは、我が家の大型カナディアンでも快適に波に乗ることができた。
かみさんも気持ち良かったようで、「傘でも持ってきてそれを回せば良かったかしら?」などと軽口をたたいていた。
先頭を下っていたY田さんとS藤さんが左岸に上がって下るルートを指示していた。
そこは確か、右岸寄りを下ると大きな落ち込みになっている場所のはずだ。
前回はそこで何人かが沈していて、今回も私が密かに下るのを楽しみにしていたところでもある。
遠くからでは何を言ってるかが分からないが、左に寄れと言っているのは確かである。
と言うことは、例のポイントに流木絡んでいるのだろうか?
せっかくの楽しみが無くなって、ちょっとガッカリしながら下っていく。
近付いていくと「左寄りの方が安全、真ん中は岩避けができれば大丈夫」と言っていることが分かった。
「え?で、右はどうなの?」と思ったが、そこから右へルートを変更するのは既に無理な場所まで下ってきていた。
バウのかみさんが「え?どうすれば良いの?」と聞いてきたので、「とりあえず真っ直ぐ進め」と答える。
隠れ岩だらけの流れを下って、その場所をクリア。
例の落ち込みを見ても特に障害物も無く、美味しい場所を下れなかったのが残念だったが、例会のダウンリバーでは先行者の指示に従うのが第一なので、しょうがないところだ。
でも、今回はカヌークラブノームの人達も私達の後から下ってきていて、彼らがそのまま落ち込みを下っているのを見ていると、また口惜しくなってきてしまった。
その先で待ち構える最大の難所、三岡の落ち込みに向かう前に昼の休憩となる。
ノームの人達も同じ場所で休憩するみたいだ。
渓谷の眺めも良く、太陽の光を浴びてとても気持ち良い。
休憩を終えて再び下り始める。
今日の集合地点に集まる前、三岡橋の上から下見をしておいた。
離れたところから瀬の様子を見ても、その様子は良く分からない。
ただ、これまでの経験から言って、遠くから見ても白く波だって見える場所は、近くから見るととんでもなく大きな波が立っていることは良くある話である。
橋の上から見ていて、「あそこに上陸して落ち込みの下見をすれば良いな」と考えていた場所には、その白く見えているところを2か所越えなければならない。
最初の白く見えていたところは、やっぱり大きな波が立っていて冷や冷やしながら通り過ぎる。
先に下っていた人達のほとんどは、そこを越えたところで上陸していたが、数名は次の白波の先まで下っていた。
「よーし、あそこまで下るぞ」
かみさんに躊躇う様子は無かったので、そのまま下って行ったところ、その先ではドキリとするくらいの大きな落ち込みが待ち受けていた。
何とか沈しないでそこを下って岸に上がれたけれど、普通はこの落ち込みも下見の対象になりそうな場所である。
増水気味の三岡の落ち込みはすごい迫力だった。
かみさんは一目見るなり、泣きそうな顔で「ここは絶対無理!」と言っている。
我がクラブの例会では、過去にけが人が続出したことが有って三岡の落ち込みは下らないとの約束事ができていた。
しかし、それも昔のこととなり、去年あたりからはここを下るようになっていた。
今回は勿論私も下る気でいたが、かみさんが嫌がるので一人で下ることにする。
皆でワイワイ言いながら下見をしていると、I田さんが一人で舟を置いてある上流へと歩いて行った。
I田さんはOC-1なので、自分が下るのに参考になりそうだ。
私が見たところ、瀬の中央からやや左寄りがここをクリアするための唯一のルートである。
右へ寄りすぎると、まともに横波を受けるので沈は確実である。
と思っていたら、I田さんがその右岸ギリギリを下ってクリアしてしまったのである。
まあ、これは見なかったことにして、私は自分の考えた通りのルートを下ることにして、上流へと歩いていく。
他にI山さんと228君も一緒だ。
ノームの人達もやってきて、落ち込みの横には人だかりができていた。
まずはI山さんが左寄りを下ってクリア。
次の228君は真ん中から攻めて、その下で沈したようだ。
私が出艇の準備をしていたら、かみさんが一人で歩いてきた。
カヌーに積んである余計な荷物を引き取りに来てくれたのかと思ったら、何故か一緒に下るつもりらしい。
既に1人で下るイメージを頭の中に描いてあったのに、「貴女は乗らなくても良い」と言うわけにもいかないので、もう一度イメージを描き直さなければならなくなった。
そのかみさんが、「右側を下りましょうね」と言いはじめた。
「何言ってんだ!ここは左寄りを下るんだぞ!」
「だってI田さんは右側を下ったわよ!」
私は開いた口が塞がらなかった。
何時もあれ程「I田さんの直ぐ後ろを下るのは危ないから止めましょう!」って言ってるくせに、よりによって今日はそのI田さんの真似をすると言うのだ。
しかし、勇気を持ってチャレンジすると言う彼女の意思は尊重するしかなかった
既にこの時点で、私の頭の中に描かれていた「三岡の落ち込み完全制覇」のイメージは、音を立てて崩れ去っていたのである。
後は自分のパドリングで何とかするしかない。
下り始めた途端、直ぐに右に寄ろうとするかみさん。
「だ、ダメだって、最初はもっと真ん中に寄らないと」
ようやく流れの中央に戻って、そのまま落ち込みへと向かう。
「しょうがない、このまま中央突破だ」
しかし、落ち込みが近づいたところで、かみさんが強烈な右へのクロスドローを入れてきた。
こうなると、非力な私ではカヌーの向きを元に戻せない。
最悪のルートで落ち込みに入ってしまった。
何の抵抗もできないままカヌーは右側にひっくり返り、岩に思いっきり肩をぶつける。
そのまま水中に引きずり込まれ、なかなか顔を水の上に出せない。
その時何処かでガツッと音が聞こえた気がした。
必死にもがいて、ようやく息ができた。
「プハッ!」
レスキューロープにつかまって、二人で岩の上に這い上がった。
「あらっ、カヌーが壊れてる!」
かみさんに言われて見てみると、バウの先端部分のガンネルが割れ、そこにビスで止めてあったデッキの板が浮き上がっていた。
今年の6月のルベシベ川で壊してから、新品に取り換えてもらったばかりのガンネルを再び壊してしまったのはショックだった。
沈した時に聞こえたガツッて音は、カヌーの先端が岩にぶつかった時の音だったようだ。
人間の方は私が左の肩と腕を擦りむき、かみさんは肘を擦りむき腰と足首の打撲。
まあ、この程度の怪我で済んだのは幸いだったのだろう。
間近で見ていた人の話では、かみさんはかなり強烈に岩に頭をぶつけたように見えたらしい。
他のメンバーも次々に挑戦していたが、我が家の姿を見た後では誰も右岸寄りを下ろうとはしない。
15フィートのカナディアンに乗るタケさんは、落ち込みの手前の速い流れの中で艇をコントロールできずに苦労していた。
心配してその様子を見ていたら、何とか直前でカヌーを真っ直ぐに向けて、左岸ギリギリから落ち込みに突入。返し波に煽られることもなく、あっさりとクリアしてしまった。
思わぬところに安全なルートがあったようだ。
ど真ん中に入ってしまうと成功率は50%くらいだろうか。
後でこの時の動画を見て分かったのだけれど、落ち込みの先の巨大な返し波の中には岩が隠れているようだ。
そこにまともに突っ込んだ228君のOC-1が、そこで何かにぶつかり突然止まったのである。
過去にクラブの例会で怪我人が出たのも、この岩が原因だったと聞いている。
ここにチャレンジする時は、その岩の存在を十分に頭の中に描いたおいた方が良いだろう。
ここでのヒーローは間違いなくM上君だった。
豪快な沈を披露してくれた後も、楽しくて堪らないといった様子である。
あまりにも楽しかったのか、何とカヌーを担いで再び上流に向かいもう一度下ろうとしていた。
そしてもう一度見事な沈を見せてくれた後、嬉々とした表情で水の中から浮かび上がってきた。
彼がカヌーを初めて4回目の人間だとは、誰に言っても信じてはもらえないのは確かである。
I田さんがもう一度チャレンジするのは何時ものことだ。
そしてもう一度同じ右岸のルートを下って、今度は沈して皆を納得させてくれた。
「それならば最初から沈してくれよな!」と思っていたのは、多分私一人だっただろう。
(You Tubeにアップされた我が家の沈動画 Y谷さん撮影 ガンちゃん撮影 自分のGopro動画から)
そんなお祭り騒ぎを終えて、再び下り始める。
しかし、何人かの後続メンバーが付いてきていなかった。
待っていてもなかなか下って来なくて「何かトラブルがあったのかな」と思い始めた頃、一人だけ下ってきた。
ノームのメンバーの女性が、川原で転んで額を怪我したらしい。
私のカヌーにはクラブ所有の救急セットを積んであるのだけれど、たまたまノームのメンバーで三角巾を持っていた人がいて、それを包帯代わりに使っているとのこと。
川で怪我をするのは水の中ばかりではない。川岸は足場も悪くて滑りやすい。岩だらけの場所で転ぶと怪我も大きくなる。
川下り中は常に注意を欠かせないのだ。
ノームの人達はその直ぐ下流で上陸予定だったみたいで、やがて頭に三角巾を撒いた女性と他のメンバーが一緒に下ってきた。
転んだ時はかなりの出血だったみたいだけれど、何とか血も止まったみたいで、そこでノームのメンバーとお別れして、私達は再び下り始める。
そっから先は特に難所も無く、沙流川渓谷の紅葉を楽しむだけである。
と思っていたら、結構波の高い瀬があって、タケさんが舟と一緒に流されてきた。
景色ばかりを眺めている訳にも行かない。
それにしても素晴らしい眺めだ。
この美しい風景を楽しむために、2年連続で最後の例会を沙流川にしていたのである。
橋の上から眺める渓谷の風景も素晴らしいけれど、川の上からの風景は、川を下っている私達にだけしか見られない風景だと思うと、余計に素晴らしく見えてしまう。
ただ、ちょっと残念なのは、午後になると渓谷の西側の断崖には太陽の光が当たらなくなってしまうことだ。
陽の光が当たるのと当たらないのとでは、紅葉の鮮やかさが全く違ってしまう。
曇り空ならば、どの紅葉も万遍なく美しいのだが、今日は天気が良すぎるのが災いして、西側の渓谷の紅葉が日陰や逆光になって見づらくなるのだ。
特に、西側の断崖の中ほどに張り付く様に架けられている轟橋は、素晴らしいビューポイントとして楽しめるのに、今日は逆光でカメラ写りも悪くなってしまう。
まあ、これは贅沢な悩みと言っても良いだろう。
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