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鵡川

(滝の沢信号所〜占川橋)

カヌークラブの5月例会初日は、鵡川の占冠から上流部を下る。
去年も同じ時期にここを下り、大量のアイヌネギは勿論、ウドやタランボまで収穫され、それに味を占めての2年連続の企画となったのである。
今年は桜と同じく山菜の時期も遅れていたが、アイヌネギは時期的にちょうど良さそうな感じである。
ところが、遅れていたのはこれだけではなく、例年ならばGW頃にピークを迎える雪解け水による川の増水が、この時期にずれ込んでいたのである。
鵡川スタート地点で去年下った時よりも1m近く水位が高いのだ。
比較的穏やかな流れの場所が多いとは言っても、この水位では川の様子がどう変わっているのか想像もつかない。

クラブの掲示板にこの情報が書き込まれ、事前のアナウンスでも明日下る予定のトナシベツ川と合わせて初心者には少し厳しいとされていたので、集まったのは何時もと同じ顔触れの12名だけ。
スタート前の集合写真を撮っている時に「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」とお経を唱えていると、縁起でもないとお叱りを受けた。
今回下るところには、結構長い区間で岩が絡んだ瀬が一か所だけある。
前日の夜に、去年の例会でそこを下った時の動画を見ながら、そこから更に水位が1m上がった状態を想像していると、生きては帰れないかもしれないと本気で心配になってきたのだ。

川下りスタートそれでも、O橋会長が一週間前に同じ鵡川の福山大橋付近で見たと言うチョコレート色の濁流から比べると、スタート付近の川の水は思っていたほどは濁ってはいなかった。
少し安心して川に漕ぎ出す。
二週間前に下った当別川と同じく、流れは早くて所々に大きな波は立っているものの、川幅も広いので安全なルートを選びながら下ることができる。

最初のネギポイントには、狭いながらも小さな川原があったので、上手いこと上陸できた。
増水していると、そんな場所も水没してしまって、安全に上陸できる場所が無いことも予想されたのだ。
ちょうど葉が開き始めたばかりの美味しそうなアイヌネギが斜面のそこらじゅうに群落を作って生えている。
その中から、茎の太い上物だけを選んで収穫する。
斜面の下の方だけで十分な量は収穫できるのに、上の方に生えているネギの方がもっと美味しそうに見えて、ついつい急な斜面をよじ登ってしまう。
去年はネギと一緒に、カタクリなどの早春を彩る野草も沢山花を咲かせていたのに、今年はエゾエンゴサクがチラホラと咲いているくらいだ。
皆、思う存分収穫できたようで、満足しながら再び川に戻った。


アイヌネギ畑   アイヌネギ収穫中
斜面は一面ネギ畑   下でも採れるのについつい上に登ってしまう

そうしてしばらく下った後、いよいよ問題の核心部が近づいてきた。そのかなり手前で右岸に上陸。
上陸できる場所が見つからないまま瀬の中に入ってしまうと言う最悪の事態は、これで避けることができた。
水が増えすぎて全ての岩が水中深く沈んでしまい、ただの急流になっているかも。
そんな都合の良いことを期待していたが、現実はやっぱり甘くは無かった。
川幅一杯に広がった大波が延々と続いている。

瀬の下見こんな瀬の下見をする時は、私はまず最初にその下流がどうなっているかを見に行くことにしている。
瀬の中のどのルートを下るかよりも、沈した後にどこまで流されて、そして無事に岸に上がれるかどうかの方が私にとっては大事なのである。
皆が瀬の攻略法を検討している中、私一人で遥か遠くの瀬の最後を確認してから皆のところに戻ってくる。
左岸寄りに下るのが良さそうだとの私の考えは、皆とほぼ一致していた
既に口の中は極度の緊張でカラカラに乾いている。
これだけ緊張するのは久しぶりだ。
かみさんは殆ど泣きそうな顔をしている。
しかし、重たいカナディアンをポーテージするためには急傾斜の法面をずーっと上まで引き上げなければならず、ほぼ不可能である。
泣きながらでも下るしかない。


瀬の下見
瀬の迫力に唖然とするメンバー

まずはレスキュー要員としてY田先生が先頭でそこを下って行った。後で話を聞いたところ、そこを下った後、あまりの瀬の迫力に足がガクガクと震えていたそうである。
OC-1のN島さんも無事に瀬をクリアして、これでようやくカナディアンでも何とかなりそうだとの見込みが出てきた。
前の人が無事に下ったのを確認してから、次の人が下り始める。確認すると言っても、瀬の一番最後は見えないので、大よその見当である。

K岡さん沈さて、次は誰が下るのかなと思って上流を振り返った瞬間、信じられない光景が目に飛び込んできた。
既にそこでカヤックのK岡さんがひっくり返っていたのである。
それでも、直ぐにロールで起き上るだろうと思っていたら、最初のロールに失敗した後、脱艇することもなく、カヤックの底を見せたままの状態でどんどんと流されていく。
「これはまずいんじゃないか」
そう思い始めた頃になってようやく、カヤックの隣に人間が浮かび上がってきた。
最悪の事態は免れたけれど、そこから先が瀬の核心部。
もみくちゃにされながら流れていくK岡さんを、何もできずにただ見守るしかなかった。
I田さん沈瀬の途中にレスキューできるようなポイントも無く、沈してしまったら瀬が終わるまで流され続けるしかないのである。
しかも、瀬に入った途端に沈するのだから、流された距離もかなり半端ではない。

その様子を見てK島さんは、躊躇することなくポーテージすることに決めたようで、急な法面をカヤックを担いで登って行った。
OC-1のI田さんも瀬の途中で沈。

そして最後に私達が下る。
それまで11艇中2艇沈、1艇ポーテージの成績。
大型カナディアンをタンデムで漕ぐ私達にとって、その成績はあまり参考にはならない。

予定通り左岸寄りに瀬に侵入する。
最初の大きな波を受けて早くもカヌーの中に水が入ってくる。
延々と瀬が続く次の大波を受けた瞬間、カヌーが斜めになってバウが小さなエディに入ってしまい、そのままくるりと後ろ向きになってしまう。
幸い、比較的波の立っていない場所だったので、落ち着いてカヌーの向きを元に戻すことができた。
なるべく左岸寄りを下るつもりが、横波を受けてカヌーが流れの中央に押し出される。
「まずい!、これでは波の一番大きいところに行ってしまう!」
こうなったら覚悟を決めて中央突破するしかない。
一発目、二発目、三発目の波を越えると、その次に見るからに邪悪な形をした大波が迫ってきた。
そこに真正面から突っ込んでいくと、波に跳ね上げられるかと思いきや、その波の中にまともに飲み込まれてしまった。
その波を身体全体で受けて、思わずパドルを離しそうになるかみさん。
あっという間にカヌーの中はガンネル近くまでの水に満たされた。


巨大な波が迫る   巨大な波に体当たり
邪悪な形の波が目の前に迫る   巨大な波に体当たり

流れの中で次第にカヌーが横を向き始める。
「クロスを漕いで!」
かみさんに指示を出してカヌーを真っ直ぐに向けたところで、また一発、二発と波を受け、我が家の舟はもうガンネルまで水没してしまった。
水没したカヌーしかし、瀬はまだ続いている。

潜水艦のようになったカヌーで、その瀬の中を進んでいく。
そんな状態でもカヌーはまだ水面下ギリギリで浮いていた。
逆に、それ以上水が入ってくることもなく、波に煽られることもなくカヌーは安定していた。
これはもしかしたら行けるかもしれない。
希望が湧いてきた。

瀬を過ぎた先の右岸に、ポーテージしてきたK島さんがいるのが見えた。
その部分は波も無かったので、かみさんは助けを求めるかのようにそちらに向かって漕ぎ始めたが、そこは見た目以上に流れが速く、しかもその下では倒木が待ち構えていた。
「無理だ!」
もう一度下流へ向きを変えようとしたが、横向きのままカヌーは波に揉まれる。
最後は後ろ向きになりながらも、沈しないままに瀬を下りきることができた。
しかし、波は治まってもまだ流れは速い。
もう少しでゴール皆が待っている左岸を目指して必死のパドリング。
誰かが何か声をかけてくれていた。
かみさんがそれを聞こうとパドリングを止めようとしたが、流れの中で迷っている暇はない。
今は岸に向かって漕ぐしかないのだ。

「漕げ!良いから漕げ!」
大声でかみさんを怒鳴りつけ、ひたすら漕ぐ。

そうして無事に着岸。
精根尽き果てると言うのはこういう時の状態を言うのだろう。
瀬の中では、カヌーをコントロールするために全力でリバースを入れたり、火事場の馬鹿力の様な限界以上の力で漕いでいたのかもしれない。
何故か、自分は生きているんだと言う実感がしみじみと湧いてくるのだった。

その後は蕩々と流れる増水した鵡川をたらたらと下っていき、上陸できそうな場所を見つけて、昼食にする。
コゴミには誰も目もくれないそこにはコゴミが結構生えていたけれど、未だに3年前の丸瀬布事件のトラウマが残っている人も多く、収穫する人は少なかった。

昼食を終えて川に戻る。
休憩していた場所の対岸で大量のアイヌネギを発見。
漕ぎ出したと思ったら、そこでまたすぐに舟を下りることになる。
舟に乗ったままでも手の届くところにまでネギが生えているので、無精な人はカヌーの上からネギを採っている。
水面下で揺れているアイヌネギもあるのには驚いてしまった。
それだけ今が増水のピークを迎えているという事になるのだろう。

そして、袋を一杯にしてから、ようやくその岸を離れる。
後はゴール手前のウドの瀬を残すだけだ。
この瀬の名前は、去年ここを下った時にO橋会長が大量の山菜を積んだまま沈をして、危うくネギやウドが流出しそうになったことを思い出したN島さんが「ここはウドの瀬だね」とつぶやいたことから、そう名付けることにした。

去年下った時は山菜以外にも早春の草花が沢山花を付けていたが、今年はそんな風景にも出会えない。
それでもK島さんがエゾノリュウキンカの群落を見つけて、写真を撮っていた。


川縁のアイヌネギを収穫   エゾノリュウキンカ
カヌーに乗ったままでもネギが収穫できる   ここだけが綺麗に咲いていた

ウドの瀬手前で右岸に上陸。
クマザサをかき分けて瀬の様子を見に行く。
大方予想はしていたけれど、水が少ない時は岩の間を川がクランク状に折れ曲がりながら流れているのが、今日はそんな様子も分からないくらいに、川幅一杯に大波が立っているだけである。
流れも猛烈に速い。
ウドの瀬かみさんは「こんなところ下れる訳がない」と逃げ出しそうな様子だったが、さっき下ってきた瀬だって、直ぐ近くから見ればもっとど迫力の瀬に見えたはずである。
他のメンバーはその大波の中を次々に漕ぎ下っていく。
それを見てようやくかみさんも下る決心をしたようだ。

今回もカヌーの中にどっさりと水が入ったけれど、先程の瀬のように満水になることはなく、少し余裕を持ってその瀬を下ることができた。
K島さんも今度はポーテージすることなくその瀬をクリア。

そうしてゴールに到着。
「生きて帰ってこれました。」
自分が生きている事を実感できた今回の川下りだった。

2013年5月18日 晴れのち曇り
当日12:00 鵡川水位(占冠観測所) 330.99m


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