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釧路川

(すがわら〜アレキナイ川)

去年に引き続き、今年も冬の釧路川を下ることにした。
私の頭の中にある冬の釧路川のイメージは、「樹氷に覆われて真っ白になった河畔の木々、蓮の葉氷が流れる川面から立ち上るけあらし、そして澄みきった冬の青空」である。
川下り前日の釧路川の様子残念ながら、去年下った時は気温があまり下がらずに、そのイメージ通りの川下りとはならなかった。それが今年は例年になく寒い日が続き、期待が持てそうである。

下る区間は、去年と同じく二本松橋上流のすがわらから細岡のカヌーポートまで。

川下りの前日、宿に入る前に二本松橋の上から川の様子を見てみると、期待通りに蓮の葉氷が流れている。
ここに翌朝の冷え込みが加われば、私の望んでいる光景が実現しそうである。

ところが上陸地点の細岡までやってきて、愕然としてしまった。川全体が完全に結氷していたのだ。

全面結氷した細岡カヌーポート付近の釧路川宿泊予定の宿の方から、「二本松橋付近が結氷していたけれど今はもう通れるようになっている」との連絡を数日前に受けたばかり。
ちょっと前に、その二本松橋の上から川が流れているのを確認してホッとしたばかりなのに、これはショックが大きかった。

釧路川がこのように結氷するのは、かなり珍しい現象の様である。期待していた寒さが、逆の方に作用してしまった。
それでも宿のオーナーさんによると、途中の「ふたまた」と呼ばれる場所からアレキナイ川をさかのぼってくるコースならば、数日前にツアーで下っているので大丈夫だろうとのこと。

翌朝、宿のテラスに取り付けてある温度計の目盛りはマイナス20度まで下がっていた。川の上流の標茶町では午前7時前にマイナス24度を記録したようである。
久しぶりに鼻毛の凍り付く寒さを味わう。期待通りの展開だったけれど、この寒さの中でこれから川を下ることが、自分自身でも信じられなかった。

オーナーさんの運転する車でスタート地点の「すがわら」へと向かう。
数日前にツアーで下ってはいても、この冷え込みでは川がどうなっているかは分からないと言う。
「もしも途中で川が塞がっていたら、そこで上陸して二本松橋までカヌーを引っ張って戻ってください」、「アレキナイ川が途中で凍っていたらふたまたまで戻って、そこで上陸してください」、「もしも何かあれば電話してください」と、色々と心配してくれる。

ところがその一方で「カヌーをやる人間って変な人が多いですよね〜」、「こんな時に川を下るなんて信じられないですよね〜」と、自分が下るわけでもないのに、何故かとっても嬉しそうにしている。
確かにお互いに変な人間なのは間違いないと思われる。

氷の流れる釧路川そうしてスタート地点に到着。
真っ白に凍り付いた河畔の木々は期待通りだったけれど、川を流れる蓮の葉氷の様子はちょっと違っていた。
蓮の葉氷どころか、まるで流氷の様である。その流氷が次から次へと上流から川を埋めるように流れてくるのである。

おまけに、岸から2mほど先まで川面には厚い氷が張っていた。昨日下見した時はそんな氷は張っていなくて「これならば出艇も問題なし」と判断していたのだ。
もしもの時のために氷を割るハンマーも用意していたけれど、そこまでは必要ないだろうと自分の車の中に置いてきてしまった。

しょうがないので、そのまま氷の上にカヌーを下ろして二人で乗り込む。それくらいでは厚い氷はびくともしない。
その状態でオーナーさんに後ろからカヌーを押してもらって入水。沈するリスクが一番大きな瞬間だったけれど、無事に川の上に幻想的な川下りカヌーを浮かべることができた。
次々に流れてくる氷のためにそこに留まっていることもできず、オーナーさんに軽く手を上げて挨拶しただけで、氷と一緒に流されていく。
いよいよ冬の釧路川の川下りが始まった。

「すげ〜っ!」
目の前に広がる光景に、ため息のような歓声が自然と漏れ出てくる。
夢にまで見た光景が、自分の前に今、現実となって現れたのだ。
しかも、現実の光景は夢に見た光景よりも遥かに勝っていた。
夢と現実の狭間をカヌーで漕ぎ下る。


朝日に向かって   凍り付いた川岸
朝日が川面を照らす   岸辺の氷にはフロストフラワーが咲く

岸辺に張った氷の上には氷の花(フロストフラワー)が咲いている。
河畔の木々は、その細い枝先までが樹氷に覆われ、真っ白な造形物となって青空に映えている。
立ち枯れたススキも、そのままの姿で凍り付き、朝の光を受けて光り輝いている。
川面から立ち上るけあらしが、そんな風景に白いベールをかける。


真っ白な釧路川
何もかもが凍り付いた真っ白な風景

川を流れているのは完全な氷ではなく、かき氷の塊のようなシャーベット状の氷である。
その氷がシャラシャラと音を立てながら流れていく。
次々に氷が流れてくる中には本物の氷も混ざっているのか、それが川岸の氷とぶつかって、ゴツゴツと不気味な音も聞こえてくる。

シャーベット状態とは言っても、まともにその塊の中に突っ込んでしまうと、パドル操作もままならず身動きが取れなくなってしまう。
なるべく、氷の少ない場所にカヌーを置いておくように気をつけることにした。

オーナーからは「川が塞がっていたら上陸して、云々」と言われていたけれど、もしも本当に塞がっていたら、多分その時点でアウトだろう。
川岸は殆ど氷が張っているため、直接上陸するのは不可能と言っても良い。
突然行く手を塞がれ、逃げようとしても上流から次々に流れてくる氷に押されて、そのまま氷のダムの中に閉じ込められる。
全く身動きもできず、もしもそれで沈でもしたら、ドライスーツを着ているとは言っても、履いているのは長靴で再乗艇も不可能。
低体温症に陥るのに、それ程長くはかからないだろう。


氷の流れる釧路川の風景
とても穏やかな風景にも見えるけれど・・・

氷をかき分けるようにパドリングそんな事態に陥らない様に、景色に見惚れながらも、気を抜くことはできない。
その状況に対応できるようになるまで、しばらくは写真を撮る余裕もなかった。

少し慣れてきたところでようやく、ドライバックの中からカメラを取り出す。
川を下る時に一眼レフは持ち歩かないけれど、冬に釧路川を下る時だけは別である。
この素晴らしい光景は、是非とも一眼レフカメラで記録しておきたかった。

所々でエディを見つけてはカヌーを乗り入れる。
とは言っても、流れのない場所には氷が張るのが道理でもあるため、ゆっくりと留まっているのは難しい。

かみさんが「あっ、タンチョウ!」と声を上げたけれど、私は逆方向を向いて取込み中だったのでその姿を見ることができなかった。
沈は100%避けなければならない状況において、カヌーの上での急な体勢変更は禁物なのだ。
幻想的な川霧の中からシルエットとなって飛び立ったタンチョウの姿。それを見逃したのはかなり残念だった。

川岸をねぐらにしているエゾシカその代わりに、シカの姿は何度も目にした。
この付近のシカの数は異常ともいえる程に増えている気がする。
去年訪れた時はシカの姿を見つけては喜んでいたのが、今回はそこらじゅうが鹿だらけと言っても良いくらいだ。車を運転していても次々に鹿が現れるので、怖くてスピードを出すことができない。

川下り中も同じ状況である。
川岸をねぐらにしているシカも多いのだろうか。私たちが近づいていくと、まだ眠たそうな表情でゆっくりと立ち上がり森の中へと歩き去っていく。

二本松の丘の土壁が見えてきた。
この土壁は中間付近から湧水が浸み出していて、冬期間はそれが巨大なツララとなって垂れ下がる。
去年はそのツララの下までカヌーで近づいたけれど、今回はそんな余裕もなく対岸のエディからその様子を眺めるだけだ。

二本松橋 二本松橋の上から「写真を撮らしてください」と声をかけられた。
そのカメラマンの目には私たちの姿はどのように映っているのだろうか。

冬の釧路川に立ち入ってキャスティングしている釣り人、鉄道写真を撮るために道路から遠く離れた山の中腹に三脚を立てるカメラマン。
私が去年ここを下った時に見た人達だけれど、多分お互いに「物好きな奴だな〜」と思っているのだろう。
その楽しさはやっている本人にしか分からないのだ。
ちなみに今回の宿のオーナーさんも、そんなカメラマンの一人らしい。


二本松の丘   氷柱の下がる土壁
二本松の丘が近付く   土壁の中からしみ出す湧き水が氷柱となる

表面に氷が付いたパドルパドルが何となく重たく感じる。
良く見るとその表面が薄い氷で覆われていた。
そのまま漕ぎ続けていると氷がどんどん厚くなっていくので、予備に積んであるプラスチックパドルでその氷を削ぎ落とす。

このプラスチックパドルは、氷にぶつけるなどして木製パドルが割れた時のために用意しておいたのだが、こんな時にも役に立ってくれる。
無謀な川下りかもしれないが、少しでもリスクを軽減するための準備は欠かせないのである。
とは言っても、船底一枚下は地獄という状況に変わりはない。

手袋を3枚重ねで履いていても、寒さで指先が痛くなってくる。
でも、そのままではカメラを操作できないので、撮影する時はオーバー手袋を脱ぐしかない。
カメラを向けたくなる風景が次から次に現れるので、2枚重ねの状態のまま、指先に血を通わせるため手を叩きながら下り続ける。

美しい樹氷カヌーの周りを流れている氷だけを見ているとカヌーが止まっている様な錯覚に陥る。
川岸を見て初めて、カヌーが氷と一緒に流されていることに気が付く。
その流れも結構速い。

普段の川下りの時でも、川がカーブしている所では、流れの速い流芯から早めに抜け出してカーブの内側に入るのが原則である。
今回、氷はその流芯に集まるようにして流れている。
カーブが近づくと、その流芯を横切って内側に入らなければならない。
氷のまばらな所を狙って、まるで砕氷船の様に氷をかき分けながら通り抜ける。
緊張するけれど、これがなかなか面白い。


美しい樹氷   樹氷の陰で一休み
樹氷が本当に美しい   氷にカヌーを乗り上げて一休み

冬の釧路川の風景
こんな風景を楽しめるのならば寒さなど気にならない

ふたまた付近の様子流れの早いところの方が安心して下れる。
流れが遅くなると「この先で川が塞がっているのでは?」と不安になってくるのだ。
幸い、そんなこともなく、無事にアレキナイ川との合流点「ふたまた」まで下ってきた。

そこからはアレキナイ川を遡ることになる。
20年に初めて釧路川を下った時は、塘路湖から出艇し、このアレキナイ川を下って釧路川に出たものである。
その時のアレキナイ川の印象は、「流れの全くない淀んだ川」であった。

ところが、アレキナイ川に漕ぎ入れたところ、結構な流れがあって驚かされる。
アレキナイ川を漕ぎ上がるもしもソロで漕いでいたとしたら、漕ぎ上がるのに苦労するような流れの速さである。
でも、これだけ流れていれば、この先で川が凍っている心配は無さそうだ。

水面に垂れた樹木の枝には、美しい氷の芸術がぶら下がっている。
場所によってその形も様々で、一つ一つを写真に撮りたいのだけれど、流れが早くて留まっているのが難しい。


エディで一休み   氷の芸術
エディを見つけて一休み   あちらこちらに氷の芸術が

アレキナイ川次第に流れも緩やかになってきた。
河畔の木々が川の水面に映りこむ。

これだけ流れが緩やかなのに凍っていないのは、塘路湖から流れ出る水の水温が高いからなのだろうか。
それでも宿のオーナーの話によると、このアレキナイ川も今年の冬になって凍ったことがあったようだ。

丘の上には、そのオーナーの「とうろの宿」が見えている。

魚をくわえたカワセミ鮮やかな青色の鳥が目の前を横切った。
魚をくわえたカワセミである。
全てが真っ白な冬の風景の中で、その青い色は一際鮮やかに見える。

やがてJRの鉄橋が見えてきた。
鉄橋下の右岸に上陸しやすい場所があるが、そこは民有地になるので、勝手に上陸することはできない。
オーナーに教えられたとおり、鉄橋を通り過ぎた先の人道橋の下左岸に上陸する。

国道の橋と人道橋の間からカヌーを引き上げ、近くの車を停めておいた場所までそりの様にカヌーを引っ張っていく。

スタートしてから約2時間、車の温度計はまだマイナス18度になっていたけれど、太陽の陽射しも強まり、スタートした時よりも随分暖かく感じた。
こうして、天気にも恵まれた2度と経験できない様な素晴らしい川下りを終えたのである。

釧路川下りの写真へ 

2012年2月4日 晴れ
当日12:00 釧路川水位(五十石観測所) 11.99m



ゴール手前の鉄橋   カヌーを引きずって運ぶ
鉄橋を過ぎた先で上陸   車までカヌーを運ぶ

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