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鵡川

(福山大橋〜富内)

 3連休は川から離れて、何処かで静かなキャンプを楽しもうと考えていたのに、天気がパッとしないようなのでキャンプは中止。
 結局、カヌークラブのメンバーが鵡川の福山大橋から富内までを下ると言うので、そこに飛び入りで参加することになった。
 かみさんは他に用事があったので、今回は久しぶりに私一人で川を下ることになる。前回一人で下ったのは、奇しくも同じ鵡川のニニウから福山大橋までの区間で、その時は向かい風に苦しめられ、かつてない程に消耗しきってゴールの福山大橋にたどり着いたものである。
 福山から富内へ通じる道道占冠穂別線は、数年前から通行止めになったままなので、ゴール地点に車を回すためには穂別町経由で大きく迂回しなければならず、それだけで1時間半以上もかかってしまう。
集まった8人 それでも、I山さんの「福山オロロップ渓谷は紅葉の名所で、全道一とも言われてますよ」との悪魔のささやきに誘われて、集まったのは8名。私以外は全員がカヤックでの参加である。
 ここを初めて下る人も多く、I山さんの川のレベル情報ではヌビナイ川より難易度は上となっていた。
 私としては「あれっ?」って感じである。
 I山さんの「大したことは無いですよ」との言葉に騙されて散々な目に遭ったと声を上げる人が後を絶たないので、さすがに今回はI山さんも気を使って、難易度レベルを高めに設定したのかもしれない。
 でも、私は4年前にこの区間を、あの「アリー」で下っているのである。一箇所だけ大岩だらけの危険な場所があるけれど、そこさえポーテージすればカヤックならば全然問題ないはずだ。
 私が出した難易度評価は「ヌビナイと同レベル」だった。後になって聞いたところでは、私のこの評価によって参加を決意してしまったメンバーもいたようである。

福山大橋をくぐって川下り開始 夜中に降っていた激しい雨も上がって天気は快晴。
 でも、その雨の影響もあって川の水は灰色に濁り、水量もちょっと増えていた。
 でも、まっ茶色に濁った鵡川の様子を何度も見ているので、この程度ならばまだ我慢できる。
 水量もこれくらいの方が、岩も隠れて快適に下れそうだ。
 早い流れに乗って、川下りが始まった。
 福山大橋の下を通過して次のカーブを曲がると、水は川幅一杯に広がり川原が完全に隠れてしまっていた。
 福山大橋の上流では、広い川原の中を、何時も見るのと何の変わりもないルートで川が流れていて、それほど増水しているような風には見えなかったけれど、これはちょっと様子が変である。
 でも、所々で岩が顔を出している程度で、余裕を持ってそれらを避けながら下ることができる。
 そして、秋の澄んだ青空を背景にして、錦の着物を纏った山並みが周りを取り囲む。灰色の水など全く気にもならないような美しさである。


鵡川の風景
水は濁っているけれど景色は申し分無し!

 そんな風景に見惚れながら下っていると、いつの間にかカヤックの一団との距離が開いてしまっていた。慌てて力を込めてパドリングするけれど、その差は全然縮まらない。
 どうやら今回も風に苦しめられそうだ。カヤックの人達は川の流れに任せて何も漕がないで下っているだけなのに、私はそれに付いて行くために、カヌーが風で回されないように常にパドルを操作しなければならない。
 次第に川の所々で大きな波が立つようになってくるが、川幅が広いのでそんな波には近づかないように下ることができる。
最初の落ち込み やがて前方に、落ち込みのような場所が見えてきた。
 さすがにここは逃げれるルートもないので、そのまま突っ込むしかない。
 大きくカヌーが跳ね上げられたけれど、そこは無事にクリア。
 でも、カヤックが一艇、落ち込みの下で沈脱していた。私の直ぐ前を下っていたはずのK島さんである。
 私の「ヌビナイと同レベル」の言葉を信じて参加したのが、実はこのK島さんだったことを知ったのは、札幌へ帰ってからの話し。
 この時はそんなこととは露知らず、「あ〜あ、気の毒に・・・」と他人事のように見ていたのだ。
落ち込みの動画 4.0MB)

次第に波が大きくなってくる中をびくびくしながら下っていくと、前を下っていた7艇のカヤックが一斉に左岸よりに向きを変えた。
その先で川は二つに分流し、右の流れはそのまま真っ直ぐに岩壁にぶつかって大きな返し波が立っている。
前回そこを下った時の様子が、直ぐに頭の中に浮かんできた。でも、今回とは状況が違いすぎる。
慌てて私も左に寄ろうとしたけれど、一生懸命漕いでいるつもりが、あっと言う右の分流の方に流されてしまった。
左の分流に進んでいったメンバーの姿は全く見えず、一人寂しくライニングダウンでそこを下りたのである。


緊張しながら下る   美しい鵡川の風景
ビクビクしながら慎重に下る  

景色は最高なんだけど・・・


 更に波は大きくなり、とうとう川幅一杯にその波が広がり、何処にも逃げ場がなくなってしまった。
 こうなったら覚悟を決めて、その中を下るしかない。
次第に波が高くなってくる 最近、瀬の中でただがむしゃらに漕ぐのではなく、リバースストロークで艇をコントロールしながら下る技術を教えてもらったので、それを試すにはちょうど良い機会である。
 今年は増水した沙流川や石狩川で、何度か大波の立つ瀬を下っているけれど、ここの波はちょっと様子が違っていた。
 まるで意思を持っているかのように、次々とカヌーに向かってくるのである。
 ついに、鵡川がその本性を現した感じだ。
 艇のスピードを落とし、流れの中を漂う一枚の落ち葉のように波に翻弄されながら、ようやくその瀬を抜け出し岸へと付けることができた。
 緊張で口の中はカラカラに乾き、そのまま川原の石の上に座り込んでしまう。
 ベテランメンバーは大きなウェーブに乗って、とっても嬉しそうである。
 その仲間に入る気力など全くなく、それを待っている間に体を休められることの方が、私は嬉しかった。
 まだスタートしてから間もないのに、今からこんな有様では先が思いやられてくる。

本性を現した鵡川  次の瀬に突入。
 更に波が高くなってくる。その波が右から左から、方向を変えて襲い掛かってくる。艇をコントロールしながら、その一つ一つの波に対処する。
 ソロで下っていると、そんなことも可能である。これがタンデムならば、真っ直ぐに波の中を漕ぎ下るしかないだろう。
 そうすれば、三つ目の波を越える頃には完全な水舟となってコントロール能力を失い、四つ目の波であっさりとひっくり返され、後は延々と激流の中を流されることになる。
 今日は一人で参加して本当に良かったと思いながら、長い長い瀬を下って、ようやく最後の波を越える。
 全員が岸に上がっていたので私も接岸しようとしたけれど、流れが速くて艇がどんどん流されてしまう。慌てて必死のパドリングをし、ようやく川岸に付けることができた。
長い瀬の動画 16.6MB)
 瀬の中を下るのも大変だけど、増水した川を下る時は、本流を抜けて岸に付けることすら間々ならないのである。
 そこで昼食になる。 スタートが遅かったので、既に12時を過ぎていた。私にとっては嬉しい休憩である。
 食欲はあまりなかったけれど、無理しておにぎりを二つ腹の中に詰め込んだ。まだまだ序盤戦、途中でスタミナが切れてしまわないように、エネルギー補給は欠かせない。
 体力も少し回復して、再び下り始める。


昼の休憩中
狭い川原に上陸して休憩

剥き出しの岩肌 川から急角度でそそり立つ山は、その一部が削り取られて荒々しい岩肌が剥き出しになっている。ここからがいよいよ鵡川の核心部だ。
 その風景に見惚れている間もなく、手荒い瀬の出迎えを受ける。
 ますます波が高くなってきているようだ。「カナディアンで下る川としてはこの辺が限界じゃないだろうか」そんな気さえしてきた。
 やがて前方に、この区間唯一の橋が見えてきた。
 その橋を過ぎたところで、前を下っていたメンバーが左岸に上陸し始める。
 私も今度は失敗しないように、早めに左岸に寄って、そこに上陸。
 一面がホワイトウォーターとなっているその瀬は、見ているだけで気分が悪くなってくる。
下見を済ませて Y田さんが、「あの岩とその手前の隠れ岩の間を抜けるように下るのが良いですよ」とアドバイスをくれるけれど、その言葉は右の耳から左の耳へと抜けていってしまう。
 私の知りたいことは、大きくカーブしている瀬の先に嫌らしい障害物があるかどうかだけだ。
 瀬の中をどうやって下るかよりも、沈した後に安全に流されるかどうかが、私の唯一の関心事なのである。
 下見の結果は問題なし。
 だからといって気軽に下れるわけではない。
 久しぶりの川下りで、最初から緊張気味だったK岡さんが、泣きそうな顔で岸から出て行く後姿を見送って、最後に残ったのが私だった。
 下見するのも良し悪しで、そのまま行けば勢いで下れてしまうような瀬で、下見したおかげ気持ちが萎縮し、余計な緊張感を味わう羽目となるのだ。
 一応は下見の成果として、左岸ギリギリを下るのがチキンルートだと分かったので、そこを忠実に辿って下る。
チキンルートを下る Y田さんから言われた岩を目印にするが、その手前の隠れ岩など上流からは全く分からない。
 一面のホワイトウォーターの中に突っ込むと、もうチキンルートも何も関係無く、ただひたすら波にもまれ続けるだけだ。
 そしてようやく、その下流に集まっている7艇のカヤックが見えてきた。
 全員が無事に下ったようである。
 それで少し余裕のできた私は、わざと大波の立つ方へと艇を寄せてみる。
 次第に私の心の中では、瀬の中での恐怖感が快感に変わりつつあるようだ。
下見の瀬の動画 6.7MB)

 山肌全体が崩れ落ち、その下の方に道路のシェルターが心細げに続いている風景が目の前に現れた。
 自然の凄さと、それに必死に抵抗しようとする人間の営みが、その風景の中に見事に表されている。
 でも、どう見てもこの勝負、人間の側に分は無さそうである。


崩れ落ちる山
崩れ落ちる山と、その下の心許ない道路

 数年前から通行止めになったままのこの道路、果たしてもう一度通れるようになることはあるのだろうか。
 そんなことを考えながら、久しぶりに現れた緩い流れの中を漂っていくと、直ぐにまた次の瀬が待ち受けていた。
瀬にも慣れてきた 荒々しい風景の下には荒々しい瀬が付き物なのである。
 しかし、8名の人間達はもう、そんな自然からの挑戦にも臆することもなく、堂々と瀬の中を下っていくのであった。
堂々と下った瀬の動画 7.8MB)

 次に現れたのが壊れた堰堤。
 4年前に下った時は、拍子抜けするほど穏やかな流れで、コンクリートのすき間を何の問題も無く通り過ぎることができた。
 それが今回はがらりと様子が変わり、急な流れの先に強烈なバックウォッシュが待ち受けている。
 おまけにその横には鉄板のようなものが露出していて、カヤック組みは全員がポーテージをすることになった。
 大きなカナディアンならばそのバックウォッシュに掴ることも無さそうだが、ポーテージも楽にできる場所だったので、ここは無理をしないことにした。


壊れた堰堤   壊れた堰堤
バックウォッシュが強く、左には鉄板も   ここから楽にエスケープ

4年前の大岩 渓谷の風景を楽しみ、瀬を乗り越え、私の中に確かな自信が芽生えだしてきた頃、それは待ち構えていた。
 暴れ馬を乗りこなすかのように大波の中を下っていると、一緒に下っていたカヤックが突然左岸へと寄っていく。
 「今度は何だろう?」と思ってその先を見ると、そこには見覚えのある大岩が、流れの中に立ちはだかっていた。
 ここが、4年前に下った時、唯一ポーテージした場所である。
 水が少ない時でさえ凶暴な表情を見せていたのに、今日のこの水量では一体どうなっているのか、考えるだけで恐ろしくなる。
 慌てて私も岸に寄ろうとしたけれど、自分の置かれた困難な状況に直ぐに気が付いた。
 大波を越えているうちに川の中央へと寄り過ぎていたのである。
 ここまで下ってくる中で接岸する難しさは十分に理解していた。
エディに入れない 川の流速、岸までの距離、自分自身の体力の消耗具合、どう考えても無事に岸までたどり着くことは不可能である。
 何とかフェリーグライドを試みる方法もあるけれど、それに失敗すれば後ろ向きのまま瀬に吸い込まれる最悪の事態だ。
 一瞬の間にこれら全てを考慮した結果、自分の選択する道は一つしか無かった。
 「行っちゃいま〜す!」
 皆に声をかけて、下流の大岩に顔を向ける。
 「や、やっぱり怖い・・・」
 もう一度後ろを振り返ったけれど、皆は呆然とした表情でただこちらを見ているだけである。
 「助けて〜」と叫びたい気持ちだったけれど、私も何度かあの表情で、初心者がなすすべも無く瀬の中に吸い込まれていくのを見送った経験があるので、どうしようも無いことは分かっていた。
 こうなったら覚悟を決めるしかない。4年前に下見した時の様子を必死に思い出し、大岩の横を抜けるルートを下ることにした。
 そうと決まれば、カヌーの向きを大岩の方向に向けなければならない。しかし流れに押されて、なかなか向きを変えられない。
 そうするうちにも、大岩は見る見るうちに迫ってくる。
迫る大岩 やっと少し変えられたと思った瞬間に最初の落ち込み。再びカヌーが横向きになってしまう。
 もう駄目かと思いながらも、なおも抵抗を試みる。
 大岩が直ぐ目の前に迫った瞬間、更にもう一つの落ち込み。これで完全にコントロールを失い、とうとう後ろ向きになってしまった。
 4年前に見た大岩の姿が頭の中にくっきりと蘇る。水に隠れたその下はアンダーカットになっているのだ。
 一番危険な岩、近寄ってはいけない岩、それがこの大岩なのである。
 最後の望みは、後ろ向きになったままリバースストロークで岩の横をすり抜けることだけ。
 後ろを振り返ってそれが無理なことを直ぐに悟った。
 「ぶ、ぶつかる!」
 その瞬間、上流からの波がカヌーのバウを跳ね上げた。なすすべも無く、下流側に向かってカヌーもろともひっくり返る。
 そのまま大岩の横をスルリと通り抜け、最悪の事態だけは避けられたことが分かり、一瞬だけ安心することができた。
 しかし、頭の上から水を被って、直ぐに次の事態に対処しなければならないことを思い出す。
 大岩の下流にはゴツゴツとした岩が連なっていたはずである。首や背中を岩の角にぶつけると大変なので、足を下流側へと向ける。
 その途中で左膝を岩にぶつけて痛みが走ったけれど、大したことは無さそうだ。
 パドルと艇をしっかりと確保しながら、そのまま瀬の中を流される。次々と顔に波がかかってくるので、息をするのも大変だ。


目前の大岩   後ろ向きに
横向きになったまま大岩へ   カヌーが後ろ向きになってしまった

大岩に激突   頭から水をかぶる
ひっくり返って大岩に激突   頭から水をかぶりながら流される

 流れが少し落ち着いたところで、「さて、これからどうしようか」と考える。普通にカヌーに乗った状態でさえ、岸に付けるのが大変なのに、この状態ではどうしようもない。
 まずはひっくり返った艇を元に戻すことが必要だけれど、流れも速くて、足も付かない状況では、とても無理そうだ。
助けに来てくれる人二人ほどの人影が岸を走って私を追いかけてくれているのが目に入った。
 その姿に勇気付けられ、自分でも何とかしなければならないと気持ちを奮い立たせる。
 それに、直ぐ下流には岩だらけの恐ろしげな瀬が迫ってきているのだ。
 一瞬だけ川底に足が付いた。
 流れの速い場所で無理に立つのは危険だけれど、次の瀬まで流されるよりはましである。
 もう一度、足が付いた瞬間、その反動を利用してカヌーを元に戻す。
 こうなれば、カヌーを引っ張りながらでも泳ぐことができる。
 そうやって岸を目指していると、「ロープに掴って!」と声が聞こえた。
 横を見ると、黄色いレスキューロープがカヌーの上に引っ掛かっているのに気が付き、それに必死にしがみつく。
 これまでに何度もレスキューロープの世話にはなってきたけれど、今回ほど1本のロープが天の助けに見えたことは無かった。
 時間にして2分、距離にして約300m、灰色に濁った鵡川でのボディラフティングはこうして終わったのである。
一部始終が記録された動画 26.5MB)
 一部始終を岸から見ていたK岡さんが、この時の様子をクラブの掲示板に書き込んでくれたので、ここで紹介させてもらうことにする。

私は、すごく良い場所から、一部始終を見せてもらいましたよ
たしかに、何度か岸に上がった我々を見てましたね
笑っているようにも見えましたよ
でも、その後、ぐいぐいと本流に漕ぎ出していく様子は、風格さえ感じましたが……
そして、突入、大岩に吸い寄せられ、舟が上流を向く様にして転覆
どんどん流されてみるみる小さくなって行く舟と
寄り添う様に流れて行く「黒い持つ所の付いた黄色いブイ」が
渓谷の絶景と、見事に調和していました
流されて行く正面の絶壁と、大きく右に流れを変え
岩の間に立つ白波、光と陰のコントラスト
しかと、記憶させて頂きました


チキンルート
実はこんなチキンルート?がありました

 ちょっといい気になっていたところに、鵡川のカウンターパンチをくらった感じである。
 人心地が付いてから再び下り始めようとした時、次の岩だらけの瀬を見て、怖くて逃げ出したくなってしまった。
 そこを無事に下ったところで、ようやく折れかけていた気持ちが元に戻ってくる。
 相変わらず手ごわい瀬が次々と現れるけれど、他のメンバーも瀬には麻痺してしまったように、淡々と下るだけである。


淡々と瀬を下る   ゴールは近い
淡々と瀬を下り続ける   景色も開けてゴールは間近

 いつの間にか景色が開けてきたと思ったら、そこがゴール地点だった。
 人間も舟も無事で鵡川を下りきり、 安心感と充実感、そして心地良い疲労感に体が包まれる。
 4年前に下った時とは全く違う表情を見せてくれた鵡川、これまでの川下りの中では一番ハードなものだったかもしれない。
 カナディアンで下るのはこれが限界かなと思いつつ、一皮むけた自分がそこにいるような今回の川下りであった。

写真提供 いしやまさん

2009年10月11日 晴れ
当日12:00 鵡川水位(福山観測所) 169.18m




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