トップページ > カヌー > 川下り日記

 

余市川

(大江橋 〜 鮎見橋)

 カヌークラブの5月例会は桜の花咲く余市川ツアーである。
 札幌近郊の川下りが楽しめる川だというのに、我が家はこれまで下ったことが無かった。夏場は鮎釣り師が多いので、この川をゆっくりと下れるのは春先だけらしい。
 4月中旬、ニセコへスキーに行った帰りに川の下見をした時は、雪解け水で増水しているものの比較的穏やかな流れで、唯一の難所の鉄橋下の落ち込みも何とか下れそうな感じだった。
 ところが5月に入ってからの北海道は急に気温が上がってきて、それに伴って雪解けが進み各地の川もかなり増水していると言う。
 例会の数日前に余市川に巨大ウェーブが出現し、カヤックのエキスパートの皆さんがそこで遊んできたという話を聞いた。
 「げっ、そこって例会で下るところじゃないですか!」
 不安を懐きながらも小雨の降る札幌を出発。余市町付近でその雨も上がり、カヌー日和となってきた。
 鉄橋下の落ち込みを再度下見。4月の時とはがらりと様相が変わっていた。
 左岸、中央、右岸とそこには三つの下るルートがあるが、4月に見たときは右岸が水が少なくて下れなさそうな外は、左岸、中央とお好みしだいでルートを選べそうだった。
 ところが今日は、水量が増えて右岸が下れるようになった代わりに中央部が倒木が絡んでしまって危険な状況、左岸はもの凄い急流となっている。
 かみさんはそんな流れを見るたびに吐き気がすると言うが、今回は私もその流れを見ていて吐きそうな気分になった。

4月の状況   今回の状況
4月15日の左岸川コース   今回の左岸川コース

 気を取り直して集合地点の大江橋に到着、その橋の下もすごい状況になっていた。
 ゴールの鮎見橋へ車の移動を終わらせてから、川下りのスタート。他クラブからのゲスト参加4艇を加えて合計20艇での川下りだ。
 腕に自身のある人は、橋の上流から船を出す。我が家は当然、下流からのスタートである。
Iさん、この後沈 まずは上流スタート組を見学させてもらう。Tさん、IさんのOC-1が波に煽られて沈、私たちの目の前を一気に流されていく。スタート直後でこの状態だから、この先が思いやられる。
 上流組が下ったところで下流組もスタート。普通なら川にカヌーを出した後で他のメンバーの準備を整うのを待つのだが、今回は止まっていられるようなエディも無いので、カヌーを出したらそのまま下っていくしかない。
 先頭と最後尾でかなり間隔が広がったものの、無事に全員が川の上に揃った。
 普段、この橋の上から見る余市川は小さな瀬が続く清らかな流れである。それが今日は、川幅一杯に増水して緑色に濁った大河のような様相だ。
 流れも速く、うねりのような波が立っている。所々にそのうねりが大きくなっている部分があり、その中に入るとカヌーが大きく上下する。前に座っているかみさんが見上げるような位置まで高くなったかと思うと、次の瞬間は私のはるか下に位置している。
 「ちょっとぉ!、もっと波の小さい方に行きましょうよ!」
 機嫌の悪い声が前から聞こえてきたので、しょうがなく波の小さな方へカヌーの向きを変えた。
 所々にそんな流れがあっても、川幅が広がっているので十分にそこを避けて下れるのである。
 やがて前方にひときわ大きな波が見えてきて、その向こうにかなりの白波が立っているのが見える。これが例の巨大ウェーブだろうか。
 そのウェーブができた時よりも水位がいくらか下がっているので、迫力も少なくなっているみたいだ。誰かがそこで遊ぶのだろうと思っていたら、前を行くカヌーはそれに見向きもせずにひたすら下り続けていく。
 我が家もそのウェーブを遠巻きにして通り過ぎた。
大河となった余市川 かみさんが、「なんだか酔ったみたい。胸が悪い。」と言い始めた。
 確かに何もしないでこれだけ上下に揺られていたら、誰でも気分が悪くなるだろう。
 しかし、かみさんは一応カヌーを漕いでいるのである。車の運転手が車酔いしたなんて話は聞いたことがない。
 ちゃんと本気で漕いでるのかと言いたくなる所だが、ここはぐっと堪えてひたすら穏やかな流ればかりを目指すことにした。
 それにしても、ノンストップでひたすら下り続けるだけ。途中に面白そうな波があっても、近くにエディが無いので止まりたくても誰も止まれないのだ。
 それにもし沈したら、レスキューポイントも無いので自力で岸に泳ぎ着くしかない。この流れの速さで、おまけに広い川幅では、岸に着くまでにかなり流されることになる。
 実際に我が家は去年の雨竜川でそれを経験しているものだから、余計に慎重に下ってしまうのだ。
 やがて前方に、スタートしてから始めて遭遇する川原が現れたので、そこで一旦上陸。昼には少し早いけど、その後ゴール地点まで休憩できる川原はなさそうなので、そこで昼食にした。

 その頃には次第に青空も広がってきた。周りの山肌も、木々の芽吹きの色に染まり始めている。ここまで下ってくる途中では、そんな山肌でエゾヤマザクラがピンク色の花を咲かせている風景も見かけたが、何せ下り続けるのに精一杯で風景を楽しむような余裕も無かった。
 昼食を終えて再スタート。相変わらず早い流れが続く。
 ハッキリとした場所を思い出せないが(もっと下流だったかも知れない)、途中で川を横切って1本のワイヤーが張られているところに出くわした。減水時なら何の問題も無いワイヤーだが、増水しているためにそれがちょうど人間の首くらいの高さになっているのだ。
 この流れの中で一生懸命漕ぐと、カヌーのスピードは時速15kmを越える。そのスピードで突然首にワイヤーが引っかかった状況を考えると、ちょっとゾッとする。
 寸前で気づいて体を屈め事なきを得たが、まさに危機一髪。水位が今より4〜50cm上がっていれば、体を屈めてもくぐり抜けられないかもしれない。
巨大水門 その後、目の前に巨大な水門が現れた。
 水門が開いていたので、ここも体を屈めて通過したが、川で一番危険なのはやっぱり人工の構造物である。
 そしていよいよ次の人口構造物の難関、鉄橋下の落ち込みが迫ってきた。
 先行していたSさん夫婦が右岸側の落ち込みを一気に下っていってしまった。無事に下り降りたかどうかは上流からは確認できない。
 他のメンバーは一旦左岸に上陸して下見をする。下見をする前から、かみさんは全然そこを下る気が無いみたいだ。
 Sさん夫婦は下流の橋を過ぎた中州に上陸していたので、どうやら無事に下ったようである。
 実際に落ち込みの横に立ってその様子を間近で観察すると、落ち込みの後の流れは急なまま次の橋の橋脚にぶつかっているし、そしてその橋脚の横には流木が1本横たわっていていて、かなり危険な雰囲気が漂っている。
 流木の大部分は水面下に隠れているので、その下がどんな状況か分からない。落ち込みで沈した場合、橋脚にアリーが張り付くか、倒木のストレーナーに吸い込まれるか、多分そのどちらかになるだろう。
 こんな時、挑戦するかしないかは自己責任で判断しなければならない。まったくの初心者の場合は別にして、誰もアドバイスしてくれる人などいないのである。
 ベテランの人は私たちの見ている前で何の危なげもなく下っていくが、弱気なかみさんの様子を見ていると次第に挑戦する気が失せてきてしまった。
 カヌーのところまで戻ってきて、「さあ、カヌーを運ぶぞ。」と言ったときのかみさんの嬉しそうな顔といったらなかった。
 私たちがポーテージしている間に、ほとんどのメンバーが下り終えてしまっていた。
 ここでポーテージしたのは我が家を含めて4艇、もう1艇その仲間に加わるだろうと思っていたゲスト参加のSさん夫婦が下ってきたのでビックリする。
 上手く落ち込みをクリアしたなと思った瞬間、突然カヌーがひっくり返ってしまった。下から湧き上がってくる水流にバランスを崩してしまったのだろう。
 その後は私の想像したとおり、下流の橋脚に向かって真直ぐに流されていく。「足を上げて!」と言う声がどこかから聞こえてきた。橋脚を何とか避けられたと思ったら次は問題の流木、二人の姿が一瞬その下に見えなくなる。
 ヒヤッとしたが、その下流で無事に浮かび上がったみたいだ。そうして見る見るうちに遥か彼方へと流れ去っていった。
 かみさんと顔を見合わせて、「やっぱりポーテージして良かったね。」とうなづき合う。これでSさん夫婦が何事もなく下っていってしまったら、私たち夫婦の間には冷たい風が吹き抜けていたかもしれない。

 
あっさりとクリアする人   倒木に吸い込まれるSさん艇

 落ち込みの下でカヌーに乗り込み、皆から遅れないように下流を目指す。
 すると川岸に、先に無事下ったはずのIさん夫婦の旦那さんが川岸にいるのが見えた。
 「あれ?何でこんなところにいるの?」
 先ほど沈したSさん夫婦の奥さんも途中で上陸していたが、船の姿が見えない。
 川岸から、「IBさんがパドルを流してしまったので探してください。」と声をかけられる。
 しばらく下流に行くとSさん夫婦の旦那さんの姿が見えたので、我が家も一旦岸につけることにした。そこにはSさん夫婦のカナディアンと、何故か主のいないNさんのカヤックも流れ着いていた。
 何だか私たちがポーテージしている間に色々と事件が起きていたようである。皆が上陸している右岸側は笹が密生して見通しが利かず、誰が何処にいるのかも把握できない。
 Sさんと一緒に藪こぎをして上流の様子を見に行く。
 去年の雨竜川を思い出した。沈した後、かみさんが途中でレスキューされ、私がそのずーっと下流まで流されてやっと上陸。その後、一人で上流に取り残されているかみさんを捜索するため必死の藪こぎ。今回のSさん夫婦のケースととても良く似ている。
 タンデムで沈した場合、離れ離れになってしまうと後が大変なのである。
 何とか全員が体制を立て直して、再び下り始めた。その少し先で先行していたメンバーと合流、彼らは詳しい状況が分からないまま30分以上もそこで待っていたことになる。
 後で聞いた話を総合するとそこで沈したのは全部で5艇らしい。Iさんが一人で川岸にいたのは、沈した人にレスキューロープを投げたものの、早い流れに引っ張られて自分まで流されてしまったとの話しだった。
 レスキューする方はしっかりと腰を落として身構えなければならないと本に書いてあったような気がするが、それは実際に経験してみないと分からないことだ。
 その後は特に難所もなく、流速もいくらかは弱まり、河畔の淡く色づいた新緑を眺めながら皆のんびりと川下りを楽しんで、ゴールの鮎橋に上陸。
 そこでは満開となったソメイヨシノが出迎えてくれた。
 色々と事件もあった今回の余市川。帰りの車の中では何時も心地よい疲労感に包まれるのが常だが、何故か今回は下り終えた満足感と言うものが全然ないのである。
 別に余市川に不満があるわけではない。常に安全なルートを選択しながら、のんべんだらりと川を下ってしまうと、こんな気持ちになってしまうのだろう。
 家に帰って美味しいビールを飲むためにはチャレンジャーの精神を忘れては駄目なのである。

やっと穏やかな流れに   ゴール地点の満開のソメイヨシノ


川下り当日の余市川の水位(2006年5月14日12:00)
余市川然別観測所 23.87m


戻 る