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雨竜川

(幌加内町政和 〜 雨煙別橋)

 カヌークラブの6月例会は道北の雨竜川を予定している。
 私が朱鞠内湖へ向かう時は何時もこの川の流れを横目に見ながら走っているが、上流部はほとんど流れも無く生い茂った河畔林の中を蛇行しながら流れ、唯一せいわ温泉ルオント付近で岩がらみの瀬が見られる程度の川で、こんな場所でクラブの例会をやって本当に皆楽しめるのだろうかと、ちょっと心配だった。
 馴染みもあるし、初心者向けの川なので、何時もお世話になってばかりいるクラブのために、6月例会は私がツアーリーダーを引き受けることになった。
 ツアーリーダーと言っても会報の原稿を書く程度の役割なのだが、個人的にも一度は下ってみたい川だったので下見をしてみることにする。
 参加者は会長のOさんがカヤック、SさんがOC-1、我が家はかみさんとのタンデムと少人数の川下りである。

大増水のポンカムイコタンの瀬 幌加内へ向かう途中で見た雨竜川は雪解け水で大増水していた。もうあと僅かで周りの畑が冠水しそうなくらいの水位である。
 「ムムッ、これはちょっと普通の状態じゃないぞ!」
 ちょっと嫌な予感はしたものの、あくまでも雨竜川である。このくらい増水した方が少しは水も流れるようになり、下るのにはちょうど良いかもしれない。
 せいわ温泉の手前、旧深名線の鉄橋がかかる付近はポンカムイコタンと呼ばれ、いつもは大小の岩がゴロゴロしているような場所なのだが、今回はここもほとんどの岩が水没してしまっている。
  大岩が2、3ヶ所で顔を出していて、その周りはかなりの波が立っているが、カヌーの腹をこすりそうになりながら小さな岩を必死に避けて下るよりは簡単かもしれない。
 ただ、水がまっ茶色に濁っているので、絶対に沈はしたくない川の様子ではあった。

 集合場所のルオント駐車場に集合した後、出艇場所を探しに向かう。
 ゴール地点は、雨煙内橋下流の堰堤手前に車を入れられる広々とした場所があったので、そこで問題はなさそうだ。
 最初にスタート地に予定していた十三線川近くの橋は、車の駐車スペースが無い。
 それよりも、川幅一杯に増水しているため、流れの緩やかなエディ部分もなく、岸辺のヤナギなどが邪魔になって川にカヌーを出すのにも苦労しそうだ。
スタート地点で記念撮影 クラブの例会では多い時で30人以上の参加者があり、カヌーの数も20艇近くなることもある。
 ベテランから初心者までが混ざったその人数で、まずは川に全てのカヌーを浮かべ、それからベテランが初心者をサポートできるようなグループに分かれて順番に漕ぎ始めるというのは、それだけで大変なことなのである。
 その付近を走り回って、ちょうど良い場所が見つかった。
 堤防の広々とした高水敷まで車を入れられて、増水した状況でも割と簡単にカヌーを出すことができそうなところだ。
 この付近は幌加内町政和地と言う地名で日本一の蕎麦畑として知られていて、私も蕎麦の花の咲く時期には周辺の道路を走ったことがあったが、さすがに川の中までは入って来なかった。
 キャンプをするのにもなかなか快適そうな場所である。

 車を上陸地点に廻して、いよいよ初めて雨竜川にカヌーで乗り出す。
 増水した雨竜川はまるで大河のように豊かな水を湛えて蕩々と流れている。
 朱鞠内湖から流れ出す上流部分は、鬱蒼とした河畔林に囲まれ、ジャングルクルーズのような雰囲気を楽しめそうだが、蕎麦畑の広がるこの付近は両岸が護岸されてあまり楽しい川の景観ではない。
 その代わりに、まだ雪に覆われたままの真っ白な姿の天塩山地が新緑に彩られた河畔のヤナギ越しに見渡せ、素晴らしい風景が楽しめる。
 道路を車で走っていても、この付近の風景に何時も感動を覚えるけれど、川の上をゆったりと下りながら見る同じ風景は、心が空っぽになっている分、余計に心に染み入ってくる。

川の風景1   川の風景2

 それにしても凄い水量だ。
 両岸が護岸された広い川幅一杯に水が流れている。通常期の川幅はもっと狭いはずだが、水が茶色く濁っているのでどの付近が本来の川筋なのかまるで見当がつかない。
 水位も相当高いはずで、その分周りの景色も良く見通せているのだろう。減水期に下ればかなり雰囲気も違いそうだ。
 これだけ川一杯に広がった水流が、ポンカムイコタン付近の狭い場所に一気に集まったとしたら、一体どうなるのだろう。
 またちょっと嫌な予感がしてきた。

 やがて川は大きく右に曲がり、正面にせいわ温泉ルオントの建物が見えてきた。そしてルオントの前で川は左にカーブし、いよいよその先には問題の瀬が待ちかまえているはずだ。
 カーブを曲がると、急に大きな瀬の音が聞こえてきた。そして、波もなく静かな川面のその先に、突然大きな白波が立っているのが見えた。
 その波の先には何も見えない。川はその先から急勾配に下っているみたいである。
 「これはちょっとやばいかも。」
 今になって臆病風が吹いてきた。しかし、ここまで来たらそのまま下り続けるしかない。
 最初の大波を超えると、そこで川の全貌が明らかになった。
 「こ、これは・・・。」
 荒れ狂う濁流、高い位置の道路から見下ろす波と、水面すれすれのカヌーから見る波では、当然だがまるで違っていた。
 先頭をO会長のカヤックがルートを示すように下っていく。それにSさんが続き、その後を我が家が追う。
 突然Sさんのカヌーが大波に煽られ横向きになってそのまま沈、カヌーにしがみつくSさんに向かって、真っ正面から我が家のカヌーがぶつかっていく。必死になってぶつかる寸前にかわしたが、我が家のカヌーもバランスを崩して大きく傾いた。
 何とか体勢は立て直したが、カヌーの中には大量の水が入ってしまった。これだけ水が入ってしまうと、もうまともな操作はできなくなってしまう。瀬はまだまだ続いているのに、この状態で無事に切り抜けられるのだろうか
 次の大波が迫ってきた。なすすべもなく、その大波にのみ込まれる。
 「まじでこんなところで沈するのかよー、この先一体どうなるんだろう。」
 そんなことを考えながら、ゆっくりと激流の中に崩れ落ちた。
 まずはかみさんがパドルを持っているのを確認し、次に沈を知らせるホイッスルを吹こうと思ったが、波に揉まれてそれどころではない。
 目の前に迫ってくる橋脚手前の川岸に、ヤナギの枝が何本か出ているのが見えた。
 必死にそれに手を伸ばしてしがみつく。溺れる者は藁でも掴むの心境である。しかしその細い枝はするりと手の中から抜けてしまった。水流に引っ張られるでかいカヌーを保持しながら、そのヤナギの枝1本で助かろうとは無理な話である。
 「このままでは橋脚に張り付いてしまうのでは!」
 一瞬、その橋脚にぶつかった感触があったが、再び流れに押し戻された。
 O会長がようやく気が付いてくれたようである。最初の瀬をクリアして後ろを振り返ったら2艇ともひっくり返って流されているものだから、さぞかしビックリしたことだろう。
 最初に、カヌーを離れて流されているかみさんを救出してくれる。橋脚の裏はエディになっているので何とかそこに入ろうと、カヌーを引っ張りながらバタ足をするが、本流の強い流れから抜け出すことができない。
 かみさんが岸にあがったのが確認できたので、次は自分の身の振り方を考える番だ。

流され状況1   流され状況2   流され状況3

 このまま流されると次に待ちかまえる大岩に張り付いてしまう。それだけは何としてでも避けたかったので、大岩に向かう流れから出ようと必死になってバタ足をする。
 道路上からこの岩を見た時に、そのクリアの仕方を頭に描いておいたが、まさか泳ぎながらその岩をクリアする羽目になるとは、思ってもいなかった。
 岩を過ぎた後の大波にまた揉まれた。片手にパドルを握り、もう片方の手ではしっかりとカヌーを掴み、これだけは絶対に放すわけにはいかない。
 次の岩も何とかクリア。その先を見て気が遠くなってしまった。水は川幅一杯に轟々と流れ、どこにも上陸できそうな場所が無いのである。
 しばらくはこのまま流されていくしかなさそうである。
 落ち着いて身の回りを確認する。カヌーに縛り付けてあった防水バッグなどは流されていないようだ。カメラは首にかけたままである。この状態で、私の近くを流れているSさんの写真を撮ればかなり美味しい作品になりそうだと不謹慎なことを考えてしまった。
 カメラを首から下げて川を下るのは絶対にタブーである。ヒモが何かに引っかかれば首が絞まってしまうのだ。
 そろそろ体も冷えてきて、ハイポサーミア(低体温症)のことも気になってくる。私のドライスーツは完全防水ではないので、これだけ波に揉まれてはどうしても水が入ってきてしまうのだ。
 指先の無いグローブをしているので、水の冷たさで指先が痺れてきた。
 やがて前方にようやく川からあがれそうな場所が見えてきた。流れが岩にぶつかりその左側がエディになっている。
 O会長がそこに先回りしてレスキューロープを投げてくれたが、僅かの差で手が届かない。こうなったら後は自力でエディに入らなければならない。
 それができなければ岩に張り付くか、そのまままたしばらく流され続けることになる。
 最後の力で必死に泳いで、ようやくエディに入って岸に這い上がることができた。一緒にここまで流れてきたSさんも、ここでやっと岸に上がれた。
 500mくらいは流されたと思ったが、後で並行して走る道路上から計測したらその距離は600m程であった。

流され状況4   流され状況5   流され状況6

 次は、はるか上流に取り残されたかみさんを助け出さなければならない。上陸した側は急な崖が続いているので、川岸伝いに歩いてくることは不可能である。
 ただ、崖を登れば旧深名線の線路跡があるはずなので、何とかなりそうだ。川に飛び込んで流されてきたら困るのでO会長とSさんにはそこに留まってもらい、私が探しに行くことにした。
 崖が急で登れないこともありそうなので一応ロープを準備する。それと、何故かデジカメまで持ってしまった。そこまでして美味しい写真を撮ろうとる、自分に呆れてしまう。
 線路跡まで登ったが、川との間は藪に覆われているので川の様子が全然見えない。適当な場所からその藪の中に分け入った。背丈以上の笹が密生し、そのうえに湿地があったり倒木があったり低木が叢生していたりと、半端な藪ではない。
 やっと川を見下ろせる場所まで出られたが、そこからはかみさんの姿が見えない。ここでホイッスルを持っていることに気が付いた。ホイッスルは沈を知らせるだけではなくて、こんな時にも役に立ちそうだ。
藪から救出された妻 ピピッと鳴らして反応を待つ。
 ホーホケキョと鳥の声が反ってきた。
 おまえじゃ無いだろうと思いながらもう一度ピピッと鳴らした。
 すると今度はピーッとホイッスルの音が反ってきた。何とか無事でいることを確認してホッとする。
 ホイッスルの音は聞こえても、それがどちらの方向から聞こえてくるのかはなかなか解らないものだ。横に動くのも困難なので、一度線路跡まで戻ってもう一度違う場所から藪に入った。今度はホイッスルの返事が返ってこない。
 もう一度線路跡に戻り、Sさんも加わって探していると、目の前の藪がガサガサと音を立てているのに気が付いた。
 「おーい」と声をかけると、「どこにいるの〜」と返事が返ってきた。直ぐ目の前にいるのに、全く前が見えないようである。
 タケノコ採りに行って迷子になる老人が後を絶たないが、こんな藪に迷い込んだら絶対に元の場所には戻れなくなるだろう。

 これでようやく全員が揃うことができた。
 そのまま簡単な食事をしてエネルギーを補給する。藪こぎで体が温まったかと思ったが、またすぐに体が冷えてきた。下着まで濡れてしまっているのでしょうがない。
 暖かな太陽の陽射しに照らされているので大丈夫だったが、これで天気が悪くて風でも吹いていたらちょっと辛かったかもしれない。
ゴール目指して その後は、一ヶ所だけちょっとヒヤッとする場所があるだけだったが、いつもは気にならない程度の波でも、水量が多い分その波にパワーがある感じで気を抜くことはできない。
 やがてゴール地点が見えてきたが、今回の川下りの中で一番楽しい区間を、だた流されて通り過ぎただけなので、ちょっと物足りなさの残る川下りとなってしまった。
 それでも、なかなか貴重な経験ができたと思う。カヌーをやっているのならば一度くらいはこんなこともあっても良いだろう。でも、一度経験すればもう十分だ。
 反省点は、カヌーを引っ張りながら泳ぐのはほとんど無理であったと言うこと。正しくは、エディがあったらそこにカヌーの先だけでも押し込み、そうしたら自然とカヌーはエディーの中に入り込むので、そのカヌーに捉まりながら人間もエディに入るというやり方だそうである。
 果たしてそんなに上手くいくのだろうか。
 やっぱり、もう一度600m流されて確認してみないとダメかもしれない。

 それにしても、空知川や尻別川で600m流されたと言えば、「ほーっ、それは大変だったね。」と畏敬の念で見てもらえそうだが、「雨竜川で600m流されちゃいましたー。」と言っても、「はぁ〜?」と呆れられるのが落ちだろう。
 どんよりとした流れの雨竜川が、水が増えただけでこれほどまでに表情を変えるとは、やっぱり川を甘く見てはいけないのである。


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