昨夜来の雨も上がり、午前3時55分に霧に包まれた利尻北麓野営場を出発。
既に辺りも明るくなり、ヘッドランプの灯りに頼る必要もなくなっていた。
登山口から10分ほどの甘露泉水までは、道も綺麗に舗装されていて、登山道と言った雰囲気ではない。
「甘露泉水から先には水場が無いので、ここで十分に水を補給すること」などとガイドブックには書かれているけれど、キャンプ場の水道水はこの甘露泉水と同じものである。
管理人さんからその話を聞いていたので、私達はキャンプ場で水を用意してここは素通り。
この甘露泉水が利尻山の3合目になり、そこから先がいよいよ本格的な登山道となる。
しばらくの間は傾斜も緩く、トドマツ林の中を野鳥のさえずりを聞きながら快調に登っていく。
この登山道には合目ごとに標識が整備されているので、登っている時のちょうど良い目安になる。
3〜4合目、4〜5合目まで、それぞれ20分かかっていた。
このペースで登っていけば頂上までは20分×7で140分と言うことになる。
この先は傾斜も急になり、そのペースで登れる訳はないと分かっていても、自分のペースが速いのか遅いのかは気になるところだ。
夏山ガイドや昭文社の山地図にはコースタイムも出ているけれど、何時ものことながら登り始めるとそんなことは直ぐに忘れてしまう。
それを調べるために、わざわざザックの中から地図を取りだすのなら、その間に少しでも先に進んだ方が良いと考えてしまい、標準のコースタイムと比較して一喜一憂するのは何時も下山後のこととなるのである。
登るにしたがって、周りの林相はトドマツ林から背の低いダケカンバへと変わってくる。
このダケカンバのトンネルが私をイライラさせた。
普通に立って歩くと頭を枝にぶつけてしまうので、ずーっと腰を屈めたまま歩かなければならない。
それでもたまに、張り出した枝に思いっきり頭をぶつけてしまうことがある。
それだけならまだ良いが、頭をぶつけた衝撃でダケカンバの葉に溜まっていた水滴が一斉に降り注いでくるのである。
ダブルパンチである。
昨夜の雨とこの霧で、ダケカンバだけではなく周りの笹なども、葉にたっぷりと露をたくわえている。
それらが露の重みによって登山道の上まではみ出てきているので、触れると直ぐにずぶ濡れになってしまう。
この登山道を登り始めたのは、今朝は私達が一番最初である。
何事も一番最初なのは気持ちが良いことだけれど、これはちょっと別だった。
露払いと言う言葉があるが、今の私がちょうどその立場にあると言えるのだろう。
露ばかりでなく、登山道を横切るように張られた蜘蛛の糸も厄介である。
堪らずに、かみさんに先を歩いてもらうが、私の顔の高さに張られた蜘蛛の糸はそのまま残っているのだ。
鬱陶しいことこの上ない。
次第に傾斜もきつくなり、汗が吹き出てくる。
気温は早朝にもかかわらず20度以上はありそうで、風は無く、おまけに湿度は100%。
三重苦、四重苦の中を登っていく。
6合目が第一見晴台となっていた。
ここまで、キャンプ場を出てから1時間20分。
山頂方向はガスに包まれて何も見えないが、下界はガスも取れて海岸線まで見えているところもある。
でも大部分は雲海に隠されたままである。
その雲海と上空の雲の境目が分からないような場所は、ガスが両者を繋げているのだ。
ただ、雲海と雲の隙間に明るい空が僅かに見えているところもあり、天気は確実に回復傾向にあると思われる。
半ば希望的観測だけれど、昨日の夜から降るはずだった雨が午後から降りだして、午前6時頃に上がる予報がもっと前に降り止んでいたので、それだけ天気の回復も早まっているのだろうと予測しているのだ。
7合目の標識には胸突き八丁と書かれていた。
急斜面の長い坂道を表す言葉である。
「えっ?ここまでで充分に急な坂道だったけど、これ以上きつくなるってことなの?」
残念ながら、その通りだった。
両手もフルに使い、岩や樹木を手掛かりにしながら登っていく。
でも、この方が足にかかる負担を軽くできるので、結果的には楽に登れる気がする。
利尻山の登山道はオーバーユースで荒れてきていると聞いていたので、今回はストックは持ってきていなかった。
でも、ここまでの登山道はストックがあった方が楽に登れていたかもしれない。
胸突き八丁の急斜面で、これまで何も働いていなかった腕の筋肉が、ようやく役に立ってくれたのである。
さっきまで見えていたはずの下界が、何時の間にかガスで隠されていたり、また晴れたりと、変化は大きい。
第二見晴台の標識が有ったけれど、そこでは完全にガスに包まれ何も見えなかった。
何処かで樹林帯を抜けるのかと思ったが、ダケカンバ林やハイマツ林がずーっと続いていて、相変わらずの露払い状態が続く。
特にハイマツ林の中を歩く時は、かみさん曰く「洗車機の中に入った車の気分」だそうである。
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