更にその先に続く「七重の滝」。
この辺りからは滝の中を歩く感じで、もう完全な沢登りである。
その滝の支流の様な感じで「竜神の滝」があった。
小さな滝なのに何でそんな立派な名前が付けられているのかと不思議だったが、後で知ったところではその上の竜神の池が水源となっている滝らしい。
最後に「霊華の滝」があるはずだが、看板には気が付かなかった。
もう、どこからどこまでが滝なのか区別も付かない。
8合目の看板を過ぎてしばらくすると、沢の水量も急に少なくなってきた。
そうして新道への分岐である上二股に到着。
既に標高1200m付近まで登ってきているのに全く疲れを感じない。
上空の雲は姿かたちも消えてなくなり、一点の曇りもない紺碧の空が広がっているだけだ。
こんなに楽しい山登りは初めての経験である。
上二股から先は枯れ沢となり、樹木のトンネルの中を歩いていく。
次第に傾斜もきつくなり、ここでようやく疲れを感じ始めた。
同じ高度差を登るのならば、ただ歩いて登るよりも両手を使って岩をよじ登る方が楽なのかもしれない。
ここではたまらずにストックを使うことにした。
この辺りから下山してくる登山者とすれ違うようになる。
「頂上はもう少しですよ」との言葉に励まされ、黙々と登り続ける。
途中にあった「胸突き八丁」の看板は、まさしくその通りである。
そうしてようやく馬の背まで登ってきた。
馬の背の向こうには知床半島の山々が遠くまで続いている。斜里岳の山頂も間近に迫って見えていた。
しかし、山頂への道は見るからに険しそうである。おまけに手前に見えているピークを登った後、一旦下ってから更に急な崖を登る感じだ。
ストックは必要無さそうなので、再びザックに取り付ける。
先に馬の瀬で休んでいた男女も出発準備をしていたので、お互いに顔を見合わせ、私達が先に登ることにした。
いきなりのガレ場の急な登り。私の足元から小石が転がり落ち、下から登ってくる男女の方へと落ちていく。
「あっ、すいません」と声をかける。
ここではお互いの間隔を開けた方が良さそうだ。
更に傾斜は急になり両手を駆使しながら登っていく。
かみさんによると、ここでは手をかける岩にも注意した方が良いとのこと。
確かに浮いている岩が多く、自分でも注意が必要だが、そんな岩を下に転がしてしまったら一大事である。
馬の瀬から見た感じでは、そのピークを過ぎた後はまたかなり下るように見えていたが、実際は少し下るだけで済んだ。
下った先の鞍部には、スチール製の小さな社があったので、そこで軽く手を合わせる。
御賽銭を取り出すのが面倒なので、帰りにもう一度お参りすることにした。
その先、少しの区間だけ、両側の切り落ちたナイフリッジの様な細い尾根を通って、山頂へ続く最後の急な岩場にとり付く。
何時もならば足のすくむ様な高度感のあるところだけれど、今日は何故か平気である。
こんな岩場を登るのに慣れてきたせいもあるのかもしれないが、それ以上に今日の素晴らしい天気で心が弾んでいることの方が影響が大きそうだ。
そうして、登り始めてからちょうど3時間で斜里岳山頂に到着。
駐車場に停まっていた車の台数と途中ですれ違った登山者の人数から、多分頂上は大賑わいだろうと予想していた。
ところが、頂上で休んでいた人は10名にも満たない人数で、「あの車に乗っていた人達はどこへ行ってしまったのだろう?」と狐に抓まれた感じである。
斜里岳は独立峰だけあって、頂上からは正に360度のパノラマが広がっていた。
緩やかにカーブを描くオホーツクの海岸線。そして、防風林によって規則正しく区切られた畑作地帯の風景。
緩やかな起伏を描く藻琴山から繋がるように屈斜路湖や摩周湖の姿が見える。
その向こうには雄阿寒岳の姿が。
更に南に目を転じていくと、標津岳や武佐岳の山塊の向うに根釧台地が広がる。
野付半島の姿も手に取るように見える。
残念ながら知床の山々だけは雲に隠れてしまっていた。
そんな展望を楽しんでいる時、太くて長い木の杖を1本持った、明らかに90歳は過ぎていそうな老人がその娘さんらしき女性と一緒に登ってきて、何気ないしぐさで山頂の標識にそっと手を触れた。
多分、登りに要した時間は私達も短いはずである。
ただ者ではない様子のご老人だった。
そのまま山頂で昼食にする。
太陽の陽射しはあっても、さすがに高度が高い分、気温も低くて、暖かいラーメンがとても美味しく感じる。
一匹のシマリスが姿を現した。
慌ててカメラを構えると、私のすぐ目の前までやってきて、何か頂戴といった仕草で立ち上がった。
あまりにも近すぎすものだから、ズーム側にしていたレンズを慌てて引っ込めているうちに、私の足の間を通り過ぎて行ってしまう。
隣のご夫婦のところでパンくずを貰ったりしていて、人間慣れしたシマリスの様である。
食事を終える頃には知床半島上空の雲も消えて、海別岳が姿を現していた。
ただ、一昨日に間近にその姿を眺めていた羅臼岳は、最後まで姿を見せてくれずに終わってしまった。
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