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前十勝(2015/1/18)

映画八甲田山


気温が低い朝だカヌークラブ新年会二日目は前十勝を登ることになった。
現在、十勝岳は噴火警戒レベル2で火口から1キロの範囲が立入り規制されている。
前十勝の上部は、この規制区域ギリギリの微妙な位置にある。

宿に状況を確認したところ、最近は火山性地震の発生も落ち着いてきているとの事で、前十勝に登ることを特に止めてはいないとの事。
ただし、1キロの規制区域にロープが張られているわけではなく、そこはあくまでも自己責任となる。

宿から一歩外へ出ると、昨日とは全く違う寒さに震え上がった。
入り口に付けられた温度計はマイナス15度になっている。

上空は雲に覆われているけれど、下界の方には青空も広がっているようだ。
昨日と比べれば上々のコンディションである。

アカエゾマツの森を抜ける今日は14人の大パーティーである。
昨日の夜9時に到着したI山さんを先頭に登り始める。
森の中に残る前日のトレースは雪に埋もれていたが、まだハッキリと確認できる。

美しい雪景色のアカエゾマツの森を抜け、やや急な斜面を登ると前十勝の麓へと出てくる。
その先で深い沢を渡らなければならず、せっかく登ったところをまた下らなければならないのは抵抗がある。
少しでも楽をしたいメンバーは、先頭のI山さんが進んでいったルートを見て、「もう少し上流の方で沢を越えた方が良いんじゃないか?」と口にしていた。
既に沢を越えたメンバーは再び登り返していて、先頭のI山さんは一生懸命ラッセルしている。
その沢へ下りる前に上流側へ向かうトレースもあったので、後続メンバーは余計に下るのをためらっていたのだ。
結局は、I山さんの努力を無駄にしないため、その後に続くことになったのだが、上流部で沢を越えているトレースを見つけて「やっぱりこっちが正解だよな〜」と好き勝手なことを言っていた。


アカエゾマツの森 アカエゾマツの森を抜けた
アカエゾマツの森の中の登り アカエゾマツの森を抜けた

尾根に出ると風が強いその沢を越えると北風がまともに吹きつけてくるようになってきた。
家を出る前に山の天気のサイトで確認したところ、十勝岳の風速はこの辺りの標高で15mくらいだったはずである。
「低気圧も遠ざかっているので、そんなに強くなる訳が無い」と勝手に思い込んでいたが、天気の予報は外れることがあっても、風の予報は概ね正確なのである。

瞬間的に吹き付けてくる風は、風速20mくらいはありそうだ。
標高も上がっているので気温は恐らくマイナス20度。
そこに風が吹けば、体感温度はマイナス30度を下回っているだろう。

風が吹き付ける中を登り続けるこの風では昨日のトレースなど残っている訳が無い。
先頭は相変わらずI山さんが務め、ラッセルしながら登り続けている。
そのおかげでペースは遅く、後ろに続く体力の無いメンバーは助かっているようだ。

ただ、後ろの方に付いている私には少しペースが遅すぎて、身体が次第に冷えてくる感じだった。
先に登ると途中で後続メンバーを待っている間に身体が冷えてしまうし、後ろから登ると今度は遅すぎて体が冷える。
パーティーで山に登るときの難しさである。

先頭のI山さんに後で聞いたところ、休憩を取りたくても風で身体が冷えてしまうので、しょうがなく登り続けるしかなかったとのこと。
後続メンバーはそんなことも分からず、「いったい何処まで登るつもりなんだろう」と思いながら。必死になってI山さんの後についていくだけである。

山頂は雲の中沢を挟んで隣に見えている三段山も、2段目から上は雲に隠れてしまっている。
こちらの前十勝も上部は雲の中だ。

標高が上がるにしたがってますます強くなってくる風。
フードを被った頭を風下に向けるが、巻き込んできた雪で眼鏡が曇る。
山に登っていて、下半身に寒気を感じるのも初めての経験だった。
この状態で何かトラブルが発生し身体を動かすことができなくなれば、あっという間に低体温症になってしまうだろう。
まさにここはデスゾーンだ。

地吹雪の中を一列縦隊になって黙々と歩き続ける集団。
先日見たばかりの映画「八甲田山」を思い出した。
この中で生き残れるのは何人いるのだろう。


八甲田山死の行進?
映画「八甲田山」の死の行進だ

途中で私たちを追い抜いていった若者グループが、滑り降りる用意をしていた。
風に叩かれて雪質も悪く、これ以上登ったところで楽しく滑れる斜面がありそうもなく、彼らの選択は正しいものに思われた。
しかし、I山さんはそんな彼らには目もくれず、ひたすら登り続けている。

登りはここまでそのI山さんが歩みを止めたのは、標高1430m付近だった。
本人はもっと上まで登るつもりだったみたいだが、斜面に亀裂が入るようになってきたので、そこで登るのを止めたとの事である。
傾斜は30度くらいなので、雪崩の心配がそれ程ありそうな斜面でもないような気がしたが、ここでようやく終わりなのは大歓迎である。
登り始めてから1時間50分経っていた。

風に飛ばされてきた雪の粒が頬に突き刺さる様な中でスキーのシールを剥がす。
できればこの作業は、風の当たらない場所でゆっくりとやりたいところである。
しかし、そんな場所は何処にも無かった。
剥がしたシールは風で飛ばされそうになるし、ザックの中に雪がどんどん入ってくるし、メガネは凍りつくしで、山スキーをやっていて私はこの状況が一番嫌いだ。

ようやく滑走準備が整い、後は一刻も早く暖かな場所まで滑り降りるだけだ。
しかし、目の前の斜面に積もっているのは、風で飛ばされてきた重たい雪である。
しかも、所々に吹き溜まりができていて、それがまた、曇っているので見づらいのである。
これでは安心して滑ってはいられない。

I山さんが掘り出される早速、誰かが転んでいるのが目に入った。
皆、慎重に滑り降りる。
そんな中で、I上さんがスピードに乗って豪快に滑っていく。
「おお、さすがだな〜」と思いながら見ていると、吹き溜まりに突っ込んだのか、一回転しながら雪の中に倒れこんでしまった。
後ろから滑ってきたI山さんは、I上さんを完全に無視してその横を滑り降りていった。
しかしその直後、I上さんと全く同じように頭から雪の中に突っ込んだ。

私は近くのI上さんを助けに向かう。
足とスキーが完全に雪の中に埋もれているので、簡単には助け出せない。
後ろを振り向くと、そこでも一人、雪の中でもがいていた。
あっという間に転倒者が4人。その誰もが一人では起き上がれず、他の人に助け出されていた。

I上さんは、助っ人で駆けつけたT津さんに雪の中から足を掘り出してもらったが、今度はそのT津さんが起き上がれなくなって、私が手を差し伸べる。
とにかく酷い有様だった。
そんな状態でもT津さんやG藤は転ばずに滑れるのだからたいしたものである。


I上さんを掘り出すT津さん 皆に助け出されるY須賀さん
足が何処に埋もれてるかも分からない チームレスキュー?

スキーのトップを浮かせるのに一苦労吹き溜まった重たい雪の中では、スキーのトップを浮かせるのも一苦労だ。

隣の沢の中は雪質もまだ良さそうに見えるが、そここそ雪崩の危険のもっとも大きな場所なので、誰も近づかない。
苦労しながら尾根の上を滑り降りるしかなかった。

尾根の途中には立ち枯れたダケカンバが独特の景観を作っていた。
この辺りの尾根はカバワラ尾根と呼ばれているらしい。
そのカバワラはの名は、野付半島のトドワラやナラワラと同じく、立ち枯れたダケカンバからきていることに後になって気が付いた。
なかなかナイスなネーミングである。


カバワラ尾根を滑る
立ち枯れたダケカンバが林立するカバワラ尾根

一人だけテレマークのO川さん下まで滑り降りてきて、アカエゾマツ林の手前に、少しだけパウダースノーを楽しめる斜面がある。
死ぬ思いをしながら前十勝に登ったけれど、結局まともに滑れたのはこの僅かな斜面だけだったのである。

去年の新年会では、ここで素晴らしいパウダーを満喫できたけれど、吹き晒しの斜面なので、風が強い時は前十勝には登らないほうが良いということを身をもって体験した山行だった。


下まで降りてきた
下まで降りてくると美しい風景とパウダー斜面が迎えてくれる


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