我が家のファミリー通信 No.71

自己ベスト更新別海マラソン


一番最初にフルマラソンを走ったのが4年前の別海マラソンだった。
それから数えて、今回の別海が私にとっての7回目のフルマラソンとなる。

最初にフルマラソンを走った時は、5時間なんてタイムは目じゃなく、あわよくば4時間半で走れると思っていたものである。
それが今まで、一度も5時間を切れないいどころか、30キロを過ぎる頃から歩いてしまって、歩かずに42キロを走り通すと言うことさえ出来ずにいるのだ。

今回は、8月9月と毎月230キロ前後走り込み、30キロ走を3度、ハーフの距離も4度走って、練習量は十分。
それに加えて、最後に歩いてしまうのはエネルギーを消耗してしまうからとのアドバイスもあり、3日前からカーボローディングに取り組み、マラソン中の栄養補給もパワージェルを3つ用意し、準備万端で当日を迎えた。

これで5時間を切れなかったり、途中で歩いてしまったりしては、私はこれから先も、この2つの目標をクリアできないままに終わってしまうだろうと思っていた
ちょっと心配だったのは、天気が良すぎて気温も上がりそうなことである。
長袖を着るか半袖にするかで最後まで迷ったが、この日の最低気温は3度まで下がり、スタート時間が近づいてもそれ程気温は上がらず、長袖で走ることにした。


雲一つ無い青空が広がる

午前10時スタート。
別海町の街中を走っている時から汗をかき始め、ウェアの選択を間違えたかと後悔する。
しかし、この日は天気が良いけれど風が強くて、長袖でちょうど良いくらいのコンディションだった。

周りのペースが速くて、どんどん抜かれていく。
しかし、私はキロ6分45秒ペースで走ろうと思っていたので、自分のペースを維持する。
3キロ辺りで少しずつかみさんから遅れ始めるが、気にしない。

街を抜けて、牧草地の間を走る別海らしい風景が広がってきた。
この辺りまで来ると周りのランナーのペースも落ち着いてきて、暫くの間、同じ人達と一緒に走っていく。

フルマラソンの参加者が1237人と少ないので、周りを走っている人の数も圧倒的に少ない。
でも、これくらいの方がマイペースで走れるのである。
放牧された牛達がのんびりと草を食んでいる。
何とも牧歌的なマラソン大会である。


牧歌的風景の中を走っていく

独走する川内選手一緒に走っていた周りのランナーを次第に追い抜くようになってきた。
私のペースは変わりないので、他のランナーのペースが遅くなってきているのだろう。

まだ14キロも走っていないところで早くもトップランナーとすれ違う。
それはゲスト参加の公務員ランナー川内選手だった。
勿論圧倒的な早さで、2位との差もかなり開いている。

道路の走行車線は半分しか規制していないので、1車線の中で往路のランナーとすれ違うことになる。
私達のような遅いランナーは路肩部分を走って、速いランナーに道を譲るのである。

17キロ付近から片道コースに入るので、ようやく気兼ねしないで走れるようになる。
別海マラソンでは、牧草ロールにペンキで手書きした応援メッセージが楽しみなのだが、今年はそれが少ないようだ。


今年は牧草ロールの応援メッセージは少なめ

21.8キロ付近の折り返し地点前後600mの区間は、同じコースを往復するので、他のランナーとすれ違うことになる。
ここでかみさんとすれ違った。
時間を計ってみると5分くらいしか離れていなかった。
ここまでキロ6分45秒のペースを維持していて、結構調子も良い感じなので、もしかしたらかみさんに追い付けるかもしれない。
私はそう思ったけれど、かみさんの方は、私と大して離れていないことにビックリして、慌ててペースを上げたらしい。


かみさんとすれ違う

今年5月の洞爺湖マラソンでは23キロ辺りから歩き始めてしまったのに、今日は25キロを過ぎてもまだ同じペースを維持できていた。
15キロ、25キロで予定通りパワージェルで栄養補給。
最後の1つは35キロで使うつもりだ。

28キロでとうとう、1キロのラップが7分台に落ちてしまった。
その後、元のラップに戻そうとするが、一度落ち始めると簡単には戻らない。
それでも30キロまでは歩かずに走ってくることが出来た。

問題はこれからである。
練習では30キロ走っていたけれど、それ以上の距離を走れるかどうかは全く自信がないのだ。
練習で40キロ走ることが出来れば残りの2キロは気合いだけで何とかなりそうだが、残り12キロとなると気合いだけでは走り通せない。

右の臀部に20キロを過ぎた辺りから痛みが出ていたが、これは何時もの座骨神経痛によるものだと思うので、何とかなりそうだった。
私の場合、毎回苦しめられるのはふくらはぎの痛みである。
30キロを過ぎてからこの痛みが出てきた。

別海マラソンでは5キロ毎に給水ポイントがあり、その間にスポンジポイントがある。
これらのポイントで歩くことは、自分としては許されるのである。
32.5キロのスポンジポイントでは、水を含んだスポンジで足を冷やす。
エアーサロンパスを吹き付けてもらうよりも、スポンジで冷やした方が効果があるような気がする。

このおかげで35キロまで歩かずに走ってこられた。
最後のパワージェルを飲む。
ここまで歩かずに来たのは私にとっての新記録であり、これからは1キロ1キロが記録更新となる。

ところが、早速危機が訪れた。
マラソンの後半で何時も経験していた腹痛である。
歩くのと大して変わりないくらいまでスピードが落ちてきた。
しかし、そうやって歩くような速さで走っていると、そのうちに痛みが引いてくる。
再びスピードを上げてしばらく経つと、また腹痛に襲われスピードを落とす。

そんな事の繰り返しで走り続けるが、ラップタイムは8分台まで落ちてきてしまった。
このペースでは、前半の貯金も使い果たし、5時間を切るのは難しいかもしれない。
しかし、38キロ辺りで腹痛も治まり、再び7分台で走れるようになる。

残り5キロ。
ここまで来たら、後は気合いだけで何とかなるかもしれない。
エッサ、エッサと声を出しながら走り続ける。

頭の中でゴールまでの時間を計算する。
今のペースを維持すれば5時間切りも何とかなりそうだ。

40キロに最後の給水ポイントがあって助けられた。
ここで足に水をかけて最後のゴールを目指す。

マラソンゲートをくぐると、かみさんが手を振って迎えてくれた。
そのままトラックを一周し、4時間59分14秒、ギリギリで5時間を切ってゴール。
タイムも嬉しかったけれど、それよりも初めてフルマラソンを歩かずに完走できたことが私にとっては最大の収穫だった。

鮭をゲットして帰ってきたかみさんのタイムは4時間33分11秒。
3年前の別海マラソンより1分遅かったけれど、その時より3つ歳をとったことを考えれば十分に良いタイムである。

年々体力が落ちてきて、練習で走っているタイムも明らかに前年より遅くなってきている。
それが、数日前に62歳の誕生日を迎えたばかりで自己ベストを更新できたことは、加齢による体力の低下に打ち勝った気分で、とても嬉しかった。

これからもっと記録を伸ばそうと思ったら、年齢による衰えを考えれば今まで以上に練習しなければならなくなる。
でも、ここで1つの目的を達成できたので、これからは記録のことより楽しんで走ることを意識した方が良いかもしれない。
大きな転換点になりそうな、今回の別海マラソンだった。

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