我が家のファミリー通信 No.64

オホーツク網走マラソン


今年唯一エントリーしていたのが、第1回オホーツク網走マラソンだった。
ちょうどその日が私の60歳の誕生日だったものだから、一も二もなく参加を決めたのである。
その大会に向けて春から調整してきたつもりが、坐骨神経痛のようなお尻や太腿裏の違和感がずーっと続いていて、8月には指を骨折し、2週間前には風邪をひき、直前には3日連続の川下りで疲れ切り、準備万端とは言えない状況で当日を迎えてしまった。
それでも、1週間前には歩くのも辛いような坐骨神経痛の痛みが、駐車場へ向かう車の列入念なストレッチとテニスボールを使ったグリグリマッサージが効いたのか、数日前から痛みが薄らいでいたのだけは嬉しかった。

宿泊地のてんとらんどキャンプ場を午前7時過ぎに出て、駐車場のある大曲湖畔園地へと向かう。
駐車場は十分の広さがあると聞いていたのでのんびりと出かけたのだけれど、既に国道にまで入場待ちの車の列が伸びていたのでビックリした。
園地に入ってからも、一番奥の駐車場まで進むのに、やたらに時間がかかる。

ここがゴール地点となり、スタート地点の網走刑務所までシャトルバスで送ってもらうのだが、これでは9時のスタートに遅れるんじゃないかと心配になってくる。
それでも、さすがに駐車場は広く、中まで入れば簡単に車を停められて、シャトルバスにも余裕で間に合った。
果たして、この大曲湖畔園地の広大なヒマワリ畑まで無事に戻ってこられるか、それだけが気がかりである。


シャトルバス待ち シャトルバスの車窓
シャトルバスを待つ シャトルバスでスタート地点へ

網走刑務所正門前でお恥ずかしい話しだけれど、私はこのスタート地点の網走刑務所が、網走観光の一番人気の場所だと思い込んでいたが、観光地になっているのは違う場所にある博物館網走監獄で、マラソンのスタート地点になるのは本物の刑務所だったのである。
それでもやっぱり、大会参加者は列を作って刑務所正門前で記念撮影をしていた。

屋外の仮設トイレは長蛇の列。
更衣室に当てられた建物は空いていそうなので、私はその中をトイレを利用することに。
こちらも行列はできていたけれど、すんなりとトイレを済ませる事ができて、これでスタートの準備は万端である。

昨夜の開会式でも網走マラソン攻略法のトークショーをやっていた金哲彦さんとエリック・ワイナイナさんが、スタート前の挨拶をしていた。
私達が並んでいるのは後ろの方なので、その姿は全然見えない。

東京農大応援団とチアガールのお見送りそして午前9時にスタート。
スタート直後に渡る鏡橋の幅員が狭いので、スタートゲートまではゆっくりと歩くようなペースで進んでいく。
ゲート前では、東京農大の応援団とチアガールがエールを送ってくれていた。

網走市には東京農大のオホーツクキャンパスがあり、このマラソン大会も農大の学生のボランティアに頼る部分が大きいみたいである。
ボランティアに参加すれば単位ももらえるらしく、これでは半強制とも言えそうだ。

網走刑務所を出て、暫くは網走の街の中を走っていく。
スタート地点で見送ってくれたワイナイナさんは、一番最後からスタートして後ろから皆を追い抜いていくとのこと。
追い抜かれるまで暫く間があるだろうと思っていたが、スタートして直ぐにあっという間に追い抜いていかれた。
慌ててカメラを取り出した時は、既に遥か前方まで走り去っていたのである。


マラソンスタート エリック・ワイナイナさんのお見送り
スタートゲートまでは走ることもできない ワイナイナさんが見送ってくれる

今回の私の目標は5時間を切ること。
過去3回のマラソンで、少しずつタイムは縮まってきているものの、どうしても5時間を切れないでいた。
カツラの街路樹毎度後半で失速するパターンばかりだったので、今回は前半はキロ6分50秒ペースでゆっくりと走る作戦である。

かみさんにとっては遅すぎるペースだけれど、これで良いと言うので一緒に走っていく。
3キロ地点にカニの鉄砲汁を振る舞ってくれる私設エイドがあったが、スタートして間もない場所でゆっくりと鉄砲汁を味わう気にもなれず、ここは良い匂いを嗅ぎながら通り過ぎることにした。

街中を過ぎ、カツラの街路樹の良い香りを嗅ぎながら走っていくと、海岸沿いに出てきた。
沖に二ツ岩が見えて、なかなかのロケーションである。


二つ岩
二ツ岩が見える素晴らしいロケーション

5キロ地点で海岸線から離れ、いよいよそこから急な登りが始まる。
標高差70mを一気に登り、その後野取岬の先端までアップダウンが続く、網走マラソンにおける一番の難所である。

上り坂まだ体力も十分あるし、上り坂はそれ程苦手ではない。
調子に乗ってペースを上げすぎないように、マイペースで登っていく。
キロ7分台まで落ちてくるが、それも想定内だ。
途中でかみさんに置いていかれるが、その方がこちらも気楽である。

ようやく登り終えた後から続くアップダウン。
前夜のワイナイナさんのアドバイスでは、登りよりも下りの方をゆっくり走った方が良いと言っていたので、下り坂でも力を抜いてペースを落とし気味にする。
心配していた坐骨神経痛の症状も、今のところはそれ程気にならない。

気温はかなり上がってきていた。
日差しも強いので、森の中を抜けていくこのコースは日陰があるのでありがたかった。
ただ、二箇所目のスポンジポイントで、スポンジはあるけれど水が無いと言われ、がっくりとした。
この後もスポンジポイントではスポンジが品切れになったりして、私の順位では一度もスポンジを使うことができずに終わってしまったのである。

能取岬への下り坂そして能取岬の灯台へと続く折り返しコースへと入る。
コース中、ここが一番のビューポイントと言えるだろう。
岬へ向かって坂を下っていく途中、目の前に雄大な景色が広がる。

折り返しコースなので、網走マラソンに合わせて囚人服姿で走っているダイスケさんや、職場関係の人ともすれ違った。
かみさんとは、灯台を一周する部分を一緒に走っていたようで、すれ違う事はできず。
この灯台一周部分は、芝生の上を走ることになり、景色も良くて楽しめるコースだ。

折り返しコースなので、下ってきた道は、再び登らなければならない。
でも、ここを登ってしまえば、後はもう下る一方で、下りきった後はほぼ平坦なコースとなる。


能取岬の灯台を一周
灯台を一回りするコースは素晴らしいロケーションだ

能取半島を一周する道道まで戻ると、そこから先は下りである。
途中で1キロほどのトンネルの中を抜ける。
能取岬が後ろに見える車を気にせずにトンネルの中を走るのは、なかなか気持ちが良い。
大きな声を出してみたくなるが、恥ずかしいので止めておく。

坂を下っていく途中、後ろを振り返ると遠くに能取岬が見え、ここもなかなかのビューポイントである。

右手に広がっていたオホーツク海が、途中から能取湖へと変わる。
変化に富んで、走っていても退屈しないコースである。
能取湖と言えば、卯原内のサンゴ草群生地も今がちょうど赤く色付いていて見頃となっているが、さすがにそこまではコースには含まれていない。

快適なコースだけれど、走りの方はそれ程快適でもなかった。
予定では、能取岬までのアップダウンのコースで時間がかかった分、この辺りから少しペースを上げて遅れを取り戻すつもりでいた。
それが、一向にペースを上げられないどころか、折り返しの距離を過ぎた辺りから走るのも辛くなってきていた。


トンネル出口
トンネルの中を走るのはなかなか新鮮だった

網走マラソンでは、30分刻みで設定した目標タイムに合わせてペースメーカーが一緒に走ってくれるのである。
私も、できれば5時間のペースメーカーに付いていきたかったのに、スタートしてからと言うもの、その後姿さえ拝んでいなかった。

ここでもう、5時間切りは完全に諦めていた。
その時に浮かんできた言葉が「人生マイペース」だった。
人生に目標なんか設定しなくても、今、自分のできる事をやっていれば良いのである。
マラソンだって同じだ。
能取湖の横を走る60歳の誕生日の記念として参加した網走マラソン。
そこで得た人生訓としては、なかなかイケてるんじゃないか。

そう考えると、25キロを過ぎて歩いてしまう時も、何の抵抗も無かった。
これがマイペースなのだ。

網走マラソンに向けて、それなりの練習もしてきたけれど、今年は一度も30キロを走れていなかった。
「本番になれば頑張れるものだ」と言われるけれど、練習で走れなかった距離は本番でも走れないのである。

「去年までは30キロも走れていたのに、年齢的な衰えだろうか?」
そう考えた事も有ったけれど、これは多分、徒歩通勤から車通勤に変わったことが影響しているのだろう。
2年前までは、職場までの片道3キロの道のりを徒歩や自転車で毎日通っていたのである。
それが、去年から職場が異動になって車通勤に変わってしまったのだ。

毎朝走っている距離は殆んど変わっていなくても、朝夕の3キロのウォーキングが無くなってしまえば、確実に体力は衰える。
それで、去年より早いタイムでフルマラソンを走ろうなんて、無理な話しである。

29キロ付近に設置されたエイドパークの手前が、1.5キロほどの折り返しコースになっている。
そこでようやく、かみさんの姿を確認したが、予想以上に距離は開いていなかった。
5時間半のペースメーカー後で話しを聞くと、5時間のペースメーカーに追いついたので、暫くその後に付いて走っていたらしい。
遅すぎて、途中から追い越したらしいが、4時間半で走れる人が5時間のペースメーカーに付いていても話しにならない。

一方の私は、折り返したところで5時間30分のペースメーカーが直ぐ近くまで迫ってきている事を知り、焦ってしまう。
それどころか、6時間のペースメーカーの姿まで確認してしまった。

しかし、焦ったところで早く走れるわけは無い。
とうとう、5時間半のペースメーカーとその後ろの集団に追い越される。
頑張って、少しだけその集団と一緒に走ってみたが、直ぐにまた歩いてしまう。

鉛色の空ようやく辿り着いた29キロのエイドで、楽しみにしていたシジミ汁が品切れになっていたのは悲しかった。
その悲しみに追い討ちをかけるように、空は何時の間にか鉛色の雲に覆われていた。
悲しげな鳴き声を響かせながら、その暗い空をマガンの群れが通り過ぎていく。

33キロ地点の私設エイドでは和牛のステーキを振舞っていたようだが、勿論それが残っているわけも無い。
ただ、途中のスポンジポイントが品切れで少々干からびかけていたところに、水だけ飲ませてもらって少しだけ元気が出てきた。

35キロ付近からコースはオホーツクサイクリングロードへと入っていく。
この辺りでは、少しでも上り坂になると、周りの人は全員が歩いていた。
肩を落としてうつむきながらとぼとぼと歩いている様子は、まるでゾンビの集団である。


カオナシの応援 サイクリングロードに入る
暗い空にカオナシの応援、暗すぎ! コースはサイクリングロードに入る

鉛色の空からとうとう雨粒が落ち始めた。雷の音とともに、それは直ぐに本格的な雨へと変わってきた。
昨日の開会式の会場で買ったゴミ袋型の簡易雨具がここで役に立った。

土砂降りの雨しかし、こんな雨具が全く役に立たないような、土砂降りの雨になってきた。
サイクリングロードは、川のようになって水が流れている。

ずぶ濡れになると、さすがに身体も冷えてくるので、無理してでも走らなければならない。
棒のように動かなくなっていた足も、この雨がアイシング代わりになってくれたのか、少しは動くようになってきた。

残り2キロでスタート地点の大曲湖畔園地へと戻ってきた。
ここをぐるりと回って、最後は広大なヒマワリ畑の中を走ってゴールとなる。
晴れていれば感動的なゴールシーンとなりそうだが、相変わらずの土砂降り。
上空では雷が鳴り響き、この広大な園地の中を走るのが怖いくらいだ。

そんな中でも一生懸命に応援してくれる農大生達。
給水やスポンジポイントも、全て彼らのボランティアで成り立っている。
農大の学生達最後はゴール地点に戻ってきて皆で応援してくれているのだろう。

こちらがガッツポーズを見せると、彼らも元気良く応えてくれる。
その乗りでチアガールのお姉さん達ともハイタッチ。
かみさんの話しでは、おじさん達は皆、嬉しそうにチアガールとハイタッチしていたそうである。

カメラを向けると学生達も元気にポーズをとってくれる。
彼らに元気付けられながら、ヒマワリ畑の中をゴールへ向かう。

網走市長が傘をさしながら、ゴールの前に出てきて、ランナー一人一人に声をかけていた。
なかなか素敵な市長さんである。


ゴールの瞬間
後ろで傘をさして応援してくれてるのが市長さん

ネットタイムは5時間28分50秒。
これまでのマラソンの中で一番時間がかかったけれど、かろうじて5時間30分を切れたのは嬉しかった。

かみさんもずぶ濡れになっていた4時間45分でゴールしていたかみさんは、既に雨具を着ているのかと思ったら、走り終わったままの姿でずぶ濡れになって私を待っていてくれた。
ゴールした時はまだ雨は降っていなかったものの、荷物の引き換え所が長蛇の列だったので諦めたとのこと。

その引換所の列は既に解消されていた。
引換所にはテントがかかっているものの、彼らの足元は雨が流れ込んでぐちゃぐちゃ。
泥だらけになった靴で走り回っている彼らの姿を見れば、運営の不手際をとやかく言う気にはなれない。

車へ戻って着替えていると雨もようやく止んできたので、もう一度収穫祭をやっている会場へと引き返す。
すると、まだ最後尾の方のランナーが走っているところだった。
既に制限時間の6時間を越えていた。35キロ地点で5時間の関門を越えてしまえば、後は最後まで走らせてもらえるようだ。

最後のランナー私がこれまでに走ったことのあるマラソンは制限時間が5時間半。
私がゴールして休んでいる間にレースは大体終わってしまっているので、自分より遅いランナーに「頑張れ〜」と声援するのは初めての経験だった。
なかなか気持ちの良いものである。
もちろん、市長さんは最後のランナーがゴールするまで声援を送っていた。

走り終わったランナーには飲み物と食べ物の引換券が渡されていた。
この引換券では、何と生ビールがもらえるのである。
かみさんはビールを飲んで、私はスポーツドリンクで我慢するしかなかった。
食べ物はカレースープや長崎ちゃんぽんがあって、冷えた身体を温める事ができてありがたかった。
流氷を使ったアイシングコーナーゴール後には流氷を使ったアイシングコーナーも用意されていたが、さすがにそこの流氷は溶けてしまっていた。

ここの駐車場は、車は何台でも停められるだけの広さがあるけれど、出口は一箇所だけ。
そのために、大渋滞となって、奥の方に停まっていた車ならば出るのに2時間以上はかかったかもしれない。

車の誘導をしているスタッフを大声で怒鳴りつけていたオヤジがいたが、本当に見苦しい奴だった。
これだけの大会が、どれだけのボランティアの力で支えられているのか、分からないのだろうか。
来年からはこの辺の運営も少しは改善されるだろうが、走り終わった後は収穫祭の会場でゆっくりと過ごして、時間差で駐車場を出た方が良さそうだ。

色々とあった網走マラソンだったけれど、多分来年も私達は出場する事になりそうだ。


ヒマワリ畑
来年もこのヒマワリ畑の中を走ってみたい


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