我が家のファミリー通信 No.60

2度目の別海パイロットマラソン


マラソン会場入りフルマラソン挑戦3度目、別海パイロットマラソンは昨年に続いて2度目の参加となる。
過去2回のフルマラソンでは30キロ付近から歩いてしまい、かろうじて制限タイム内でゴールするような有様。
今年の洞爺湖マラソンでは、その前の二ヶ月間、月200キロ以上走り込んで望んだにも関わらず、30キロ付近で力尽きてしまい、自分にはフルマラソンを走りきる脚力がないのだと痛感させられた。

そんなこともあり、今回の別海マラソンの目標に設定したのは35キロまで歩かないこと。次の目標が5時間をきること。
初めてフルマラソンを走る前は「4時間30分くらいで走れるかもしれない」なんて考えていたこともあった。
それから比べると低レベルな目標であるが、今では己の実力がどれ程のものかを分かっているので、これが妥当なところなのである。

会場風景2度目の参加となると要領も大体分かってくるので、スタート30分前にのんびりと会場入り。
朝食はスパゲティとおにぎりを腹いっぱい食べて、トイレもすっきりと済ませ、体調は万全。
天気は快晴で、予想最高気温は17度。
まさにマラソン日和といえそうだが、暑いのが苦手な私たちにとっては、この天気はあまり嬉しくはない。
できればこの良い天気は、明日に予定している釧路川のダウンリバーまで取っておいて欲しいところだ。

午前10時スタート。
これまでもフルマラソンの前には何度か30キロ走の練習をしていた。
しかし、それらの練習では走り終えた時点で既に体力の限界。フルマラソンではそこから更に12キロを走ることとなり、絶対に走りきれる訳がないと思うだけだった。
それが、2週間前の練習では30キロを3時間20分で走り、走り終わった後でも初めてまだ余力が残っている気がしたのである。
その時のゆっくりとしたペースを守って、別海の街の中を抜けていく。


笑顔で手を振るかみさん 笑顔で手を振る私
笑顔で手を振るかみさん 笑顔で手を上げる私

去年と同じく、kenjiさんがミニバイクで先回りをして写真を撮ってくれる。
先回りといっても、片側1車線が交通規制されているので、大きく迂回しなければならない。
ましてや別海である。迂回するためにはとんでもない距離を走ることになるのだ。
沿道の声援以上にありがたく感じてしまう。

3.5キロ付近で西別川の写真を撮っている間に、かみさんとの距離が開いてしまった。
少しスピードを上げれば直ぐに追いつける距離だが、あえてその距離を保ったまま走ることにした。
マラソン風景前回は20キロ付近までかみさんと一緒に走ったのだけれど、今回は前回以上にゆっくりと走るつもりだったので、そのペースではかみさんには遅すぎるのだ。

しばらくすると、かみさんの姿も見えなくなってしまう。
見えなくなる前に、隣を走っていたおじさんと会話を交わしていた。
後で話を聞くと、去年も走っている時にそのおじさんと話をしていたらしい。同じキャンプ場に泊まっていた方で「カヌーのグループの人かい?」と声をかけられていたのだ。
今年は「旦那さんは置いてきたのかい?」と聞かれたとの事。

かみさんの姿は見えなくなっても、そのおじさんの姿は20キロを過ぎるまで、常に私の前数十メートル先に見え続けていた。
10キロ関門での制限タイムは70分。
いつものペースで考えるとまったく問題のない時間なのだが、6分40秒ペースで走っていると結果的には制限時間より数分早いだけとなってしまう。
つまり、参加者のほとんど最後尾を走っていることになるのである。
あまり良い気持ちはしない。
それでも、このペースさえ守っていればゴールでは順位はもっと上がっているはずだと信じて、走り続ける。


余裕の笑顔のかみさん 私もまだまだ余裕
余裕の笑顔のかみさん まだまだ余裕の私

エダマメとトウガラシに抜かれそうなかみさん仮装での参加者もちらほらと見られる。
その中でも枝豆さんと唐辛子さんが子供たちの人気だった。
この枝豆さんと唐辛子さん、走るのも早いのである。
最初の頃は私の前を走っていたのが、唐辛子さんのトイレタイムで一度大きく遅れ、その後追い抜き返される。
kenjiさんに撮ってもらった写真を見ると、かみさんもこの唐辛子さんと枝豆さんに追い抜かれるところが写っていたのにはびっくりしてしまった。

牧草ロールに書かれた応援メッセージ、牧草畑の中にポツンと生えている1本の木、のんびりと草を食む牛さん。
そんな風景を撮影しながら走っていると、折り返したランナーが早くも戻ってきた。
しかし、トップの人とすれ違った後、2位以下のランナーが走ってくる気配が全くない。
今年の一位はぶっちぎりでこの人だったようだ。


沿道の風景
沿道には別海らしい風景が広がる

暫くの間は折り返してきたランナーと同じ片側車線の中ですれ違うので、遅い私たちは道路の端の方に寄って走るしかない。
そして途中からは、折り返しランナーとは別の道へと別れる。
こちらの道は交通量も少なく、ますますのんびりとした田舎の雰囲気が強くなってくる。

10キロから20キロの制限タイムも10キロまでの70分と同じなので、ここもぎりぎりで通過。
この後は、30キロ、40キロと制限時間も長くなってくるので、このペースさえ守っていれば後半は余裕が出てくるはずである。

折り返し地点まで約600mの区間ではランナー同士がすれ違う。
もしかしたらここで、一緒に参加しているkenjiさんの奥さんや今年初参加のしげさんの姿を見られるかもと思っていたが、もう既に差はかなり開いているようだ。


笑顔で男達を抜き去るかみさん トウガラシに抜かれそうな私
笑顔で男達を抜き去るかみさん トウガラシさんに抜かれそうな私

20キロ付近の給水ポイント去年は23キロ付近から早くも歩き始めていたのだが、今年は25キロも無事に通過。
先回りしていたkenjiさんから「しげさんが歩いているから追い越せるかも」と言われて驚いた。
しげさんとはスピードが違いすぎるので、追い越すことなんて考えてもいなかったのだ。
洞爺湖マラソンの時も足が攣って苦労していたけれど、今回もそうなのだろ。

しかし、自分もそろそろ足が辛くなってきていた。
2週間前には30キロを余裕を持って走れていたのが、肝心な本番で30キロ手前からこんな状態になるとは想定外である。
次第に走るペースも6分40秒より遅くなってくる。
スタートしてからずーっと同じペースで私の数十メートル先を走っていたおじさんの姿も次第に遠ざかっていく。
何度か「もうここで歩いてしまおう」との悪魔のささやきが聞こえてきたが、ここは何とかメンタルの部分で乗り切ることができた。
過去2度のマラソンで最初に歩いた時は、足の状態が限界に達して歩いたと思っていたが、もしかしたら意外とメンタルの問題だったのかもしれない。

牧草ロールの応援メッセージ30キロの通過タイムは3時間25分。
給水のついでに、ここで足の屈伸をする。
膝を両手で押さえていないと、足を曲げるのさえ苦しい状態だ。
これで35キロまで歩かないとの目標を達成できるのかが不安になってくる。

でも32.5キロに給食ポイントがあったのでちょっと助かった。
給水ポイントや給食ポイントでは歩いても良いことに決めているのだ。

後2.5キロ。
GPS腕時計の距離表示が、コースに設置してある距離表示よりも二百メートルくらい短くなっていた。
何度も腕時計を見ても距離の表示がさっぱり進まないので、時計に頼るのは止めにした。
「よし、あの曲がり角の先まで頑張ってみよう」
「次はあの坂の上までだ」
小さな目標を定めては、そこまで走ることの繰り返しで先へと進み、ついに35キロ地点まで走ってくることができた。


相変わらず笑顔を浮かべるかみさん 手を上げる余裕も無い私
相変わらず笑顔を浮かべるかみさん 手を上げる余裕も無くなってきた私

別海の風景
素適な風景だけれど走るのは大変だ

第一の目標を達成。
後は歩かずに何処まで走り続けれるか挑戦するだけ。
そこでもう一度足の屈伸をしていると、「頑張ってサケを持ち帰りましょう」との声が聞こえた。
後ろを振り返るとそこに立っていたのはしげさん。
知らない間に追い越していたようである。
歩くしげさん別海パイロットマラソンでは5時間20分以内で完走すれば、山漬けのサケを1本もらえるのである。
この大会で完走するしないでは、天と地の差があるのだ。

先に走っていったしげさんを追いかける。
別に追いつくつもりはなかったのだが、それが36キロ付近で追いついてしまったのである。
トボトボと歩いているしげさんの後ろ姿。
その姿は、私から「走り続けよう」との気力を奪い去るのには十分なものであった。

しばらく並んで歩いた後、再び一緒に走り始める。
ところがその後直ぐに、腹痛に襲われる。
足の疲れならばメンタルで補えるけれど、腹痛ではそうもいかず、再び歩いてしまう。
しげさんも、足が攣りかけるのか、腿を何度も叩いて辛そうである。
しかし、そのしげさんの姿も見えなくなってしまう。
ペースはどんどん遅くなり、このままでは二つ目の目標である5時間切りが難しくなりそうだ。


最後まで笑顔のかみさん 苦悶の表情の私
最後まで笑顔で手を振るかみさん 苦悶の表情を浮かべる私

そんな時、37.5キロの給水ポイントに牛乳が置いてあるのを見つけて嬉しくなった。
牛乳を飲んで大きくなった私なので、牛乳はもちろん大好き。
それに牛乳は、痛んだ胃の内部に保護膜を作ってくれるのである。
それは私の勝手な思い込みなのだが、こんな時は気持ちの持ちよう。
何となく腹痛も和らいだ気がした。

見事二人とも完走残り5キロちょっと。
2、3回歩いてしまったものの、ほぼ走り続けて競技場まで戻ってきた。
トラックを回っている間に電光掲示板の時間は5時間を過ぎてしまったけれど、最後はしっかりとした足取りでゴールを通過することができた。

自分にはフルマラソンを一度も歩かずに走る脚力はないと諦めていたが、今回でそれが可能かもしれないと思えてきた。
そして、去年の別海が5時間11分56秒、5月の洞爺湖マラソンが5時間5分39秒、そして今回の記録が5時間0分44秒。
次のフルマラソンではようやく5時間を切れそうな気もしてきたのである。



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