冬の釧路川を下ってみよう。
突然そんな思いに囚われたのは今年に入ってから。
まずは、単独での川下りをサポートしてくれそうな宿探しから始まった。幾つかの宿が候補に上がったが、最終的な決め手になったのはやっぱり値段の安さである。
「湿原の宿 B&B かむほーむ」が1泊2食付で5,800円、カヌーの搬送も6千円(実際は5千円におまけしてもらった)でやってくれるとのこと。
搬送料が高い気もしたけれど、タクシーを利用しても4千円くらいはかかるので、これが妥当な値段だろう。
後は天気予報を見ながら実行日を決めるだけ。
3部屋だけの小さな宿だが、今の季節は宿泊客も殆どいないようなので、2日前の天気予報を確認してから最終的な予約を入れる。
雪の中からカヌーを掘り出して車に積み込み、土曜日の朝7時に札幌を出発。
周りを雪山に囲まれた中で車にカヌーを積んでいると、通り過ぎる車の運転手が不思議そうな表情でこちらを見ていく。積み込んでいる本人が「ありえない風景だよな〜」と思っているのだから、周りからは奇異にしか見られないのだろう。
途中の占冠まで来たところで道東道の清水〜トマム間が事故で通行止めの情報を知り、急遽日勝峠越えのルートに変更する。
おかげで30分以上のタイムロスになってしまったが、冬の長距離移動はこれがあるから安心できないのだ。
峠を越えて十勝へ入ると青空が広がってくる。清水から本別まで高速道路に乗り、その後は国鉄白糠線の遺構を楽しみながら太平洋へと抜ける。
旧白糠線が廃線になったのは昭和58年のことで、まだそれ程月日が経ってはいない。
そのために、茶路川に架かる数多くの鉄橋はまだ現役で使われている橋の様であり、廃墟好きの私には今一面白みに欠けて見える。
昼食は道の駅「しらぬか恋問」のレストランで、名物の「この豚丼」を食べる。
「昼から丼物はちょっと・・・」と言うかみさんは天ぷらそばを注文したが、これがしょっぱいだけで随分と不味かったらしい。
「最近は外食で外ればかりだわ!」と文句を言うかみさんに、昼食の場所を決めた私としては小さくなるしかなかった。
昼食を終えて13時なので、まだ時間に余裕がある。
久しぶりに釧路市湿原展望台に寄って、入館料400円を払って中に入ったが、大して見るものも無し。北斗遺跡にも行ってみたが、こちらの立派な展示館は冬季閉鎖中。
その直ぐ近くに、北斗園の看板がかかったおんぼろなプレハブ小屋があり、その横には湧き水を汲める簡易な蛇口も付けられていた。
「北斗園って、一体何なの?」
私にとってはこんな得体の知れない施設の方に興味を掻き立てられてしまう。
後で調べてみたら、ここは「名水の北斗園」として知られている施設のようで、持ち主の方は数年前に湿原で凍死されたのだとか。
30年以上前には温泉を掘って日帰り温泉施設としても営業していたそうで、歴史と物語のある場所だったのである
温根内ビジターセンターは初めて訪れる施設だった。
湿原の中を一周する木道があったので、せっかくだからそこを歩いてみることにする。
この季節の湿原は水が凍っているので、木道が無くても何処でも歩くことができる。
それなのにわざわざ、冬枯れて特に見るべきものも無い湿原の中を、木道の上をただぐるりと一回りするのは何ともつまらないものである。
観光客らしきグループが、ビジターセンターで借りた歩くスキーを履いて、運動靴でも歩けるくらいに踏み固められた木道の雪の上をヨチヨチと歩いている。
まだこの方が変化があって楽しいかもしれない。
木道の一周してビジターセンター前に戻ってきた時は既に40分も時間が過ぎていた。
時間に余裕があるつもりでいたが、何時の間にかそれも怪しくなってきていた。
宿のチェックインは少しくらい遅くなっても構わないが、宿に入る前に釧路湿原に沈む夕日を楽しもうと考えていたので、そちらの方は待ってくれない。
その、夕日を眺めようと考えていた場所の日の入り時刻は、地図ソフトのカシミール3Dで確認したところ16時10分になっていた。
そして今日の一番の目的は、鶴居村でタンチョウを見る事。
頭の中でこれからの行動の時間配分を考えたら、とてもビジターセンターの中を見学している余裕など無く、慌てて車に乗り込み、先を急いだ。
鶴居村に近づくと、大きな望遠レンズを付けたカメラを抱えてウロウロしているおじさん達の姿が目に付くようになってきた。
まず最初に鶴見台に立ち寄る。
そこでは餌付けされたタンチョウヅルが何十羽と集まり、観光客の前で悠然と餌をついばんでいた。
ここへ来る途中、茶路川の川原で一組のタンチョウを見かけた。
一生懸命それにカメラを向けるかみさんに「ここで写さなくたって、鶴居村に行けば嫌って言うくらいタンチョウを見られるから」と笑っていたが、実際にそこに来てみると、カメラを向ける意欲も湧いてこない。
自然の風景の中で見るタンチョウと餌場で見るタンチョウは全くの別物である。
おざなりにカメラのシャッターを何度か切ってから、もう一つの餌場の伊藤サンクチュアリへ向かう。
こちらの方は背景が自然の風景なので、鶴見台で見るよりはタンチョウの姿が美しく感じられる。
ずらりとカメラを並べたおじさん達が「あのタンチョウはもう直ぐ飛び立ちそうだ」とか話している。
彼らはそこで、自分のイメージしている構図でタンチョウが求愛のポーズをとってくれる瞬間をひたすら待ち続けているのだろう。
私にそんな時間の余裕は既に無かった。
隣りの酪楽館でチーズを買った後は、大急ぎで夕日ポイントへと向かう。
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