我が家のファミリー通信 No.43

真冬の道東へ


 冬の釧路川を下ってみよう。
 突然そんな思いに囚われたのは今年に入ってから。
 まずは、単独での川下りをサポートしてくれそうな宿探しから始まった。幾つかの宿が候補に上がったが、最終的な決め手になったのはやっぱり値段の安さである。
 「湿原の宿 B&B かむほーむ」が1泊2食付で5,800円、カヌーの搬送も6千円(実際は5千円におまけしてもらった)でやってくれるとのこと。
 搬送料が高い気もしたけれど、タクシーを利用しても4千円くらいはかかるので、これが妥当な値段だろう。
 後は天気予報を見ながら実行日を決めるだけ。
 3部屋だけの小さな宿だが、今の季節は宿泊客も殆どいないようなので、2日前の天気予報を確認してから最終的な予約を入れる。

 雪の中からカヌーを掘り出して車に積み込み、土曜日の朝7時に札幌を出発。
 周りを雪山に囲まれた中で車にカヌーを積んでいると、通り過ぎる車の運転手が不思議そうな表情でこちらを見ていく。積み込んでいる本人が「ありえない風景だよな〜」と思っているのだから、周りからは奇異にしか見られないのだろう。
旧白糠線橋梁 途中の占冠まで来たところで道東道の清水〜トマム間が事故で通行止めの情報を知り、急遽日勝峠越えのルートに変更する。
 おかげで30分以上のタイムロスになってしまったが、冬の長距離移動はこれがあるから安心できないのだ。
 峠を越えて十勝へ入ると青空が広がってくる。清水から本別まで高速道路に乗り、その後は国鉄白糠線の遺構を楽しみながら太平洋へと抜ける。
 旧白糠線が廃線になったのは昭和58年のことで、まだそれ程月日が経ってはいない。
 そのために、茶路川に架かる数多くの鉄橋はまだ現役で使われている橋の様であり、廃墟好きの私には今一面白みに欠けて見える。

 昼食は道の駅「しらぬか恋問」のレストランで、名物の「この豚丼」を食べる。
 「昼から丼物はちょっと・・・」と言うかみさんは天ぷらそばを注文したが、これがしょっぱいだけで随分と不味かったらしい。
 「最近は外食で外ればかりだわ!」と文句を言うかみさんに、昼食の場所を決めた私としては小さくなるしかなかった。

 昼食を終えて13時なので、まだ時間に余裕がある。
 久しぶりに釧路市湿原展望台に寄って、入館料400円を払って中に入ったが、大して見るものも無し。北斗遺跡にも行ってみたが、こちらの立派な展示館は冬季閉鎖中。
北斗園のおんぼろ小屋 その直ぐ近くに、北斗園の看板がかかったおんぼろなプレハブ小屋があり、その横には湧き水を汲める簡易な蛇口も付けられていた。
 「北斗園って、一体何なの?」
 私にとってはこんな得体の知れない施設の方に興味を掻き立てられてしまう。
 後で調べてみたら、ここは「名水の北斗園」として知られている施設のようで、持ち主の方は数年前に湿原で凍死されたのだとか。
 30年以上前には温泉を掘って日帰り温泉施設としても営業していたそうで、歴史と物語のある場所だったのである

 温根内ビジターセンターは初めて訪れる施設だった。
温根内の木道を歩く 湿原の中を一周する木道があったので、せっかくだからそこを歩いてみることにする。
 この季節の湿原は水が凍っているので、木道が無くても何処でも歩くことができる。
 それなのにわざわざ、冬枯れて特に見るべきものも無い湿原の中を、木道の上をただぐるりと一回りするのは何ともつまらないものである。
 観光客らしきグループが、ビジターセンターで借りた歩くスキーを履いて、運動靴でも歩けるくらいに踏み固められた木道の雪の上をヨチヨチと歩いている。
 まだこの方が変化があって楽しいかもしれない。
 木道の一周してビジターセンター前に戻ってきた時は既に40分も時間が過ぎていた。
 時間に余裕があるつもりでいたが、何時の間にかそれも怪しくなってきていた。
 宿のチェックインは少しくらい遅くなっても構わないが、宿に入る前に釧路湿原に沈む夕日を楽しもうと考えていたので、そちらの方は待ってくれない。
 その、夕日を眺めようと考えていた場所の日の入り時刻は、地図ソフトのカシミール3Dで確認したところ16時10分になっていた。
 そして今日の一番の目的は、鶴居村でタンチョウを見る事。
 頭の中でこれからの行動の時間配分を考えたら、とてもビジターセンターの中を見学している余裕など無く、慌てて車に乗り込み、先を急いだ。
タンチョウを狙うカメラマン 鶴居村に近づくと、大きな望遠レンズを付けたカメラを抱えてウロウロしているおじさん達の姿が目に付くようになってきた。
 まず最初に鶴見台に立ち寄る。
 そこでは餌付けされたタンチョウヅルが何十羽と集まり、観光客の前で悠然と餌をついばんでいた。
 ここへ来る途中、茶路川の川原で一組のタンチョウを見かけた。
 一生懸命それにカメラを向けるかみさんに「ここで写さなくたって、鶴居村に行けば嫌って言うくらいタンチョウを見られるから」と笑っていたが、実際にそこに来てみると、カメラを向ける意欲も湧いてこない。
 自然の風景の中で見るタンチョウと餌場で見るタンチョウは全くの別物である。
 おざなりにカメラのシャッターを何度か切ってから、もう一つの餌場の伊藤サンクチュアリへ向かう。
 こちらの方は背景が自然の風景なので、鶴見台で見るよりはタンチョウの姿が美しく感じられる。
 ずらりとカメラを並べたおじさん達が「あのタンチョウはもう直ぐ飛び立ちそうだ」とか話している。
 彼らはそこで、自分のイメージしている構図でタンチョウが求愛のポーズをとってくれる瞬間をひたすら待ち続けているのだろう。
 私にそんな時間の余裕は既に無かった。
 隣りの酪楽館でチーズを買った後は、大急ぎで夕日ポイントへと向かう。


タンチョウ タンチョウ

 途中でまた、道路際にたむろするカメラマン集団と遭遇した。
 どうやらそこが、夕日をバックにして寝ぐらへと帰るタンチョウが飛んでいく姿を撮影できるポイントらしい。
 時計と睨めっこしながら車を走らせる。
 コッタロ湿原展望台の駐車場には数台の車が停まっていた。ここで夕日を楽しむ人たちの車なのだろう。
 私が夕日を見ようと考えていた二本松の展望台はまだもう少し先だ。
夕日に染まるエゾシカ 道路上では既に夕日は山陰に沈んでしまったが、カシミール3Dで確認した時間まではまだもう少し間がある。
 所々凍った砂利道を、石を跳ね飛ばしながら疾走して、ようやくそれらしい場所にやって来た。
 整備された展望台でもあるのかと思っていたが、そこにはただ山があるだけ。火山灰が剥き出しの急斜面をカメラを抱えて駆け上がる。
 そんな私の様子を、山の上で草を食べていたエゾシカ達が「変な奴がやってきたな〜」って感じで眺めていた。
 ぎりぎりで間に合った。
 明日下る予定の釧路川を赤く染めながら、広大な釧路湿原に夕日が沈んでいくところだった。


釧路湿原に沈む夕日

談話室 今日の予定を全て終えて、湿原の宿かむほーむにチェックイン。
 2階に3部屋があり、宿泊客は私達だけなので回りに気兼ねしなくて良いのが嬉しい。
 B&Bの宿なので通常は夕食は付かないけれど、冬期間はプラス800円で夕食も出してもらえる。
 これが、本当に800円で良いの?ってくらいに豪華な夕食だった。
 ご主人と明日の川下りの打合せをして、後は2階の談話室を居間代わりに使わせてもらって時間を過ごした。

翌朝、まだ暗いうちに目を覚ましてカーテンを開けると、月の光が部屋の中に射し込んできた。
月明かりの森 昨日は気が付かなかったけれど、隣りの森の中は動物達の足跡だらけだ。
 東の空が次第に明るくなってくる。
 最初は部屋の窓から朝日を楽しもうと思っていたけれど、空が紅く染まってくるに従って我慢できなくなり、結局塘路湖の湖上に出て朝日を眺めることにする。
 既に朝日が昇ってきていたので、適当な撮影ポイントまで凍った湖上を猛ダッシュ。
 夕日や朝日の撮影は最終的には体力勝負なのである。
 湖上にはワカサギ釣りのテントが昨日から張られたままだ。
 管理された釣り場では夜間の湖上での釣りは禁止されているところが殆どだけれど、ここならば湖上キャンプ&ワカサギ釣りを楽しめそうである。

朝日の当たる宿

 一汗かいて宿に戻ると既に朝食の準備が整っていた。
 窓の外にはバードテーブルがあって、アカゲラやコガラ、シジュウカラなどがひっきりなしに飛んできては餌をついばんでいく。
 そのうちにエゾリスまでやって来た。ご主人がひまわりの種を補充しに行っても逃げようとしない。
 全く羨ましい環境である。

かむほーむの朝食 餌台に来たエゾリス

 そうして今回のメインイベントの釧路川の川下りへ。
 車で送ってもらう途中に、2階の談話室に沢山置いてあったマラソン関連の本の話をすると、ご主人はサロマ湖の100キロマラソンにも出ている程の筋金入りランナーである事が判明した。
 そして後で知ったのだが、私達のランニングの師でもあるカヌークラブのこうめさんとランナー繋がりの知り合いだったのである。

Pasta&Coffee Prezzemolo 最高の天気に恵まれ、運行を始めたばかりのSL冬の湿原号とも対面できた楽しい川下りを終え、昼食は塘路に戻って国道沿いの「Pasta&Coffee Prezzemolo」に入る。
 ここでようやくかみさんから「久しぶりに外食で美味しいものを食べた気がするわ」との言葉をいただく事ができた。
 今日はこの後、阿寒湖畔の宿に泊る予定である。
 塘路湖にできる御神渡りも見たかったけれど、別の計画があったので真っ直ぐに阿寒湖へ向かうことにした。
 その計画とは、阿寒横断道路の途中にある双岳台からスノーシューで更に上まで登って風景を楽しもうと言うもの。
 ところが、途中から風が強まってきて、早く阿寒湖へ行って温泉に入りたいかみさんは、そこに着いても車から降りようともしない。
 雄阿寒岳も頂上が雲に隠れてしまっているので、ここでのスノーシューは諦めて真っ直ぐに阿寒湖温泉に向かうことにした。
 そして良く見ると、ダメ押しする様に「危険なのでここから登らないで下さい」と書かれた看板が道路際に立ってられていたのである。

冬の阿寒湖 阿寒湖の湖上もワカサギ釣りのテントで賑わっていた。
 雄阿寒岳にかかっていた雲も何時の間にか無くなって、真っ青な空を背景にくっきりとその姿を浮かび上がらせている。
 そんな様子を見ると、やっぱり無理してでも山に登っておけば良かったと後悔してしまう。
 温泉に入って夜の花火を見てリフレッシュした翌日、せっかく持ってきたスノーシューを無駄にはしたくないので、帰る途中に白藤の滝を見に行くことにした。
 チラチラと雪が舞う中、今度はかみさんも文句を言わずにスノーシューを履いてくれた。
 最近のものらしいトレースが残っていたけれど、思っていたほどここを歩く人は少ないようだ。
阿寒の白い森 真っ白な雪に覆われた阿寒の奥深い森。かみさんも「こんなの久しぶりね〜」って嬉しそうにしている。
 エゾシカやウサギ、キタキツネと、森の中は彼らの足跡だらけである。
 やがて木々の奥から水音が聞こえてきた。
 急な斜面を降りていくと、その下に赤茶けた色の流れが見えてくる。
 白藤の滝の名とは裏腹に、ここを流れる水は何故か茶褐色に濁っているのである。
 周りがまだ緑に包まれている時期に一度ここへ来た事があるけれど、その時は随分と汚い滝だな〜と言う印象だった。
 それが、周りが真っ白な雪に包まれると、その色が逆に引き立って見えるのだ。
 滝からかなり離れた場所でも、滝の飛沫が霧状になって飛んでくるのか、雪が黄色く染まっている。
 他では見ることの無い滝の風景に感動してそこを後にした。

氷に包まれた白藤の滝

 真冬の道東を訪れるのは今回が初めてだったけれど、まだまだ楽しい場所は沢山ありそうだ。
 今年の秋には道東道が札幌から繋がるし、これからは冬の道東を訪れる機会も増えそうである。
 ただし冬道を走るのは色々と大変である。
 札幌へ戻ると、泥まみれになった車とカヌーを洗うために、カヌーを積んだまま洗車場に直行することとなるのだ。



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