我が家のファミリー通信 No.32

カタクリの丘を探して


 世の中ではGWが始まったと騒いでいるけれど、今年の昭和の日は我が家にとっては週の真ん中にあるただの休日にすぎない。
 そんな日は家の屋根のペンキ塗りでもすることにしようと、二日前までは考えていた。
 ところが天気予報では、その日は全道的に天気が良くて絶好の行楽日和だと言っている。
 そんな日に屋根の上で、一人寂しくペンキを塗っているなんて馬鹿らしいので、予定を急遽変更してニセコへ日帰りドライブに出かけることにした。
 目的は、買って間もない一眼レフデジカメEOS50Dで花の風景を撮影すること。
 ニセコ駅前の桜ヶ丘公園で、カタクリやエゾエンゴサクがちょうど満開を迎えている頃である。
 そしてもう一つの目的は、その近くにあるらしい「カタクリの丘」を探し出すこと。
 以前に一度その話を聞いて、付近を捜したことがあったけれど、見つけられずに終わっていた。
 今回こそはと考えてネットで入念に調べたけれど、ヒットするのはそこで撮影された花の写真ばかりで場所を特定できる情報は全くなし。
公園内の様子 それならばと観光協会に電話して聞いたけれど「個人の土地なのでお教えできない」との連れない返事。
 こうなれば自力で探すしかないと、周辺の地形図を印刷して持って行くことにした。

 まずは桜ヶ丘公園を訪ねた。
 この公園がは敷地の殆どが林間の急な斜面になっていて、花の最盛期には斜面一体がエゾエンゴサクのブルーとカタクリのピンクに染め上げられる。
 そのイメージで下から斜面を見上げたけれど、何だか今日は全然染まって見えない。
 がっかりしながら階段を登っていくと、エゾエンゴサクは花を咲かせているけれど、カタクリの花はまだ開ききっていないものが多い。
 初めてここを訪れたのは6年前の全く同じ日だった。
 その時の印象は本当に強烈で、それこそ斜面全部がブルーやピンクに染まっていたのである。
 カメラを構えながら、花弁がクルリと反り返ったカタクリの花を探すけれど、なかなか適当なものが見つからない。
 見つけたとしても、その独特の形を写真で表現するには思いっきりローアングルで撮影する必要がある。
花の開ききっていないカタクリ 私が以前に使っていたコンパクトデジカメのDiMAGE A1は、ファインダーが90度上を向くので、こんな時には便利だった。
 今のカメラでそのアングルで写そうとすると、地べたに寝そべらなければならない。
 礼文島の遊歩道を歩いている時、そんな格好で花を撮影しているおばさんに行く手を遮られて以来、そんな見っともなくて近所迷惑な行為は絶対にやらないようにしようと心に決めていた。
 しかし、背に腹はかえられない。
 歩いて来る人が近くにいない事を確認してから、枯葉の積もった遊歩道の上に腹這いになった。
 そこまでやったけれど、なかなか良い写真は写せないものである。


カタクリとエゾエンゴサクが乱れ咲く

 如何にも「私を写してちょうだい!」とばかりに自己主張している、そんな花を探しながら歩き回っていると、最初は殺風景に感じた場内の風景が、次第に華やいだものに見えてきた。
 何故だろうと考える。
 最初は漠然と拡散していた意識が次第に花に集中していき、余計なものが取り払われることによって花の風景だけが見えるようになったのだろうか。
 それともただ単に、この1時間の間に気温が上がって花が開きかけてきたせいなのだろうか。
 これまでにも北海道各地で同じような風景を見てきたので、知らないうちにそれらと比較しながら見ていたのかもしれない。
 余計な気持ちを取り払って純粋な気持ちで花と対面すれば、素直にその美しさに感動できる。


エゾエンゴサク

カタクリとミツバチ アカゲラ

 その後はいよいよ「カタクリの丘」探しに出かける。
 とその前に、ここまで来たついでに尻別川の様子をチラッと見に行く。
 カヌークラブのメンバーでも今日この辺を下っている人達がいるはずだった。
 増水した川の様子を見ながらかみさんは「うわ〜凄〜い、ダバダバだ〜♪」と、やたら嬉しそうだ。
 急流の川をカヌーで下る前は何時も吐きそうになると言うかみさんだが、自分がそこを下る必要が無いと分かっている時は、激流を見ると逆に楽しくなってくるらしい。

親子の坂 きょろきょろと辺りを見回しながらゆっくりと車を走らせるが、それらしいところが見つからない。
 「カタクリの丘」と言うくらいだから、探す目印は丘である。
 すると前方に森の中に真っ直ぐに伸びる舗装されていない坂道が見えてきた。道路標識には矢印の先に「親子の坂」と書かれている。
 「その坂、つまり丘を登れば、その先にはカタクリの咲き乱れる風景が広がっているかもしれない。」
 そう思って、道ばたに車を停めてその坂まで歩いて行くと、初老の男性が隣りの畑の方から降りてきたところだった。
 近所の農家の方かと思って「親子坂って何なんですか?」と聞いみると、「あれ、北海道の人じゃないのかい?」と驚かれてしまい、有島武郎の小説「親子」に登場した坂であることを説明してもらった。
 「北海道の人間が全て、有島武郎のことを知っている訳は無いと思うんだけど・・・」と考えながらも、その男性の話に相槌を打つ。
 写真撮影のポイントを下見しながら歩いているところだったとのことで、この先の有島武郎記念館まで行くので一緒に坂を登りましょうと誘われた。
 まだ雪が解けたばかりで、地面も濡れているので足元がとても滑りやすい。
親子坂の向こうに見える羊蹄山 そんな坂道の脇でカタクリがひっそりと花を咲かせている。
 唐突に「趣味は何ですか?」と聞かれ、質問の意味が分からずに「カヌーとかやっているんですが・・・」と答えると、「お金のかかることやっているんだね〜、ボクは短歌や俳句が趣味なんです。」とのこと。
 「同じ趣味であることを期待されたのかもしれないが、短歌が趣味の人間なんてそう多くはいないと思うんだけど・・・」と考えながらも坂を登っていくと、その先に羊蹄山の真っ白な山頂が見えてきた。
 そして坂道を登りきると、畑の向こうに羊蹄山の全容が浮かび上がる。
 有島武郎が父親と一緒に登った坂を、見ず知らずの男性とこうして肩を並べて登っているのも、何だか旅の出来事として楽しく感じられる。
 多分この男性、地元では結構知られている方のような気がした。
 写真も趣味のようなので、別れ際に「この付近にカタクリの綺麗な丘があるって聞いたんですが?」と聞いてみる。
 すると、「ああ、あります、あります、ニセコの駅前でも咲いてますよ」と、何だかさらりとかわされた感じ。
 「う〜ん、そこじゃなくて〜」と思いながらも、こうなったらどうしても自分で探し出そうと心に決めたのである。

  「カタクリの丘」を「牧場の丘」として紹介しているサイトもあったので、探査ポイントは丘と牧場。
 それに一致しそうな場所を探しながら、ゆっくりと車を走らせたが、何も見つからないままに国道まで出てしまった。
気を取り直して、別の道に入ってみる。
 すると直ぐにそれは見つかった。
 路上に停まっている数台の車、緩やかな起伏の牧草畑、道路際の林の中に目をやると、その林床はピンク色に染まっていた。
 「もしかしたらまた見つからないままに終わってしまうかも」との気持ちも芽生えてきていたので、本当に嬉しかった。
 邪魔にならない場所に車を停めて、早速その中を歩いてみる。
 道路際に、「個人の好意で公開されている場所なので、植物を踏み荒らさないように注意して云々」の看板が立てられていた。
 「個人の土地の中に勝手に入ることになるのだろうか」と心配していたので、この看板を見て気が楽になった。植物を踏み荒らさないのは当然のことである。
福寿草 まず目に入ったのは、黄色の色彩が一際鮮やかな福寿草。群落を作って花を咲かせている。
 カタクリも、ここではほぼ満開となっている。
 桜ヶ丘公園はカタクリとエゾエンゴサクがほぼ同じ割合、場所によってはエゾエンゴサクの方が優占していたが、ここではカタクリが完全に優占種である。
 その次に多いのが福寿草で、ピンクと黄色の組み合わせがとても新鮮に感じる。
 もちろんエゾエンゴサクやイチゲもそれに混じって咲いているので、青と白がその中に加わって、とても賑やかな春の風景だ。
 そんな風景の向こうに、雪を抱いた真っ白な羊蹄山見えるポイントがある。
 ネットで検索していると、必ず登場する画像がこれだった
 細い踏み分け道が花畑の中に続いているので、植物を踏みつけないように注意しながら、周りの花々を楽しむ。
 踏み分け道から外れ、カメラを構えて花の間を歩き回っているおじさんがいた。その無神経さに呆れてしまう。
 もう一人、花の中に入っている男性がいた。その方は、地面から芽を出したばかりの小さな樹木を一本一本、剪定鋏で切って回っていた。
 この土地の所有者なのだろうか。ここの花の群落をとても大事にしている様子に頭が下がる思いがした。


羊蹄山とカタクリの花

 その方のことがどうしても気になったので、一通り見て回った後、思い切って帰り際に声をかけてみた。
 普段は知らない人にこちらから声をかけることは殆ど無いのだが、何となく自分と同じ臭いを感じたのかもしれない。
 その方は土地の所有者ではなく、ボランティアでここの管理をしているとのことだった。同じような仲間が何人かいるとのことで、殆どが札幌とか地元以外の人らしい。
賑やかな色彩 数年前までは牛が放牧されていたので、牛が他の草を食べてくれることにより、この群落が維持されていたそうである。
 ところが、牛のし尿が沢水に流れ込むとの苦情もあった様で、放牧を止めてしまい、そうなると人手が入らなければ、なかなかこのような群落は維持できないものである。
 その方は「ニセコと羊蹄山」と言うホームページも開設されているとのこと。
 家に帰ってからそのページを見せてもらったが、写真が中心のサイトで、どれもが素晴らしい作品ばかりである。
 それと同時に、自分が今回撮影した写真を見てしまうと、そのあまりの落差にガッカリしてしまった。

 挨拶をして男性と別れたが、かみさんがどこかに行ったまま姿が見えない。
 探しながらもう一度奥の方に戻ってみると、林の中からかみさんがひょっこりと出てきた。
 かみさんの方も私が全然来ない物だから、どうしたのかと思っていたらしい。
 私がそこで終わりだと思っていたカタクリの群落は、実はもっと奥まで続いていたのである。そしてそちらの方が、もっと素晴らしい群落となっていたのだ。


見渡す限りのカタクリ

 素晴らしい風景に出合えて、晴々とした気分で車まで戻っていく途中、信じられない光景に出会ってしまった。
 花が咲き乱れる中に、べたりと這いつくばっている一人のおばさん。
花を潰すおばさん 花のクローズアップ写真を撮ろうと、必死になっているのだろう。
 しかし、その被写体として狙われている花の他に、一体何株の花がおばさんの下で潰されているのだろうか。
 確かその付近には、カタクリがかなり密生していたはずである。
 このおばさんは、何のために花の写真を撮影しているのだろう。
 どんなに美しい写真が撮れたとしても、このようにして撮った写真に何の価値も無いことを、このおばさんに知ってもらいたいものである。

 新しくなった真狩キャンプ場でお弁当を食べることにする。
 普段は通らないような町道を走っていると、向いから走ってきたパトカーが民家の庭先に曲がっていった。
 何か事件でもあったのかなと横目で見ながら通り過ぎると、何やら水のみ場らしい施設がちらりと見えた。
 「何だ?あれは?」
 直ぐに車をUターンさせて、先程のパトカーの後を追う。
近藤さんの羊蹄湧水 そこでは警察官が、蛇口から流れ出している水をコップで受けているところだった。
 「こらっ、お前ら!こんなところで何をやってるんだ!」と逆職務質問をしてやる。(実際に口から出た言葉は「ここは何の施設ですか〜?」だったけど)
 するとその警察官は照れくさそうに、「ここの農家の方が施設を作って開放してくれているんです」と説明してくれた。
 その施設の背後に見える羊蹄山。
 京極町のふきだし公園や真狩村の湧水の里の湧き水も、きっとここの湧き水と何ら変わりは無いはずである。
 そんなところで大混雑の中、順番待ちしながらポリタンクに水を汲むのなら、ここで汲ませてもらう方が絶対に良いだろう。

 その大混雑する湧水の里を通り過ぎて、真狩キャンプ場へと向かう。
 このキャンプ場は、去年までの工事を終えて、今年からサイトの一部がオートキャンプ場として再オープンすることになっている。
 カタクリの丘で話した男性は、ここがオートキャンプ場になることを嘆いていた。
 私も同感で、果たしてどの様に変わったのかを確認したくて、お弁当の場所に選んだのである。
 駐車場に車を停めて、新しく完成した管理棟までの急な階段を登る。サイトはそこよりもまだ高い場所にあるので、階段を登っただけではキャンプ場全体の様子が分からない。
樹木園でお弁当 でも、工事完了直後の寒々とした雰囲気が漂う場内に、それ以上中に入る気にもなれず、弁当を食べる場所を近くの樹木園に変更して、そちらに向かった。
 カツラ並木の中を通り抜け、殆ど訪れる人もいない樹木園の駐車場に車を停める。
 池から流れ出す水音と小鳥のさえずりが聞こえるだけ。
 やっぱりこんな場所が一番落ち着く。
 おにぎりとカップラーメンの質素な昼食を済ませ、羊蹄山をぐるりと一回りしながら札幌への帰途に付いた。

2009/4/29


羊蹄山


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