我が家のささやかな贅沢。それは年に1回、テントではなくて温泉旅館に泊まるというものである。
息子が小さい頃はプールやゲームコーナーが充実した豪華温泉旅館、息子がスキーを始めるとリフト券がセットになったスキーパックを利用してホテル泊、息子が成長して一緒に来なくなると今度はひなびた温泉宿といった風に、その時々で宿泊場所も変わってくる。
我が家の温泉旅行はほとんどが冬に出かけるので、最近はスノーシューが楽しめそうなフィールドが近くにあることを条件に宿泊場所を決めている。
そうして今年は、天人峡温泉の天人閣に泊まって真冬の羽衣の滝を見に行こう、ついでに天気が良ければ十勝岳近くの三段山に登って山スキーも楽しんじゃおうと言う、贅沢なプランを考え出したのである。
しかし真冬の北海道は天気も変わりやすく、ちょっと吹雪けば直ぐに高速道路も通行止めになってしまう。
どうせならば天気の良い日に行きたいので、前日まで予約を入れるのを保留して週末の天気の様子を窺っていたが、2週連続の悪天候で旅行断念となってしまった。
3月にはいると他の予定も入ってくるし、これ以上先延ばしするわけにもいかない。相変わらず週末は雪の予報になっていたが、諦めて予約を入れることにした。
1泊の個人旅行でこれなのだから、冬場にツアーを組む旅行会社は本当に大変だろう。冬の北海道観光をもっと盛り上げようと一生懸命旗振りしても、天候次第で日程が無茶苦茶になってしまうのが冬の北海道の現実である。
高速道路は通行止めにこそなっていないものの、滝川付近から雪が激しく降りはじめ、時折視界が全く効かなくなってしまう。追突しないように、前の車のテールランプがかろうじて見える距離を保ちながら、慎重に車を走らせた。
旭川まで行くと雪は小降りになり、雲の切れ間からは霞んだような太陽が顔を現して、沈みかけていた私の心を一条の希望の光で照らしてくれた。
ところが喜んだのもつかの間、東川町付近から再び雪が降りはじめ、天人峡に近づくにしたがってその降り方も次第に強さを増してきた。
今年の冬はこんなパターンばかり続いている。こんな時の私たち夫婦の会話は決まって「これはきっと家に残してきたフウマの祟りに違いない」
居間と玄関の間のガラス戸越しに恨めしそうに私たちを見送るフウマの表情が、頭の中にくっきりと浮かんできた。
もさもさとフウマの恨み雪は降り続き、道路上には既に10cm以上の雪が積もっている。
ラジオから流れる道路交通情報は、高速道路が通行止めになったと伝えていた。
道路地図を見ると天人峡の手前に「森の神様」という名所の名前が記されていた。多分何かの巨木なのだろう。
そこをスノーシューで探索してみようと考え、それらしい看板を探しながら車を走らせていると、看板を見つけられないうちにいつの間にか温泉街まで来てしまった。
それならば羽衣の滝を見に行くことにしようと車を降りたところ、雪ばかりでなく強烈な風が吹き荒れていて、とてもスノーシューで歩けるような状況ではない。
この時の時間はまだ午後1時、ホテルのチェックインは午後3時である。悪天候の中、他に何もすることもなく、しょうがないので旭岳温泉までドライブして時間をつぶすことにした。
ところが、旭岳温泉の方が標高が高い分当然雪の降り方も激しい。ホワイトアウトの状況の中、道路際に建物らしい影が見えてそれでやっと旭岳の温泉街までたどり着いたことに気が付くような有様である。
そんな天気の中でも旭岳のクロスカントリーコースを利用している人の姿が見える。
「良くやるよな〜」と呆れてしまったが、その姿に勇気づけられて自分たちもスノーシュー散歩を楽しむ気持ちになってきた。
「森の神様」の場所は、看板こそ無かったものの何となくそれらしい森は目星を付けていた。再び天人峡方面まで戻り、その場所の近くの広めに除雪してある場所に車を駐める。
そこには2台の車が駐めてあり、どうやらその車の関係者も森の中へスノーシューで入っていったようである。先を越された気がしてちょっと口惜しく感じた。できればこんな森の中でのスノーシューは、誰にも邪魔されずに静かに楽しみたいのである。
と思いつつも、ちょうど良いスノーシューの踏み分け道ができていたので、そこをありがたく歩かせてもらう。
森の中に入ると風も弱まり、しんしんと雪が降り続いている。
森の奥の方に10名近い集団が見える。どうやらスノーシューツアーのグループみたいだ。
そのグループから離れるように踏み分け道から外れた。途端にフワフワのパウダースノーに埋まってしまう。それでも雪が軽いので歩くのにそれほど苦労はしない。
|