我が家のファミリー通信 No.23

大雪の天人峡


 我が家のささやかな贅沢。それは年に1回、テントではなくて温泉旅館に泊まるというものである。
 息子が小さい頃はプールやゲームコーナーが充実した豪華温泉旅館、息子がスキーを始めるとリフト券がセットになったスキーパックを利用してホテル泊、息子が成長して一緒に来なくなると今度はひなびた温泉宿といった風に、その時々で宿泊場所も変わってくる。
 我が家の温泉旅行はほとんどが冬に出かけるので、最近はスノーシューが楽しめそうなフィールドが近くにあることを条件に宿泊場所を決めている。
 そうして今年は、天人峡温泉の天人閣に泊まって真冬の羽衣の滝を見に行こう、ついでに天気が良ければ十勝岳近くの三段山に登って山スキーも楽しんじゃおうと言う、贅沢なプランを考え出したのである。
 しかし真冬の北海道は天気も変わりやすく、ちょっと吹雪けば直ぐに高速道路も通行止めになってしまう。
 どうせならば天気の良い日に行きたいので、前日まで予約を入れるのを保留して週末の天気の様子を窺っていたが、2週連続の悪天候で旅行断念となってしまった。
 3月にはいると他の予定も入ってくるし、これ以上先延ばしするわけにもいかない。相変わらず週末は雪の予報になっていたが、諦めて予約を入れることにした。
 1泊の個人旅行でこれなのだから、冬場にツアーを組む旅行会社は本当に大変だろう。冬の北海道観光をもっと盛り上げようと一生懸命旗振りしても、天候次第で日程が無茶苦茶になってしまうのが冬の北海道の現実である。

 高速道路は通行止めにこそなっていないものの、滝川付近から雪が激しく降りはじめ、時折視界が全く効かなくなってしまう。追突しないように、前の車のテールランプがかろうじて見える距離を保ちながら、慎重に車を走らせた。
 旭川まで行くと雪は小降りになり、雲の切れ間からは霞んだような太陽が顔を現して、沈みかけていた私の心を一条の希望の光で照らしてくれた。
雪の道 ところが喜んだのもつかの間、東川町付近から再び雪が降りはじめ、天人峡に近づくにしたがってその降り方も次第に強さを増してきた。
 今年の冬はこんなパターンばかり続いている。こんな時の私たち夫婦の会話は決まって「これはきっと家に残してきたフウマの祟りに違いない」
 居間と玄関の間のガラス戸越しに恨めしそうに私たちを見送るフウマの表情が、頭の中にくっきりと浮かんできた。
 もさもさとフウマの恨み雪は降り続き、道路上には既に10cm以上の雪が積もっている。
 ラジオから流れる道路交通情報は、高速道路が通行止めになったと伝えていた。
 道路地図を見ると天人峡の手前に「森の神様」という名所の名前が記されていた。多分何かの巨木なのだろう。
 そこをスノーシューで探索してみようと考え、それらしい看板を探しながら車を走らせていると、看板を見つけられないうちにいつの間にか温泉街まで来てしまった。
 それならば羽衣の滝を見に行くことにしようと車を降りたところ、雪ばかりでなく強烈な風が吹き荒れていて、とてもスノーシューで歩けるような状況ではない。
 この時の時間はまだ午後1時、ホテルのチェックインは午後3時である。悪天候の中、他に何もすることもなく、しょうがないので旭岳温泉までドライブして時間をつぶすことにした。
 ところが、旭岳温泉の方が標高が高い分当然雪の降り方も激しい。ホワイトアウトの状況の中、道路際に建物らしい影が見えてそれでやっと旭岳の温泉街までたどり着いたことに気が付くような有様である。
 そんな天気の中でも旭岳のクロスカントリーコースを利用している人の姿が見える。
 「良くやるよな〜」と呆れてしまったが、その姿に勇気づけられて自分たちもスノーシュー散歩を楽しむ気持ちになってきた。
  「森の神様」の場所は、看板こそ無かったものの何となくそれらしい森は目星を付けていた。再び天人峡方面まで戻り、その場所の近くの広めに除雪してある場所に車を駐める。
 そこには2台の車が駐めてあり、どうやらその車の関係者も森の中へスノーシューで入っていったようである。先を越された気がしてちょっと口惜しく感じた。できればこんな森の中でのスノーシューは、誰にも邪魔されずに静かに楽しみたいのである。
 と思いつつも、ちょうど良いスノーシューの踏み分け道ができていたので、そこをありがたく歩かせてもらう。
 森の中に入ると風も弱まり、しんしんと雪が降り続いている。
 森の奥の方に10名近い集団が見える。どうやらスノーシューツアーのグループみたいだ。
 そのグループから離れるように踏み分け道から外れた。途端にフワフワのパウダースノーに埋まってしまう。それでも雪が軽いので歩くのにそれほど苦労はしない。

巨大なトドマツ 森の神様 下の人間が小さく見える

 どれが「森の神様」と呼ばれる木だろう。とりわけ太い木があるわけではないが、見上げるような高さの木はそこかしこに立っている。その中でもすくっと伸びたトドマツに目が留まった。このマツは道路からも見えていたが、近くに立つとその高さに圧倒されてしまう。
 その他にも株立ちのカツラの巨木。幹の1本が折れていて、雪を被ってその場に横たわっている。
 その上を伝って株の根元まで登ってみた。足を踏み外すと木の隙間の雪の中に頭まで埋まってしまいそうなので、スリルがあって楽しい。
 途中でツアーの一団とすれ違ったのでツアーガイドの人に「森の神様」のことを訪ねてみたら、先ほど私が登っていたカツラの木がそれだったみたいだ。
 樹齢数百年の4本立ちのカツラの巨木で、そのうちの1本が一昨年の台風で折れてしまったとのことである。
 折れた神様を踏みつけ、おまけにその上で記念撮影までしてしまうとは、全く罪深い話しだ。
 森から続く山の斜面にも登ってみた。そこから見下ろすとトドマツの木々の間に寝転がっているかみさんが米粒のように見えてしまう。圧倒的な木の大きさだ。
 他にも不思議なくらいねじ曲がって成長している樹木、両手を広げたよな樹木、風雪に耐えた長い年月を思わせる瘤だらけの樹木など、こんな森の中を歩いていると退屈することがない。
 時折風が吹くと、頭上の木々から雪の固まりが一斉に降り注いでくる。雪の固まりと言ってもフワフワの雪なので、「ウワーッ」と悲鳴をあげながらも結構楽しかったりする。
 もっと長い時間そこに留まっていたかったが、全く弱まる気配を見せない雪に閉口して、チェックインの時間も過ぎたことだしそろそろホテルに向かうことにした。

木とダンス 真っ白な森

 今回泊まった天人閣、温泉はもちろん源泉かけ流し。それ以上に嬉しいのが、ここの飲み水は大雪の麓から湧き出す天然水を使っていると言うことだ。
 旭岳温泉に向かう途中にも湧き水をくめる場所があるけれど、わざわざ苦労しなくてもホテルの部屋で美味しい水を飲めるのはとても贅沢な気がする。
 もっとも、料理の方はパッとしなかった。そもそもこんな温泉ホテルで美味しいものが食べられるとは期待していない。
 それでも、今回はちょっと奮発して「ご夫婦極楽コース」と言う気恥ずかしいような名前のコースを申し込んでいたのである。
 このコース用の特別メニューに通常のバイキングも食べられるというものだが、そんなに沢山食べられるわけでもなし、これなら普通のコースのバイキングで十分だったかなという気がした。

 翌朝になっても相変わらず雪が降り続けている。
 その日は雪のち晴れの天気予報になっていたが、全く止みそうな気配もない。三段山での山スキーは諦めて、羽衣の滝スノーハイクだけで我慢することにする。
 昨日と比べて風も弱まっているので問題は無さそうだが、昨日森の中で出会ったツアーガイドの人の話が頭を過ぎった。
 羽衣の滝への道は雪崩の危険があり、彼らでもかなり緊張すると言うのだ。これだけ雪が積もれば雪崩の発生する確率も高くなっているだろう。
 かみさんもかなり心配していたが、とりあえず行けるところまで行ってみることにした。
羽衣の滝へ出発 雪に埋もれた車を掘り出して、スノーシューの準備をする。
 天人閣は温泉街の一番端に位置するので、駐車場から先は直ぐに原生林の中だ。冬期間は羽衣の滝への道は閉鎖されていることになっている。そこから先は全くの自己責任で進まなければならない。
 雪に覆われてしまってはいるものの、夏の間の遊歩道の場所は何となく見当がつく。そこを膝まで埋まりながらラッセルして進む。
 昨日歩いた森の中よりも雪深い感じだ。
 時々、ストックが何の抵抗もなくスポッと雪の中に入り込んでしまうのがちょっと気持ち悪い。水が流れているような場所では中が空洞になっているのだろう。
 そこから下には、雪に覆われながらも忠別川の水面が覗いている。そこに数頭のエゾシカの姿が見えた。
 突然現れた人間に驚いたのか、川の対岸に逃げようと必死になって雪の積もった岩に這い上がろうともがいていた。彼らにとってもこの雪の深さは大変みたいだ。ほとんど体全体が雪に埋もれてしまっている。
 そんなシカの姿がちょっと気の毒に思えて、そそくさとその場を通り過ぎた。
 真っ白に雪化粧した木々の下を抜けていくと、突然目の前に行く手を塞ぐような雪の斜面が現れた。
 「げっ、こ、これは!」
 まさしく雪崩の跡である。その上に雪が積もっていないところを見ると、極間近に雪崩れたばかりのようだ。これを見たかみさんはびびってしまい、「もう帰りましょうよ」と弱気な言葉を吐いている。
 私も正直怖くなってしまったが、上の斜面を見てもこれ以上雪崩が起きる様子も無さそうだ。それほど大量の雪崩でもなく、それに埋まって窒息するようなことも無いだろう。
 ただ、雪崩れに足をすくわれると、そのまま忠別川の中に落ちてしまいそうなのが心配である。
 二人同時に雪崩れに巻きこまれても困るので、かみさんに少し離れて付いて来るようにと声をかけて、雪崩の斜面を横切りはじめた。
 時々上方に注意を払い、スノーシューで足下を固めながら慎重に歩を進める。もう少しでそこを渡り切れそうになり、ようやく余裕ができてくる。
 そこで後ろを振り返ると、あれほど離れるようにと言っておいたのに、私の直ぐ後ろにかみさんが付いて来ていたのにはガックリしてしまった。

雪崩の跡が! 雪崩の斜面を横切る
雪崩の跡を横切る

 そこから先には特に危険な場所も無かったが、斜面に木の生えていない場所は要注意である。
 対岸の絶壁からは絶え間なく雪が雪崩れ落ちていた。
 雪が深いので、一歩一歩股を高く上げながら進まなければならない。
 小柄なかみさんに先頭を交代させるわけにもいかないので、私がずっとラッセルの役目だ。
羽衣の滝 身体が汗ばんでくる頃、滝の下に架かる橋が見えてきた。
 意外と簡単にたどり着けた印象だ。
 駐車場から滝までは僅か600m。下駄履きでも歩いてこられる距離だが、冬場はちょうど良い運動になる距離である。
 早速カメラを構えたが、雪が激しく降っているので肝心の滝が霞んでしまう。
 カメラの上にも直ぐ雪が積もってしまうので、ゆっくりと構図を考えている余裕もない。
 折角苦労して来たのに、これじゃあ良い写真が撮れないなと少し気落ちしたが、それを気にしなければこんな天候の方が反って楽しく感じられる。
 もっと滝に近づきたかったが、これはかなり危険そうだ。
 当初はその先にある敷島の滝まで行くつもりだったが、雪の様子を見るとさすがにそれ以上進む気にはなれない。
 今回は雪深い羽衣の滝を見られただけで満足することにした。
 帰りは一度歩いた跡が残っているので楽勝である。雪崩の跡は、今度こそ一人一人別々に渡る。
 来るときに出会ったシカ達は、既に山の上の方に登っていて、木の陰からそっと私たちを見送ってくれた。
 悪天候の中、おかげで後々まで記憶に残るようなスノーシューハイクを楽しめたのである。
 冬の天人峡はとっても楽しいフィールドだ。(2006.2.19)

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真っ白な森の中を進む 雪に埋もれた忠別川

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