宿泊場所の湯元勇駒荘は「北海道の本物の温泉」という本で高い評価になっていた宿である。
五つの源泉があってそれぞれ泉質の違う浴槽からは、惜しげもなくお湯が溢れ続けている。自然のままの岩がそのまま浴室の中に取り込まれていて、そこから直接温泉が湧きだしているような浴槽もある。
お湯は全体的にぬるめなので、じっくりと湯船に体を沈めてスキーの疲れをとることができる。私にしては珍しく長湯をしてしまった。
翌日の天気は曇りのち雪となっていたのに、朝起きると空は快晴、森の向こうには旭岳の山頂もはっきりとその姿を見せている。
スノーシューの予定を変更して、再びロープウェイで上に登ることにした。
昨日のことがあるので何時雲が広がってくるか気が気ではなかったが、山頂駅に着いても何処にも雲の姿は見えない。
まさにピーカンの青空だ。その青空を背景に真っ白な旭岳が目の前に聳えている。
大きなカメラと三脚を抱えたおじさんが、そのままツボ足で登り始めた。こちらは、はやる気持ちを押さえながらじっくりと身支度を調え、そのおじさんの後を追うように山頂駅近くの小さなピークまで登った。
そこからの風景はまさに圧巻である。
遠くに見渡せる大雪の山並みは、木が生えていないために真の白一色に染められ、滑らかな稜線が重なり合い、実際の冬山の厳しさを忘れてしまうような優しささえも感じてしまう。
一方、目の前の旭岳は麓から白い噴煙が噴き上がり、ゴツゴツとした山肌が荒々しさを感じさせる。
この白い世界を満喫するためには、絶対に青い空が欠かせない。
噴気口の直ぐ側まで近づいて、記念撮影をする。積雪期以外は植生保護のため噴気口には近づけないという話しだが、今なら穴の中に顔を突っ込んでも大丈夫である。
とは言っても、雪が崩れるのが怖いので少し距離をおいての撮影だ。それでも風向きがちょっと変わった拍子にその噴煙の中にまともに包まれてしまい、ちょっと焦ったりする。
そこまで来ると、旭岳の山頂も直ぐ近くに見える。遠くの尾根には山頂を目指すスキーヤーの姿も見えるが、我が家には次のメニューが待っているので、そこから滑り降りることにした。
途中で深雪の中にも入ってみたが、なかなか上手く曲がれない。まあ、下手に上達すると完全なパウダージャンキーになってしまいそうなので、この程度の方が良いのかもしれないが。
駐車場に戻り今度はスノーシューの準備をする。
そこから直ぐのクロスカントリーコース付近を歩いても、十分にアカエゾマツの森を満喫できそうだが、せっかくなのでインターネットで調べておいた森一周コースにチャレンジしてみることにした。
まずは、スキーコースを辿って少し上まで登らなければならないのだが、スキーの疲れも出てきているせいか、これがなかなかきつかった。
最初の急坂を上り終えたところで、既に息も上がり汗びっしょりである。一休みしてからいよいよスノーシューを履いて森の中に分け入った。
後で地図をよく見てみたら、本来のコースはもう一つ上の坂を登ったところから森の中に入るのが正解だったみたいだ。その方が旭岳や樹海を楽しめる展望ポイントもあったみたいだが、この日の残された体力ではこれが精一杯だったと思う。
一歩森の中へ足を踏み入れた途端、思わず感嘆の声をあげてしまった。
落葉樹の細かな枝先まで真っ白に雪が積もった森の中の風景も素晴らしいが、針葉樹がクリスマスツリーのように雪 化粧した森というのもまるでおとぎの国のような美しさだ。
それに、お互いの木々の間隔が広すぎもせず狭すぎもせず、まさに絶妙に配置されている感じである。これは、人工的に植林された森と違って自然林でしか味わえない雰囲気だろう。
少し木々の間隔が広がった場所に出ると、「ここにテントを張ったら最高だろうな〜」と、思わずため息が出てしまう。
我が家が目指す究極の雪中キャンプの場所とは、まさにこんな場所なのである。
この森の中で、リスやウサギやキツネ達と一晩一緒に過ごすことができたら、最高に幸せな気分に浸れそうだ。
やや気温が上がってきたせいか、時々マツに積もった雪がサーッと落ちてくるようになった。「サーッ」くらいなら風情があるが、たまに「ドドドーッ」と豪快に落ちてくるものもあって驚かされる。
高さ20m以上はありそうなマツから一気に雪の固まりが落ちてくるのだから、雪崩なみの迫力である。
一度、直ぐ近くでこの樹上雪崩が起こり、すかさずカメラを向けたが、その後に巻き上がった雪煙に包まれ、あっと言う間に全身真っ白になってしまった。
途中で休憩していると太陽に暈がかかっているのに気が付いた。
キロロで晴天に恵まれた時もちょうど同じように暈がかかっていたのを思い出す。今時期に高い山の上まで青空が広がるのは、低気圧が近づいてきて季節風が弱まる僅かの時間だけなのだろう。
アカエゾマツの木々の間からその暈を眺め、自分の幸運さをかみしめた。
緩やかな傾斜に沿って降りていくと小さな沼が見えてきた。温泉の影響で冬でも凍結しない沼でカモ沼と名前が付いている。
人間の気配に驚いたカモ達が一斉に飛び立った。
本来のルートではもう少し先のワサビ沼に出てくるはずだったが、かなり短絡ルートを歩いてきたみたいだ。
そこから先は、圧雪されたクロスカントリーコースが森の中を巡っている。手軽に雰囲気だけを楽しみたいのならここをスノーシューで歩くだけでも良さそうだが、少し頑張って山を登った方がもっと素晴らしい森を満喫できるだろう。
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