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寝られるだけで良い

阿寒湖畔キャンプ場(9月27日~28日)

雲の広がったヌプカの里を後にして下界に下ってくると、直ぐにまた青空が広がってきた。
どうやら山の方にだけ雲がかかっていたようである。

昼食は足寄町のそば処丸三真鍋に入る。
私は足寄町のハンバーガー屋に興味があったのだけれど、かみさんの希望を尊重していると大体が蕎麦屋になってしまうのだ。

足寄から阿寒湖に向かって走っていると、カフェ「クマゲラ」の前に見覚えのある車が停まっていた。
昨日ヌプカの里へ向かっている時に、道東道で追い越してきたカヌーを積んだ車である。

追い越した時は気が付かなかったけれど、FBで友達になっている方の車だったことが、その方のアップした写真を見て分かったのである。
早めにキャンプ場入りしたかったので、寄り道しないで通り過ぎる。

クマゲラは、ご両親を手伝って店を切り盛りしていた女性がいなくなったので、その後の営業がどうなったのか気になっていた。
FB友達の情報では、ご両親二人でまだ頑張っているようだ。


阿寒湖畔キャンプ場、雰囲気は良いのだけれど


今日のキャンプ地は阿寒湖畔キャンプ場。
ここに泊まるのは2度目で、14年ぶりになる。
森の中のキャンプ場だけれど、直ぐ横を国道が通り、全体的にジメジメしていて、あまり良い印象はない。
14年前に泊まった時は、私の大嫌いなハサミムシが沢山いて、それにも悩まされた。

今回はキャンプが目的でもないので、荷物運びの必要がない駐車場の直ぐ脇にテントを張ることにした。
以前の私達ならば、そんな殺風景な場所にテントを張るなんて絶対に考えられないことだった。


こんな場所にテントを張ってもあまり気にならなくなった


現在でも、できれば一番ロケーションの良い場所にテントを張りたい気持ちは同じである。
でも、旅をしながらキャンプする機会が多くなると、寝ることさえできればどんな場所でも構わないと思えるようにもなってきたのである。

ただ、この辺りには鹿の糞があちらこちらに落ちていて、それに気が付かないでテントを張っていたら、後から悲惨なことになっていたのだろう。
普通の鹿の糞は丸くてコロコロしているのだけれど、食べ物のせいなのか、阿寒の鹿の糞はべっとりしているので絶対に踏みたくはない。


後ろが駐車場で森の方だけ向いていれば、森の中のサイトと変わらない


ここに来るまでは青空が広がっていたのに、再び上空には雲が出てきていた。
「あなたって雲男じゃないの」とかみさんにからかわれる。
風も強くて、近くのミズナラの木から、どんぐりが音を立てて落ちてくる。
直撃されたら相当痛そうだ。

一休みしてから、温泉街の公衆浴場「まりも湯」に入りに行く。
古びた館内には演歌が流れ、スピーカーの調子が悪いのか、音量が大きくなったり小さくなったりする。
そのローカル感がたまらない。


温泉街の中の公衆浴場

昭和の香りが漂う


温泉で汗を流してキャンプ場へと戻ってきた。
風呂上がりのビールが美味しい。
金曜日と言うこともあり、登山者風のキャンパーもやって来る。

髪をメッシュに染めた若者が、テントにかける札を指に引っ掛けて、クルクルと回しながら、場内を歩いていた。
「おっ、チャラ男キャンパーだぞ。後からヤンキー風の彼女もやって来そうだな。」と笑って見ていた。
すると、暫くしてからその若者が、どっさりと荷物を積んだ自転車を押しながら再び場内に入ってきたのである。
自転車の後ろには日本一周中と書かれている。
チャラ男どころか、硬派キャンパーだったのだ。
人を外見だけで判断したら駄目なのだと、恥じ入ってしまう。



場内にはコールマンのテントが目立つ。
流行りの尖がりテントやスノーピークのテントは見当たらない。
お洒落キャンパーは、こんな鹿の糞だらけでハサミムシの多いキャンプ場にはやって来ないのだろう。
さすがに阿寒湖畔キャンプ場だと、一人で納得しながらそんな風景を眺めていた。

今回阿寒湖に来たのは、KAMUI LUMINA(カムイルミナ)を見るのが目的だった。
「北海道発上陸の体験型ナイトウォーク、幻想的な光と音、映像、ストーリーがあなたを未知の世界に誘います」
たまたまその映像をネットで見て、興味を持ったのである。


午後6時から10時過ぎまで15分おきに時間を区切って入場するようになっている。
私たちは一番早い午後6時に申し込んであったので、それまでにビールを飲みながら、家から持ってきたミートボールシチューで軽く夕食を済ませる。

そして会場まで温泉街をそぞろ歩く。
こうしてゆっくりと阿寒湖の温泉街を歩くのは、かなり久しぶりの様な気がする。
記憶に残っているのは、お土産屋の店先にキタキツネが繋がれていたことくらいである。


阿寒湖アイヌコタン


何時もならば、温泉街のお土産屋には入る気にもなれないのだけれど、ついつい足を踏み入れたくなるような店が並んでいる。
アイヌコタンの店も、昔はサケを咥えたクマの木彫りくらいしか置いていなかったような気がする。
歩いている人が少なくて心配になるけれど、一風呂浴びて夕食の時間帯を過ぎると、観光客がホテルからぞろぞろと出てくるのかもしれない。


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カムイルミナは、観光汽船乗り場からスタートしてボッケ遊歩道を一回りして戻ってくる。
入り口でリズムスティックを渡され、森の中へと入って行く。

リズムスティックは、足元を照らす灯りにもなり、そこからは音楽も流れてくる。
森の中にいくつかのポイントがあり、そこで参加者がリズムスティックで地面を突いてリズムをとると物語が進行していく仕組みだ。
別にリズムスティックを使わなくても、物語は勝手に進行していくのだろうけど、ツアーのお約束なので一緒にリズムスティックを突いた。


観光汽船の乗り場がカムイルミナの入り口になっている


森の中はかなり暗く、遊歩道には木の根が出ていたりする場所もあり、あまり浮かれながら歩いてもいられない。
各ポイントでの物語の進行は、エンドレスで繰り返されているので、早く着き過ぎると前の物語が終わるのを待っていなければならない。
案内人が付いているけれど、暗くて何処にいるのか分からない。


各回の定員は50名で、私たちの回の参加者は10名くらい。
それでも、途中からは誰と一緒に回っているのかも良く分からなくなる。
これが50名もいたらどうなるのだろうと心配になってしまう。
要は、どの時間で入ったかは関係なく、自分のペースで歩いていれば良いみたいだ。
途中で誰かがいなくなったとしても、誰も気が付かないのである。


写真撮影はできるけれど、フラッシュや三脚の使用は禁止。
カメラの感度を上げても、なかなか思うように映ってくれない。
撮影に集中していると、物語がどう進行しているのかも分からなくなる。
でも、美しい映像を見ているだけでも十分に楽しめる。
物語に入り込んで森の中を歩いて行くのも楽しいだろうし、カムイルミナの楽しみ方は人それぞれだろう。


阿寒湖観光の人集めには役立っていそうだが、料金がちょっと高すぎる気もする。
私たちは前売り券で2700円だったけれど、当日券は1人3000円。
その内容から考えると、2000円くらいが妥当なところだと思う。



キャンプ場へ戻ってくる頃には風も止んでいたので、焚火を楽しむことにした。
かみさんが美味しいつまみを作ってくれる。
近くのアイヌシアター「イコロ」で何かが演じられているのだろうか、時々賑やかな声が聞こえてくる。
それだけなら阿寒湖らしくて良いのだけれど、国道を頻繁に走っているトラックの音が、やっぱり気になるレベルである。
気持ち良く酔ってテントに潜り込んだ。


翌朝、阿寒湖は霧の中に沈んでいた。
上空は晴れていそうなので、近くの白湯山に登れば雲海の風景を楽しめるかもしれない。
しかし、そんな元気がある訳もなく、起きたらすぐに焚火を始めてコーヒーを飲みながらまったりとした時間を過ごす。

この霧のおかげでテントの結露が酷い。
テントが変わっても結露の程度に変わりは無いようだ。


午前8時過ぎにようやく霧が晴れると、上空には素晴らしい青空が広がっていた。
テントを乾かしている間に湖畔まで行ってみる。
阿寒湖は、支笏湖や洞爺湖、屈斜路湖の様に気軽に湖畔に近づける場所がない。
湖畔に出られるのは温泉街だけで、そこはホテルの庭や観光船の乗り場になっていて、カヌーで漕ぎ出せるような雰囲気ではないのだ。
そのために、未だに阿寒湖ではカヌーに乗っていないのである。


湖畔にはドレスガーデンも


湖の先に見える雄阿寒岳の姿が美しい。
今回は雄阿寒岳に登ることも考えたけれど、別海マラソンが間近に迫っているので、あまり無理はできない。
阿寒湖畔キャンプ場には、来年あたりにもう一度泊まることになりそうだ。


雄阿寒岳にはまだ登ったことが無い


テントも完全に乾いて撤収を済ませ、キャンプ場を後にする。
この後は赤平市で開催されているそらち炭鉱の記憶アートプロジェクト2019に向かう予定だ。

昼食は、久しぶりに落合のおち庵に寄ってみる。
暫く行っていなかったので、蕎麦屋として営業しているのかどうかが心配だったけれど、営業してくれていてホッとした。
ただ、こんなに天気の良い週末なのに、他に誰もお客さんがいないのが、やっぱり心配である。

それにしても、キャンプ最終日に一番良い天気になるのが気にくわなかった。
雲一つない青空を背景にくっきりと浮かんでいる東ヌプカウシヌプリなどの山を見た時には、無性に腹が立ってきたのである。

今年のアートプロジェクトは坑口浴場が会場になっている。
2015年のTANtan祭りで訪れた時は、炭鉱遺産の中でこの坑口浴場にだけ入れなかったので、是非見てみたかったのだ。


坑口浴場の更衣室、吊り籠式の脱衣籠を利用したアートがぶら下がっている


中に入ってみると、浴場の大きさに比べて、更衣室のスペースがやたら広いのが不思議だった。
風呂の更衣室には、普通ならば脱衣籠が置かれているはずである。
しかしここでは、脱衣籠ではなく吊り籠式になっていて、ヘルメット等の作業着とともに籠に入れて、それを滑車で天井まで吊り上げるのである。
これはなかなか面白かった。

浴場の中は、洗い場に炭住のジオラマが作られていた。
そのままの浴場の様子を見たかったのだが、アートプロジェクトとして公開されているので、これはしょうがないと諦めるしかなかった。


浴場の中には炭住のジオラマがアートとして置かれていた


入浴心得の看板を読むと、当時の様子が良く分かって面白い。
安全啓発のポスターに平成6年と書かれていて、何でこんなに新しいポスターが張られているのだろうと不思議に思ったら、平成6年は赤平炭鉱が閉山した年だったのである。
平成6年は私にとってはそんなに昔の様には感じなかったのだが、考えてみればそれは今から25年前で、十分に昔の話だった。
炭鉱遺産より私の方がもっと古いことに、改めて気づかされたのである。


私にはそんなに古いものには見えない

内容を読んでみると結構面白い


立抗の中にも入れるのだろうと思っていたら、そちらの方はアートプロジェクトとは関係なく、新しくオープンした赤平市炭鉱遺産ガイダンス施設の方で有料でガイド付きツアーを行っているようだ。
午後の部の見学時間が過ぎていたので今回は見られなかったが、何時でも見られるようになったのはありがたいことだ。

こうして充実した2泊3日のキャンプの旅を終え、札幌へと戻ったのである。



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