北海道キャンプ場見聞録
流氷に誘われ最果てキャンプ
根室の某所(2月21日~22日)
退職して毎日家にいるようになっても、かみさんは今まで通り私の遊びに付いて来てくれる。
それが私の勝手な思い込みだったことが、退職後3年経ってようやく分かってきた。
夫が退職して毎日家にいるようになると、それが耐えられないと言う奥さんの話をよく聞く。
それが我が家の場合は、家にいる時だけではなく、遊びに出る時も常に夫が横にいるのである。
私はそれを当然のことだと思っていたが、かみさんにはそれが耐えられなかったのかもしれない。
去年あたりから、カヌーばかりではなく、山に登る時も、走る時も、そしてキャンプでも、一緒に付いて来なくなってきたのである。
そろそろ私も独り立ちしなければならない時期が来たようだ。
そうして、妻に見放された男は、家出でもする気分で朝5時半に家を出て、北海道の東の果てを目指してひたすら車を走らせたのである。
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納沙布岬の先端にて、歯舞諸島の島影も見える
節約のために高速道路の使用は、札幌市内と夕張~清水間だけにとどめる。
厚岸味覚ターミナルコンキリエで牡蠣のパスタを食べた後は、一気に納沙布岬を目指す。
真っ直ぐに今日のキャンプ予定地に向かうよりは70キロ余計に走ることになるけれど、ここまで来たらやっぱり納沙布岬だけは踏んでおきたいのだ。
根室を過ぎた辺りからずーっと私の前を走っていたトラック。
「もう少し早く走ってくれないかな~」とイライラしながら後ろに付いていたら、結局そのトラックとは納沙布岬の駐車場まで一緒だった。
札幌を出てから8時間以上経っていた。
やっぱり、ここは札幌から一番遠い土地なのである。
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四島のかけ橋
運転席から降りてきた作業服姿の男性は、そのまま岬の先端まで歩いて行って写真を撮っている。
トラックのナンバー見ると、レンタカーだった。
仕事の出張ついでに、せっかくだからとここまで来たのだろう。
他に観光客の姿は無く、記念の写真を何枚か写し、同じような目的でここまでやって来た二人の男は足早に納沙布岬を後にした。
もしかしたら、今日のキャンプ地付近でも流氷が接岸しているかもと期待していたが、根室半島の北側では所々に流氷の姿が見られたものの、到着した目的地の海岸では駐車場付近に僅かな流氷が浮かんでいるだけである。
スノーシューを履いて重さ20キロのザックを背負い歩き始めた時には既に午後3時近くになっていた。
早速、オジロワシやオオワシが出迎えてくれる。
さすが、北海道の最果ての地である。
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オジロワシは比較的近くに来てくれたけど
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オオワシは遠すぎて、かろうじてそれと分かるくらい
エゾシカも沢山いるだろうと思っていたが、根室の市街地では何度も姿を見かけたのに、野営中は一度も姿を見せてくれなかった。
最果てのエゾシカたちは人里の方がお好みのようだ。
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遠くに小さく民家が見えているけれど、ここで妥協することにした
9年前の秋にこの地で野営したことがあるけれど、その時は駐車場から4.5キロ歩いた場所にテントを張っていた。
そこには、ここが日本であるとは信じられない様な最果ての風景が広がり、生涯最高と言っても良い素晴らしいキャンプを楽しめたのである。
しかし、スノーシューで雪の中を歩くのは結構疲れる
積雪はそれ程でもないけれど、表面がクラストしていて歩きづらく、直ぐに体が汗ばんでくる。
30分ほど歩いて、人工物も目に入らなくなってきたので、そこでテントを張ることにした。
駐車場からの距離は1.3キロくらいだろうか。
それでも、期待していた最果て感は十分に味わえそうだ。
テントを張り終えて早速、遠くに見える立ち枯れた森まで行ってみる。
そこへ行くためには沼地の上を横断しなければならない。
完全に凍っていると思ったけれど、所々に水が浮いていて、時々ミシッと音もするので、良い気持ちはしない。
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立ち枯れた森
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白骨化したアカエゾマツ
立ち枯れて白骨化した木々の風景を楽しんでテントまで戻ってくると、既に太陽は西の空低くまで傾いていた。
せっかく持って来ていた缶ビールを急いで空ける。
もう少し暖かい時にゆっくりと最果てでのビールタイムを楽しみたかったのに、やっぱり納沙布岬まで足を延ばしたのは少々無理があったようだ。
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最果ての夕暮れ
テントを張り終える頃から青空が広がってきたのに、西の空にはまた少し雲がかかってきていた。
その雲のために、期待して様な夕焼けにはならなかったけれど、沈んでいく美しい夕日の姿だけは眺めることができた。
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最果ての森に日が沈んでいく
夕食を済ませて、後は月が昇ってくるのを待つだけである。
昨日が満月で、今年最大のスーパームーンとして話題になっていたけれど、札幌は雲に覆われてその姿を見られなかった。
本当は、このスーパームーンをこの場所で見るつもりでいたのが、天気が悪そうなので出発を1日遅らせたのである。
午後7時を過ぎてようやく、一日過ぎたスーパームーンが昇ってきた。
普通の満月より2割近く明るいと言われるスーパームーンだけれど、今日の月がどれくらい明るいのかは比べるものが無いので良く分からない。
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一日遅れのスーパームーンは雲に隠れがち
人里からかなり離れたつもりでいたけれど、街の明かりが意外と近くに見えている。
気温はマイナス3度くらいだけれど、写真を撮っていると寒さで体が震えてくる。
夜中も、寒さで何度も目が覚めた。
この程度で寒がっていては、冬のキャンプなんかやっていられない。
歳を取ると寒さにも弱くなるのだろうか。
シュラフの中に頭まで潜り込んでいたので気が付かなかったけれど、テントの中がやたらに明るかった。
一日過ぎのスーパームーンが辺りを照らしているのだろう。
その写真を撮りたくて、必死の思いでシュラフから抜け出す。
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白夜のようだ
テントから出ると、辺りは昼の様な明るさだった。
月の光に照らされて、星が瞬く様に雪面がキラキラと輝いている。
夢中でその様子をカメラに収めていると、指先が痛くなってくる。
もう少しで凍傷になるところだった。
時間はまだ午前4時半。
太陽が昇ってくるのは6時過ぎなので、暖かい飲み物で体を温め、ついでに朝食を済ませる。
そして再び完全装備に身を固めテントの外に出る。
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空が明るくなってきた
海面が朝焼けを映し込み赤く染まっていたので、まずは海岸へ行ってみる。
昨日は小さな流氷の欠片が所々に浮かんでいたものの、今朝はそれさえも無くなっていた。
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しかし、良く見ると海面はシャーベット状の氷に覆われてた。
そのために、岸に打ち寄せる波は、まるで油の様にねっとりとしている。
赤く染まった海面には、波が描く波紋がゆっくりと広がっては消えていく。
息を呑むような美しい風景に感動した。
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次は、立ち枯れた森の向こうから昇って来る朝日を楽しもうと、凍った沼の上を横断していく。
さすがに朝になると、表面に浮いていた水も完全に凍って、歩いていても不安は感じない。
その氷に朝焼けの空が映り込み、この風景にも感動する。
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ギリギリのタイミングで立ち枯れの森まで辿り着けて、その木々の間から昇って来る朝日の姿を楽しめた。
次々と繰り広げられる自然の演出。
私はただ見惚れるだけである。
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ここには森の中を歩く木製の遊歩道も整備されている。
この遊歩道は2014年、2015年と度重なる暴風・高潮・高波災害により、壊滅的な被害を受けていた。
それがクラウドファンディングで集まった1億円の寄付金により復旧工事が行われ、去年の3月に再開通したのである。
通常は遊歩道以外の場所は歩けないのだけれど、この季節は自由に森の中を歩き回れるのが嬉しいところだ。
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復旧した遊歩道
海水の侵入により立ち枯れたアカエゾマツの風景は、昔の尾岱沼のトドワラを思い出させる。
現在のトドワラは、そんな木々も完全に朽ち果てて殆ど残っていない。
こここそが新しいトドワラと言った方が良いかもしれない。
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これこそがトドワラと言える風景だ
まだ生きているアカエゾマツの森もあるけれど、森の中には台風の強風により根返りで倒れた沢山のアカエゾマツがそのまま残されている。
これらも何れはトドワラの風景に変わっていくのだろう。
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根返りで倒れたアカエゾマツ
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何れはこんな姿に変わっていくのか
この朝の気温は、せいぜいマイナス5度程度までしか下がっていなかった。
もっと気温が下がれば、森の木々は真っ白な樹氷で覆われていたはずなのに、それだけがちょっと物足りなく感じる。
でも、今の私が耐えられる寒さの限界はこれで精一杯だったかもしれない。
美しい風景は、厳しい環境と引き換えに楽しめるものなのだ。
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霜に覆われたテント
テントまで戻って、コーヒーを1杯飲んでから撤収開始。
今日はこの後、オホーツク海まで移動し、流氷原を目の前に眺めながらテントを張る予定である。
1泊だけならテントもサッサと撤収するのだけれど、もう一度張ることになるので、テントに付いた霜を丁寧に手袋で擦って払い落とす。
しかし、エアマットをひっくり返すと、その下がびっしょりと濡れていたのにはガッカリした。
冬でも、テント泊しながら旅をしている人がいるけれど、結露で内部が濡れたテントはどうしているのだろう。
撤収を終え再び30分歩いて駐車場まで戻ってきた。
そこの海に浮かんでいた流氷は、まだそのまま残っていた。
この辺りでは、流氷を沖に流してしまう南風も、そんなに当たらなかったのかもしれない。
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オホーツク海まで行けばもっと沢山の流氷が見られるはず?
そして、海を埋めた流氷を期待してオホーツクまで移動開始。
途中で神の子池でも見ていこうと思ったけれど、その入り口までやってきた時は既に午前11時を過ぎていた。
しかし、そこから神の子池までは雪の上を歩かなければならず、往復で1時間くらいはかかる。
冬の神の子池は一度見たことがあり、腹も減っていたので、そのまま清里町を目指すことにした。
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流氷の消えた海岸
道の駅パパスランドさっつるで温泉に入り、そこのレストランで昼食を食べる。
そして8年前に流氷キャンプを楽しんだ場所へと向かう。
しかし、そこに到着して愕然としてしまった。
オホーツク海を埋め尽くしているはずの流氷の姿が何処にも見当たらないのだ。
気象庁で発表している流氷解析図によると、前日までは紋別から知床半島の先端まで見事に流氷が埋め尽くしていたはずなのである。
これだけの流氷があれば、少々南風が吹いたくらいでは起きには流されないだろうと思っていたのに、沖の方にも流氷の姿は確認できない。
それどころか、岸に打ち上げられたような流氷も見当たらない。
流氷の勢いが強い年は、押し寄せた流氷が岸に積み上がって、それが流氷山脈と呼ばれる。
今年は久しぶりに流氷の勢いがありそうだと思っていたが、それは私の思い込みに過ぎなかったようだ。
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前日の海氷解析図、赤はほぼ全面が流氷に覆われているはずなのだが
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8年前の同じ場所
こんな風景を期待していたのだが
結構強めの北風が吹いていたので、もしかしたら明日の朝には流氷が戻ってきているかもしれない。
しかし、空には鉛色の雲が広がってきていて、天気予報もパッとしない。
それに、砂の上にテントを張る気にもなれない。
流氷の状態が良ければ、明日もどこかでもう1泊しようと考えていたが、心が完全に折れてしまい、このまま札幌まで帰ることにした。
こうして、気合を入れて家を出てきた流氷目的のキャンプも、1泊だけですごすごと帰ることになってしまった。
それでも、その1泊だけで十分に満足できるキャンプができて、それ程落胆することも無く、札幌までの長い道のりを満ち足りた気分で車を走らせたのである。