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思わぬ収穫朱鞠内キャンプ

朱鞠内湖キャンプ場(5月29日~30日)

4年振りになる朱鞠内湖でのキャンプ。
そのきっかけは、かみさんが月火の二日間が天気が良さそうなので「美笛に行かない?」と言い出したことだった。

しかし、天気は良いけれど、日中に風が強まるのがちょっと気になった。
せっかく美笛に行くのならば、べた凪の湖面にカヌーを浮かべたい。
その気になれば何時でも行ける美笛なので、もっと条件の良い時に行くことにしよう。


菜の花畑の向こう暑寒別岳が見える

そうして、美笛の代案で出てきたのが朱鞠内湖である。
週末に予定されていた川下りをキャンセルしてしまったことが、棘のように私の心に刺さったままだったので、湖ででも良いからカヌーに乗りたかったこともあった。

丁度、滝川の菜の花が見頃を迎えているようなので、朱鞠内湖へ行く途中に寄り道することにした。
今年の菜の花ウィークの期間は5/15~5/23まで。
この期間に合わせて駐車場や見晴台が設置されるだけで、菜の花はまだ咲いているのだ。

今年の菜の花マップを手に入れ、その地図を頼りにしながら菜の花畑を巡る。
ここの菜の花畑は10年前にも一度見にきていた。
その時も確か、朱鞠内湖へ行く途中だったはずである。


菜の花畑に囲まれた家

農家が作物として栽培している菜の花は、連作障害を避けるために毎年畑を替えて栽培している。
一番見応えの有る場所は、菜の花ウィークが終わった後も畑沿いの道に三角コーンが並べられて駐車禁止になっている。
そのために、地図を頼りにして、違うビュースポットを探して車を走らせるのである。

地元の方に迷惑をかけられないので、車を停める場所にも気を使わなければならない。
そんな事を全く気にしないで、道路の真ん中に車を停め自撮り棒で記念撮影しているのは、大体がレンタカーで回っている中華系観光客だ。

撮影ポイントを見つけて車から降りると、菜の花の香りに包まれる。
私はその臭いがあまり好きではないし、私にとっては、どちらかと言えば悪臭の部類に入る。
ラベンダー畑の写真を撮る時とはえらい違いである。


見渡す限りの菜の花畑

 
回っている途中でアスパラの無人販売所を見つけて購入。
かみさんは、こんな無人販売所があることを予想して、買い物の時にアスパラは敢えて外していたらしい。
菜の花の写真を撮るのにそんなに時間をかけていられないので、大方見終わったところで先を急ぐことにした。


この蕎麦屋に入ってみたかった

昼食は勿論蕎麦。
政和地区に三頭山と言う店ができていたので、ここで食べてみようと思ったが「本日臨時休業」の看板がかかっていた。
本日だけなのか、毎日休業なのか、店主の気分次第で開けている様な雰囲気の店である。

その先にある添牛内の霧立亭は月曜日が休業だったので、少し引き返してせいわ温泉ルオントのレストランで蕎麦を食べることにする。
店内にはガラス張りの蕎麦打ちコーナーが新しく作られていて、そこで一人の男性が蕎麦を打っているところだった。
店で出しているのはこの男性が打った蕎麦なのだろうか。
切り方は不揃いだったけれど、美味しい蕎麦だった。
ただ、一番安いせいろ蕎麦でも700円と高めの料金設定。
幌加内の蕎麦屋は概ね高めだけれど、それなりに美味しい蕎麦が食べられるので許せる範囲である。


思わぬところにウドが生えていた

キャンプ場に到着して管理棟で受付をする。
先客が5組くらい入っていますよと言われた。
キャンプ場の管理が現在のNPO法人に変わってから、キャンプ場の利用者も増えてきたようだ。
平日なので第3サイトの湖畔にテントを張れるだろうと期待していたが、5組も先客がいるのでは、既に湖畔サイトは埋まっていそうだ。

第2サイトから車で様子を見て回る。
こちらの湖畔は釣り人が竿を振っているだけで、キャンパーの姿は無い。
でも、狙いはやっぱり第3サイトの湖畔である。

そちらに移動しようとすると、かみさんが何かを見つけたようだ。
かみさんが確かめに行ったその場所には、フキに混ざってウドが生えていたのである。
それも、二人では食べきれないくらいの量である。


これだけあれば二人では十分な量だ

ここまでやって来る途中、車を運転しながらも何処かにウドが生えていないかと常に周りに目を配っていた。
しかし、全くその姿を確認できず、こちらの方はウドがあまり生えない土地なのかなと思ったくらいだ。
それが、何時もキャンパーの姿が絶えない人気サイトのすぐ隣で、誰にも採られることなくウドが生えているのだから驚きである。

自分達が食べれられる分だけ採らせてもらって、第3サイトへと向かう。
湖畔サイトは諦めていたけれど、第3サイト岬先端のお気に入りの場所が空いていたのは嬉しかった。
そこの少し上で男性のソロキャンパーがテントを設営中だったので、わざわざ私達のために湖畔部分を空けておいてくれたような感じである。

でも、考えてみれば、私達はカヌーを持ってきているので湖畔が一番良く思えるけれど、カヌーも釣りもしないのであれば、もっと眺めの良いサイトが他にもあるのだ。

支笏湖が風が強そうなので朱鞠内湖に変更したのだが、こちらも木の枝を大きく揺らすような風が吹いていた。
ただ、背後の森の方から吹いてくる風なので、サイトにいれば風はそれ程気にならない。


狙っていた場所にテントを張ることができた

テントを張り終えたところでビールを飲もうとすると、かみさんは場内の散歩に行きたそうにしていた。
それは多分、ウドが目的なのだろう。
ビールはとりあえず我慢して、ウド探しに出かける。

しかし、ウドは最初に見た場所にしか生えていなかった。
その代わりにエゾイチゲの可憐な花が目を楽しませてくれる。
カタクリやエゾエンゴサクの花はもう終わりに近く、サクラも散りかけていたけれど、まだ花が残っているものもあり、さすがに道北の朱鞠内湖である。
何年か前に場内で、美しい花を咲かせているオオバナノエンレイソウの株を見たことがあったが、今回も同じ場所で美しく咲いていた。

第2サイトには、湖畔側ばかりでなく林間部分にもサイトが作られているが、利用する人もいないのか、今は落ち葉に埋もれて管理もされていないようだ。
自然に芽生えてきた雑木が密生している場所も増えてきている気がする。
昔は経費のことなど気にせずに、キャンプ場に常駐している人達が管理作業をしていたので、今よりもきめ細かく管理できていたのだろう。
今のように経費節減ばかり求められれば、手の回らないところが出てくるのはしょうがない流れなのである。


私達のテントの向かいには、風変わりなカップルがテントを張っていた


サイトに戻ってやっとビールにありついた。
相変わらず花粉症の症状が酷い私達夫婦だけれど、ここに来ても変わりは無かった。
これだけ長引くのは、シラカバ花粉以外にも反応するようになってきているのかもしれない。


さざ波の立つ湖面にカヌーを浮かべる

湖の湖面を黄色くするくらいに浮いているのは、多分マツ類の花粉である。
それが関係しているとは思えないが、何となく鼻がムズムズしてくる。

サイト前の入り江になっている部分は風も弱そうなので、カヌーに乗ってみる。
しかし、ちょっと沖に出るとまともに風が吹き付けてくるので、ゆっくりとカヌーにも乗っていられない。
私が戻ってくると、代わりにかみさんが漕ぎ出す。
かみさんは沖には出ずにサイトの直ぐ前でチャプチャプと遊んでいるだけである。

私達の向かいの第2サイト側でカップルのキャンパーがテントを張っていた。
男性の方は真っ黒に日焼けし、風が強くて結構寒いにも関わらずショートパンツ姿である。
彼らはフォールディングカヤックとSUPを持ってきていた。
見ているとそれ程上手な様子でもない。
風が吹く中、二人で漕ぎ出していったので、ちゃんと戻ってこれるのか心配になってしまう。


ウッドキャンドルでお湯を沸かしたら・・・

今回もウッドキャンドルを持ってきていたので、それに火を付ける。
かみさんがその上にケトルを乗せてお湯を沸かす。
風が強くて凄い勢いで燃えるので、あっと言う間にお湯が沸いてしまう。
ケトルが真っ黒になってしまったのはしょうがないが、カラマツのウッドキャンドルだったせいか、ケトルの底にヤニがべったりとくっついてしまったのには、かみさんもショックを受けていた。

ジープの男女が近くに入ってきた。
日中も姿を見かけたけれど、そのままいなくなったので帰ってしまったのかと思っていた。
それが、何処かで拾った大量の木の枝をジープの前と後ろにそのままくくりつけて戻って来たので、やっぱりここでキャンプをするようだ。
すぐ隣のサイトが空いていたので、そこに来られるかと覚悟したが、私達の視界に入らないサイトを選んでくれたようでホッとする。


岬部分には3組のキャンパー、広大な場内でここが一番混みあっていた(笑)


ウドは採れたけれど、天ぷらの準備をしてこなかったので、かみさんが味噌和えを作ってくれる。
夕食はバーベキュー。


湖を眺めて時間を過ごす

夕方になって雲が広がってしまったけれど、その代わりに風は弱まってきた。
カヤックで漕ぎ出していた対岸のカップルも無事に戻ってこれたようだ。

男性の方がパンツ1枚でヨガのようなことを始めたと思ったら、そのまま湖の中に入っていった。
こちらは、寒くてフリースまで着込んでいるというのに驚きである。
そうかと思ったら、今度はハーモニカを吹き始める。
髭を生やした容貌と日焼けした顔はまるでインド人みたいで、なかなか風変わりなキャンパーである。

風が止んで湖面が凪いできたので、もう一度カヌーに乗る。
森の中から「ポポー、ポポー」と鳥の鳴き声が聞こえてきた。
何の鳥だろうと、かみさんと一緒に色々と調べた結果、どうやらツツドリの鳴き声らしいことが分かった。


夕方の一漕ぎ


目の前の湖岸を、1匹のキタキツネが平然と歩いていく。
キャンパーを大して気にする様子もない。
テントを破られては大変なので、寝る時には食材やゴミは全て車の中に片付けることにした。

相変わらずツツドリの鳴き声が森の中に響いている。
周りのキャンパーの話し声はささやき程度にしか聞こえず、朱鞠内湖の夜は静かに更けていった。


湖上のコーヒータイム

翌朝になっても雲はかかったままだった。
湖に漕ぎ出して、湖上のコーヒータイムを楽しむことにする。

サイト前の湖面は凪いでいたけれど、沖に出るとまともに風が吹き付けてきて結構な波も立っていた。
弁天島を目指して一気に漕ぐ。

そして中の島との間の海峡を通り抜ける。
その先の大きな藤原島の島影に入れば風も当たらないだろうと思っていた。
しかし、逆にそこは風の通り道になっていて、更に風当たりが強くなる。

これ以上風が強まればテントに戻れなくなりそうなので、それ以上進むのを諦め、キャンプ場近くの風を避けられる場所まで非難することにした。

私達がキャンプ場を目指して漕いでいると、対岸のキャンパーがSUPで漕ぎ出してきていた。
乗っているのは女性の方だ。
そのSUPの足の速さに驚いてしまう。


湖面には雲間から顔を出した太陽が映っていた

ようやく湖面の凪いでいる場所まで辿り着いて、ポットに入れてきたコーヒーを飲む。
その間にも女性の乗るSUPは遥か沖まで進んでいた。
私達がタンデムで漕いでいても途中で怖くなったと言うのに、帰ってこれるのだろうか。
しかし、そんな心配も杞憂に終わり、彼女は風など全く関係ないかの様に、いつの間にか沖から戻ってきていたのである。

インド人風の男性の方はSUPには慣れていない様子だったが、もしかしたら女性の方はSUPのガイドでもやっているのかもしれない。
そう思えるくらいの見事な漕ぎだった。

テントに戻り、残っていた薪で焚き火を始める。
朝食は、場内で採ったウドとフキ入りのペペロンチーノ。
現地で収穫した食材は、ことのほか美味しく感じる。

今度はインド人風の男性の方がSUPに乗っていた。
その漕ぎはやっぱりぎこちないけれど、朱鞠内湖の風景にSUPはなかなか似合っている気がする。


SUPは意外と朱鞠内湖の風景に似合っている


少しずつ片付けを始める。
荷物を全部車に積み終えると、直ぐに1羽のカラスが飛んできて、まるで忘れ物がないかを確認するように、テントの張ってあった場所を見て回っていた。


ここにもウドが!

帰り際に第1サイトに立ち寄る。
そこでもかみさんはウドを発見。
釣り人が常にその横を歩いていそうな場所なのに、採られた形跡もない。
朱鞠内湖にやってくる釣り人は湖の方しか見ていないので、背後に生えているウドなど全く気にしないのだろう。

かみさんが、日本海経由で帰りましょうと言う。
それならばちょうど良い機会なので、ちょっと足を伸ばして羽幌町の炭鉱跡を見に行くことにする。
羽幌炭鉱の遺構については以前から興味があり、今年もGW明けに道北キャンプを兼ねて訪ねるつもりでいたが、その機会が無いままに今日まできてしまったのだ。

羽幌の町を通り過ぎてから道道356号を右折する。
築別炭鉱15キロと書かれた青色標識が有ったのには驚いた。
閉山になって50年近く経っているのに、こんな案内標識が有るのは、一応は観光地としての扱いなのだろうか。


ホッパーが一番格好良い

築別川に架かる橋を渡ると、その横には羽幌炭鉱鉄道の鉄橋が残っていた。
築別炭鉱で最初に目をひくのは、道路沿いに残るホッパー(貯炭場)である。

炭鉱の遺構の中では、やっぱりホッパーが一番格好良い。
特にローマ建築を思わせるその内部は独特の雰囲気がある。
横から土砂が流れ込み、そこに生えるシダの緑色が絶妙な廃墟感を演出している。

周辺には敷設に晒された炭鉱アパートや病院の建物が点在している。
そんな廃墟の前には立派な説明看板が立てられ、往時の姿の写真も載っている。
発電所の煙突も見えていたが、そこに近づけそうな道を見つけられなかった。


廃墟マニアにはたまらない光景だ



太陽小学校跡

個々の施設跡の説明看板はあるけれど、全体の地図のようなものが無いので、もしかしたら見逃した施設も有ったかもしれない。

この様な廃墟を訪れる時は、夏草の茂る前が一番良い。
それか、木々が葉を落とした後の晩秋である。
緑に覆われた廃墟の建物も良い感じだけれど、夏草が茂ってくるとそれぞれの廃墟に近づくのが難しくなるのだ。

大体見終わったと思って車を走らせていると、木々の向こうにドーム型の屋根が見えたので、慌てて引き返す。
それは太陽小学校の建物だった。
ドーム型の建物は体育館である。
随分保存状態が良いなと思ったら、平成8年まではキャンプ場も併設した「緑の村」として利用されていたらしい。


まだ新しく見える太陽小学校体育館内部

森の中に佇む炭砿アパート


 
築別炭鉱を後にして、羽幌本砿にも行ってみる。
こちらの方はホッパーと運搬立坑が残っているだけだ。
立坑の近くまで行ってみたかったが、近づけそうな道は見つからず。

今回はゆっくりと見て回る時間も無く、主な遺構を急いで回っただけで終わってしまった。
事前にもう少し羽幌炭鉱の歴史を調べてから、夏草の茂る前に再訪して、それぞれの施設をゆっくりと見て回りたいところである。

朱鞠内湖キャンプの写真へ 



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