年に一度は冬のキャンプに出かけたくなる。そのチャンスをずーっと窺っていたのだが、なかなかその機会に恵まれず、このままでは雪中キャンプができないままに春を迎えることになりそうだった。
そこで、天気はちょっと心配なものの、今年の冬最後の満月の夜に合わせて、キャンプに出かけることにした。
行き先は旭岳。
かみさんは支笏湖を希望していたが、去年の3月もそこでキャンプをしていた。
2年連続で同じ場所に行くのも能がないのである。
私の頭の中では、流氷キャンプも候補に上がっていた。
しかし、かみさんはこの流氷キャンプには全く興味を示さない。確かに、優しさの欠片もない流氷キャンプは、女子の好みには合わないのだろう。
しかも、私が密かに考えていたのは究極の最果て流氷キャンプ。このキャンプを実現させるためにはタイミングも重要で、年によってはチャンスのないままに終わってしまうことも珍しくない。
後で確認してみると、今回はその究極流氷キャンプのまたとない機会だったのである。このキャンプの詳細をここで書いてしまうと、実現しないままに終わってしまいそうな気がするので、敢えて伏せておくことにする。
何時の日にか、流氷に埋め尽くされたその地にテントを張ってみたいものである。
そうしてやって来た、旭岳ロープウェイの駐車場。
ここまで来る途中、薄曇りの空には太陽の姿も見えていたのに、到着する頃にはもう消えてしまっていた。
当然のことながら、旭岳の姿も雲の中だ。
この日の旭川の天気予報は曇り一時雪。前日になって曇り時々晴れの予報に変わったが、山の天気はこんなものだろう。
明日の晴れの予報に期待するしかない。
ロープウェイ駅舎の中に置いてある入山届を見ると、前日に裏旭で野営をした人がいたみたいだ。
ざっと見たところでは、それ以外に山中泊らしい入山者は見当たらなかった
私は、入山目的の欄に「旭岳山麓でのキャンプ」と記入しておいた。
車に戻ってきて、ダッシュボードの上にも、外から見えるように下山予定日を書いた紙を置く。
駐車場に最後まで残された車のために、山に入ったスキーヤーが戻ってこない等と勘違いされるような事態は避けたいのである。
旭岳山麓での冬のキャンプは今回が4回目。
前の3回は、大型そりに荷物を乗せて運んでいたけれど、今回の荷物はザックだけ。
重たいザックを背負ってスキーコースの急斜面を登るのでも大変なのに、そりを曳いて良くこんなところを登ったものだと、我ながら感心してしまう。
かみさんは、ザックの中身に余裕があるからと、重さなど気にしないで荷物を詰めていた。
家で量った時のザックの重さは17キロ。
それがどれくらい重いのかも良く考えずに背負ったのだが、やっぱり無理があったようだ。
重たい、重たいと文句を言いながら歩いている。
森の中を滑り降りてきたトレースが有ったので、スキーコースから離れてそのトレースの中を歩くことにした。
GPSに登録しておいた今回の野営予定地までのルートからは少し外れるけれど、深雪の中をラッセルしながら登るのよりは楽だろうと判断したのだ。
次第に雪もちらつき始める。
トレースの中を歩いていると、そのままどんどん登って行ってしまうので、適当な場所からトレースを外れ、いよいよ深雪の中へと足を踏み入れる。
今時期の雪なので、それ程埋まることもなく歩けるだろうと考えていたが、甘かった。
真冬と同じくらいのふわふわのパウダースノーは、大型のスノーシューを履いていても膝まで埋まってしまうのだ。
かみさんが履いているMSRのスノーシューは、こんな深雪の中を歩くのには向いていない。
私が歩いた後でも、時々ズボッと埋まって、その度に文句を言っている。
私も意識的に、歩幅を狭くし雪を踏み固めるように歩いて、かみさんのために道をつけていく。
雪の降りもますます強くなってきた。
気温はマイナスだが、それ程寒くはない。
途中で「暑い」と文句言って上着を脱いでいたかみさんだが、その下に着ていた服が濡れてきていたので、もう一度上着を着るように忠告する。
そして、かみさんが上着を脱いだり来たりする度に、そのザックを背負い直すのをお手伝いする。
無理を言って連れてきた手前、かみさんがへそを曲げない様に面倒を見なければならないのだ。
しかし、後でかみさんが言うには、決して文句を言っている訳ではなく、重い、暑い、歩きづらいと、ただ事実を述べただけとのこと。
でも、私にしたら、それらの言葉は全て、こんな無茶なキャンプを企画した私に浴びせられている文句にしか聞こえないのである。
今回の野営予定地は、4年前のキャンプの際に見つけた展望抜群の場所である。
そこは、南側の崖下に二見川が流れていて、遮るものが何もなく大雪山の山並みが見渡せ、そしてそれら山々を赤く染めながら登ってくる朝日も楽しめるのだ。
4年前の時は雨が降った後で雪が固く締まり、その展望地まで苦も無く歩けた気がする。
しかし今回は、膝までの雪を一人でラッセルしながら歩かなければならない。
途中のトレースに頼りすぎたおかげで、目的地まで遠回りになり、しかも余計に登ってしまっていた。
GPSを何度も確認しながら、正しいルートに戻ろうとするが、アカエゾマツの森の中は起伏も激しく、思った方向に進めなくなることも度々。
これはこれで面白いゲームとも言えるのだが、条件が少し悪すぎた。
深い雪、重たいザック、ますます激しく降ってくる雪、私の後ろから「大丈夫なの?」と心配そうに付いてくるかみさん。
そうしてようやく見覚えのある場所に到着した。
歩き始めてから約1時間半で、本日のキャンプ地に到着である。
我が家のキャンプの中では、今回が荷物運びに一番時間がかかっていた。
まあ、荷物運びというよりは、冬山登山と言った方が、適切な表現かもしれない。
降りしきる雪の中でのテント設営。
これも初めての経験だった。
細かい作業はオーバー手袋を脱いでやるしかなく、おかげで中に履いていた手袋を濡らしてしまった。
山スキーの時にも使っている手袋なのだが、完全防水ではないのだ。
予備の手袋を持ってきていて助かった。
設営を終えてテントの中へと入る。
上着も濡れていて、ザックはカバーをかけていても雪まみれ。
テントの中はできるだけドライに保ちたいが、注意しながらテントの中に入ったつもりでも、どうしても濡れてしまう。
冬期間に山を縦走するような登山者はどうやっているのか、とても興味がある。
多分、シュラフ以外は濡れても大して気にしないのだろう。
テントの中に雪が少し入ったからといって、それをいちいちティッシュで拭いたりしないことだけは確かだと思われる。
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