滝上町は何となく感じの良い街である。
そんな印象を受けるのは、街のど真ん中を流れる渚滑川の影響が大きそうだ。渚滑川が削り出した深い渓谷とそこに流れ落ちる大小の滝の景観は深山幽谷の様であり、自分が街の中にいることを暫し忘れてしまいそうになる。
それが、5年前に初めて滝上町を訪れた時の私の印象である。
その時に、今回泊まる滝上渓谷公園キャンプ場も下見したのだけれど、こちらの印象はパッとしないものだった。駐車場の近くに建っている立派な炊事場のおかげで、その付近がキャンプ場らしいということは分かるのだけれど、肝心のサイトが見当たらないのだ。炊事場の直ぐ隣がパークゴルフ場になっているので、もしかしたらテントを張れるのは炊事場の周りのわずかばかりの空き地だけかもしれない。
自分たちがここでキャンプをすることは絶対に有り得ないけれど、もしもカヌークラブで渚滑川を下るとすれば、その時のキャンプ地としてはちょうど良い場所である。クラブのメンバーとキャンプするのならばどんな場所でも大して気にはならないし、意外と快適なキャンプを楽しめそうな気がしていた。
それから5年、とうとうその渓谷公園キャンプ場に泊まる日がやってきた。前日からキャンプ場入りしているS吉さんの情報によると、テントは数張りしか張れないとのこと。北海道キャンピングガイドの情報でもテントは10張りとなっていたので、その情報に間違いは無さそうだ。
土曜日の天気は朝から雨。
この日はクラブのメンバーは湧別川を下ることになっていたけれど、午前中につまらない仕事を一つ片付ける必要があったので、我が家は午後から出発して直接キャンプ場へ向かうことにする。
途中で止んでいた雨も浮島峠付近から再び降り始めた。
空には重苦しい雲が立ち込め、まだ午後3時前なのにもう少しで夜のとばりが下りてきそうな薄暗さである。
滝上の街を通り過ぎ、先に明日下る予定の渚滑川の下見をする。
昨日からの雨で増水した渚滑川は茶色い濁流が轟々と流れ、とても川下りが出来そうな状況ではない。
気持ちもすっかり落ち込んだまま滝上渓谷公園に到着。
公園内には広いパークゴルフ場を含めても人の姿は全く見えない。
でも、私は他のキャンパーがいることを心配していたので、その方が嬉しかった。
一般キャンパーがこんな天気の時に来るわけは無いけれど、釣り人やライダーならば考えられる。現に、近くの郷土館前の芝生広場にはテントが一張りポツンと張られていたのである。
キャンプ場の唯一の施設である炊事場は思っていた以上に立派だった。
この炊事場の建物があるので雨が降っても何とかなるだろうと考えてはいたけれど、両側にはビニールのカーテンまであって、タープの下よりも快適に過ごせそうである。
その中でテントも組み立てられるので、雨の中でも濡れずに設営が完了した。
そこへ湧別川を下ったメンバーが到着した。
茶色く濁った渚滑川と比べて、湧別川は水もきれいでそれほど増水もしていなく、そして雨にも降られずにとても楽しい川下りだったとのこと。
直線距離で35キロ程度しか離れていないのに、大変な違いである。
「K岡さんが4回目のロールでやっと起き上った」とか、「JOさんが流されて、それをK岡さんがレスキューのお手本のような方法で助けた」とか、皆が楽しそうに話しているのを黙って聞いているのは何とも空しいものである。
S吉さんが建物のカーテンの付いていない部分をブルーシートで塞いでくれたので、ますます居心地が良くなった。
中央にあるバーベキュー炉はそのまま使うには具合が悪そうだけれど、その中にちょうど良い具合に焚き火台が収まる。
上に板などを渡せばテーブル代わりにもなり、なかなか良い使い勝手だ。
壁際の洗い場も三つの独立したシンクに分かれ、これも使いやすい。
そこでかみさんとS吉さんの奥さん、I山さんが手の込んだ料理を作り、炉の周りでは焼肉にビールが進む。
これだけ快適なスペースは他のキャンプ場でもあまり記憶にない。
唯一気に入らないのが、巨大な蛾が次々と飛び込んでくることだった。
建物の中をバタバタと飛び回り、下手をすると焼肉の上にとまったりするので大騒ぎである。
道路の街路灯を見ると、この大型の蛾が群れを成して飛び回っていた。
以前に札内川園地キャンプ場でオオミズアオが大発生し、それが次々と焚き火の中に飛び込んできてはジュッという音とともに燃え上がるのを見て、「しんとして 幅広き原の 夏の夜 大水青の 燃ゆるにほいよ」の歌を詠んだことを思い出す。
この蛾はオオミズアオほどの美しさは無いものの、それでもマイマイガの大発生を見るよりはまだ我慢できる。
建物内の蛍光灯は一つ一つにスイッチが付いていて、壁側の蛍光灯だけが点くように切り替えられるので助かった。
それでもまだ飛び込んでくる蛾は、I山さんが片っ端から火ばさみを駆使して捕まえてくれる。
その素早い火ばさみ裁きの前には、すばしっこい蛾も一溜りもない。
人間誰しも一つくらいは特技を持っているものだけれど、I山さんにこのような才能があったとは、皆も改めてIやまさんのことを見直したようである。
特に蛾が大嫌いなガンちゃんは、そんなI山さんに逞しい男の姿を感じたようで、潤んだ目をして見惚れていたのだった。
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