バックパックにキャンプ道具を詰め込んでの旅。
旅と言うのは大げさすぎるけれど、1〜2泊程度ならばこれまでにも礼文島、天売焼尻、春国岱でも経験している。
私の場合は、その延長線上に山の上でのキャンプがあった。
車で辿り着ける場所にわざわざ歩いて行く程ストイックにもなれず、そうなると北海道の中でもバックパックを背負って行くキャンプフィールドは限られてしまう。
ところが山に目を向ければ、特に大雪山にはそんな場所が沢山あった。
こうして、一般的な登山者とは全く違った目的から、私達は大雪山に登ることになったのである。
朝、と言うより夜中の2時半に自宅を出発。
夜中のドライブはあまり経験が無く、夜が白み始める様子を眺めながら車を走らせるのは新鮮だった。
朝5時に層雲峡に到着。
コンビニで朝食を購入し、朝日を浴びる黒岳の山頂を眺めながら、車の中でそれを食べる。
公共駐車場に車を停め、いよいよここからザックを背負った旅の始まりである。
まずは朝6時発の銀泉台行き登山バスに乗り込む。
私達を含めて乗客は10人程度だろうか。
窓枠や乗降口ドアの所々がガムテープで目張りされた様なおんぼろバスである。
途中から砂利道をガタゴトと走っていくので、バス会社の中でも一番使い古された車両がこの路線に割り当てられているのだろう。
50分程で銀泉台に到着。
層雲峡に着いた頃には青空だったのに、銀泉台の空は大部分が雲に覆われていた。
今日はここから白雲岳避難小屋のキャンプ指定地を目指し、明日は黒岳石室のキャンプ指定地に泊まり、明後日に層雲峡に下山するのが今回の行程である。
朝7時に銀泉台を出発。
7時間歩いて、午後2時に白雲岳避難小屋に到着した。
小屋は小高く盛り上がった場所に建っていて、そこから少し下った広場がテン場になっている。
7月下旬から8月にかけての登山シーズンにはテン場も混雑すると聞いていたけれど、そこにはまだ数張りのテントが張られているだけだった。
グランド全体が緩やかに傾斜していて、平らな場所は限られている。
普段ならば、他のテントからはなるべく間隔を開けて自分達のテントを設営するのだけれど、張る場所も限られ、これから混んでくることを考えれば、そんな事も言ってられない。
白雲岳側の一番低い場所にサイトを決め、直ぐ隣の先客に挨拶をしてテントを設営した。
当初の計画ではもっと早い時間にキャンプ場に到着し、そこで昼食を食べてから高根ヶ原の途中まで歩いてみるつもりだった。
ところが重いザックを背負っての行動では、昭文社の登山地図に載っているコースタイム通りには歩く事ができず、そもそもこれ以上歩く体力は既に無くなっていたのである。
そうなれば、後は一刻も早く冷たい缶ビールを飲むのことが次の目標となる。
かみさんとそんな話しをしていると、隣のおじさんが「水場の水は冷たいから直ぐに冷えるよ」と嬉しい事を言ってくれる。
早速、金麦2本を持って水場へと降りていく。
直ぐ先の雪渓の溶けた水が流れてくる、その水場の水は確かに強烈に冷たかった。
ビールが冷えるまでの間に、明日の飲み水を確保する。そのまま飲んでも問題はない気もするが、一応はエキノコックス対策のために浄水器で濾過するのだ。
ここで2年前に買った浄水器を初めて使うこととなった。
マヨネーズの容器の様な本体の口に濾過装置が付いた安物である。
購入時にはMSR等の1万円以上もする浄水器とどちらにするか迷ったけれど、エキノコックスの卵だけを心配するのならばこれで十分だろう。
その後は、雪解け水で十分に冷えた金麦で乾杯。
これが堪らなく美味しい。
少しでもザックを軽くしようと、中に詰める荷物を厳選している中で、缶ビールを2本も入れるのは馬鹿げている気もしたけれど、この美味さを味わうと十分に価値のある選択だったと思い直すのである。
雪渓を抱いた白雲岳がテン場の目の前に聳える。
笛のような短い鳴き声が聞こえた。その白雲岳に生息しているナキウサギの声だろうか。
目の前に迫って見えるとは言っても距離はかなり離れているはずだ。もしかしたら、この付近にも生息しているのかもしれない。
そんな静かなテン場に賑やかな一団が現れた。何処かの高校の山岳部らしい。
甲高い声でとにかく良くしゃべる。まあ、傍若無人にも見えるこの振る舞いも若さの特権なのだろう。
たまたま一緒になってしまったことは諦めるしか無さそうだ。
彼らがテントを張ろうとしていると、小屋の管理人さんらしき人から、その付近は雨が降ると水が溜まるから場所を変えた方が良いとアドバイスされていた。
「そこは場内でも一番高い場所なのに水なんて溜まるんだろうか?そもそも今日、雨なんて降るんだろうか?」
かみさんの携帯で天気を確認しようとしたら、何と電池が切れていた。おまけに、何時ものキャンプではラジオを持ち歩いているかみさんなのに、今回はそれも持ってきていなかった。
山の上で天気を確認する手段がないというのは大失敗である。
と思っていた矢先、ボツボツとテントを叩く大きな雨音が聞こえてきた。直ぐにその雨音は連続したものとなり、土砂降りに変わった。
こうなるとテントの中に閉じこもっているしかない。
フライシートの裾の僅かな隙間から見える地面には、みるみるうちに水が浮いてきて中へと流れ込んでくる。
そして、雨が強いので泥が跳ねてインナーテントまで泥まみれになる。
テントが水没する可能性もありそうなので、濡れて困るものは大きなゴミ袋の中に全てしまい込んだ。
30分程経つと雨音もぴたりと止んだので恐る恐るテントの外に出てみる。
隣のテントは完全に水溜まりの中に入ってしまい、管理人さんがその水を抜けるように溝を掘っているところだった。
管理人さんの言っていたとおり、高校生達が最初にテントを張ろうとしていた場所には深い水溜まりができていた。
幸い、我が家の場所は被害もなくテントが汚れただけで済んだようである。
フリーズドライの夕食を済ませる。明後日の昼食までは全てが同じような山食ばかり。
まあ、普段の食事でもあまり手間をかけない我が家なので、大して気にはならないけれど、これが3日、4日と続けば、さすがに耐えられなくなりそうだ。
霧がかかって何も見えず、疲れてもいたので、まだ6時前だけれど水場の小川まで行って歯を磨くことにする。
水場とサイトは50m程度離れていて、そこまでは登山道の一部を歩くことになるので険しい道のりである
歯を磨いているとまたポツポツと雨粒が落ちてきた。「これは急いで磨かなければ」と思っていたら、あっという間に本格的な降りに変わる。
歯磨きどころではなくなり、慌ててその道をテントまで駆け戻った。山の雨は本当に予告なしに降ってくるのだ。
暫くは止みそうな気配もなく、そのままシュラフの中にくるまっていると何時の間にかウトウトとしてしまった。
ふと目が覚めると既に雨音は聞こえず、それどころかテントの中はまだ明るいのに他の物音も一切聞こえてこない。トイレに行こうと思ってテントから出ると、他のテントの人達は既に寝てしまったようである。
あの賑やかだった高校生達のテントも静まりかえっていた。
これが山上のキャンプ場の姿なのだと感心してしまう。
未明に目を覚ましてテントの外に出てみると星空が広がり、白雲小屋の上では木星が一際明るく輝いていた。今日は良い天気になりそうである。
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