北海道キャンプ場見聞録 我が家のファミリーキャンプ
 CAMP NAVI | FAMILY CAMP | FAMILY CANOE | CAMPER LINK | CAMP BBS
キャンプ日記 1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年  
2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年 2016年  

雲上の花園雨竜沼キャンプ

雨竜沼湿原ゲートパークキャンプ場(7月30日〜31日)

 これだけ週末毎に雨が降っているのでは、青空の下でのキャンプを楽しむためには、天気の良い日に合わせて休みを取るしかない。
 特に今回は雨竜沼湿原を歩こうと考えていたので、青空は絶対条件である。
 そこで、週間予報を見ながら、土曜日が天気が良さそうなので金曜日から休みを取ってと考えていたら、殆ど当てにならないのが最近の天気予報なのだ。
 週末が近づくに従って予報も変わってきて、金曜日の方が天気が良くなり土曜日の方が曇りがちとの事。
 こうなると木曜日から休んで、雨竜沼湿原は金曜日に歩くのが一番である。
 とは言っても、今月は礼文島に渡るのに少し長めに休んでいたし、海の日の3連休前にも父親の一周忌で休みを取っているし、お盆にも実家に帰らなければならないし、その次の週にも1日休む予定があるしで、更にここで二日間の休みを取るのは気が引けてしまう。
 それでも、職場ではぽつぽつと夏休みを取る人も増えてきたので、そのドサクサにまぎれて私も休んでしまうことにした。
 こうして、急遽決まった我が家の短い夏休みが、始まったのである。

帰門 木曜日はまだ曇りの予報だったけれど、札幌を出て直ぐに青空が広がり始める。
 まず最初に向かったのが「アルテピアッツァ美唄」、美唄出身の彫刻家、安田侃の作品が常設展示されている彫刻公園である。
 廃校になった小学校の建物を再生し、その教室の中にも作品が展示されている。
 窓から射し込む光が古い板張りの床を照らし出す、そんな広々とした教室の中にポツンと置かれた真っ白な彫刻。
 何処かの写真で見たそのシーンがとても印象に残っていて、是非一度訪れてみたいと以前から考えていたのだ。
 平日の午前中にも係わらず、しかも田舎町ともいえるこんな場所で、結構な数の入園者がいるのには驚かされた。
 一番の目的である小学校の校舎まで行く途中で、屋外の彫刻に触れて歩く。
 札幌駅のJRタワーにも置かれている安田侃の「妙夢」、その横を通り過ぎる時は何時も「あの穴の中に入りたいな〜」と思うのだけれど、人通りの多い中をおじさん一人でそんなことをする勇気はとても無い。
 しかしここでは、誰にも気兼ねすることなく、彫刻と触れ合うことができる。
 安田侃の彫刻は、見ているだけでは満足できなくて、触れたり、中に入ったりしたくなるような作品が多いので、このような場所で展示されるのが一番良いような気がする。


妙夢 天翔 天モク 妙夢
 

風と十字架を背負った少年 木造校舎の一階部分は幼稚園として今でも使われ、2階部分が展示スペースとなっている。
 温かな木の手触りに足触り。コンクリート造りの校舎では絶対に味わえない感触だ。
 写真で見た教室に足を踏み入れる。
 期待していた通りの素晴らしい空間だった。板張りの床に座り込むと、その空間がより広く感じられる。
 その教室の中には子供が一人、かくれんぼでもしているらしく、丸くうずくまったまま動こうとしない。
 何故かその背中には、白い紙で作った十字架のようなものが背負われている。
 まるでその子も作品の一つであるかのように、この空間の中に存在していた。


教室を使った展示スペース

 施設自体は無料だが、ちょうどここで森山大道の写真展が開催されていて、その観覧料が300円かかる。
 森山大道の名前は全然知らないけれど、せっかくなので300円を払って写真展も見ることにする。
 30年前に北海道内各地で撮影したモノクロ写真を中心に展示されていて、まるで北海道の歴史の史料を見ているようだ。
天聖 かみさんが、当時の小樽駅付近の写真を見つけて喜んでいた。

 校舎の前には真っ白な玉石を並べた池と遊水路が造られていて、そこでは子供達が裸になって水遊びをしている。
 その水路と一体になって置かれた「天モク」、そこからやや離れた小高い丘の上に置かれた「天モク」と対となる「天聖」。
 広々とした屋外の空間全てが、一つのアートとなっているようだ。
 その丘を登ると更に奥にまで展示スペースが広がっていた。
 寄り道のつもりで立ち寄ったアルテピアッツァだったけれど、すっかりここが気に入ってしまい、場内のカフェでゆっくりと時間を過ごす。

 アルテピアッツァを出た後は、この更に奥にある炭鉱メモリアル森林公園まで足を伸ばしてみる。
炭坑メモリアル森林公園 炭鉱遺跡を見に行くつもりだったのに、道路沿いには黒々とした石炭の山があちらこちらに盛られていて、「まだ石炭を掘ってるの?」と驚いてしまった。
 後で調べてみると、美唄市盤の沢地区では今も石炭の露天掘りが行われているそうである。
 メモリアル森林公園では、赤く塗られた立坑巻き上げ機が2機、緑の山の中で青空をバックにして、空しげに聳えていた。
 どうせならば、茶色にさび付いたままの姿の方が、この場の雰囲気に似合っているような気がする。
 伸び放題の草の中に、かろうじて園路の跡が残っているような状況で、炭鉱遺産よりも、この森林公園そのものが、既に遺産になりつつあるのだ。
 我路ファミリー公園キャンプ場にも立ち寄る。これまで、道内の数多くのキャンプ場を利用してきた我が家だけれど、敢えてここにテントを張ることは、この先もきっと有り得ないだろう。
廃墟 今も石炭を掘り続ける炭鉱に、朽ち果てつつある炭鉱遺産、人気の途絶えた集落、そしてアルテピアッツァの様な全国から人の集まる施設。
 新旧が入り混じり、不思議な感覚に囚われる土地。栗沢町の美流渡地区と同じ臭いを感じるところだった。

 既に昼を過ぎていたので、滝川の「美名味」でラーメンを食べる。
 この店はGoogleで滝川+ラーメンで検索したら、一番目に表示された店である。地域の人気店が直ぐに分かってしまうのだから、最近の検索サイトは本当に便利である。
 ここも、昼食時間には行列ができるような人気店らしいけれど、午後1時をかなり回っていたのでさすがにもう店内は空いていた。
 一番人気の「濁り正油ラーメン」を注文。スープを一口すすったかみさんが「美味しい!」と一言。
 最近は出かける前のリサーチを心がけているので、旅先では何時も美味しいものを食べられるようになってきた。
 以前は、行き当たりばったりで店に飛び込んでいたので、「スーパーで買ったラーメンの方がもっと美味いぞ」なんて事がしょっちゅうだったのである。

田んぼアート? その後は、道の駅「田園の里うりゅう」に併設された「雨竜沼自然館」で最新情報を仕入れる。
 咲いている花の名前を事前に覚えておいた方が、現地での楽しみが増えるのである。
 駐車場から出ようとすると「田んぼアート」の看板が目に入った。
 葉の色が紫の品種を使って、田んぼの中に絵を描き出す田んぼアートだけれど、雨竜の田んぼアートのことはあまり聞いたことがなかった。
 直ぐ近くに田んぼアートを見下ろす簡単な展望台が作られていたので、そこまで歩いていって登ってみる。
 「こ、これがアート・・・、ただの字だろ!」
 と思ったものの、地元青年部のメンバーが今年初めて作ったと言う田んぼアート、来年からの作品に期待することにしよう。
 真っ青な空の下、水田や満開の蕎麦畑が広がる風景を眺めながら、雨竜沼湿原ゲートパークキャンプ場に向かって一路、車を走らせた。

青空と蕎麦畑

 対向車とすれ違うのも大変そうな山道を延々と登っていく。
 そうして、谷間のどん詰まりの様な場所までたどり着いたら、そこが目的地のキャンプ場だった。
 真正面には、岩肌がむき出しになった、デビルズタワーのような山塊が聳えている。
 初めて訪れる場所だったけれど、私の想像していたイメージとは全く違っていた。キャンプ場というよりも、完全な登山基地である。
我が家のサイト キャンプの申込書も登山届けを兼ねたものになっている。
受付を済ませて、テントの設営。
 サイトは平坦な芝地だけれど、これまで雨が多かったためか、かなり湿っている。水はけも悪いようで、芝草に混じって水苔まで生えていた。
 かろうじて乾いた場所を見つけて、そこにテントを設営する。
 今回は久しぶりにヨーレイカのテントを持ってきていた。虫が多いと聞いていたので、こんな時は前室のあるテントが役に立つのだ。
 トイレや炊事場の壁面には大きな蛾がびっしりと張り付いていて、背筋が寒くなるような光景である。
 それほど気温は高くないものの、設営を終わるとやっぱり汗だくになってしまう。でも、その分、設営後のビールがとても美味しい。
 吸血虫は意外と少なく、最初は外でビールを飲んでいたけれど、直ぐにヌカカが集まりだしたので、慌ててテントの中に逃げ込んだ。
 熊避けの鈴を鳴らしながら、登山者が下りてくる。まだまだ元気な足取りの人、ヨレヨレになっている人、その様子は様々である。
我が家のサイト 明日の自分達は果たしてどんな姿で下りてくることになるのだろう。
 南暑寒荘の中を覗いてみると、おじさんが一人で夕食の準備をしていた。
 毎年ここに来ているようで、以前はテントを張っていたけれど、最近は南暑寒荘を利用しているとの事。
 テント一張り700円だけど、ここの宿泊費は一人1000円。今のところおじさん一人しか泊まっていないようで、快適そうな室内を見ると何だか損をしたような気がしてきた。
 西側に山が迫っているので、気が付くといつの間にか日は沈んでしまっていた。
 夕食は回鍋肉と五目御飯。米は多めに炊いて、残りは明日のためにおにぎりにする。
 食事を終えて寛いでいると、今頃になって下山してきた登山者が簡易テントを設営し始めた。かなり疲れている様子である。
 場違いな子供達の歓声が聞こえてきた。何事かと思ったら、家族連れが寝袋を抱えて南暑寒荘へと入っていくところだった。
 我が家はやっぱり、山小屋に泊まるよりはテントの方が落ち着けるのである。
 明日に備えて8時前には眠りに付いた。

朝日を浴びるデビルズタワー テントの中が明るいので、夜が明けかけているのかと思って起きだしたら、まだ午前3時だった。
 この時間なら星でも見られるかと思って外に出てみたけれど、サイトの照明が明るすぎるし、薄雲もかかっているようで、星の姿は何処にも無かった。
 それ以上寝られそうにも無いので、テントの中の片付けをしていると、ようやくかみさんも起きてきたようだ。
 「3時から起きてガサゴソしていたのは誰?」とからかわれてしまう。
 朝のコーヒーを飲んでいると、南暑寒荘に泊まっていた昨日のおじさんが早々と出かけていった。
 私達も準備をして、午前5時10分、いよいよ雨竜沼湿原、そしてその先の南暑寒別岳への登山へと出発である。
 サイトはまだ夜明け前だけれど、デビルズタワーの頂上は既に明るく照らし出されている。
 ペンケペタン川に架かる吊橋を渡ると、ぬかるんだ登山道となる。かみさんは、スパッツを持ってこなかったことを後悔していた。
 沢水が川のようになって登山道を横切っていたりして、そんなところでは一歩一歩足元を確認しながら渡らなければならない。
急な山道をよじ登る でも、こうやって大自然の中を歩くのは本当に楽しい。
 朝露に濡れたエゾアジサイの青い花が目を楽しませてくれる。
 途中の白竜の滝も迫力満点だ。雨が続いているので、何時もより水量が増えているのだろう。
 二つ目の吊橋を渡ると登山道は更に険しくなり、かみさんは両手も使いながら岩の間をよじ登っていた。
 一気に高度を上げていくと、谷底の方から激しい水音が聞こえてくる。
 ペンケペタン川が滝のようになって流れ落ちているのだろうけれど、登山道の周りの笹などに遮られて、その様子は全然見られない。
 暫く登ると、穏やかに流れるペンケペタン川がようやくその姿を現してきた。いよいよ湿原に近づいていることを感じるけれど、心配なのはその川の先が霧に包まれていることである。
 最後の坂道を登りきった先に広がっていたのは、やっぱり、一面に霧が広がる真っ白な風景だった。
 でも、上空には青空が広がり、その霧の晴れるのも時間の問題だろう。
 湿原の入り口には小川が流れていて、外部からの植物の種などを持ち込まないように、そこで登山靴を洗うようになっている。
 その小川を渡ってとうとう雨竜沼湿原に到着である。
 すると私達が来るのを待っていたかのように、湿原を隠していた霧が一気に消え去り、その奥の南暑寒別岳が姿を現した。


霧に隠れる雨竜沼湿原   一気に霧が晴れる

雨竜沼湿原の花 道内の3大秘境湿原と言われるものの内、浮島湿原、松山湿原は既に訪れ、最後に残っていたのがこの雨竜沼湿原である。
 そこまでのアプローチは一番険しく、そしてその圧倒的な広さと、暑寒別岳や南暑寒別岳を背景に従えた雄大な景観も一番だった。
 浮島湿原を訪れたのは6月、松山湿原の時は秋だったので、この季節の山上の湿原を訪れるのは初めてになる。
 これまで見たことの無いような花の群落が、とても新鮮に感じられる。
 風も無くなり、大きな池糖は、まるで巨大な鏡のようになって、南暑寒別岳や真っ青な空をくっきりと映しこみ、感動的な美しさだ。
 歩いてきた道を振り返ると、私達が登ってきた辺りから、まるで煙のようにモクモクと白い霧が湧き上がってきているのが見えた。
 広大な湿原を通り過ぎて、湿原展望台まで登ってくる頃には、既に湿原の半分までが霧に隠されてしまっていた。


雨竜沼湿原   雨竜沼湿原

素晴らしい雨竜沼湿原の風景

南暑寒別岳に向かって そこから先は南暑寒別岳への登山道である。
 ゲートパークから湿原までの道程と比べると傾斜も緩く、道も歩きやすい。
  下界から湧き上がってきた霧にとうとう追い付かれてしまった。
 風雪に晒され複雑に捻じ曲がりながら育ったダケカンバの奇木が、所々で出迎えてくれて、単調な登りに楽しみを与えてくれる。
 やがてその霧も晴れ、それと同時に夏の太陽が容赦無く照り付けてきた。
 どうせならば、私達が山頂に付いてから晴れてくれれば良かったのにと、勝手なことを考えてしまう。
 それまではあまり気にならなかったアブが、急に体の回りにまとい付くようになってきた。
 虫除けスプレーも役に立たず、服の上からでも噛み付いてくるので始末が悪い。
南暑寒別岳山頂 途中から登山道が川に変わっていたりして、足場も悪くなってっくる。
 暑さとアブの攻撃にも晒され、急にスタミナが切れかけてきた。
 それでも何とか、エネルギーを補給したり小休止をしながら9時25分に南暑寒別岳の山頂に到着。
 素晴らしいパノラマが広がっていた。
 周りには雲海が広がり、ちょうど雨竜沼湿原より標高が高い場所だけがその雲海の上に浮かんでいる感じである。
 そこから見える暑寒別岳までは更に片道1時間以上歩かなければならず、私達は眺めて楽しむしかない。
 おにぎりを食べて下山開始。
 登る時は、あれ程うるさくまとわり付いていたアブが、下山時は姿も見えない。汗をかかなくなったので、そのせいもあるのだろうか。

雲上に浮かぶ雨竜沼湿原

 湿原まで下りてくると、沢山の登山者とすれ違った。
 3世代のファミリーや、赤ちゃんを背負った若い夫婦、長靴履きの若者、カメラ機材を背負ったおじさん、何処の山でも見かけるおばさんグループ、20人以上の団体ツアー。
ペンケペタン川で一休み 正に、老若男女が訪れる雨竜沼湿原である。
 空には雲が広がってきて、池糖の水面には細波が立ち、暑寒別岳は既に雲に隠れてしまった。
 朝早くに登ってきたおかげで、雨竜沼湿原の一番美味しいところだけを楽しめたようである。
 ペンケペタン川で汗を流し、最後の下山開始。13時15分にキャンプ場到着。
 往復18キロの道程を、休憩や写真撮影の時間を含めて約8時間、私達夫婦にとっては初の本格的な山登りだった。
 フウマがいなくなった今、私達夫婦の遊びのメニューの一つに、これからは山登りが新たに加わるのかもしれない。
 しかし自分達としては、「あくまでもこれは中高年登山とは別物である」と思い込んでいるのである。

雨竜沼キャンプのアルバムへ


戻る   ページTOPへ ページトップへ